竜呑ウーガの死闘Ⅱ⑦


「エシェル様……!」


 司令室のなかでカルカラが悲鳴をあげる。


 銀竜達が変貌し、糸のようになってウーガ中を覆い尽くしてから、真っ先に銀竜達はエシェルへと殺到した。上空を飛翔する彼女を、植物の蔓のようにのびた銀の糸が伸びてかかり、彼女の体を巨大な繭のようなもので覆い尽くしたのだ。

 敵対しているのはシズクだ。エシェルこそが最大の脅威であり、危険な存在であると確信しているのだろう。銀竜の異変にこちらが戸惑う隙を突くようにして完全に狙われた。


 そして、空間を満たす銀糸からの全方位の攻撃に、戦士達は圧倒されている。単に一体一体竜を撃ったところでコレはどうにもならない。自然と司令室の魔術師達の視線はこの状況を打開できるであろう存在へと向かった


「やっぱ、できるなら実物が見たいわね……ウル、後で呼び寄せようかしら」

「リーネ様!」


 この異常事態のなかであって尚、再び研究を続けていたリーネへと。

 部下達の呼びかけに対して、リーネは顔を上げてため息をついた。


「分かってる。流石にもう、片手間での対処は限界ね」


 「時間が無いわね全く」と、そう言って再び杖を握る。そして通信魔具で映し出されるウーガの状況を前に眉をひそめた。


「……シズクは本当に嫌なところ突くわね」

「魔力を伝達する糸による結界展開であるのはわかりますが……」


 弟子のルキデウスの言葉に、リーネは「間違ってはいないけどね」と肩をすくめた。


「ウーガそのものを乗っ取って、魔力の接続権を奪ってきている」

「つまり?」

「白王陣封じね。このままだと【噴火】も使えない」


 現在リーネがウーガ内部で活用している白王陣の多くは、ウーガそのものの魔力を活用することで超長期の維持と爆発的な火力を両立している。が、その魔力の回路を銀の糸が奪っている。

 これは純粋に魔力をウーガから奪い自分のものとしているというだけではない。ウーガの白王陣を封じるための一手だ。


「……なるほど、的確だ」

「そうね。シズクはそういう女よ」


 つい先日まで、彼女は自分たちの味方であり、最大の参謀でもあったのだ。ウーガという場所の有する強みも何もかも理解している。そして自分の障害となったリーネ達の急所を彼女が狙わないわけが無い。


 シズクとも敵対する。そう決めた時点でこうなる可能性は覚悟していた。


 現在ディズを相手取っているであろうに、その上でウーガの全戦力を押さえつける。本当に尋常ではない。【月神シズルナリカ】、あるいは【大悪竜フォルスティア】という特殊すぎる要素を抜きに、彼女は怪物だ。


「っきゃあ!?」

「銀糸が!!」


 そして、感心している暇も無く、銀糸は司令室の内部へと侵入する。

 そうだろうなと納得する。ここを失ってもウーガは機能停止することは無いが、それでもここが指示を出すための中心であるとシズクはしっている。狙わない訳がない。


 だが、だとしても、


「シズク、貴方はウーガの実質的な主だったのかも知れないけど」


 リーネは小さくため息をつく。そして自身に施した白王陣を起動させた。白王降臨の力によって全身が覆われた彼女は、白の魔女の杖を展開する。 


「勝手に出てったんだから、我が物顔で好き勝手してんじゃないわよ」


 そしてそのまま、無数の解けた杖が、銀糸に結びつく。彼女は確かに怪物だ。神としての力を抜きに、魔術師としても怪物だ。だが、事分野が魔術であるというならば、負けるわけにはいかない。


「【記開始】」


 そのまま彼女は力を展開した。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「これは……?」


 膨大な銀糸の全方位からの攻撃と相対していたジースターは、状況の異変に即座に気がついた。美しい白銀の糸、恐ろしい魔力を放ち、こちらを全方位から付け狙ってきたその糸が変化していく。


 真っ白な、強い光が銀の糸をゆっくりと飲み込み始めたのだ。


『AAA――――!?』


 そしてその白い光に浸食された部分にいた銀竜は悲鳴をあげるようにして、その場から追い出される。その白い光の浸食は司令室へと伸びた銀糸から始まって、広がっていった。


……!?」


 司令室の主であるリーネの所業を読み解いて、ジースターは驚愕する。敵の肉体、その延長上にこちらの魔法陣を描くなど、誰がどう考えても真っ当な発想ではない。というか、そもそもそれを実行出来る技術が意味不明だ。


「だが、これは好機だ!!ジャイン!!」

《ああ!!お前ら!銀糸から這い出てきた竜どもを叩き潰せ!!!いくら糸が縦横無尽でも、竜どもは無制限じゃないんだからな!!》


 ジャインの鼓舞により、混乱状態にあった戦士達の動きが再び統率を取り戻した。後は、この銀糸を創り出しているであろう本体、眷属竜とおぼしき巨大な銀竜を討つ事が出来れば――


「なん……!?」


 だが、そう思っていた矢先、再びウーガ全体が振動に包まれた。

 ジースターはその振動の感覚を知っている。先ほど喰らったものと同じだ。巨大な硬質の物体が無数に幾つも擦れ合うかのような猛烈な摩擦音と、とてつもない重量の物体が地団駄でもふんでいるかのような連続した轟音。


『GUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!』

「またきやがったクソ粘魔……!」


 最悪のタイミングだった。

 現在、魔力の一部を奪い取られているウーガの状態をジースターも把握している。銀糸による浸食をリーネは浸食し返すという無茶を行っているが、まだ全てではない。銀竜達も抵抗を始めたのか、状態は拮抗している。この状態で、先ほどと同じようなウーガの魔力を使った大攻勢は使えないだろう。


「まさか、このタイミングを狙って……!?いや――――」

『GAAAAAAAAAAAA!?』


 そしてジースターは目視によって確認した。

 巨大な粘魔王、その腕に、銀の糸が纏わり付いて、縛り付けているのを。


『AAAAAAAAA――――――!』


 そこから出現した巨大な銀竜、ジースターが探していた眷属竜がとびかかった。大きく広がり、まるで布のようにうごめく粘魔王に纏わり付くと、先ほどウルとウーガによって破壊された部分を補完するように覆い尽くした。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!』

「な……!?」


 粘魔王と、眷属竜が更に合体した。


 暴走した、大部分が破損した巨大機械人形の残骸を纏った粘魔王に、更に大悪竜の眷属竜が乗り移ったのだ。あまりにデタラメな光景に、そういった理不尽に慣れている筈のジースターすらも絶句した。他の戦士達も、その雄叫びのすさまじさに圧され言葉を失う。


《せ、せめて!どれか一つにしろ超大馬鹿野郎!!!!!》


 唯一、コースケのあまりにごもっともが過ぎる悲痛な叫びだけが聞こえてきたが、言うまでもなく敵がそれに応じてくれる筈も無い。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』


 粘魔王が拳を振り上げる。

 その拳に粘魔が纏わり付いて肥大化させ、それを白銀の竜が覆い硬質化させる。白銀色の攻城兵器のような有様に変貌した拳が、まっすぐにこちらに振り下ろされようとした。


 ジースターは経験則から直感する。


 アレは無理だ。絶対に止められない。今の自分たちの戦力では無理だ。だが、止めなければ間違いなく、ウーガごと破壊されてしまう。それほどの力がある。


「止めます!!!」


 だから、その拳に向かって飛んでいく風の少女、フウの判断は間違いなく最善手であり、最悪の悪手だった。凄まじい力がフウの周囲を渦巻いて、壁のように成って拳を迎え撃とうとしている。

 恐らく同じ四源の神官達であっても再現不可能なほどの力だった。その力ならば迎え撃てる可能性は確かにあった――――彼女の命を犠牲とするならば。


「フウ!よせ!!」

「フウちゃん!!ダメよ!!!」

「…………!!!」


 神官部隊からの悲痛な声を聞きながら、ジースターもフウの元へと飛んだ。自身の鎧を展開し、ほんのわずかでもフウの体を護る為にその力を使う。だが、既に時間は無く、機神の拳はまっすぐに振り下ろされ――――


「ぬ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 次の瞬間、まるで迎え撃つかのように、輝く巨大な拳が機神の拳を迎撃する。ジースターは一瞬それを天賢王の【天賢】と誤認した。だが違う。王のそれとは比べるべくもなくもろく、不安定な力だった。

 だがしかし、そこに込められた力と意思は、決して王にも劣らぬほどに明確で、ハッキリとしていた。その力を振るったのは――――


「グルフィン!」


 【膨張の精霊・ププア】の神官、グルフィンだった。



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