終わりと始まりの戦い② それはまるで質の悪い冗談のような


 ユーリは全てを見通すその眼でもって、状況の推移を正確に把握していた。

 (一応)自分の主である男が、神の身体からあふれ出した無数の天使――――竜の翼を有したおぞましい、一つ目の天使達によってズタズタに貫かれたのを見た。


「っが……!」

『ウル!!』


 何をしているのです!!!

 とは、言えなかった。他人を罵倒出来るほど、自分はこの戦いに貢献出来ていない。

 否、自分だけではない。誰も、この理不尽極まる力に対するとっかかりをつかめていない。元神の二人も、そして自分も、後方で支援に徹する仲間達も、誰も彼もこの状況下に対応できていない。ただひたすらに、攻撃をしのいで、その場で生き延びるだけで手一杯になってしまっている。


 敵の攻撃にトリックはなかった。なんの仕掛けも無い。

 ただただ純粋に力の規模が違う。

 呼吸も間合いもない。技量すらない。全域に、防御不可な破壊を起こしているだけだ。


 だからこれは、戦いになっていないのだ。あの神にとってこれは、目の前の害虫を効率よく排除するための“作業”でしかない。対抗するために、ただ剣を振っても、神の掌の上で木の棒を振り回す猿と大差ない。


 このままではダメだと言うことは分かっている。だが、手札がない。二つの神の力は敵に奪われ、残された手札は貧弱なる我らが主の加護のみときたものだ。

 ユーリは手も足も出ない現状に顔をしかめる。だが、無論そうやって愚痴と不満を垂れ流したところで意味は無い。そもそもこの戦いに首を突っ込んだのは自分なのだから


『ユー、リ……!』


 ディズの声に振り返る。彼女は側のシズクと共に、術式を編んでいた。その二人を護るように、竜呑の女王とスーア様が周囲の力を護る結界を張り巡らせている。


『長期戦は、勝てない……!そして、神に届く剣は君しかいない、だから……!』

『特攻ですか……』


 後先の考えない特攻、賢いやり方ではないだろう。だが最早、それくらいしか手札が残されていないのは否定しがたい事実だった。


『合図は必要ありません、出来たタイミングで道を作りなさい』


 後はこちらで合わせる。その為にユーリは意識を集中する。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「っが……!」


 空中で、ウルは金色の竜と天使に串刺しにされていた。手も足も、ズタズタになって貫かれて、指先一つ動けぬようにされている。だが死んでいない。生きている――――というよりも生かされている。


〈簒奪者〉


 創造主がウルを殺さずにいる理由は、無論、ウル自身にあるわけではない。創造主はウルに対して、何一つとして興味を見せてはいない。彼が手を伸ばすのは、


〈後付けの人工知能は必要ないが――【天愚】は返してもらおうか〉


 彼の中にある、太陽神の一部だ。それを回収すべく、串刺しの貼り付けになった罪人へと手を伸ばし、


「【蒼極雷!!!】」


 その指先を蒼い雷が焼き払った、創造主イスラリアは眉をひそめた。


〈真人、何故邪魔をする〉


 後方からの支援に徹していた【真人】達がウルを護るべく破壊の嵐の中へと飛び出したのだ。無論、彼等にはウル達の様に、神を無効化する力は無い。故に、


「っぐ、うう……!」

「ゼロ、長くは、もたない!!」


 彼等が創り出す結界は、神の攻撃を防ぐには足りない。直接的に狙われてすらいないにも拘わらず、空間を満たす破壊の渦のなか、耐えることすら出来ない。


「う、ぅぅ!!!」

〈A,AAAA!!〉 


 だが、それでもその間に、ゼロはウルを串刺しにする天使達を一体一体砕こうと試みていた。ウルを救い出そうと死に物狂いで抗っていた。だが、その天使たちすらも硬い、刃すら通らない。それでも必死に剣を突き立てようと繰り返す。


〈それは旧人類で、君たちの害だ〉


 それが、創造主イスラリアには疑問だった。彼は、簒奪者へと伸ばした手を僅かに止めて、全ての【真人】達――――クラウランの創り出した新人類たちに呼びかける。


〈新しい世界は、君たちの為の世界だ。あらゆる罪から解放され、悪と無縁のまことのヒト。君たちの為にある世界をこれから作る〉


 そう、その為に真人達はデザインされた。

 世界との戦争の為創り出されたイスラリア人――――生まれた姿形すらも違う者達とは違う、真の人類こそが彼等だ。優劣もなく、争いも起こさず、誰しもが平等に愛し合える世界に住まう、理想郷の住民達。

 創造主イスラリアは、その為に世界を創り出そうとしている。それなのに――


〈なのに、何故それを拒絶する?〉

「バッカじゃないですか!」


 帰ってきた言葉は、真の人というにはあまりにも口汚かった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



〈AAA……!!!〉

「私はまだ!生まれたばかりなんです!!やりたいこと全然出来てないんです!!!」


 真人の最先端にして最強、ゼロは天使達を一体ずつ、なんとか砕いて、ウルを引っ張りだそうともがきながら、あらん限りの力で叫んでいた。その言葉には、怒りが満ち満ちている。それは子供の駄々に似ていた。到底、新しい人類という様相では無かった。


「天剣に私のすごさを思い知らせてないんです!勇者の事を助けられてもいない!」


 しかし、その声には力があった。くだらない承認欲求が、かけなしの善意が、幼い子供のような情緒が満ち満ちていた。


「知らないこと、やらなきゃいけないこと、やりたいこと、山ほどあるこの世界を、勝手な価値観で取り上げるな!」


 叫び、それでもウルを捕らえる天使達は尚も堅い、神の身体の一部から溢れた天使達の全てを排除することすらできなかった。神が自らの先兵として創り出した天使達は堅く、凶悪で、凶暴だ。ゼロは涙をこぼしながら歯を食いしばった。


〈AHAHAHAHAHAHAHA!!!〉

「う、ぅぅぅう……!!」

〈クラウランは君達を愛で縛り、戦わせている〉


 そんな彼女たちの無為なあがきに対して、創造主イスラリアは一切の感情を交えない言葉を返した。まるで言うことを聞かない子供に言い聞かせるように。


「彼は強いませんでしたよ。創造主。私たちの神よ」


 それに対する反論は、ゼロではなく、彼女を護るようにして結界を維持するファイブから語られた。その指先が黒ずみ、炭のようにしながらも、それでもゼロを守り抜くための力は手放さない。

 穏やかな表情で、世界の全てをなくそうとする神へと語りかける。


「知識は与えてくれましたが、意思は委ねてくれました。戦うのを望まぬ者を赦しました。我々は、望んでここにいる」

〈ただの人間のようなことを――――〉

「その通りです。創造主」


 ファイブは強く断じた


「我々は、特別でも何でも無い、ただのヒトだ」

〈――――では、人間のまま、望むままに死ぬといい〉


 神はその手を動かした。真人達が戦場の最前線に立っていられたのはあくまでも、創造主イスラリアがその殺意を真人達に向けることがなかったからだ。

 だが、その加減が無くなった。真人達はゼロを庇い護るべく、動く。だがそれでも創造主の動きが止まることはなく――――


『今ぁ!!』


 その腕が、指先が、真人たちに届く直前に、その巨大な腕の一つが斬撃によって切り裂かれた。何一つとしてダメージを受けることの無かった神の身体が、初めて欠損した。

 飛び出した影は三つ。黄金の勇者と蒼剣の化身、そして白銀の勇者がその背後についていた。対する神の動きは、先ほどまでの緩慢な動作とは比較にならないほどに素早かった。即座に術式を組み、自身の少女達にその力の矛先を向ける。


「【寄越せぇ!!!】」

「【灰炎妖霊!】」


 しかし、少女達に届く前に、黒い闇が力の一部を奪い去り、灰色の焰が結界のように少女達を包む。足下の道を走る馬車の上から、宵闇の女王と天賢の王がその力を尽くして神の力の一部を奪い、三人の少女を護った。


「【銀糸・緋終】」

「《うにゃあああああ!!》」


 僅かに出来た隙を突くように、白銀の少女がその力を放つ。銀と緋、二つの色が入り交じった糸が、巨神の肉体を拘束し、焼き切る。無数の掌から新たに構築されようとしていた術式の全てを焼き切って破壊し尽くす。同時に二人の少女達の道を作るように、銀糸は束なって、橋のようになった。


「【魔断!!】」

「【終断!!】」


 その橋を二人の少女は駆ける。師によって導かれた、神にも届く剣を振りかぶり、そして――――


〈児戯だ〉


 その一切の抵抗を、創造主は一言で断じた。


〈【創世ジェネシス】〉


 空が輝く。


 構築され続けていた光の術式、一切を白紙に戻す創世の術式、その一部が形を変えて、蠢く。矛先にあるのは当然、神へと迫った戦士達全てだ。


 光の柱が墜ちる。


 その場にある一切が光に飲み込まれ、焼き払われる。巨神の足下に残っていた都市の残骸、長き争いの歴史の中でも生き残り続けた歴史ある建造物も何もかも、その余波に巻き込まれるだけで残骸も残さず消え去る。

 建物も、抗おうとした戦士達の残骸も、人々の営みも、悪党達の目論見も、一切合切平等に、何一つとして例外なく、光は全てを焼き払う。


 誰一人、その光に抗うことすらできなかった。


 音すらも許されぬ静寂の破滅、その光に飲み込まれ、大罪都市プラウディアは完全なるがれきの山へと変わった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 光の粛正は続いた。

 そこに、例外はなかった。選別も無かった。空に刻まれた術式の範囲を、余す事無く一切を焼き払う清浄の光だった。神に、僅かでもその刃を向けようとした全員が叩きのめされ、吹き飛ばされた。


「……」


 残ったのは、灰の王だけだ。だが、彼がこの場に残ったのは、神自身の手によってこの場に残されているからにすぎない。


〈……さて〉


 創造主は淡々と自分自身の創造物を奪った簒奪者から、その力を取り返す作業に移った。巨神の身体から光の蔓のようなものがまっすぐに灰の王へと伸びていく。


「…………一応、言って、おく」


 光の蔓は、彼の身体を貫いた。そして、彼の内側に存在する力――――元々、自分のものだったもの。太陽神の断片へと手を伸ばす。


「俺が、【天愚】を手にしたのは、選択肢が、無かったからだ」


 その間に、簒奪者が小さな声で何かを言っているが、創造主イスラリアにとってどうでも良いことだった。旧人類、かつて彼と敵対した愚か者達の末裔の言葉に、彼は何一つとして価値を見いだせなかった。


「だからまあ、しゃーなし、使ってたわけなんだが――――あのさ」


 だからこそだろうか、彼が口にしたそのを、創造主イスラリアは聞き逃した。



 なんの話をしているのか、勿論、創造主には分かりようが無かった。

 だが、灰の王から引きずり出された【天愚】、取り込まれた瞬間、


〈なaaaaaaaaaにiiiiiiiiiiiiiiii?〉


 強烈な違和感と共に、



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 竜呑ウーガ司令室内部。


「全員、無事ですか……?」


 激しい警報音と煙、飛び散る機器の部品の中で、カルカラは呼びかける。果たして何が起こったのか、どういう状況なのかは、理解出来ている者は少なかった。間違いなく敵の攻撃を受けた。致命的なダメージをウーガも受けた。


 だが、生きている。偶然か、壊滅の寸前でウーガが踏ん張ったのか、どちらにせよ、まだ生きている。で、あればまだ、やるべき事はある。無事な乗組員達は、カルカラの言葉に痛みを堪えるように再起動を果たした。


「どう、なった、くそ」

「ウーガ、墜落しました!重力制御術式の一部が破損!!!」

「制御回復を最優先しろ!!【魔機螺】だけでは戦士達が落下するぞ!!」


 恐らく完全な回復は不可能だろう。それでも彼等は出来ることを探して、死に物狂いで状況の回復に努めた。全ては生き残るためだ。


「遠見の水晶再起動!状況を確認します!!」


 そして、その為にも情報を集めるべく、ひび割れていてもなんとか機能を保っていた遠見の水晶を再起動させた。その場に居た全員が、水晶と、そこに映る光景を目撃した。


「なん……?」

「あ、れは……?」


 そして、一瞬言葉を失った。

 水晶に映った光景は、これまでどれほど世界がひっくり返るかのような光景を目撃してきた彼等であっても、理解しがたい、飲み込みがたい光景だった。


〈aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!?〉


 巨大なる神。あらゆるを圧倒し、こちらの全戦力を叩き付けても尚、どうしようもなかった最強の存在が、身もだえていたのだ。


「苦しんで、いる?」

「何が……?」


 自分たちがダメージを与えられたとはとても思えない。かといって、巨神の前でズタボロになっているウルがどうこうできるようにも思えない。果たして、何が起こっているのか全員が見守っている内に、更に状況は動いた。


〈A!?〉


 巨神の弾けた背中、光が溢れこぼれ続けるその部分から、何かが突如として突き出した。

 それは、腕だった。巨神の身体からは似つかわしくないような、真っ黒な腕。細くて、どこか若々しく、そして巨神と比べると随分と小さな子供の腕。


 それが、巨神の肉体を、力を喰らうようにして突き出して、そして這い出てくる。


 そして――――


〈――――いよっしゃああああああ!!!ジャックポットだ!!!〉


 そんな、創造主と同じ声質で、しかし創造主とはまるで似つかわしくもない、荒々しく禍々しい、俗欲に満ちあふれた声と共にソレは姿を現した。


 真っ黒な、子供。


 その子供を、その姿を、誰一人として知る者はいない――――にもかかわらず、それを見た瞬間、その正体がなんなのか、知る者は一瞬にして理解した。イスラリア大陸の大穴の底で、長きに渡って君臨し続けてきた闇の王、邪悪の化身、最悪のカリスマ、そして機神と共にプラウディアを蹂躙し、破れ去った――――

 


〈一世一代の大ギャンブル大・成・功!!ハッハーァァァアアアアア!!!!!〉

〈ねむい、うるさい〉

〈おいおい、文句言うなよ?こういう時はバカ喜びするもんだぜ?相棒〉



 【魔王】――――否、【】ブラックがこの世界に再誕した。



「――――は?」


 その再誕に、だれもが絶句し、大口を開け、そして自然と言葉が漏れ出た。


「あ、あ、あ……?」

「嘘だろ、あ、あいつ」

《あの、バカ》

「信じられん、あのクソバカ」

《あんの超絶ウルトラバカ――――――》


 多様なる罵詈雑言が次々と漏れ出る。だが、最終的に全員の思いは、言葉は、たった一言に集約した、それは――――



「「「「「やりやがった!!!」」」」」



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