螺旋の中で④ 夢と現と愛と
スーアにとって、世界を護ると言うことは生まれながらにしての義務だった。
イスラリアという方舟を護るために調整された子供。
真実の“知識継承”と“方舟守護”を行う【天賢王】。その血は決して途絶えさせることはできなかった。真っ当な人類としての血の継承ではあまりにも不安定が過ぎた。くだらないお家騒動などで失われて良い役割ではなかったのだ。
だから必ず、確実に、最高の王が生まれるよう厳重に管理されていた。
世間には神より授かりし御子として信仰を集める形で、人造人間が創り出された。
七天の力を最も強く受け継いだ子供。容姿こそ異なれど、【真人計画】に乗っ取った人類の最先端、他の人種である獣人や小人、土人のようなあらゆる“計画の失敗作”とは違う、本物の人類――――と、いうのはあまりにもおこがましいだろうか。
詰まるところ、王の責務を背負うことを義務づけられて生まれたのがスーアなのだ。それは残酷な事実でもあった。歴代の王たちが早逝していたように、スーアもそうなる運命をたどる可能性が高かった。それほどまでに、この過酷な世界を、方舟を支える職務というのは重く、苦しい。
でも、スーアは別にいやでは無かった。
民達のために頑張ること、手を差し伸べて上げることは悪いことだとは思わない。
義務感ではなく、自然とそう思える情緒がスーアの中では育まれていた。
それはやはり、アルノルド王の存在が大きかった。
不器用で、真っ当な親子とは言い難かったが、それでも愛を持って育んでくれた事は疑いようもなかった。恐らく歴代でも最も愛情深く育んでくれていた。
勿論それは、必ずしも望ましい事とは限らない。
王の責務はあまりにも重い。莫大な責任が伴う。時に命を一人で選別するようなおぞましい判断を担わねばならない事もあるだろう。そう考えると、王に必要なのは優しさよりも厳しさだ。そう考える王たちは多かった。
だがアルノルド王はそうはしなかった。それは彼のエゴであったのかもしれないが、スーアは感謝している。嬉しかったから。
「だけど、だから私は、最も弱い王なのかも知れません」
シズルナリカとの決戦が始まる前、
【真なるバベル】にてスーアはディズと言葉を交わしていた。
必要なことだった。【天賢】継承時に彼女はおおよそ、この世界の構造の知識を獲得し、更に実際にこの世界の構造を目の当たりにした筈ではあるが、それ以外の歴代の王たちが継承していった知識についても、勇者には提供する必要があった。
どのような形であれ、重い責務を彼女に背負わせることとなる。せめてもう、隠し事はすべきではない。
そうして、多くの事を話して、最後に自身の事まで話し終える。するとディズは、
「分かりました……ですが、スーア様が弱いとは思いませんよ?」
スーアの、自分に対する評価に首を傾げた。
「思いませんか?」
「良くも悪くも、愛というものは強いものですよ。事実としてそうでした。愛ほど重い動機はない」
彼女はハッキリと断じる。
七天の加護を与えられず、それ故に方舟の至る所を飛び回り、多くの民達を自分の脚で助けてきた彼女の言葉には、確かな説得力と重みが存在した。
「親が子を、子が親を、愛するヒトを、友人を、護ろうとする時、とても強い力が起こります。勿論、それが悪い方へと向かうこともありますが……」
強い愛は、時として忌むべき大罪の感情へと変わる。
愛が重いほどに、御するのは難しい。故にこそ歴代の王たちは距離を置こうとした。自分の愛が、長い年月をかけて紡いできた王の継承を途絶えさせる事を畏れたが故に。
「でも、正しくその力が使えれば、大罪をも打ち破る力となります。スーア様はきっと、それができると思いますよ」
ディズはそう言って微笑んだ。父、アルノルドから与えられた愛が間違っていないといわれたようで、スーアは嬉しかった。
「ディズはよく知っているのですね」
ディズと比べると、スーアはバベルにいることの方がずっと多かった。今は彼女の内にいるアカネとも最近は遊んだこともあったが、それでも知らないことばかりだ。ひょっとしたらあの時遊んだ子供達よりも、自分はものを知らないのかも知れない。
そう思うと少し不安になる。だが、そう思っていると
「……どうでしょうね。賢しく語りましたが、私は私自身の愛については少し、自信がない。わからない」
ディズは苦笑した。
「わからないです?」
「愛が、失われてはならない尊いものだとは思います。慈しむ感情はあります。力があると言うことも知っている」
彼女は生まれる前の調整もなしに、【星剣】の聖者認定を突破した天然の聖者だ。恐ろしく厳しく設定された“神となりうる者”の認定を得た本物。故に彼女は誰に強いられるでも無く、自分と関わりのない他者であっても慈しみを向けられる。
「ですが、私が個人に向ける愛情はよく分からない。誰か一人を、強く想う事はなかったから」
そうかもしれない。と、スーアは思った。
恐らく、彼女は自分の愛は大きすぎるのだと理解しているのだ。
だから特定の個人に向けてはならないと、それをしてはいけないと、本能的に忌避している。だからわからないと、そう言っている。
つまり、つまり――
「つまりディズは恋愛耳年増なのですね」
「否定できないですけどその言い方は辞めてほしいですね!?どこで学びました!?」
「アカネから教えてもらいました」
スーアが自信満々にそういうと、ディズは顔を覆いうなだれた。
「……ええと、話が逸れてしまいました。何が言いたかったのかな」
若干顔を赤くさせながら、気を取り直すようにディズは頬を掻いて、そして深呼吸すると改めてスーアを見つめて、彼女は笑った。
「愛をもって育てられた貴方は強い。貴方自身を信じてください」
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勇者ディズとのやりとりをスーアは思い出した。
何故思い出したのか、そもそもそれがいつの記憶だったのか、スーアには思い出せなかった。記憶が曖昧だ。自分がいる場所もそうだった。
自分が立っているのは美しい青い空と平原の広がる場所だった。魔物達を抑えるための結界も、空からこちらを睨み付ける天空の迷宮も存在しない。ただただ美しいだけの空間にスーアはいた。
満ち足りた気分だった。もう、心配する必要はないのだとそう思った。なにより。
「スーア、どうした」
父アルノルドがいた。いつも通りの仏頂面だ。しかしそれでも細かな所作に、こちらへとかける声に、深い愛情があるとスーアは理解出来る。
スーアは嬉しかった。
ここには恐ろしいものがなにもない。
だから、父がこれ以上命を削ることなんて無いのだ。
自分のために、世界のために、どんどんとすり減っていく父を見る事はないのだ。
だから、ずっとここにいたいと、そう思った。
――さっ……目……………………天!!!
だけど、だからこれが“違う”とスーアは理解した。
そうはならなかったのだと理解している。辛くて、悲しいけれど、その事から目を背け続けなければ耐えられないほど、スーアは弱くなかった。ディズがそう言っていたように、スーアは強くなった。そうあれと育てられたのだから。
だから、
「良い夢を見ました」
スーアは父に語りかけた。
「眠っていたのか」
「はい、とても良い夢でした」
「そうか」
父はそう言うと優しく頭を撫でた。
嬉しかった。
これが敵の策謀であったとしても、この一時を与えてくれたことをスーアは感謝した。
「夢からは、目覚めねばなりません」
「ああ、そうだな」
父は頷く。スーアは彼の懐に飛びついて、強く抱きしめて、囁いた。
「愛しています」
「私もだよ」
「さようなら」
視界は晴れる。光に包まれ、全てが消えていく。夢幻のよう――――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――――……むう」
スーアは目を覚ました。
自分は真っ黒な、生温かい血肉の中にいた。なんらかの生物の内に捕らえられたのだと言うことをスーアは理解した。自分の体が妙に疲れているのは利用されているからだ。
なんとかしなければならない。そしてその為の手段は理解している。
「【神、賢】」
ディズから返却された力の内、僅かに残したものを使う。研ぎ澄ましまっすぐに力を放ち、自分を捕らえる肉の牢獄に小さな穴を空けた。
しかしその穴は瞬く間に修復されてしまう。疲れ果てた体ではこの内側から突き破るだけの力は持てない。できるのはコレが精一杯。
だけど、これで十分だった。
「――――みつ、けた!!」
次の瞬間、スーアを閉じ込めた血肉が突如としてうごめいた、切り裂かれ、光が差し込む。それを突き破るようにして伸びた異形の腕がスーアの体をつかみ、そして力強く抱きしめられた。
良かったという安堵や、感謝の気持ちがわき上がる。だけどその前に一つ、どうしても言わねばならないことがあった。それは、
「役立たずでは、ありません」
「知ってますよ、そんなこと」
スーアの抗議に、ウルは抱きかかえたまま苦笑した。
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