竜呑ウーガの死闘Ⅱ⑨
地に墜ちたウーガを叩き潰す。
朦朧とした意識の中で、ただそれだけを、その八つ当たりな破壊衝動だけで突き動かされていたハルズは、白い巨人を目の当たりにした。
白い巨人、としか言い様がない。
しかし、その言葉から受ける印象と比べ、実際のその姿はなんとも不細工だった。肥え太って見える大男、それほど若くもない。鍛えはしているのだろうが贅肉はまだそぎ落とし切れてはいない。
だがなにより、表情には明確な怯えが見える。
怖い、恐ろしい、死にたくない。そんなわかりやすい恐怖の感情が顔にハッキリと表れている。戦士であれば自然と御せる感情を、心の内側に封じるおびえを、彼は顔に出してしまった。
アレは戦士ではない。誰からみてもそれはハッキリとしていた。
だが一方で、粘魔王ハルズが見ていたものは、それとは違った。
『O……!OO…………!!!ZウラDィア……!!!!』
ゼウラディア。太陽神ゼウラディア。
偉大なる【天賢王】が操る最強の力、【天賢】の生み出す神の虚像。
無論、邪教徒であり、世界の真実に近いハルズはその正体を知っている。神は虚像で実体はない人工物だ。だからこそ、なおのこと神を名乗り常々に自分たちの活動を叩き潰す光の巨人が許せなかった。憎らしくてたまらなかった。
早く!早く世界を救わねばならないのに!
そうしなければ!俺の子供はもう死んでしまうのに!!!
そして今、彼の目の前には光の巨人がいる。
偉大なる王達のそれと比べては似ても似つかない。あまりにも不細工な光の巨人。別物としか言い様がないその様を、しかしハルズにはもう見分けなんてつきはしなかった。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
機神は吼える。纏わり付き、自分を操る銀竜ごと巻き込んで、デタラメな突進を開始した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「【ぬうううううううううう!!!!】」
「神官部隊!!魔術師部隊!!支援開始しろ!!」
機神のデタラメな突進を受け止める巨大化したグルフィン
そのあまりにも凄まじい光景を前に、ジャインは状況の変化を悟り、即座に指示を出した。残存する術者達に加え、グルフィンと共に鍛錬を積み、精霊の加護を自在に操るに至った神官部隊をグルフィンの方角へと差し向けた。
「あの巨人は中身の魔力量が膨張して拡散してる!裏を返せばそれだけ容量がある!!攻撃支援の
期間限定のあの魔力風船の中に、強化の魔術を詰め込むだけ詰め込む。当然、内部から力が膨れ上がるほどに、膨張した魔力体の崩壊は早まっていくが、それをリーネが白王陣で強化した。まだもう少しだけ持つだろう。
「残った部隊は銀糸の竜達の排除だ!!グルフィンに攻撃させるな!」
ジャインの指示に合わせて兵士達は駆け回る。ジャイン自信もまた、襲い来る銀竜達を地面にたたき落とし続けながらも、戦いを続け、その最中に巨人を見る。
分かっている。いくら白王陣の強化があっても、そう長くは持たないと。
ジャインの戦士としての経験が、実に冷酷にその事実を告げる。グルフィンがどれだけ訓練を重ね、神官としての能力を磨いたとて、それは戦士として戦うためではない。
精霊の力を使って生活を豊かにするために活用する事と、戦士として戦うことと全く別だ。【陽喰らい】で彼が奮闘したことは知ってるが、それでも限度というものがある。恐らく、わずかでも劣勢になればすぐにボロが出る。そうなってしまったら一気に崩れてしまうだろう。
そんなことは分かっている。だが、だからこその全力の強化だ。
わずかな時間しか力を発揮でないというのなら、その短い時間に全てを注ぐ。指揮官として、彼にオールインする事の是非は難しいところである理解はしているが、それでもジャインはそれを選んだ。
彼とて、グルフィンの努力は知っている。
空間が限られたウーガの中で、毎日泣き言をわめき散らしながらもずっと駆け回っていた彼のことは知っている。
世界がひっくり返るような修羅場。何を選んだとて、上手くいく保証なんて無い。ならば、この地獄のただ中で、毎日を積み重ね続けてきた男の切れっ端のような勇気に賭けたって変わらない。
納得のために、自分たちはここにいるのだ。ならば最も納得出来る男に賭ける。
「ぶちかましちまえ!!グルフィン!!」
ジャインは叫び、呼応するように白い巨人は拳を機神にたたき込む。
「【おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!】」
『【GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!】』
巨人と機神の拳が交差し、地響きとなってウーガを揺らし続けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「好機か!」
その光景を確認したジースターはそれを好機と確信した。
あの白い巨人の圧倒的な力に、機神の意識も、銀竜達の意識もそちらへと向けられている。放たれる暴力的な力の奔流に、敵意が集まっている。その結果、銀糸の全方位攻撃が無効化されている。
動くのは今、このタイミングをおいて他にない。
「女王を救出する!」
《乗れ!!仁!!!》
ジースターに応じるように飛翔した戦車が近づく。ジースターは即座にそれに乗ると、戦車は更に速度を上げて空間を駆け回った。
《中心に向かう!!》
《気をつけろ!白く光ってるところから出るんじゃない!!》
時に糸の上に乗り上げ、その上を走り回りながら一気に中央へと近づく。ウーガの女王が眷属竜と戦い、繭のような牢獄となって固められたその中央へと、ジースターは剣を身構えた。
「【魔機螺・天剣】――――」
それをかっさばいて、中から女王を救出しようとした、その次の瞬間、
「――――【白王降臨】」
内部から、声が響いた。
「ッ!?」
次の瞬間、銀糸の繭の内側から黒い刃が突き破った。最初ジースターはそれが剣か何かだと誤認したが、それは違った。それは【翼】だった。漆黒の翼が刃のように伸びて、それが内側から繭を引き裂いて切り開いていく。
「【ぐ、う、ぅぅぅうううううううう……!!!】」
そして、まるで成虫へと成った片翼の蝶のごとく、内側から白王の力を漲らせた竜呑の女王が、激しい雄叫びを上げながら姿を現した。
その姿にジースターは戦慄する。
格好に変化は無い。戦うための魔装束、黒いドレスを身に纏い冠をかぶった彼女の姿。だが、その内側からあふれ出る力は、最早竜と遜色ない。人類がその身に宿せる力を大幅に超過している。しかもそれはしぼむどころか、更に強く、激しさを増していく。
それだけの力を有しながらも、獣人特有の耳を立たせ、うなり声を上げながら警戒と共に睨む先にいるのは――――
『AAA――――――!!!』
白銀の眷属竜。銀糸の繭を破られた眷属竜もまた、その声を荒げていた。鈴のような音色を震わせながら、激しく明滅している。表情は分からないが、明らかな警戒と敵意を目の前の竜呑女王にたたき付けていた。
そして、
「【ミラルフィーネ!!!】」
『【AAAAAAAA!!】』
再び激突する。鏡と月鏡、力を奪い、返す二つの力は激突し、至る方向へとデタラメに力を跳ね返しながら、瞬く間に上昇していった。助けに向かうと、意気込んでいたジースター達を置き去りにして。
《助ける必要、あるのか……?》
「同意したい所だよまったく……!」
だが、そうするわけにもいかない。ジースター達はその二つの光を決死の覚悟で追うこととなった。
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