一つの世界を創った男③ やりなおし
彼が世界を見捨ててからの旅路は、あまりにめまぐるしかった。
彼は豹変し、独立を宣言し、世界を敵に回す戦争をしかけた。彼の仲間達も彼に追随したし、ザインも彼に協力した。だが、実質的に彼は本当にたった一人で世界を相手取って戦っていたに等しかった。
自分の手足となる新たなる人類を創り出し、並み居る軍隊を容赦なく叩きのめし、世界に勝利した。誰も彼に打ち勝つことは出来なかった。彼は母なる星を見捨て、仲間達と、自分が生み出した新人類達と共に新天地へと赴いた。
だが、彼の傷は根深かった。
かつての快活さは消えて失せ、暗い影がその顔には宿っていた。仲間達にすら、その敵意を向けていた。自分が生み出した人類を、まるで人形のようにコントロールし、支配下に置こうとした。
それが赦されない事だという仲間達の意見も聞かず、決裂は強くなり、彼は新天地の中でも孤立した――――が、孤立、という表現が正しいかは分からない。何せ、そうあっても彼はあまりにも強すぎたのだから。
誰一人、太刀打ち出来なかった。ザインも彼を止めるべく動いたが、どうしようも無かった。【星石】という奇跡に選ばれた天才である彼は、本当の意味で怪物だった。方舟に共に乗り込んだ外の世界の住民――――邪教徒達と共闘することすらあったが、それでも全く何一つとして歯が立たなかった。
誰も止められない神として君臨し、ソレを止めるべく戦った者達もその内散り散りになった。倒しようのない神に抗うことを、多くの者が諦めていった。
理想郷、それを謳った世界はバラバラになって、創り出した者達は無責任にも全てを諦めた。そして時は流れ――――
「久しぶりだな。イスラリア」
ザインはかつて、護衛の対象であった彼に声をかける。ベッドで眠る彼は、老い果てて、疲れ果てた表情で、尋ねてきたザイン達を見つめ返し、そして口を開いた。
「……まさか、昔の連絡先が、まだ、使えるとは、思わなかった、な」
その声は、本当に弱り果てていた。
幾度となくザイン達を打ちのめした神の声とは到底思えないほどに老い果てて、弱り果てていた。ザインはようやくこのとき、彼が実は人間であったのだと気がついた。
だが、彼が死に瀕しているのは、ザイン達が彼を追い詰めた結果ではなかった。ただただ純粋に、彼は、彼自身の病によってその命を終えようとした。
こうして彼の下に来られたのは、誰であろうイスラリアから連絡がきたからだ。
「うむうむ!いやあ私も君の連絡に良く気づけたと自分で感心したよ!アドレスを変えていなくて良かったなあ!なあザイン!!」
「特にお前は、気紛れだからな」
共に来たクラウランの明るい声に、普段無愛想なザインは小さく頷いた。イスラリアへの無謀な戦いを続けた仲間は、長きに渡る仇敵を前にしても変わらずだった。
「それで?なんの用なのだ、先生」
そしてもう一人、グレーレはややつまらなそうに――――あるいは少し寂しそうな顔で、死に瀕したイスラリアを見つめていた。その彼の表情と言い様に、イスラリアは小さく微笑みを浮かべた。
「偉そうな、しゃべり方に、なったな」
「何十年過ぎたと思っている!?流石にもう子供でもないとも!」
少し呆れ気味にグレーレが笑った。
かつて、方舟が旅立ったとき、グレーレは子供だった。随分と時が流れたが、イスラリアからすればグレーレは幼い子供のままらしい。
「それで、なんの用なのだ?」
「後始末を、たのみたい」
そう言って、ぽんと、ベッドの近くのテーブルに重ねられた資料を彼は指さした。グレーレはそれを手に取ると、深く眉を顰めた。
「貴方が残したものの、後始末?勝手な話だ」
グレーレから渡されたそれにザインも目を通す。彼の表情の意味は分かった。その内容はイスラリアが生み出した数々の発明――――それも、彼が暴君として方舟の中で君臨していたときに用意した発明ばかりだ。
いくつかは記憶にあるものもあるが、そうでないものも多い。だが、その大半は危険極まる、平穏な世界を維持するためには危険な代物ばかりだった。
「そう、だな……そうだ」
「何故心変わりした」
別に、ザイン達とイスラリアは関係を改善してはいない。
そもそもザイン達は負け通した。全く彼に太刀打ちできなかったし、ここ数十年は彼の影すら踏むこともできなかった。今回、死に瀕した彼に接触出来たのは彼自身から連絡が来たからにすぎない。そうでなければここにたどり着くこともできなかっただろう。
方舟の端っこ、人の気配など全くない廃墟のような家の中で、神が眠っているなどと誰も思いはしないだろう。イスラリアは、しゃべるのにも疲労があるのか幾度か深呼吸を繰り返したあと、再びしゃべり始めた。
「病の所為か、記憶が、曖昧になった。沢山、忘れてしまった。出来ることも減った。それで……」
彼は震える自分の手を持ち上げて、ベッドの上から見上げる。皺まみれで、ろくに物もつかめなくなった手だった。握りしめようとして、それも出来ず力尽きた。
「ふと、振り返った…………振り返ってしまった」
「弱り、我に返ったか…………随分と時間がかかったな」
我に返る。としか言いようがない。
家族を失ってからの彼は、正気ではなかった。そんな風に言ってしまうにはあまりにも被害の規模が大きすぎたが、それでも本来の彼の性格を思えば、やはり正気では無かった。
心身が弱って、ようやく彼は自分を振り返ることが出来たのだろう。勿論、遅すぎる事ではあるが、それでも死ぬ前に気づけただけ上等と言えるだろう。彼が正気で無かったときは本当に手がつけられなかったのだから。
「……だから、欠けている情報もある。全てを、思い出せなかった」
「なるほど?厄介な事になりそうだなあ…………まあ良いだろう」
最初にそう言ったのはグレーレだった。ザインは意外そうに眉をつり上げた。
「お前がそう言うとはな」
「好奇心を満たすことこそが俺の生きがいだ。知識でしか向こうは知らない。だからこそ知りたいことは山ほどある!」
彼は自分の好奇心の赴くままに行動している。イスラリアと敵対していたが、他の者達とも協調性はあまりに薄かった。時に利用してくることもある程で、厄介な男だった。だが、それでも彼がイスラリアとの敵対を続けていたのは――――
「だが、自分の師を超えたいという欲求もまた、抱えてはいる。良い機会だ」
存外、子供らしいところがあったからだという事は、長い付き合いとなったザインしか知らないことだ。
「うむ。私も同意見だ。友の願いは果たしたい!」
続いてクラウランも頷いた。彼に関しては意外には思わない。やや変わり者であるが、かつてのメンバーのなかでは一番の人格者だ。ザインよりもよっぽど人間が出来ている。
「それに!我が子達がより素晴らしい存在になるための糧ともなりそうだしな!」
「そういう所はブレないなお前は」
「真人計画は私の生きがいだからな!!!今居る多種族を排他したいとは思わないが、しかしそれ自体を棄てるつもりは無いとも!」
あらゆる格差を埋めるための【真人計画】は方舟の転移が決まり、イスラリア自身がチームから離脱したことでとうの昔に崩壊している。それでもなお、彼は諦めるつもりはないらしい。とことんぶれない男だった。
「君はどうする?ザイン!!」
「俺は……」
クラウランに問われ、ザインは咄嗟に答えは出せなかった。
かつて、イスラリアの護衛であった時から時間が経った。もうとっくに、ザインはイスラリアと友人であった時間よりも、敵対していた年月の方が長くなってしまった。故に、簡単に彼の願いに頷くのは難しい。何せ、勝手な話だ。散々振り回しといて、最後、死にかけて自分ではどうにもならなくなった後始末を頼むなんて、身勝手にも限度がある。
そんなザインの心境を理解したのか、クラウランは笑った。
「まあ、じっくり決めると良い!勿論諦めても文句を言うつもりはない!さて!」
そして、話を区切るように、クラウランはベッドで眠るイスラリアへと視線を移した。
「イース!さあ、何から話そうか!」
「……何、を?必要な情報は」
そう答えようとしたイスラリアだが、クラウランは肩をすくめた。
「バカを言うな!君、本当に始末だけを頼むなら、ソレこそデータを送るだけで済んだだろう。なのに君はわざわざ連絡を取れる我々を呼び寄せたんだ!」
合理性などまるでない連絡をとった理由は、たった一つだ。
「話がしたかったのだろう?話そう!私も話したいことは山ほどある!」
死を前にして、ただただ寂しくなった。それだけなのだと、クラウランは見抜いていた。グレーレとザインの二人も視線を向ける中、イスラリアはしばし目を閉じて、その後不意にベッドの上で、力が抜けたようになって、
「……そうだ、ね」
かつてと同じ、ふぬけた笑みと共に、ソレを認めた。
それからしばらく、四人は心底たわいの無い話に興じた。
何一つとして益になることはなかった。その殆どがくだらない愚痴や失敗話に終始した。
そしてその後、彼は静かに息を引き取った。世界を揺るがし、破壊し、神として君臨した男は、三人の友人に囲まれて静かに息を引き取った。
その後、世界はひとまずの落ち着きを取り戻した。
イスラリアの支配が終わった。残された傷は多く、その傷がいくつもの国に別け、種族間での差別も横行したが、それでもなんとか前へと進み始めた。数百年後、迷宮が出現しだすまでの間に世界は“比較的”理想郷だった。
イスラリアの残した遺産、太陽神や精霊といったものをまとめあげる原型の神殿が出来たのはこの時だ。そしてその一方、彼が残した負の遺産は、世界の裏側で暗躍する者達の手で一つ一つ、始末されてきた。
ザインは結局、クラウランやグレーレと協力した。
最後の再会、一時の団欒をその胸に抱えながら。
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プラウディア外周部
「一体何が……?」
騎士団団長ビクトールは、戦場の豹変に驚愕していた。
襲い来る銀色の竜達と大量の魔物達との攻防の最中にそれは起こった。真人創りのクラウラン達の助力によってなんとか戦線の決壊を抑えたビクトール達だったが、依然として戦場は険しく、何時崩壊してもおかしくない状態が続いていた。
最早、戦線の大幅な後退も止むなしか?
と、そう思っていた矢先のことだった。突如として、銀の竜達がピタリと止まったのは。
「これは……?」
真人の戦士達すらも困惑した様子だった。誰も事態の変化に理解が追いついていない。そうしている間にも、更なる変化は続いた。
「竜が…!」
「天使達も……!?」
邪神の尖兵として暴れていた銀色の竜と、太陽神の使徒としてビクトール達を支援していた金色の天使達。戦場を半ば支配していた二つの存在が、突如一斉にバベルへと向かい飛び立ったのだ。
先程まで双方互いの存在が消えて無くなるまで殺し合いを続けていたはずなのに、一切争うことも無く、まるで仲良く並び立つように飛び去り、プラウディア中央、バベルへと向かっていく。
誰もこの場の変化に理解が追いつかず困惑する中、一人、一際に険しい表情を浮かべる者がいた。
「クラウラン殿?」
「マスター」
どのような窮地を前にしても陽気な態度を崩さなかったクラウランが酷く険しい表情を浮かべていた。何かまるで悍ましいものがあるかのように、天使と竜達が向かったバベルへと視線を向けていた。
「恐らくだが……」
不安げにクラウランの傍による真人の子供達の頭を撫でながらも、クラウランは視線を逸らさず、強く言い切った。
「望ましくないものが戻ってきてしまった」
そう言うと、クラウランはビクトールへと視線を戻した。普段の彼からは想像もつかないほどに鋭い視線に、言葉よりも早くビクトールはその緊急性を悟った。
「ビクトール殿!勇者ディズから万が一が起こった場合は、プラウディア防衛戦線を放棄し
「ウーガへと!?だが……いや」
ビクトールは彼の言葉に少し悩んだ。戦場は今停止状態だ。最も脅威だった銀の竜は消え去った。だが魔物達はまだその場に残っている。
とはいえ、既に防衛戦線は限界だ。真人の戦士達がいかに優れたる戦士達であっても、限度という物がある。ビクトールは次の指示を出せずに数秒間停止した。
「ビクトール!!」
だが、彼の躊躇いを引き裂くように雷が降り注いだ。動きを止めた魔物達をまとめて一気に焼き払う雷をはなったイカザは、ビクトールへと力強く吼えた。
「避難しろ!!魔物達は私達が粗方焼いておく!!!」
「ありがたい…!」
イカザと、彼女や周囲の一流の冒険者達の頼もしい姿に、ビクトールは感謝を告げた。そして指示を待つ部下達に振り返る。
「全員ウーガへと避難を開始せよ!その際逃げ遅れた住民達は全て回収する!一人たりとも見逃すな!!!」
指示を出した瞬間、戦士達は一斉に動き出す。乱れて事故が起こらぬように、一糸乱れず怪我人達から焦らずウーガに避難を開始する。
「皆の幸福こそが王の願いだ!!なればこそ全員死力を絞って生き延びろ!!!一人でも多くを救え!!その時初めて我等はこの困難に勝利する!!」
ビクトールは全ての部下達に届くよう声を張り上げ、叫んだ。
「全員、生き延びろ!!!」
ビクトールのその激励に、兵士達は応じ、駆け出す。怪我を負った兵士達を守るようにして真人達がそれに続いた。残された真人達数人はクラウランの元に集う。
「マスター……」
「子供達よ。兵士たちを助けてあげなさい。可能な限り、誰も死なぬように」
イカザの殿を【真人】達と共に支援するクラウランは、銀竜と天使達が向かっていくバベルから視線を外さず、そして祈るような声で囁いた。
「ゼロ、子供達よ、どうか無事でいてくれ。そしてもしも出来ることなら」
そしてクラウランは一人、プラウディアへと歩みを進める。そして誰に向けるでもなく、小さく呟いた。
「愚かな我々の罪を、乗り越えてほしい」
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【方舟イスラリア最深層】
〈切断の精霊化…………技術でそこまで到達出来るのは君くらいだろう〉
自身が創り出した障壁を破壊した漆黒の斬撃、その現象を淡々とイスラリアは分析していた。その姿形は更に変わった。
〈それで?〉
そしてそのままゆっくりと、視線を目の前へと移す。
「ぐ…………」
至る所を雷に焼かれたザインが膝を折っていた。彼の恐るべき斬撃は致命的なダメージを避けて、切り裂いていた。だがそれでも所詮は斬撃に過ぎない。ダメージは蓄積し続けている。
それは、イスラリアにとって見慣れた光景だった。刻まれた記憶の中で、幾度となくザインは自分に挑んでは、無残な敗北を喫している。
まして、今の彼はかつての彼と比べて老い衰えている。こうなるのは道理だった。
〈まだその剣一つで何をすると?〉
「…………相も変わらず、無法な強さだ。護衛の立つ瀬がない」
〈何時の話かな〉
「千年前だよ。イスラリア」
千年、一千年経ったらしい。
それ自体には驚きはない。廃棄孔に自分を刻み込んだとき、自身が顕現する時期を推測した。驚くべきは千年経って、老い衰えてもなお自分の妨害をしようとするザインの執念深さだ。
「念のため、聞こう。どうするつもりだ。今更」
〈変わらないよ〉
千年前と同じ事を尋ねられた。なのでイスラリアは同じ事を答える。
〈
千年前と全く変わらない、同じ言葉。だが、それを聞いた瞬間、ザインは深く顔をしかめた。
〈
方舟は、その完成と転移に多くの失敗を残した。世界からの妨害があったからだ。
その結果、本来ならば完成するはずの多くの機能が損なわれた。そこに住まう新人類達も、【真人計画】からはほど遠い姿形すらもバラバラな統一前の個体達をそのまま運用する羽目になった。環境も不安定で、安定性に欠く。欠点が多すぎる。
だから、やり直す。正常に戻す。
「
〈必要な処置だ。ノイズを残してはならない。当然だろう?〉
だというのに、誰も理解してくれなかった。研究機関の仲間達は全員がその浄化の実行に難色を示した。幾度となく議論は重ねられ、最終的に決裂したのだ。
そして今もなお、かつての仲間は理解などまるで示してはくれないようだ。ザインはとてつもなく渋い声で、ため息を吐き出した。
「…………老いたお前が、どれほど話が通じるようになったか、よく分かるな」
〈ああ、やはり私は老いたのか。魂を分けて、保存しておいて良かった〉
人間である以上、老いや病による精神の摩耗は避けられない。それを予期して神に魂を刻んでいたのが功を奏したらしい。そして一方で、敵対した彼等にはそういった対策は取れていない。
見るからに弱り、枯れ木のような姿となったザインに、イスラリアは刃を突きつける。
〈老いぼれた君では、尚私には勝てないよ〉
「道理だな……だが」
ザインは震える身体を押しとどめゆっくりと立ち上がる。その瞳の光は、かつて自分と敵対していた若かりし頃の彼と変わらぬ、強い意志の光に満ちていた。
「かつてのままのお前とでは、変わったことがある」
〈皺の数かな?〉
「それもあるが…………そうだな」
そして、彼は少しだけ笑みを浮かべて、不意にその場から横っ飛びに退いた。
「仲間の数が、違う」
〈【道】展開〉
そしてその彼の背後から、魔導機の激しい駆動音と共に、少年が身構えていた。イスラリア自身が創り出した魔力工房、その断片を抱えながらも、ソレとは全く違う気配を放った奇妙なる個体。
「【神穿】」
それがまっすぐに突貫し、イスラリアが創り出した障壁を砕き、彼の手を貫いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
創造主、神、この方舟を作り出した全ての父。
その存在を前にして、どう動くべきか、ウルはとっかかりがつかめなかった。迷っているわけではない。この期に及んでグレーレの言葉を疑っているわけではないが、何せ相手は創造の神だ。どう対処するべきが正解なのか、殴りかかるのが正解か、見極める必要があった。あったのだが――
〈方舟を正常に戻す〉
「全てを更地にしてか」
――どうやら、悩み迷う時間も、躊躇う必要も無いと言うことが、そのやり取りでハッキリした。方舟を作り出した父にして神は、紛れもなくこの世界全ての敵だ。
「ゼロ!結界を頼む!二人を護ってくれ!」
「命令しないで下さい!!」
ゼロは怒りながらも即座に【真人】達と共にウルの周囲に展開し、結界を展開した。蒼く輝く結界は降り注ぎ続ける終局魔術以上の火力の雷雨からウルを守り続ける、が、
「うう……!?」
それが、そう長くは持つまいと言うことは、雷に結界が瞬く間に焼き払われる様子を見ればすぐに分かった。ウルは即座にノアへと指示を送り、その場で【道】を展開する。神との戦いを経てなお酷使し続けているが、出し惜しみなどする暇も時間もない。
『後詰めは担います。せめて攻撃は当てなさい』
「努力するよ」
側でユーリが剣を構えた。ウルは深呼吸を一度だけ繰り返す。その間に急速に【道】は構築されていく。魔導機の回転と共に受ける強化を肉体に降ろし、ウルはそのまままっすぐに前方の雷の嵐へと飛び出した。
結界の外はまさに嵐に等しく、荒れ狂う雷が掠め身体を焼くが、躊躇わずウルは直進し、その槍を突き出した。
「【神穿】」
――堅……ッ!?
ただ純粋な硬度、とは違った。魔王や神剣、勇者達と対峙したものとも違う。手応えをまるで感じない。にもかかわらずそのまま先に一歩でも進めるの苦痛に感じるほどに、果てしなく重い。
あまりにも異様な感覚だった――――が、
「もう、慣れた、わ!!!」
未知の感覚、異様なる障害。それは今このたった一日でうんざりするくらいに味わった。今更それが一つ二つ増えたところで、戸惑いもしなければ退くこともない。
更に一歩踏み込む。骨肉を軋ませながらも穂先を更に先へと進める。なにかが爆ぜるような音と共に神を護っていた不可視の障壁が砕け、その先にある神を穿った。
〈……届いた?〉
槍は、イスラリアの手を貫いた。だが、そこまでだった。
「…………!!」
イスラリアの手は、先の障壁と比べ更に重く堅かった。全身の力を込めてもピクリとも動かない。ウルは黒炎砂漠にて憤怒と対峙したときのことを思い出した。全身全霊で身体を動かしてもなお、一歩も先に進まない。巨大な山を手で押して動かそうとするような無謀な感覚。それを何倍も重くしたようなモノが目の前に鎮座している。
ある意味では慣れ親しんだ感覚。
精神論など介在する余地もない、圧倒的な上位存在と対峙しているとウルは理解した。
〈――――まさか、
だが、幸運にも、と言うべきか、呆気なく攻撃を止めた神は、即座に反撃を仕掛けては来なかった。
〈それにノアか。真人……クラウランが完成させたのか〉
彼の視線はウルの使った【道】や、ウルを支援した【真人】達へと注がれていた。
『【終断】』
その隙をつくようにユーリが斬撃を放つ。ウルの槍を捕らえていた手を両断し、解放する。ウルの穂先を抑えていた掌は、腕から離れた瞬間に霧散し、再びイスラリアの両断された腕の先に戻った。
〈ザインと同等以上の剣技、天然の真人…………だが〉
イスラリアは、自身の腕を切り裂いたユーリへと更に視線を移す。そして最後までウルに視線を向けることもせず、心底不思議そうに首を傾げた。
〈何故、全てが“旧人類”に力を貸している?〉
旧人類、それがウルを指していると言うことは分かった。
侮蔑や嫌悪といった色は存在しなかった。そこにあったのはただひたすらな疑問であり、その反応が尚のことウルという存在を歯牙にもかけていないことを伝えてきた。
『……なんなんですかねコイツは』
「創造神らしいぞ」
『無礼な神ですね』
ウルの隣に立ったユーリが心底不審げな表情をイスラリアに向ける。だが、そんなユーリの視線すらも気にする様子も無く、彼は何かを考えるように視線をさまよわせ、そして頷いた。
〈まあ……良いか。どうでも〉
それだけ言って、両断された腕を再生させ、掌を掲げる。
「【
次の瞬間、空間に“太陽”が出現した。
「は!?」
ディズが太陽神の力を振り回していた時に繰り出していた焰。それと同等以上の炎が瞬時に空間を満たした。溜めも何もなかった。ただ呼吸をするようにして、一帯が消し飛ぶ程の火力が生まれたのだ。
ゼロ達が動く、グロンゾンに護られていたスーアも、全員が動くが、だれもその速度に追いつくことはできなかった。誰もが対抗動作を取るよりも早く、生み出された太陽は揺らぎ、落下する。光が空間を満たし、視界すらも押し潰した。
「私の後ろに下がってっ」
スーアが前に出る。その周囲に精霊達の力が集い、その場にいる全員を護るための結界を形成した。【天祈】の力なくとも精霊と深く繋がったスーアはその加護を自在に操る――――だが、
「【四源―――〈精霊も〉
イスラリアが、不意に手を上げた瞬間、スーアの力がひび割れた。
「……!?」
〈私の創造物だよ。七天の保管員〉
パリンと、スーアの結界が呆気なく砕け散る。スーアの有していた加護が奪い去られた、という状況を飲み込む暇は無かった。グロンゾンは倒れるスーアを支え、代わりにウルとユーリが前に進み出た。
「【灰炎混沌!!!】」
「【終断】」
太陽が切り裂かれる。灰の炎が砕き、それをユーリが引き裂いていく。凌いだ――――と、思った次の瞬間、炎の“形状が変わった”。
「んな……!?」
〈【
ぐにゃりと、まるで粘魔のように炎の形状が変わり、その全てが火力を持続させたまま掌の様に形を変えた。天賢の力かあるいはその再現なのか、判断している暇は無かった。ウルは即座に力を放った。
「【揺蕩え!!!】」
〈月のみならず、太陽の一部すら奪っているのか、盗人〉
灼熱と圧が来る。
ウルはその衝撃を押さえ込むために槍を地面に突き立てるが、頭蓋骨のてっぺんから足先まで軋む音がした。そんな激しい衝撃と轟音の中、創造主の声がやけに綺麗に聞こえてくるのは不思議だったが、気を紛らわすためにもウルは口を開いた。
〈月も太陽も回収は出来ないな。何か、不純物でも混ぜあわせたか。勝手なことを〉
「お前の、だったのかよ……!だったらちゃんと名前つけとけよ……!!」
〈つけている〉
その声が、突然背後から聞こえてきた事にウルは目を見開く。ユーリが即座に剣を振るったが、剣は神に届くよりも早く、彼女自身の身体を炎が焼き払う事で防がれる。
「っが!?」
〈
心臓へと、神の腕が伸びる。空から降ってくる炎の掌によって身動きすら取れないウルは、その攻撃を躱す暇も無く――――
〈――――何?〉
太陽が突然陰るが如く、創造主の輝く腕が、真っ黒な闇に飲み込まれ、食い尽くされた。
「貴方のもの?」
流石のイスラリア自身も予想外のものだったのだろう。一瞬目を見開いて、そしてその闇の力が放たれた根源――――上空へと視線を向け、そして呟いた。
「だったら、ちょうだい?」
〈…………なんだ?〉
宵闇の女王は、創造の神を見下ろしていた。
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