螺旋の中で⑤ 我儘を

「やったか!!!」


 グロンゾンはウルが血しぶきを浴びながらも、臓器の竜の内側からスーアを救出した姿を見て声をあげ、最大の懸念が解消されたことに安堵した。


〈――――、●……!〉


 とはいえ、まだ臓器の竜はうごめいている。先ほどよりも明らかに弱っているが、弱っているからこそと言うか、自身を構成する無数の血管をうごめかせて、デタラメに暴れ始めていた。

 巨体故、デタラメに暴れるだけでもそれが地響きとなって場を揺らす。

 螺旋図書館の上層には避難民達がいる。万が一にでもこの怪物が上層へと移動し、避難所を襲う可能性は摘まねばならなかった。


「他の救助は!!?」

「完了した!既に部屋の外へと連れ出してる!!」

「よし!」


 真人達の迅速な対応にグロンゾンは頷いた。ならば後は、


「後は何の懸念も無く、アレを消し飛ばせば良いだけと」


 スーアを抱えて近くに飛び降りたウルの言うとおり、あの怪物を始末するだけだ。グロンゾンは動こうとしたが、それよりも早くウルはグロンゾンにスーアを押しつけるようにした。そして、 


「【其は災禍に抗う、勇猛なる黒焔】」


 竜牙槍を構え、竜の魔言を唱えた。

 次の瞬間、ウルの黒い左腕が蠢き、彼の竜牙槍に纏わり付いた。同時に彼の腕から黒い蔓のようなものが伸びて、未だ白い花々が散った地面を貫いてウルの体を結びつける。


「まずいな……!」


 その動きの意味を察したグロンゾンはスーアを抱え、即座に移動した真人たちもグロンゾンの動きに倣ってウルから距離をとる。竜牙槍の顎が開き、そこから漏れ出す魔力はグロンゾンの想像通り、あるいは想像以上に鮮烈な熱と、寒気を覚えるような黒い魔力が満ち満ちていた。


〈【●●●●●●●●】〉

「悪いがこっちはまだまだ仕事が山積みなんだ」


 向かってくる“臓器の竜”相手にも微動だにせず、ウルは自身を固定砲台と化し、淀みなくその引き金を引いた。


「消し飛べ」

〈●       〉


 そして放たれた力は、臓器の竜どころかその場の空間全てを飲み込んだ。光が渦巻いて、その全てを焼き払う。グロンゾンも真人達も、距離を置いてるにも拘わらずその場から吹き飛ばされそうになるほどのエネルギーを、たった一人の少年が創り出したのだ。


 そして、光が消え去った頃には、最早その場には何一つ残されていなかった。


 竜の姿も無い、空間を覆い尽くしていた白い花すらも消えていた。残されたのは砂のような粒子のみであり、それが空からパラパラと降ってくるばかりだ。


 空間の再生能力を、まるごとを焼き払うことで打ち倒したのだ。


「凄まじい……」


 グロンゾンは否応なく、戦慄せざるを得なかった。


 間違いなく、今の自分よりも彼は遙かに強い力を有している。


 純粋な格闘術の技量、戦闘経験などであれば自分の方が上だ。その確信はある。だがもしも命のやりとり、本当の戦いとなれば、グロンゾンは勝てないだろう。もしも万全の状態であったとしても怪しい。

 尋常ならざる戦いを繰り返しその経験を獲得した力を全て糧とすることで、本当に類を見ない怪物へと彼は成ったのだ。


 その彼が、敵となるのか。


 なぎ払われた空間の中心で、全てが粒子のようになって消え去った中心に立つ灰の王を前に、グロンゾンは身震いを覚えた。

 彼をこのスーア救出の戦いに上手く連れ込んだのはグロンゾンの策略と言えたが、グロンゾン自身、ウルの事を口先でどうとでもできる男ではないと思っている。あくまで今回は彼の善良さとこちらの目的が上手くかみ合っただけの話だ。

 言ってしまえば彼の慈悲にすがったに過ぎない。

 そして恐らくこの先は通らないだろう。

 彼が真正直に宣告したとおり、敵となる可能性は存在している。


 ならば、今此処で彼を止めるか?


 今の自分では到底、足止めにもなるかは怪しいが、彼が【勇者】とぶつかる前に、少しでもその力を削っておくべきか?一瞬そう考えた。


「――――……あー疲れた。本当危なっかしいの勘弁して下さいスーア様」


 グロンゾンの内心を尻目に、ウルはぐったりとため息をつきながらこちらが抱えるスーアに愚痴を吐き出した。スーアはグロンゾンの体から降りると、こくりと頷く。


「助かりました」

「本当に、それならよかったですよ。怪我とかないので?」

「おなかがすきました」

「そりゃ俺もですよ。我慢なさってくださいな」


 無表情のまま、少し楽しそうに会話するスーアと、それを呆れた顔で応じるウル、二人の表情を見てグロンゾンは握りしめた拳を解いた。


 ここに存在する光を失わせてはならない。


 今、この世界の流れは異様だ。


 誰もが必死に抗い、賢明であろうとしながらも、流れるように全てが破滅へとなだれ込んでいく。この状況下においては、歯車のような戦士としてのあり方は危険だとグロンゾンは感じ取った。自らの意思で状況を見極め、判断せねばならぬと直感した。


 それが出来ねばこの流れには抗えない。抗わねばならなかった。


 グロンゾンの敬愛するアルノルド王は、この流れに抗おうとしていたのだから。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………う」

「良かった、ファリーナ」


 捕まった従者達の様子を確認しているスーアが安堵のため息をつく。その様子を見てウルもまた、今回の作戦が上手くいったことを理解した。

 本当にとんだ寄り道となってしまったが、ともあれ全員が無事で何よりだった。グロンゾンに強引に巻き込まれた形とはいえ、ウルとてスーアやスーアの仲間達が傷つき倒れることを良しと思えるほど、割り切れているわけではない。例え敵対する可能性があるとしてもだ。


「無事で何よりだよ。ともあれ、回復薬くれ」


 とはいえ、此処での消費は取り戻さないといけない。ウルが消耗品を乞うと、真人と呼ばれていた戦士達の一人、背丈の低い少女がこちらを呆れ顔で見つめた。


「敵対するかも知れない相手に道具を乞うんですか?」

「今回の依頼報酬代だよ。【神薬】があるならそれでいいけど」

「超希少品!あるわけないです!!!」


 ぷんすこに怒る少女を見ていると、あまり性格は似てないがアカネを思い出して、ウルは若干なつかしみを覚えながら彼女の頭を撫でた。それで更に怒る少女はかわいらしいが、先の戦いでは魔術の腕は一級品だった。できるなら敵対なんてしたくないなあ、と思っていると、彼女の横から若い男がウルに向かっていくつかの回復薬を手渡してくれた。


「我々のものなら。残念ながら神薬ではないですが」

「助かるよ」


 渡されたものをその場で飲み干す。そして体の調子を確かめると、ウルはまっすぐに螺旋図書館の柵へと手をかけ中央の奈落へと視線をやる。遙か下から、戦う音が聞こえてくる。やはりウルの目的地はまだまだ下方だ。それを確認し、ウルは振り返った。


「そっちはこれから従者達を安全な場所に運ぶんだろ?」

「うむ!任せよ!」


 グロンゾンが応じる。彼等は一度上に上がるだろう。まだ彼等も戦えるとはいえ、気を失い動けなくなっている従者達をつれてこの先に進めるわけが無い。


「じゃあ、俺はこの辺で。次会うときは敵かもだが」


 ウルは肩をすくめ、言った。流れでの共闘となったがここまでだ。再び会うときどのような状況になるかは想像もつかないが、そうなる可能性は十分あった。だから腹をくくる上でもウルはそう言った。

 するとスーアが前に踏み出して首を横に振り、


「敵は嫌です」


 ウルの覚悟を真正面から否定した。ウルは苦笑する。


「嫌ですか。じゃあ味方?」

「ディズとアカネと戦うのも嫌です」

「ワガママでいらっしゃる……まあ良いですけど」


 ウルはため息をついて、彼女の身勝手を肯定した。すると自分で言ったはずなのに、それを肯定したウルをスーアは不思議そうに見つめ、首を傾げた。


「良いのです?」

「こっちはもっと駄々こねまくってるので、咎める気にもなりませんよ」


 実際、ウルたち一行の行動は、紛れもない我が儘だ。我を通し、無理を通そうとしてここにいる。そこに大義などあるわけもない。その点ではよっぽど、シズクとディズの方が有している。

 スーアの我が儘なんて、可愛いものだ。だから偉そうに咎める権利は自分には無い。


「互いが、上手く協力し合えることを祈ります。敵対したならその時考えましょう」

「ウル」


 そのまま柵に脚をかけ、飛び降りようとした。が、その前にスーアが駆けてくる。そしてそのままウルの胸に飛び込んで、一度強く抱きしめた。


「貴方が無事でないのも嫌です」

「――俺も、友達が傷つくのは嫌だよ。気をつけてな」


 見上げてくるスーアの額に触れ、小柄な御子の無事を祈るように囁いた。

 そしてグロンゾンもまた、前へと進み出て頷いた。


「ウルよ、今回の助力忘れぬ。もしもそれが許す状況であれば、この残された力の全てお前のために使おう」

「そうなるよう願うよ。じゃーな」


 グロンゾンに対してもうなずき、そしてそのままウルは奈落へと飛び降り、螺旋図書館の下層へと一気に落ちていった。

 まったくもってとんだ寄り道だったが、悪い結果ではなかった。

 順調とは言い難いが、前へと進めている。今のウルに懸念があるとすれば――


「あいつら無事だろうな……」


 外で戦ってる仲間達だ。






              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 竜呑ウーガにて


「――――……ちょうだい」


 白銀の糸に囲まれ、竜呑女王エシェルは血まみれになりながら、地面に倒れ伏していた。

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