終わりと始まりの戦い


 元、【真なるバベル】最深層にて。


「全く、血なまぐさいなあ!!!」


 創造主、イスラリア博士によって浸食されてしまった空間の内部にて、天魔のグレーレはヤケクソ気味に叫んだ。


「いちいち叫ぶな鬱陶しい」

「巨大な生物の内臓の中で暴れているようなものだな!」


 その彼の隣でクラウランが術式を組み立て、二人を護るようにザインが剣を振るう。周囲には無数の眼球が出現し、次々と光を放ち、その場の全員を焼き払おうと試みている。


「イスラリアの抵抗か!?」

「というより生物としての機能に近いなあコレは!異物を排除しようとしてるだけだ!」

「今の我々はバイキンというわけだな!うむ!!」

「ならば、これが白血球、か?」


 ザインが刃を振るう。無数の眼球が重なったような異形が両断され、それでも尚、こちらを睨み攻撃を返そうと仕掛けてきた。更にそれを切り刻む。


「というにはおぞましすぎるな!」


 術式操作の傍ら、ザインの支援のために光熱を放ちながら、叫ぶ。だが彼の視線の先はずっと変わらない。血肉と闇の中で浮かぶ輝ける立方体、全ての始まりである【星石】だ。無数の肉根がそれを絡め取ろうとしているのを、グレーレとクラウランは先ほどからずっと妨害し、干渉し続けていた。


「幸いにして、支配はされる前に妨害は間に合ったな!念には念とあらゆる妨害を仕込んでおいて助かった!」

「コントロールは取り返せるか?」

「このままだと取られるな!呆気なく!!」


 一切の虚勢無しの告白に、ザインは額に皺を寄せた。


「精々、抵抗は試みているがそうもたん!」

「それが世界が滅ぶまでの猶予か」


 星石を奪われれば、そもそも向こうはこの戦場にとどまる理由すら無くなる。転移なりなんなりで、一瞬でこの場から離脱し、そして誰も手を出せない場所から、方舟を更地にしたって構わないのだ。

 向こうは戦士でもなんでもない。この戦いで全ての決着を着けようなどという、青臭い考えは全く期待出来ない。


「向こうの打開に期待するしか無いなぁ?若者達に期待しようか?」

「ならば尚のこと、死んではいられないな……!」


 その言葉を最後に、ザインはひたすらに障害を切り裂くための刃と化した。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 グレンとの戦いにおいて、彼の引き起こした魔術現象を【天変地異】と評した事がウルにはあった。まさしく、彼の魔術はそのように評しても誰も文句は言わないほどの威力と、破壊に満ち満ちていた。

 それは彼が卓越した魔術師である証拠だった。極めて効率よく、相手に能力以上の圧力を与え、恐怖させ、勘違いさせる。そうすることによって実際の力を何倍、何十倍に高める彼の技量故のものだ。


〈【術式コード・凍】〉

〈【術式コード・雷】〉

〈【術式コード・風】〉


 一方で、現出した創造主に、その小細工は必要ない。

 出来ないのではなく、必要が無い。

 天変地異程度は、呼吸をするのと同じ程の気安さで、出来るのだから。そして複雑である必要も無い。彼の振るうそれは最初から頂点だ。


「む、ぅ……!!!」

『っちぃ!!!』


 空間の全てを満たす雷に対して、エシェルが夜の闇を展開して攻撃を吸収し、そこからこぼれ落ちる攻撃をユーリが引き裂く。そうすることで攻撃を凌ぐことは出来た――――だが、それだけだ。

 こちらは全力でたった一度を凌ぐが、相手の攻撃は、それが継続している


「限度が、ある……!!」


 創造主、イスラリアから放たれる力の規模スケールにウルは歯を食いしばり、【混沌掌握】による強化を与え続ける。だが、こちらにもやはり限界がある。

 竜との戦いの時以上の、力の差を感じる。とっかかりのない崖どころではない。アリが山を動かそうとしているようなものだ。


「【魔機螺よ!!!】」

『【灰炎よ】』


 しかしウルたちに更なる攻撃が叩き込まれる前に、機械の盾が割って入った。スーア達の、外からの支援だ。その隙にウルたちは戦車を走らせる。引いてくれるダールとスールは既に離脱した。ダヴィネが突貫で用意したエンジンが車輪を回し、魔機螺の上を荒々しく疾走した。


「ちぇいぁあ!!」

「【蒼極陣!!!】」


 その進路を護るように、次々と魔機螺が展開し、真人達の強化をうけたグロンゾンがその拳で戦車を守り抜く。魔術から戦車を守る装甲は一瞬で焼き切れるが、それでもほんの少しの間だけ、ウル達を破壊の渦から守り続けてくれた。


「皆からの支援が無くなればおしまいか……!」

『神の本体は何処です!!?』


 ユーリが叫ぶ。

 応じるのは戦車の中で、ひたすらに相手の状況を確認していたシズクだった。遠目には膨大なエネルギーの奔流によって何一つとして見通せなかったその内情を、銀の糸とここまでの接近によって、彼女は読み解いていた。


『――――あの瞳の中です』


 その言葉に、ディズは眉を顰めた。


『【廃棄孔……!?】』


 あの巨大なる神が創り出される光景をディズは良く覚えている。瞳のようになってる空間そのものを肉体のパーツに取り込んでしまった。そこに、二つの神の混合体を納め込んだ?


『元々アレは、方舟に強く結びついた、絶対に再生する代物でした』

『そこに急所を隠す、合理的ですね』


 確かに合理的だ。戦い方に遊びがない。自身の欲望の為とは言え、強欲の竜のように正面から殴り合うような事はしてくれないだろう 。


『では壊せない?』

『壊れはする。再生するだけだ。考えられるとしたら再生する前に、神の本体を破壊するって流れだけど――――』

〈何故そうまでして戦う〉


 その最中に、空から声が降りてきた。

 攻撃の嵐の隙間を縫うように、巨大な瞳がこちらを見下ろしてくる。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――――急所が目の前に現れた。


 そう思った瞬間、即座に動いたのはウルとユーリだった。合図は無かった。殺せると判断した瞬間にあらゆる判断をすっ飛ばして行動に移れるのが二人だった。ウルは竜牙槍を構え、ユーリは万象両断の剣を構え、一気に解き放った。


「【咆吼】」

「【終断】」


 だが、それは瞳の前に展開した結界によって防がれる。二人の力は一切を砕く【灰炎】を纏っていたが、純粋に障壁の数が桁違いだった。数十の壁を砕き、切り裂き尽くした後、本体に届く力のは残されてはいなかった。


〈無為なことを、どうして繰り返す〉

「死にたくねえからだ、よ!」


 言うまでも無い話だ。この神様は自分たちを全て消し炭にしようとしている。抗わなければ、待っているのは全ての終焉だ。ディズとシズクの戦いよりも更に選択の余地はない。抗わなければ終わるだけなのだから。

 何故死なないと問われているようなものである。理不尽にも程がある。


〈君たちは失敗した〉


 だが、無論、神はこちらの意思など知ったことかというように動く。


〈古い人類の所為で、バラついて、不平等で、醜いところばかりがヒトを真似た〉


 光輪が輝き、六つの腕が動くそれぞれが全て、世界を破壊するような破壊の渦を巻き起こす。スーアが結界を張り、シズクが銀糸を周囲に巡らせその力を受け流す――――だが、限界は即座に来た。


〈結果、争い、憎しみ合い、足を引っ張り合い、無為の血を流す〉


 結界が弾け、銀糸が引きちぎれる。空中を飛び交う装甲は次々に焼け落ちる。瞬く間に炎の海となった目の前の道を、戦車は駆け抜ける。その行く先をアカネの緋終と、エシェルの闇が飲み込んで道を拓く。だが、炎は消しきれず、全員の身体を焼いた。


〈辛くて、痛ましくて、悲しい立ち往生。だから一千年経っても、まだ殺し合いだ〉

「他人事みたいに言ってくれるな!貴方も当事者だろうに!」

〈そうだよ。その通りだ――――だから全ての責任は負う〉


 抗うようにディズは魔断の剣を奔らせる。だがやはり刃は届かない。戦士たちの接近を神が許したのは、距離が近づいたところで意味などないからだ。掌で暴れる猿を眺めるが如く、すべての抵抗は創造主の想像を超えることはなかった。


〈不毛だ。地盤が腐ってるから、新たなものが芽生えない〉


 見るべきものはなかった。 

そんな失望を抱えた言葉と共に、再び六つの腕が術式を展開する。これまでよりもさらに強く、複雑で、高度だ。一千年経とうとも、誰一人追いつくことができなかった卓越した頭脳が描く軌跡は、ある種の美のようなものすらも宿っていた。抗おうという気力すら湧いてこないほどに――――


「【ロード】展開!!!」


 ――――しかし、それを前にしても、灰の王は駆けることを決して止めはしなかった。

 【神奥フォース】の嵐を抜け出て、単身、飛び出す。その槍を構えて狙うは無論、急所があるはずの歪なる瞳だった――――だが、


〈それはもう知っている〉

「…………!!!」


 灰王の穂先は、瞳にたどり着く前に障壁に阻まれる。最下層にいた時の接触とは比較にならない硬度だ。既に対応されたのだと理解し、ウルは顔をしかめる。無論、だからとて、もう無理だと諦める理由にはならなかった。


「ノア!!!」


 叫びと共に、新たな道が形成される。直後、創造主イスラリアから放たれる魔術を避け、その場から逃れるための道をウルは駆けた。限界のギリギリで致死の攻撃を凌ぎ続ける相手を、創造主イスラリアは死に瀕した羽虫を見るように睨む。


〈ノア、戻れ〉

〈ぴい〉

「今のお前は、嫌だとさ」


 元の主の呼びかけに対して、ノアと呼ばれた人工の知性体の返事は短かった。泣き声のような音だった。それを代弁するようにウルが意訳する。


〈フォーマットしたのか〉


 激しい騒音と破壊の渦の中、それでも、神には彼の言葉は聞こえていたらしい。完全なる超越者として君臨しているはずなのに、なにやらうんざりとしたようなため息が、巨神から吐き出された。


〈幼い頃の自分を見るようでうんざりする〉

「俺は、えらく泣き虫でも頑張ろうとするコイツは嫌いじゃ無いがねえ」


 その反応に、ウルは皮肉めいた笑みを浮かべた


「失敗失敗って、繰り返すお前さんよか可愛げが――――!?」


 次の瞬間、光が爆ぜた。

 巨神の身体の一部が弾けて炸裂し、ウルの身体を刺し貫いた。あまりにも一瞬の状況で、ウルには何が起きたのか理解しきれず、そう思えた。


〈AAAAAAAAAAAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!〉

「っが……!」


 巨神の身体から、植物の枝葉のように伸びた天使たちが、ウルを捕らえ、その槍でウルを串刺しにしたのだ。

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