勇者も魔王も神も殴る羽目になった少年
戦いの準備は瞬く間に進められた。
創造主との最終戦争。
などという、あまりにも規格外な戦いに挑むことになった訳なのだが、にもかかわらずウーガの乗組員達の動きによどみはなかった。会議室の中では死にそうな顔をしていたものの、「もう慣れっこだ」といわんばかりの迅速さだった。
だが一方で、今一度まとめねばならない者達が存在していた。
エシェルによって強制的にウーガに転送され、誘拐された戦士達。創造主が出現するギリギリまで戦い続けて、最後にウーガに避難してきた戦士達である。
「多いな」
竜呑ウーガ外周部、新造された第二搭乗口にて、柱の陰から広間の様子を眺めていたウルは、集った戦士達を前に端的な感想を述べた。その数はウルが想像した以上に多かった。
「エシェルが頑張ったんだなあ」
「頑張った!」
ウルの感想にエシェルは強く頷いて、
「大暴れしたとも言えるがな」
「うぐぅ」
ジャインの言葉に即座にへこんだ。この期に及んでも、彼女の感情はコロコロと変わってわかりやすかった。すると、その戦士達に呼びかけていたビクトールとイカザが頷く。
「情報を説明し、共に戦うと判断してくれた者達だ」
「場合によっちゃ殺されると思ったが」
「流石にこの有様が、お前一人の所為で起こった事態だなんて誰も思っちゃいない……と、言いたいが」
そういって、チラリと戦士達の方を見る。すると彼等は力強く拳を握りしめて、声を張り上げていた。
「おらぁ!!出てこいや灰の王!!!殴らせろ!!」
「俺の家吹っ飛んだぞ!!!一発殴らせろ!!!」
「詳細に説明なさい!あと殴らせて!!」
「ぶち切れているヤツは多い。なので、とりあえず顔は出してくれ。これではまとまるものもまとまらん」
「一発ずつ殴られたらやっぱり殺されるんじゃねえの?」
やはり敵対というか、状況を好き勝手引っかき回した挙げ句に「協力してくれ」はかなり虫が良すぎる話であったようだ。しかしまあこれは――――
「自業自得じゃない?」
「だよなあ…………ってちゃっかりもどってやがったな、エクス」
気がつけば、いつの間にかエクスタインがウーガに戻っていた。ウルは胡乱なものを見る目でエクスを見つめたが、彼は肩を竦めて笑っていた。
「折角の灰王様の演説なんだから、聞き逃すわけにはいかないでしょ?」
「お前、俺がまともな演説出来ると思ってんのか?」
「全然まったく」
エクスタインは即答し、ウルは笑った。
「舐めんなよお前、その通りだよ」
真っ当な演説なんて行う人生ではなかったのだ。
そして、そう考えると肩の力が少し抜けた。出来ない事をしようとしても仕方が無い。彼等を舌を回して説得なんて出来るわけも無いのだから、そんなことをやろうとしても仕方が無い。
出たとこ勝負で、言うべき事を言おう。そう思いながらウルは前へと踏み出した。
「どうも、灰の王です」
「芸人かな?」
エクスタインの突っ込みは聞かなかったことにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ウルが出てきた瞬間、戦士達はどよめきと共にひとまずの沈黙を保った。速攻で罵詈雑言が投げつけられるかとも思ったが、理性は残されていたらしい。
そう思っていると、戦士達の一人が前に進み出る。なにより今すぐぶち切れて顔面に拳をたたき込みたいという表情をありありと浮かべるその小人に、ウルは見覚えがあった。
「お前なあ……!」
【白海の細波】ベグードだった。
「あ、パイセン」
「殴るぞ。いや殴らせろ……!そして何か言いたいこと、申し開きはあるか?」
「ない」
ウルは即答した。ベグードは額の皺を強くした。
「ないのか……何をしたか分かってるのか……?」
「太陽神と邪神の戦争中に突っ込んで戦況膠着状態にしながら遊撃部隊で各勢力を更にひっかき回して、結果として世界滅ぼす災厄が顔を出した」
「分かってるのか……!」
分かっている。流石に分かっている。分かっていなければこんな所にのこのこと出てきていない。自分がやったことは身勝手の極みであり、この世界の窮地はその勝手してきた結果と言えなくも無い。そこに言い訳の余地はなかった。
今すぐ殺されても文句は言えない(殺されるわけにもいかないが)だからこそ、ウルは前に出てきたのだ。
だが、ベグードが更に何かを言う前に、もう一人前に出てきた。杖をついたその老人を前に、ウルは少しだけ表情を緩める。
「灯火の、お久しぶりです」
「おお、久しぶりだな。ウルよ」
灯火の神官、【陽喰らい】の時、そしてウルが焦牢に捕まった後も随分と世話を焼いてくれたと聞いていた老人が、朗らかに手を振る。ウルは素直に頭を下げた。こんなどたばたが起こるまでは、ウルも手紙でやり取りを行う程度には、世話になった相手だったからだ。
「全く、大変なことになったものだ。さて、ウルよ」
「はい」
「このような状況下だ。我々も全てを把握は出来ていない。恐らく、我々も知り得ぬ情報もあるのだろう。だから突っ込んでは聞かない。状況も切羽詰まっている」
「ええ」
残念ながら、話し合う時間は無い。そして話し合いをしたとて、何も決まらないくらい、ややこしい状況でもある。だからウルも、ここにいる全員に、全てを説明するつもりはなかった。
だが、この老いたる灯火の戦士もその事は理解しているらしい。
「だから、せめて、君の心内を明かして欲しい」
「心内ですか」
「この状況だ。時間も無いだろう。だから必要なのは納得だ」
彼の言葉には力はなかった。老いた、弱々しい声だ。だのに随分と良く響くのは、彼が多くを導く役割をこれまで担ってきたからだろうか。
「俺と戦うことに、納得してもらえるかは、わからないですが」
「もし本当に、君が誰からも共感されない人物なら、誰もここに集まりはしなかったとも」
ふむ、と、ウルは戦士達を見る。彼等は黙って、ウルの言葉を待っていた。ウルは一度頭を掻くと、そのまま今度こそ全員に視線を向けた。
「俺はこの世界のことはそんなに好きじゃ無かった」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「名無しだし、それなりに差別もされてたしな、嫌な思い出の方が多かった」
実際、そうだった。ウルの今日までの人生は決して恵まれた環境にはいなかった。
ヒトとして認められてもいない妹を抱えて、各都市を放浪しながら生きてきた。その間、多くの悪意や敵意に晒されたし、差別だって受けてきた。それに対して無抵抗にただ虐げられるようなことは全くなかったが、どうしようもなくなって逃げる他なかったことだってちゃんとあった。
最下層の、力を持たない子供だ。嫌な思いをしたのは一度や二度じゃない。冒険者として力を身につけてからだって、そうした思いをしてきた事は何度もある。ディズのように、悲惨な目にあっても尚、世界を祝福出来るような聖者なんかじゃないと、ウルは自分のことを理解していた。
「だけど、陽喰らいの時、多くの人たちが戦ってたのを見て、嬉しかった」
勿論、戦っている最中はそんなことを考えてる暇は全くないほど騒がしく、忙しくて危うかった。だけど振り返ってみて“陽喰らい”の戦いを思い出すと、心の内側に暖かなものが湧き上がってくる。
「これだけ多くの人が、全力で支えてくれて今があるのだと」
沢山の戦士達が死に物狂いで戦っていた。世界を滅ぼすまいと必死になっていた。その真実がウルに与えた影響は決して小さくはなかった。
なんだ、棄てたもんじゃないじゃないか。そう思えたのだ。
それは、世界の真実を知った今であってもそう思える。例えどれだけこの世界の構造が悪意に満ちたものであっても、そこに生きた人々の善性が失われてしまうわけではないと理解しているからだ。
「あの時参加したのは自分の都合だったが、頑張ろうと思ったよ……あんまりにも地獄が過ぎて、途中で心折れかけたけれども…………それでも、末端でも、支える側の一員になれたってことは誇らしかったよ」
全く本当に、酷い戦いだったと改めて思いだして、ウルは小さく笑った。そして、
「だから土壇場、修羅場で蚊帳の外に俺たちは置いていかれたのには正直腹立ったな。安全な場所でじっとしてくれっていわれた。火の粉は全部こちらで被るからってな」
「うーん、胸が痛い」
「…………」
「悪い悪い」
ディズが苦笑し、シズクが小さくうつむく。ウルは二人をみてケラケラ笑った。
「まあだから、二人を護ろうって思ったのは、このひでえ現状を拒絶したいって思ったのは……棄てたもんじゃないって思った世界が、こんなクソみてえな状況を受け入れようとしたのを、否定したかったってのは、多分あるんだと思う」
だれもが必死に抗おうと、生き残ろうと、皆を支えようと努力していた世界が、二人の少女を贄にすることを許容する。その事実に腹が立った。
勿論、全てがそれだけじゃない。ウルを取り巻く要素は混沌だ。だけど、それが一つの大きな要因になったのは確かだった。
「俺は、この世界が結構好きになったよ。だから、なんとかしたいって思っただけだ…………で、さ」
ウルは振り返る。
外周部に新造された搭乗口は、ウーガ頭部のすぐ側で、外の光景がよく見えた。
「あの神様は」
遠く、プラウディアの中心にて、かつて真なるバベルがあったその場所で、巨神が鎮座している。なにを気にすることもなく、六つの腕を広げ、空に巨大なる魔法陣を機械的に描き続けている。
「自分が創った世界が間違ったから、全部更地にして真っ白にした後にやり直すんだと」
守りもしない、倒しもしない、破壊も再生もない。ただひたすらに真っ白に消し去って、その後新しく造り直す。彼の言っていたことはそういう事だ。
「確かに此所は、悪党も善人もごちゃごちゃの、わかりにくい、ままならない世界だ」
ウルは戦士達に背を向けて、前を行く。彼に続くように、彼と戦う事を選んだ者達が、従うようにしてついて行く。
「俺達は失敗するし、無様を晒すこともあるし、下らねえことも言うけど」
彼が足をかけて乗り込んだのは、用意されていた巨大な戦車だった。随分と古くからウーガに搭載され、しばらく埃を被っていたソレは、ダヴィネによって整備を加えられた。
「だけど」
魔機螺の装甲戦車を引くのは二頭の馬、白と黒の巨大な馬は、乗り込んだウル達を見て鼻を鳴らした。遅いぞとでもいうような仕草に、ウルは苦笑する。
「綺麗じゃ無いから、小汚いからと――――」
戦車の屋根、魔機螺で出来た足場にて仁王立ちしたウルは、プラウディアの、方舟の中央にて鎮座する神を睨み、宣言する。
「――――全部無かったことにされる謂れは、ない!!!」
そう叫んだ瞬間、白馬と黒馬の両馬は雄叫びをあげる。搭乗口からウーガの重力魔術と、そして【魔機螺】によって精製される足場を馬車がかけだした。更に彼等のサポートをすると決めた戦士達は、その後に続いていく。
残された戦士達は置き去りだ。好きにしろと、まるでそう言うように。
彼等に対して、イカザもビクトールも何も言わなかった。指示も出さなかった。ただ、彼等の意思に委ねた。そして、
「…………そうだな」
プラウディアを長く守り続けていた騎士の一人が剣を抜いた。
「ああ、そうだ」
国のことなど知ったことかというように金を稼いでいた冒険者は、愛用の斧を構える。
「神だろうが何だろうが、勝手に決めつけられてたまるか」
神に仕え、敬虔であった天陽騎士は吐き捨てるように言った。
「ああ、そうだ!!やってやる!!」
「戦うぞ!生き残れ!!」
「負けてたまるか!!死んでたまるか!!!」
雄叫びが、伝播するように叫ぶ。ソレを見たイカザとビクトールは目を視線を交わせる。そして二人は剣を構え、掲げると、全員に聞こえるような鋭い声で、叫んだ。
「抗え!!!」
「行くぞ!!!」
戦士達は叫び、そしてウルが進んだその道に、全員が続いていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
竜呑ウーガと魔機螺の装甲が創り出す空中の橋を戦車が駆け抜ける。その戦車の上にウルは立ちながら、足下から感じる、どこか懐かしくも感じる振動に、ウルは苦笑した。
「まさか、またコイツに乗る羽目になるとはなあ……」
冒険者としてウルが考え出した試行錯誤の一品、【ロックンロール号】は、ダヴィネによって随分と手を加えられ形を変えたが、それでも元の原型は残っていた。そこに妙な懐かしさと愛嬌を感じるが、今は懐かしんでいる場合ではない。
「ダール、スール、限界まで接近して、離脱してくれ。無茶かもしれないが……」
それをひく白と黒の両馬に語りかける。いつの間にやらやってきていたディズの愛馬の二頭は凄まじい速度で馬車を引いた状態で、高く嘶いた。
「誰に言ってるってさ」
「頼もしい」
ディズの翻訳にウルは笑う。この賢すぎる二頭ならば、言われるまでもなく無理はすまい。なにせ、真っ暗闇の夜の中を駆け抜けるほどの、勇者の友なのだから。
だから、問題があるとしたら彼等ではなく――――
「きたぞ!!」
それを阻む、神の攻撃だ。
正面から――――というよりも全方位から嵐がきた。予兆は全くなかった。あらゆるを飲み込む焰だった。全員がその場で身構え、攻撃を切り裂くため
《止めろ!!!》
《おお……!》
ウル達が動くよりも早く、背後から無数の守りが直撃を防いだ。一つ一つは決して、強くは無かった。だが、束なり重なって、僅かでも神の猛威を僅かに逸らすだけの盾となった。ウル達の後ろから、無数の戦士達がウルを支援していた。
魔界の戦車も、ウルたちの盾になるように疾走する。
《止まるなよ!》
「ああ、だけど無理は――――いや」
通信から聞こえてきた声に、ウルは一瞬警告しようとした後、笑って言葉を変えた。
「限界まで頼む」
《やってやらあ!!》
ウルの言葉に、戦士達が雄叫びを上げた。
《全員!!灰の王への攻撃を近づけるな!!あらん限りの攻撃を撃ち尽くせ!!!》
爆風と轟音、激しい嵐のその中心をロックンロールは駆け抜ける。だが無論、相手もそれを好きなままにさせるほどにはぬるくはない。連続した爆炎が進路上で打ち上がる。最早逃げ道など見えぬほどの光景だったが、ウルは慌てはしなかった。
「ウーガ!!!」
《跳ね上げます!!》
《おらぁ!!いっちまえよ!!》
カルカラとダヴィネの声と共に、ウーガと魔機螺の創り出す進路が変化し、坂を作り出す。
次の瞬間、ダールとスール達は勢いよく坂を駆け上り、そして完全に息の合ったタイミングで牽引する金具を放ち、離脱する。その瞬間一気に戦車は空へと飛びだした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「戦車って飛ぶんだなあ……」
「飛んだねえ……」
「飛びましたねえ……」
目の前に広がった光景に対する、ウルのややのんきにも聞こえる感想に、シズクとディズは相づちをうった。だが、勿論、そんなことを言っている場合ではないのは誰の目にも明らかだ。
「言ってる場合ですか。来ますよ」
「でっか……!」
ユーリの指摘に、エシェルが呆然とした声を上げる。
真なるバベルの全てを依り代に、大罪都市プラウディアの中心地を陣取る神は、向こうからみれば豆粒のようにもみえるこちらの事を、しっかりと捉えているらしい。その不気味で巨大な瞳がまっすぐに、こちらを睨み付けた。
〈また来たのか、簒奪者〉
「よお、さっきぶり、神様」
気安く挨拶を交わす傍らで、六つの巨大な腕が蠢き、それぞれに術式を展開する。この世界でもっとも強大で正確、最強の【神奥】を振るう神へと、ウル達は各々の武器と力を構える。
〈私も忙しい。邪魔なので、消えてくれ〉
「やだね」
次の瞬間、双方の力は激突し、空で炸裂する。
全ての命運を定める、最後の戦いが始まった。
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