世界が砕ける前に

 Jー04ドームの戦場は佳境へと至っていた。

 突如として空から降りてきた紅蓮の男による攻撃は苛烈を極め、海のように押し寄せてきた禁忌生物たちをまるで紙切れのようになぎ払い続けていく。力の差は明らかだ。誰がどう見ても、男は圧倒的だ。

 あれほど恐れていたΩすらも、彼を前にすれば紙切れのように吹っ飛んでいく――――だが、限界というものはある。


「…………だりぃな」


 だが、それでもまるで押し寄せてくる津波のような敵を一つ残らず打ち倒し続けるというのは、どれほどの超人的な男であっても無理があったようだ。彼は徐々に汗を流し、傷が多くなる、いくつもの水薬を口にしているが、それが無理がある。


 あれほどの能力を有しているのだ。逃げることは容易いはずなのに彼は全くそうしない。その理由は明快だ。彼の背後に、禁忌生物には太刀打ち出来ない貧弱な自分たちが存在するからだ。

 自分たちを護るために、彼は最前線で息継ぎすら出来ないほどの戦いを続けている――――その事実に対して、何も出来ずに呆然としていられるほど、自警部隊の面々も恥知らずでは無かった。


「支援しろ!!!」


 一人が叫び、それに多くの兵士達が続いた。


「倒そうとは思うな!だが彼を休ませろ!」

「押し寄せる波を少しでも遅らせるんだ!!」

「交代で攻撃しろ!攻撃の壁を創れ!!!」


「ああ、なんだよクソ雑魚ども。あんま前に出るなよ」


 そんな彼等の奮闘に対して、やってきた紅蓮の男は面倒くさそうにため息を吐く。全くもって、感謝のしがいの無い言動だった。だから、彼と同じように悪態をつきながら、兵士達も応じた。


「俺達だって戦えるんだ!!休めよ!!!」

「うるせえな、雑魚に護られるのはシャクなんだよ」

「俺達だって!!シャクだよ!!護られてばっかりなんてな!!!」


 そう、ムカつく。

 自分たちの敵だと、おぞましい簒奪者だと教えられていたヤツに助けられるのはムカつく。自分たちが知らずに傷つけてきたような相手に、逆に救われてしまう自分たちが尚ムカつく。その怒りを原動力に、兵士達は銃を手に持った。


 奇妙なる共闘が始まり、そして連携が形になりつつあった。それでも悪感情の渦はとどまることをしらなかったが、押し潰されるでも無く、なんとか踏み止まりつつあった――――だが、その時だ。


「――――なんだ、ありゃ」


 兵士の一人が指さしたのは、空に浮かぶ大陸。ここからでもハッキリとその存在が見える。【方舟】だ。最早空に浮かんだ山のように見える方舟の、更にその上空で、何かが光り輝いた。


「……ああ?」


 光は、徐々に大きく広がっていく。小さな……のように見えた光は、複雑怪奇な模様を描きなが拡大を続け、空一杯に広がった。それは方舟の範囲にとどまらず、どんどんと拡大を続けていく。終いには、ここいらの空も全て、光の模様――――術式に覆い尽くされていった。


「まーた面倒ごと起きたな?哀れな弟子め」


 困惑が続く中、紅蓮の男だけは一人、何か思い当たったのか笑い悪態はつく。その握る拳には力が戻っていた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 バベルの塔を依り代にして顕現した巨大なる神、イスラリアが何かを展開した。それがなんなのかは、ウルにも判断つかなかったが、間違いなくろくな事にはならないと言うことだけは分かる。

 が、しかし、少なくともその神が行った行動が、今すぐにこちらに何かしらの影響を与えるものでは無い。と気づくと、ひとまず身体を起こし、周囲を見渡した。ちゃんと最深層にいた連中が転移出来たのかを確認しなければならなかった。


 この中で一番弱り果てていたシズクも、なんとか顔を起こしていた。そして周りの顔を見て――――なにやらぷるぷるとシズクを見つめている女王の姿を発見した。


「エシェ――――っごふ」

「シィィズクウウウウウ……!!!」


 どうやら大分我慢していたらしい。声をかけられた瞬間エシェルは飛び出し、シズクに抱きついた……というよりも最早タックルに近かった。弱り果てていたシズクは思い切りぶっ倒れた。死ぬぞオイ、と、忠告しようとも思ったが、


「よがっだあ……!!」

「………………はい」


 言うべき事もしっかり忘れて、泣き笑いながら抱きつくエシェルと、その彼女を、少し困ったような、戸惑うような顔で頷くシズクを見て、ウルは肩の力と共に気が抜けた。


「良かった、まあ、そうだな」


 極めて端的な感想となったが、しかし、今はごちゃごちゃと考えず、それくらいシンプルな方が良い。二人を見ていたユーリも同じ事を思ったのか、少し呆れながらも小さくため息を吐いた。


「そういうことにしておきましょうか……立場上流石に簡単には済ませられない事もありますが」

「ごめんね、ユーリ」


 と、ユーリの小さなぼやきにディズが申し訳なさそうに笑う。ユーリは面倒くさそうに舌打ちした。


「最初に貴方に加担して、勝手に裏切った尻軽です。問題を抱えているのは私の方なのだから、謝られる事はない」

「じゃあ、ありがとうユーリ」

「……もう良いです。ウーガの女王、助かりました」


 諦めるようにもう一度ため息を吐き出すと、今度はエシェルへと向き直り、真面目な表情で礼を取る――――が、今度は何故かエシェルが珍妙な顔になった。


「う゛ー……」

「何故唸るのです」

「ウルの奴隷になったの私の方が先だからな!!!」

「そうですか」

「興味なさそう!!!」


 本当に、かつてない勢いで心底どうでも良い、という顔になって、エシェルは泣いた。そして何故か代わりに、というようにスーアが座り込んでいるウルの頭を撫でて頷いた。


「私は眷属になりました」

「う゛-!!!」


 何かしらの争いが発生した。


「《にーたんにーたん、ハーレムよ》」

「地獄みたいなハーレムだな。何処の誰のだよ」

「貴方以外誰がいるんです?」

「もう少しクッション挟んで言葉濁してくれ。ゼロ」


 子供の指摘は容赦なかった。すると今度はスーアの側に居たグロンゾンが、ウルの頭を撫でた。


「うむ、ウルよ。上手く気配りしてやらねばならんぞ?」

「真っ当な助言どうも。っつーかいいんすかスーア様については」

「うむ、合理性のみで考えるなら、今のお主とスーア様の繋がりはむしろ推奨せねばならん段階まで来ているな?」

「マジかあ……」


 冗談だろと言いたかったが、彼は真顔であった。そのままグロンゾンは前を見る。


「何せ世界がこうであるし」


 この世界の中心であるプラウディア、その要であるバベルが創造主によって支配され、世界を滅ぼそうとしている。その城下の街は大半が廃墟と化し、更には空は謎の術式で覆い尽くされようとしている。

 末世そのものの光景である。ディズとシズクが暴れていた頃よりも増して酷い。


「全員、生きて帰ってきて何よりね」


 と、そこにその場の誰でも無い者の声がかけられた。振り返ると、司令塔の中からひょっこりと、なんだか不思議とえらく懐かしく思える顔が覗いていた。エシェルにされるがままに抱きつかれていたシズクは振り返り、小さく囁いた。


「リーネ、様」

「あらシズク、また顔が見れて嬉しいわ。皮肉でもなく本当にね」

「……」


 リーネは笑う。シズクは小さくうつむいた。「いつもの余裕綽々な面とは正反対ね」とリーネは呆れるように言うと、司令塔の中へと促すように顎でしゃくった。


「ここでぐだぐだしてないで早く戻りなさい。皆お待ちかねよ」


 それだけ言って、彼女は再び塔の中に戻っていく。感動の再会からはほど遠い態度であるが、そういう所もいつも通りで安心出来た。よし、と、ウルも頷くと、立ち上がる。


「ま、んじゃ、行くか。作戦会議だ」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 竜呑ウーガ司令塔会議室にて。


 ウーガ誕生以降、この場所では様々な議論を交わしてきた。それも、「普通」からは大きくかけ離れた議題を重ねられてきた場所でもあった。ウーガという場所の特殊さに加えて、それを利用する者達の特殊さが、議論内容の色物っぷりに拍車をかけてきた。


 だが、恐らく今回の会議はコレまでで最大のイロモノとなる。


 何せ、創造の神に滅ぼされるか、滅ぼすかの作戦会議なのだから。


「――――と言うわけで、この世界の創造主が出てきて全てを更地にしようとしてる訳なんだが…………全員大丈夫か?」


 ウルはここまでの全容を、ウーガの乗組員代表達および、戦士部隊の代表者、更にプラウディアから避難してきた騎士団長や冒険者ギルド長、神官、さらには元太陽神に月神、七天達に、現天賢王につらつらと状況を説明し終えた。そして顔を上げると、


「本当に何も聞かなかったことにして寝てていいっすか?無事なベッド残ってるっす?」

「…………頭、いてえ」

「なんでこうなる……?なんで終末戦争以上に事態が悪化する……?」

「これ以上の底は無かったでしょ……なんでその底が抜けるの……?」

「ウルだからじゃねえかな……」

「限度があるだろ……呪われてんのか」

「呪い振りまいてるんじゃねえだろうな」

「可能性があるな。誰か塩撒け塩」


「傷つく」

「大丈夫じゃなさそうだね」


 死屍累々の状況になっていた。

 ウルは傷つき、フォローし注釈していたディズは苦笑した。


「良いか」

「どうぞ、ジースター」


 ややお通夜気味の空気の中で、真っ先に手を上げたのは比較的マシな顔色をしたジースターだ。彼は頷くと、会議室の中心に添えられた遠見の水晶を指さした。


「色々と情報が出てきたが、結論として、アレを打ち倒す他ない、という事で良いのか」

「ああ、まあそうなるな」


 アレとは無論水晶に映った神である。今も引き続き、謎の術式を空に展開し、その規模を広げ続けている。同時にこちらに対する攻撃も行っている。その為ウーガは近づくこともできず、激しい軌道を描きながら牽制するように神の周りを旋回している。その為か会議室も結構な頻度で揺れていた。


「ではまず、重要になるのは、どうやって神の所まで近づくか、か?」

「途中まではウーガでも行けますが……近づきすぎると、相手の魔術干渉によってウーガそのものが墜とされかねない。現時点の距離でもかなりの干渉を受けています」

「転移術は?」

「位相は同じだと思うけど、神の周囲は魔力は濃すぎるから、直接は無理。せめて起点になれるヒトが接近しないと」


 グラドルから出向し、この修羅場の中でもウーガに残ると決めてくれた術者たちが答える。この戦争が始まってからずっと緊張状態が続いていたためか表情の疲労は濃いが、それでもまだハキハキと答えてくれた。


「途中まではウーガで、そして残るは直接か」

「重力魔術の応用、それと【魔機螺】の応用で【道】は展開出来ます。ダヴィネ、可能ですね?」

「当然だ!……ま、【白王陣】製はウルが持ってるヤツだけだがな」

「よろしい、では次に誰が行くかだ」


 続けてグロンゾンが確認すると、応じるようにユーリが挙手した。


「大前提として、七天未満、黄金級未満の実力者は直接アレに対峙出来ないです」

「黄金級未満……」


 冗談だろ?というようにビクトールが娘を見つめるが、ユーリは首を横に振った。


「事実です。超広範囲に【終局サード】以上の破壊魔術が常時打ち込まれる戦場と言えば理解出来ますか?」


 その答えに全員が沈黙した。実際、ウルも体感した限りそんな具合だ。間合いとか、敵の動作であるだとか、そういう小手先の技術で対抗出来る相手ではない。超広範囲に一撃必殺の破壊力と規模を有した魔術を継続して放ち続ける敵だ。抵抗手段が無い者が突っ込んだとて、何一つとして力にはならない。犠牲が増えるだけだ。


「ひどい話だな。となると、私も出ねばならないか?」


 イカザが手を上げると、ディズは眉を顰め、彼女の身体を見つめた。


「師匠、貴方も満身創痍ですよ?」

「神様になって、神様とやりあってたお前に言われるとはな」

「それを言われると返す言葉も無い」


 冗談を言う程度には余裕はあるらしいが、ウルから見ても彼女の表情にはまだ疲労が濃いように見えた。ウーガに避難する上で全員を助けるために無茶をしたと聞いている。


 勿論、それでも並の戦士よりも遙かに頼りになるのだが――――しかし、彼女には別の仕事もある。


「イカザさんと、ビクトール騎士団長にはウーガにいる戦士達の指揮を頼みたい」

「ああ、なるほど。お前達が誘拐していった戦士達か」


 誘拐、という言葉に「うっ」と、エシェルは肩を揺らす。だが間違っていない。ウーガが突撃した後、周囲の魔力を吸収し、動けなくなった者達を片っ端から転移させるという無茶をした戦士達が、ウーガには結構な数、収容されているのだ。

 当然、彼等のウル達に対する心証は良くはないだろう。だから、その指揮は頼みたい。


「魔力切れはエシェルから返却されれば回復する。まだ動けるヤツがかなり居るはずだ」

「この状況を予期したから、ここまでの無茶をしたのか?」


 ビクトールが驚くように尋ねるが、ウルは素直に首を横に振った。


「予期なんて出来るわけが無い。だけど、万が一の時、怪我なく動ける戦士が多い方が良いと思ったのは事実だ」


 傷は負わせぬよう戦闘不能にさせた方が後に都合が良い。


 そう言ってきたのは確かグレーレだったか。彼の事情、あるいは戦後の処理についての懸念の意味と解釈していたが、もしかしたら彼ならばこの状況下すら想定していた可能性は否定出来ないが、今は確かめようがなかった。


「確かに、ウーガも護らねば話にはならないか」

「ええ、向こうもあの巨神一体だけが敵なわけがないでしょう。ウーガが墜とされれば、戦闘員たちの支援すらままならない」

「で、総指揮はジャイン頼む」


 ジャインに話を振ると、彼は顔をしかめ、そしてイカザとビクトールの方を見た。


「おいおい、俺よりも二人の方が良いんじゃねえのか」

「ウーガ内部での指揮ならお前以上の適任はいねえよ。頼む」


 ウルの言葉にイカザとビクトールも同意するように頷いた。ジャインは小さく舌打ち


「わあったよ。ガザ、レイ!配置につけ!ラビィンは俺とだ!」

「ならば先に、私は話をまとめてこよう。戦士達の場所へ案内して欲しい」

「こちらです」


 ビクトールも同様に頷くと、一瞬だけユーリに視線を送った後、先に席を立った。慌ただしい状況だったが仕方の無いことだ。何せ、本当にいつ、世界が終わるかもわからないのだから。


「それと、精霊の力は戦えません」


 次の議論、というように手を上げたのは、スーアだ。


「相対した時、私の加護も強制的に奪われました。精霊はアレの支配下にある。というよりも【星海】が閉じられてしまって、交信ができず、新たな加護も授かれない」


 そう言ってスーアは手の平をかざすが、その周りに何時もの精霊達の輝きは無かった。そこにはウルが有している者と同じ、灰色の炎。それを見た瞬間、戦士の何人かがウルを度しがたいものを見る目で見てきたので、ウルは気づかないふりをした。


「精霊まで自由……まさに創造の神か……ここからでも奪われるのでしょうか?」

「それはないようです。少なくともまだ、使えています」


 ちらりとカルカラを見るが、カルカラは掌から岩石を創り出して見せた。と言うことは全ての精霊の力が問答無用で没収されているようではないらしい。


「ですが、近づけば同じように取られるのでしょうね。スーア様が抵抗できないなら、誰もできないのと同じだ」

「神官達は後方支援確定と…………ちなみにエシェルは大丈夫だった?」

「全然平気」

「つくづく規格外だなあ…………ウルの方は?月神が相手の手中にあるなら、竜の力も似たようなものでしょう?」


 けろっとしたエシェルに苦笑したディズは、そのままウルに視線を向ける。ウルは自分の内側に意識を向けるように、心臓のあたりを掌で撫でた。


「抵抗してくれているらしい」

「なら、彼女たちを信じようか……次。加護の話に繋がるけど、神と戦うための前提条件。神に通用する武器を有しているかどうかって所」


 神に抵抗出来る武器。

 なんとも禍々しい言葉に、未だ神と敵対するという事実自体、上手く飲み込めていない面々が生唾を飲む音がした。ディズは気にする事無く続ける。


「今のところ、有効だったのは【天愚】【魔断】それに」

「《わたし!》」


 不意に、シズクの指先の銀糸から、緋色の声が響く。ディズは笑った。


「アカネだね。エシェルも行けるかな?」

「いける。私の力は通用していた」


 エシェルはハッキリと頷いた。一瞬カルカラは祈るように両手を重ねたが、以降はまっすぐに彼女を見つめた。


「貴方の眷属化は?増やせないですか?」

「そんなに貸与はできん。元々、俺が扱いきれなかった分を押しつけただけだからなあ」


 ユーリの問いに、ウルは首を横に振る。土壇場で使ったあの力はそこまで自由ではない。そもそも、あれはディズとシズクから強制的に神を押し出す為の技術であって、力を分け与えるためにデザインされていない。

 そもそもウルの有する力の量はそれほど多くない。分けすぎると、自分が使う分まで無くなってしまう。


「【天愚】は間違いなく有効ではある筈なんだがな。なにせもともと神の抑止装置だ」

「必然、ウルが中心か」


 かかるプレッシャーに泣き言の一つも言いたい気分だが、流石にそれは飲み干した。


「戦闘で動けるのは俺、ディズ、シズクに、エシェル、ユーリ、スーア様は?」

「いけます。ですが、貴方の炎は精霊ほど強くは操れません」

「ならサポートに回ってもらった方が良いか、グロンゾン、ジースタ-と一緒かな?」

「私もいけます!やります!!」


 と、そこにゼロが勢いよく手を上げた。


「我々もゼロに及びませんが、サポートはできます」


 彼女の保護者のように、勢いよくとびだしかねないゼロの方を押さえて、ファイブ達が頷いた。とはいえ、【真人】達の技術は確かだ。士気もあるというのは頼もしくありがたい


「……なら、後は」

「どう倒すかでしょうか」


 沈黙し続けていたシズクが、小さく尋ねた。疲労し、疲れ果てても尚美しい鈴の音のようなその声の問いに対して――――


「…………」


 ――――誰も、即座の答えを出せずに、沈黙した。


「でないか。まあ、そりゃな」


 だが、それは仕方の無いことと言えばそうだ。何せ、あまりにもとっかかりが無い。


「情報を聞く限り、アレは我々が信奉していた神をも超える力を持っているのでしょう?」

「しかもその、神をも、アレは手中に収めている……」

「笑えてくるくらい状況ひでえな」


 本当に、相手は絶望的だ。太陽神と月神は、確かにそれだけでもとてつもない相手だった。だが、神とは名ばかりで、あくまでも自分たちが使っていた道具の、あるいは相対していた敵の延長線上に存在していた。とっかかりは存在していた。

 だが、創造主となると、そのとっかかりがない。皆無だ。何一つとしてピンと来ない。それは実際に相対したウル達にしてもそうだ。

 だが、それでも


「――――つったって、殺されてやるわけにゃいかねえだろ!?」


 沈黙に耐えきれず、コースケがそう言うと、ウルは笑った。


「そりゃそうだ。戦う前から絶望しても世話無い。それに、可能性が無いわけじゃない……リーネ」


 ウルはリーネに呼びかける。司令室から再び自分の研究スペースに引き籠もった彼女は、最早鬼気迫る表情でずっと自分の術式に向き合っていた。周囲にはシンタニや彼女の弟子の姿もあるが、彼女の殺意にも似た集中力に勝る者はいなかった。


「聞こえてもいないな」

「彼女を待つ時間はないですが、問題ないのですか?」

「問題ない」


 ユーリの問いに、ウルは即答した。ならば良い、とユーリはそれ以上追求しなかった。

 おおよそ、話すべき内容は詰められた。「よし」とウルは立ち上がった。


「全員、出来ることを始めるぞ」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ウル、様」


 会議室の皆が、慌ただしく動き出し、にわかに騒がしくなった最中、不意にシズクが声をかけてきた。裾を指でひくような弱々しさだった。


「私……」


 そして、そのまま何も言葉にならずに沈黙する。


「迷子みたいな顔だな」

「そう、ですか」

「戦うのが嫌なら構わないぞ。皆の前じゃ言わなかったが、死にに行くようなもんかもしれんしな」


 そう言うと、しかしシズクは首をハッキリと横に振った。


「ウーガに居れば安全、と言うことはもう無いでしょう」

「“アレ”が完成したら、どの道って感じだしな」


 遠見の水晶から見える空の術式。あれがなんなのか、幾人もの魔術師達が調べている。だが、調べなくても、ウルも、この場に居る全員もなんとなく、察しのようなものはついてしまっていた。


 アレが完成すれば、その瞬間全てが“おしまい”だ。と、


 アレは全てを消し去るために、準備を進めているのだと。


「まあ、やるだけやるさ。アレが出てきちまったのは――――」

「私“たち”の所為、だね」

「《そーよ?》」


 と、ディズが背後からウルの言葉を広い、シズクの銀糸からアカネが続けた。ウルもその言葉に笑い、肩を竦めた。


「だな。だからまあ、なんとかしないとな。お前はどうする?」

「私は」


 シズクは再び沈黙する。やはり表情は弱々しく、言葉一つ紡ぐののにも一苦労だ。だけど、それでも顔を上げて、ハッキリと彼女は言った。


「貴方と、いたいです」

「そうかい、嬉しいよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る