竜呑ウーガの死闘Ⅱ⑧ パンチ



 ――せんせい、さよーならー


 先生、と、子供達からそう呼ばれるようになるのも慣れてきた。

 文字の読み書きも数の足し引きも、子供達は教えるほどに吸収して、どんどんと良くなっていく。無論、育ちがわるいからなのか口の利き方は悪いし、態度も酷い、口答えして出ていくものまでいる。そんな彼等に振り回されるのはウンザリだと何度も思った。

 大変だし、訓練の後、疲弊した身体を引きずってやるものだから最悪だ。今すぐにでも眠りたいと言うのに、何故鼻がたれたような小僧たちにものを教えなければならないのか。


 ――せんせー!今日何教えてくれんのー?

 ――おい!グルフィン!今日遊ぼうぜ!!カルカラには内緒でさ!!

 ――グルフィンさま、授業がおわったら、いっしょにお散歩にいきませんか?


 などと、色んな言い訳を並べ立てても、彼等が自分の教えを一つ一つ吸収して、賢くなり、その度に自分を慕っていく事に、喜びを感じてしまう自分がいた。

 実家で、血の繋がった家族から疎ましがられ、毛嫌いされて、目を合わせることも出来なくなって、食べることに逃げ続けて引きこもり、挙げ句の果てに捨てられた。


 好きなだけ食べて飲んでが許される元の家での生活は楽園だったと、彼は言った。


 でも、それは嘘だった。目を逸らしていた。


 食べるのは好きだ。それは本当だ。だけど、周囲から、塵屑のように見られていることから、必死に目を逸らし口になにかを放り込むときは、味がしなかった。それでもガムシャラに食べて、自分は今、最高に満たされて、幸せなのだと思い込まなければ耐えられなかったのだ。


 薄っぺらな楽園から蹴り落とされて捨てられて

 拾われた先で彼は引きずり回されながら

 ヒトの同士の繋がりの中に引き戻された。


 それは普通の場所では無かったし、自分を捨てた家族達が本当に望んだ者からはほど遠い結果だったが、それでも、彼はヒトとして再生したのだ。

 その事実を彼は理解している。

 彼はそこまで察しが悪い男ではない。自分の嘘も誤魔化しも、本当は全て分かっている。

 それ故に、それ故に、


「私が、私が出る……!!」


 ウーガの窮地に、彼は立った。


 白銀に侵入され、混沌となった司令室にグルフィンが立っていた。司令室を一気に駆け上ってきたのか汗だくだが、それでも息切れしないのは訓練の成果だった。


「死にますよ」


 司令室の椅子に座ったカルカラが即答した。必死の形相で司令塔に登ってきたグルフィンに向ける彼女の目は冷徹だった。


「貴方の覚悟は尊重しますが、今は一流の戦士すらも危うい状況なのです」


 今司令室にいる魔術師達も、全員が一流の魔術師なのだ。【白の蟒蛇】に所属する魔術師達すらも、今の状況は目の前の対処で手一杯になっているものばかりだ。

 【陽喰らい】の時すらをも超える危機的状況だ。下手を打てなくても死ぬ戦場。


「わかっておるわあ!!」


 無論、グルフィンはそれを分かっている。

 ウル達は、グルフィンに対しても現在のこの世界の状況を包み隠さず教えてくれていた。イスラリアという世界が滅亡の危機にあるのも、それを手引きしているのがシズクであるという事実も、それに勇者が対抗し二人が殺し合いを始めたことも、ウルがそこに殴りかかると決めたことも全て知っている。


「だが、だが……私は、私はなあ!!」


 今、ウーガに残っている者達で、その事を知らない者は居ない。グルフィンだって知っている。そして、それでも彼が此処に残ると決めたのは、


「………まだ子供達に、腹一杯食べさせていない!!」


 彼にも信念が芽生えたからに他ならない。


「私が知る数々の美食を、奴らはこれっぽちも口にしては居ない!!生まれてから死ぬまで、一生知らずに死ぬなんて、あんまりだ!!」


 ウーガに来てからの彼の願い、かつての飽食の日々を取り戻すという彼の望みは、少しだけ変質していた。自分が食べた沢山の美食を、他の皆にも食べさせるという望みだ。

 全員に、自分の食事への執着が正しかったと思い知らせる!

 と、彼は豪語してならなかったが、彼はその目標のために努力していた。膨張の加護の活用法を日夜研究し、ウーガの食料生産能力を高めるために尽力していた。


「だから、私は、出来るのだ!!!」


 全くの根拠のない言葉だった。しかし、この場においてもっとも強く言葉を発することが出来たのは彼だけだった。カルカラは司令席から立ちあがると、彼の前に立った。


「リーネ様。彼に白王陣を用意出来ますか?」

「【もうやってるわ】」


 見ると、司令室を満たす無数の糸の一本が、いつの間にかグルフィンの手の甲に魔法陣を描いていた。力強く、美しく輝くその光はグルフィンに勇気を与えてくれた。

 カルカラは、そのグルフィンの肩を叩いた。


「今日まで、貴方はどれだけ泣き言を喚きながらでも、逃げることだけはしませんでした」


 勿論、それはカルカラが怖かった、というのもある。

 だが、それでも彼は泣いても喚いても訓練を止めることだけはしなかった。自己への研鑽を止めることだけは決してしなかった。走って走ってまた走って、精霊の力を操る訓練を毎日毎日繰り返した。

 彼はそれを続けた。決して欠かすことはしなかった。


「貴方なら、出来ます」


 カルカラはこの日、始めて彼を心の底から肯定し、彼の努力を認めた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 【膨張の精霊・ププア】

 その力は消して強くはない。望んだ対象のサイズを自由に大きくするが、その実体は中身が伴わない。スカスカだ。食べ物を膨らませても、栄養素もへったくれもない。空気を食むのとなにもかわりはしなかった。

 だが、力というものは何事も使いようだ。

 物質を広げる。大きくする。伸縮性のない物質を広く広げることも出来るし、あるいは物質の密度を下げることで加工しやすくする事も出来る。膨張の力が操れるようになるほどに、出来ることは増えていった。


 だが一点、戦闘能力という点では中々に難しかった。


 兵器の類いを巨大化させても密度が伴わないので強度も落ちる。

 生物相手にそれをするのは難しい。生命体を対象とした膨張で成功したのはグルフィン当人のみだった。自分以外の誰かを対象にしても力は全く働かない。もとより戦いを好まないグルフィンの性格も相まって、上手くはいかなかった。


 だが、巨大化させた自分の身体は自由に動かせるという性質に、リーネは目を付けた。


 ならば、その膨張した肉体それ自体を強化するか、武器を持たせれば、即席の巨人兵器が完成するのではないか?という彼女の発案は、結果として成功した

 成功しすぎて、ウーガの一部建造物が倒壊した。

 カルカラに死ぬほど怒られて、グルフィンは二度とすまいと心に誓った。


 その誓いは今日、破られた。


「ぬうううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 グルフィンは膨張した。ウーガにも匹敵するほどに巨大に、大きく、自分自身の身体を拡大した。そして、その巨大化した肉体の右手の甲に描かれた白王陣をグルフィンは翳す。


「【白王降臨!!!!】」


 次の瞬間、ウーガに匹敵するほどに巨大化したグルフィンの肉体は、光った。真っ白な輝きに包まれた彼の肉体には膨大な力が宿る。密度は低い。巨大化した彼の肉体は、言ってしまえば魔力で出来た風船のようなものに過ぎない。だが、一方で白王陣による強化は本物だった。

 結果として、巨大化したグルフィンは、風のように軽やかな移動速度で、神の如く強靭なる力を震えるとんでもないバケモノに豹変していた。


 グルフィンは走る。向かう先には、先程までいいようにウーガをいたぶり、そして今、ジースターとフウをその竜牙槍で焼き払おうとしている人形兵器だ。

 銀の竜が取り憑いた、デタラメなる人形兵器の前へと、グルフィンはウーガを毎日かけ続けた足で接近し、そして思い切り拳を振り上げ、そして真っ直ぐに振り抜いた。


「【グルフィンパアアアアアアアアアアアアアンチ!!!!】」


 あまりにもシンプル極まる必殺技が、人形兵器の拳を迎撃した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る