一つの世界を創った男
その男の仕事は
シンプル極まる業務だ。だが極めて困難な任務だった。
世界をときめく救世主イスラリア・グランスターの護衛なのだから。
彼は世界を救うほどの研究者であったが、一方で敵も多かった。彼の考え出す技術はその多くが既存の技術を遙かに凌駕する力を秘めていた。古きものの多くを破滅へと導く破壊者として常に命を狙われていたし、その彼の力を独占しようとする者も多くいた。何処へ行っても敵だらけだ。
そんな危険極まる仕事を何故受けたか。
最初は金のためだった。
生きていくためには金がいる。達成すれば遊んで暮らせるほどの金が手に入る。
それだけだ。別にこれといって、気高い理想を掲げて彼の元に居たわけではない。
それが達成出来るだけの能力をたまたま自分が有していただけのことだった。
だが、護衛という立場を超えて、イスラリアとは親しくなった。その卓越した天才性を抜きにすれば、イスラリアは極めて善良な男だった。おしゃべりでもあった。純粋に、好ましく思える相手だった。彼の周りの連中も、一癖も二癖もあるヤツらばかりだったが、自分よりも遙かに頭の良い奴らの癖に、こちらに対して親しげだった。少なくとも自分の知能をひけらかして、見下してくることはなかった。
世界が混迷に陥り、金銭の支払いが滞っても、彼の元から離れることはしなかった。せめて、くだらない連中から彼を護るくらいはしてやろう。そう思うくらいの友情は、彼や、彼の仲間達との間で育まれていた。
彼等を守る力はあった。彼等が産み出す技術が、もとより卓越していた彼の力を更に飛躍させた。単身にて軍隊を相手取るような、コミックヒーローのような力が彼の身には宿っていた。
だが、それでも
――…………もう、いいか。
彼の家族、数ヶ月遅れでも誕生日に彼を祝福しようと集った両親が、彼の目の前で殺され、真っ黒な表情でそう囁いた彼を見たとき、自分が無力であることをザイン・グラスロウは心底思い知った。
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気だるさをなんとか押し殺しながらウルは身体を起こすと、ユーリの他にすぐ側に見慣れた黒衣の老人が、ウル達を護るように立っていることに気がついた。
「ザイン」
「目覚めたな。良くやった」
こちらに視線は一度もくれずに、ぶっきらぼうに賞賛だけを述べる。だが冷たいとは思わない。ぶっきらぼうは何時ものことで、そんな彼の賞賛は心からのものだ。めったなことで彼は褒めるようなことはない。
が、目の前の光景を見ると素直にそれも受け取りづらい。
「その割に地獄のご様子だが?」
異様な真っ黒な塊が、凄まじい輝きを放ち、何かに形を変えていく光景。何をどう考えてもろくでもないことが起こっているのは確定である。イレギュラーの予感しかしなかった。
「お前の所為でも、罪でもない。飲め」
ザインはこれまた簡潔にそう告げると、こちらに向かって水筒を放った。ウルはソレを受け取り、その後若干眉を顰めた。
「……神薬?」
「お茶だ」
「おお……」
ウルは顔を引きつらせた。無論ありがたいと言えばありがたいのだが、贅沢を言っている場合ではないというのもわかってはいるのだが、それでもやはり神薬が欲しかった。
そんなウルの苦悶の表情を見て、どうやらその味を知っているのかユーリは眼を細めて愉快そうに笑い、
『ご愁傷様で「お前の分もある」……』
その笑った罰でも与えるかのようにザインがユーリにつづけて放った。彼女は硬直し、静かに首を横に振った。
『まだこちらには余裕があります。神薬も一つ飲みました。要りません』
「飲め、効果は神薬とは異なる」
『要り』
「飲め」
『…………』
そして押し負けて、沈黙した。どうやら彼女であろうとも、ザインには勝てないらしい。死ぬほど苦々しい表情を浮かべながら、水筒を手に取ってこちらを見た。死なば諸共だという顔をしていた。ウルは諦めてソレを口にした。
「ぐ、うぅお……ぎぃぃ!!!?」
長く苦しみたくは無いと一気に飲み干し、全てを腹に収めると、腹の内側に収まった劇物は熱でも発しているかのように異様な温もりを内側から与えた。完全に燃え尽きかけていた体力と魔力が怖ろしい勢いで回復していく――――――が、そんな心地よさとか、人類の危機だとか、目の前の得体の知れぬ黒い怪物だとかが本気でどうでも良くなるくらいの絶望的なダメージが味覚にもたらされた。
コレは攻撃か、そうでなければ拷問だ。そうに違いない。
『…………!……!!?』
ユーリを見ていると、地面に転がり地面を掻きながら彼女は泣いていた。ボタボタと涙がこぼれてる。グリード戦で死にかけた時以上である。だが全くソレを滑稽とは思えない。むしろ声をあげないだけ凄い。尊敬する。
「良し」
「よぐ、ね゛え゛」
痙攣しながら悶える様子を見て満足げにザインが頷いたので、ウルは突っ込もうとした。舌が上手く回らなかった。ユーリが続いて復帰したが、膝がガクガク震えている。
『なんで、更に、不味くなってるんですか……!』
「決戦だからな。調合を見直した」
『もっと、見直す、ところが、ありま、す!!!』
八つ当たり気味に黒い怪物から伸びる触手を全て切り落としながら、ユーリが叫ぶ。ウルもつづけて色欲の力で敵の攻撃を弾き飛ばす。憎らしいことに本当に身体の調子は回復していた。
「それで結局アレはなんなんだ」
「神だ」
「太陽神と月神?」
ゼウラディアとシズルナリカ。黒い塊の内側で光り輝くそれが神だと言うことは分かっていた。だが、理屈上では道具である筈のソレが何故こちらを、二人の勇者を狙っているのかは解せなかった。
ザインはウルの質問に一度頷き、付け加えた。
「壊れた、神だ」
そう言っている間に、黒い塊がひび割れて砕ける。内側の“神の混合物”は形を変えていた。光が強い所為で実体が掴みづらかったが、しかしそれは間違いなく――――
「……ヒト?」
〈aaaaaaaaaaaあ、ああああああ……!!!!〉
――――ヒトガタであったそれは、虚ろな口を開くと声を発した。最初は奇妙な金属がこすれたような音にしか聞こえなかったが、徐々にはっきりと、ヒトのような声に変わっていく。
〈――――違う〉
そして、間違いなく言葉を発した。頭部が形を変えていく。つるつるとした石像のような頭部が、凄まじい勢いで人体のパーツを形成していく。
〈違う、違う、違うんだグイン、ゲイラー、ケーグリッツ、リー、シロ――――〉
ヒトガタは、つぶやき続ける。ウルは動けなかった。ユーリも同様。好き好んで見守っているわけではない。ただ破砕した黒い卵が旋回し、こちらを牽制するように回転しているのだ。
ただの砕けた断片の様に見えて、近づくと触れるだけで全てを切り裂くような刃によって構成されているのが見えた。かつてウルとユーリの腕を吹き飛ばした眷属竜の操るそれに似た刃に警戒を余儀なくされた。
〈クラウラン、グレーレ、ザイン……!!〉
「……あ?」
そしてその最中に、聞き捨てならない名前が聞こえてきた。
ウルが眉を顰めていると、ヒトガタがゆらゆらと身体を揺らしながら立ち上がる。最初、出てきたときと比べると明らかにそれはヒトの形に近くなっていた。魔界の人類が身につけているような奇妙な衣服を身に纏っている。遠目にはただの人類に見えるが、サイズだけがそのまま3メートルほどの巨神であり、それが異様な違和感となって気持ちが悪かった。
〈あれ?〉
そしてその巨神は、剣を構えるザインを見た瞬間、目を見開いた。先程までの苦悶に満ちた声を絞り出していた状態から一転して、まるで友人を見つけた子供のように明るい声と表情を浮かべた。眼鏡らしきものがついた童顔は、幼く見えた。
〈ザイン?もしかしてザインか!どうしたんだいそんなしわくちゃの顔になって!〉
「――――久しぶりだな、
ザインは返答した。彼の声色に変化は無かった。だがウルは、剣を握るザインの手の力が強くなったのを見た。ザインはどこか苦々しい表情で、ため息をついた。
「やはり、人格を遺していたのか。死霊術如き、容易いか。」
〈人格?〉
ザインの言葉を、まるで理解出来ないと言うように不思議そうに巨神は首を傾げる。一瞬、その表情のまま数秒間、時間が止まったかのように停止した。ヒトの形を模しながら、全くヒトらしくない動作を繰り返す巨神が兎に角気味が悪かった。
〈ねえ、ソレよりも、聞いてくれザイn!凄い発見をしtんだ!コレなら、思ったよりも早k、惑星再生計画が実行出来るかも知rr――――〉
「――――それは、貴方が破棄したプランだ。
だが、そんな彼の声を否定するように、別の方角から声が響いた。
天魔のグレーレが何処から現れた。彼は奇妙なる巨神をどこか懐かしむように眼を細めながら見つめていた。巨神もまたグレーレへと振り返ると、困惑したように首を傾げる。
〈グレ、e……れ?〉
「貴方が終わらせたんだ、先生。あの星を、貴方が見捨てた」
そして続ける。すると、巨神は両手で頭を抱え、
〈あ、あ、ああ〉
身もだえるように震え出す。痙攣と言ってもいい。ガクガクと生物ではあり得ないような動き方をしながら、巨神は背筋が震えるような絶叫をあげた。
〈ううううううううううううううううuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuアアあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!〉
「攻めろ!!!」
その瞬間、グレーレが叫んだ。その彼の声に応じて、周囲に展開していた真人達が、グレーレの背後からやってきたグロンゾンやスーアが一斉に攻撃を開始した。ウルもユーリもそれに続いた。
だが誰よりも速かったのはザインだった。
「【魔断】」
ユーリよりも尚早く、一瞬で跪く巨神の首元までたどり着いた彼は、そのまま一切よどむこと無く黒い斬撃を放ち――
〈ああ〉
――それが首に届くよりも早く、
〈そういえば、そうだった〉
雷が放たれた。
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