螺旋の中で③

〈警告〉

「ノアか、なんだよ」


 金色の指輪から聞こえてくる声に、ウルは応じた。


〈フォーマット時に切断された【遺産】の一部を確認〉

〈現在独立して稼働中〉

〈複数の物理干渉兵器を保有、対人への制約を有するものの潜在的驚異度高〉

〈“器”の獲得前に早期殲滅推奨〉


 ウルは首を傾げた。


「わかりにくい」

〈いそいで、たおしてください〉

「わかりやすいよ、ありがとう」


 指輪へと感謝を告げて、目の前の存在と向き直った。


 ウルが強引な力でたたき折った塔は、しかしそのまま見る間に再び再生を果たす、かに見えた。だが、それは違うとウルはすぐに察した。


「まあそう簡単にはいかんわな……というか――」

〈■    ■  ■ ■■■■■〉

 

 おぞましい塔は変化する。捕らえたスーアを飲み込んで、異形へと変わる。それは巨大な、肥え太った竜のようにも見えたし、蛙のようにも見えた。だが最も近いものは、恐らく“生物の臓器”だろう。それに瞳がついて、血管が手足のようにうごめいてる。


〈■――――――――〉


 見るだけで怖気が走るような奇っ怪な生命体が目の前に生まれた。鳴き声と言って良いのか分からないような声が空間を揺らす。真正面から浴びれば身震いしそうになるような、生命からかけ離れた音を真正面から受けたウルは――――しかし別のことを考えていた。

 即ち、


「――やっぱ戦う羽目になってんじゃねえか!」


 当然のように戦いに巻き込まれたことに対する嘆きである。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ま、ずい!、グロンゾン殿!!」


 塔の更なる異形への変貌に、ファイブは息を呑んだ。これまでの推測と、クラウランから与えられている【真人】としての知識から、状況が更なる最悪へと転がり込んだことを察してしまった。


「具体的にどう不味い!」


 救助にきたグロンゾンが叫ぶ。ファイブは兄妹の真人達に撤退の指示を出しながらも、なんとか冷静に自分の有する情報を叫んだ。


「スーアを依り代に、こちらへの干渉権を獲得しようとしている!!!」


 スーアを捕らえた存在は、恐らく精霊と同じルールに縛られている。

 人類に対して、直接害をなしてはならないというルール。

 創造主の創り出した存在の多くはその規則に捕らわれる。それを最初から超過出来るのは「粛正装置」のみである。人類でない限り、その存在の干渉は限られる。


〈■■■■■■■〉

「干渉……今も十分に暴れてるのでは!?」

「これは制約を受けている状態です!!」

「これでか!?」


 グロンゾンが連続で【神拳】の鐘の音を鳴らし、敵の攻撃を打ち崩す。“天剣もどき”の攻撃は連続して巻き起こっていた。グロンゾンがいなければこの場にいる全員、ズタズタに引き裂かれて血の海に沈んでいただろう。

 そう、これでも恐らくは制約の中のレベルでの攻撃だ。実際、手負いのグロンゾンと【真人】たちとでなんとかしのげて、抵抗できる時点で制約がかかっている。だが、


「今、スーアが飲み込まれてしまった……!」


 おぞましい臓器のような竜の形が更に変わる。口、のように見える部分が大きく開くと、そこに膨大な魔力が収束していく。恐らく【天魔】の再現をしている為か、魔力を方舟に眠る【星石】から掠め取っている。

 つまり、魔力が尽きる可能性も皆無であるらしい。絶望的な情報が追加されてしまった。


〈  【■】  〉


 その収束し始めた魔力だけで空間が焼けていく。

 既に避難は指示しているが、果たして間に合うか、かなり怪しかった。否、例えこの空間から逃げ出したとしても、既にスーアを獲得したこの“臓器の竜”は追いかけてくるのでは――


「護ります!!!」

「ゼロ!!」


 そこに、ゼロが飛び出し、結界術を展開し始めた。「無理だよせ!」というファイブの言葉も、グロンゾンの援護も間に合わず、竜の咆吼は吐き出され――


「いや無茶すんなよ」


 その彼女を、灰色の英雄が抱きかかえ、竜の咆吼を“消し飛ばした”。


「……ん!?」


 消し飛ばした。としか言い様がない。

 あまりの光量に視界が奪われ、ハッキリと目撃することは出来なかった。が、ゼロを抱えた少年が槍を振るった瞬間、莫大な灼熱の光がぐしゃりと粘土細工のように“ひしゃげた”のだ。そして、そのまま光を失い灰色になって砕けて散った。

 見たままに、起こった現象を分解したが、それでも全く意味が分からない。分かっているのはゼロが無事であることと、灰色の少年――ウルがそれをなしたと言う事実だけだ。


「危ないことすんなよ。びっくりしたわ」

「だ、大丈夫です!私は強いですから!」

「そうか、そりゃ頼りにさせてもらうよ」

「当然です!」

「でも今は俺と天拳殿が前衛やるから下がっててくれよ。支援を頼む」


 目の前で起こった現象の衝撃で停止していたファイブに対して、ウルは抱きかかえたゼロをそっとおろすと、やや手慣れた様子でゼロをいなしながら頭を撫でていた。そして、


「で、他に情報は?」


 そのままこちらに質問を投げかけた。


「情報……」

「倒し方」


 端的かつ具体的な質問内容にファイブは再起動する。だが、同時に無茶なことを尋ねるなと叫びたくなった。


「おそらくこの空間全てが敵の肉体だ、一部を破壊しても再生される」

「なるほど……なるほど?」


 まだその現象を断片的に見ただけだが、恐らく間違いない。ファイブは知識としてその現象を知っている。知っているが故に、この敵は容易には倒せないという最悪の確信がある。


「一端――」


 撤退するほかない。

 そう提案する暇も無くウルは前へと進み出ると、装備していた禍々しい黒の大槍――おそらくは【竜殺し】を握り、地面へと突き立てた。


「空間全部なんとかすりゃいいと」


 次の瞬間、彼の白の右腕がうごめき【竜殺し】に纏わり付いて


「【其は死生の流転謳う、白き姫華】」


 その影響が槍から、空間全体に一気に広まった。真っ白な美しい花々が空間を満たし、おぞましい肉の壁が浸食されていく。その浸食は一切容赦が無く、“臓器の竜”の肉体にまで及び、竜の体を喰らっていった。


「この程度の範囲ならなんとでもなるな」

〈――――■▲■■■■■■〉

「まあ七天もどき使えるのはヤバいんだろうが」


 振り払うように身もだえ、手足をちぎりながら浸食から離脱する臓器の竜を睨みながら、灰の英雄は淡々と静かに――


「グリード程じゃねえわ――――冷静に考えるとマジで何なんだあいつ」


 ――なにかのトラウマを発症していた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 灰の英雄、ウルに対する情報を真人達は把握していた。


 精霊との親和性を持たず、大罪竜達を討ち取った超克者。

 選び抜かれた七天の戦士ではない、不意に発生した野生の傑物。

 わずか一年少しでこの厳しい世界で台頭し始めた英雄。


 だが道理として、彼当人の実力を真人ファイブは懐疑的に見ざるをえなかった。


 ファイブは、真人は生まれ出るときクラウランから多くの知識を与えられている。偏見や信仰でその知識が曇ることは無い。恐らく最もフラットに、世界の状況を把握できているのが真人達だ。


 だからこそ、理解している。


 この世界において極端な飛躍はありえない。

 魔力という超常のエネルギーを得たことで人類の歴史は大幅に変わったが、その力が在るが故に、より世界は近道はなくなったともいえる。特に、身体能力については残酷だ。

 強くあるには魔力を獲得するしかない。より強くなるには、更なる魔力を獲得し、更なる強い敵と戦って魔力と経験を重ねるほかない。


 それが今の世界の道理であり、そしてこの道理は才能を以ってしても打ち勝てない。


 体術や戦闘技術にどれほどのセンスがあろうとも、それでもこの道理は覆すことはできない。センスを磨くためにも魔力はいるからだ。だからどうしても飛躍は出来ない。必要なのは時間と経験、そしてその質だ。


 だから、ウルという英雄が短期間で飛躍したことには疑念と不理解がついてまわる。


 幸運だったのか、あるいは閃きによって覆せる状況が続いたのか、それとも別の何かしらの要因か。兎に角彼自身の能力については確信が持てなかった。


 そして現在、


「【黒瞋よ】」

〈■  ■!?〉


 彼がそういう道理とは全く別の場所に身を置いているという事実をファイブは理解した。竜牙槍から伸びた黒い熱刃で“臓器の竜”の両腕を情け容赦なく叩き潰す姿をみて、強制的に理解させられた。


「ウル!スーア様が中にいる!気をつけろ!!」

「デカい堅い重いくせに面倒くさいな!人質なんて取るんじゃねえよ!」

「五秒後に打ち消す!攻めろ!」

「了解!!」


 グロンゾンとの連携をとりながら、ウルは動く。竜が生み出した無数の光剣が鐘の音と共に砕け散る。粒子の雨が降り注ぐ中跳んだ。


〈【■■■】〉


 無論、臓器の竜とて無抵抗ではない。無数の七天もどきを振り回しながら、定期的にこちらの攻撃を打ち消そうとする。ウルが使う竜の権能すらも魔力を源とする以上、【天拳】の打ち消す力には抵抗できない。


「【破邪天拳!!】」

「【揺蕩い、狂え!】」


 故にグロンゾンは的確に、竜の攻撃に合わせて鐘を鳴らし、その攻撃を相殺する。そしてその隙を突いて不可視の力で“臓器の竜”を空中で掌握し、地面にたたき付ける。 

 十メートル以上はあろうという巨体の竜は空中へと持ち上がり、何度もたたき付けられる。


 たたき付けられているのが臓器の竜であり、たたき付けている方がたった一人の少年だ。果たしてどちらが怪物なのか理解できなくなる光景に、ファイブはぼそりと呟いた。 


「“類を見ない英傑”、なるほどな」


 グロンゾンが彼を評した言葉を噛みしめる。彼はあまり意識せずに言ったことなのだろうが、かなり的を射ていた。ファイブは至極冷静に、自分の価値基準でウルを図ることは困難であると理解した。理解することを綺麗に諦めた。


「ファイブ!何なんですかアレ!!」

「わからん」


 ゼロの疑問に対してもファイブは即答した。彼女の疑問ももっともだが、本当に分からない。彼の出自も経歴もなにもかもハッキリとしていて一切謎がない筈なのに何がどうしてあんな生命体になっているのか一ミリも説明がつかないという奇妙な体験だった。


「例えそれが歪に調整された命の先にあったものだとしても、突然変異でああいう存在は生まれるものなのだろう。世界は狭いと思っていたが、広いな」


 きっとマスターは喜ぶ。教えてあげたいものだ。とファイブは頷いた。すると、


「手伝えやオラァ!!?」


 謎の生命体もとい、ウルからの抗議の声が飛んできた。確かに、あまりの戦いっぷりにあっけにとられていたが、彼に妹の命を救われて呆然とみているわけにはいかない。マスターの子供として名折れだろう。


「全員、彼の支援に動け!敵の【天拳】もどきを誘発し、隙をつくるぞ!!!他動けるものは周囲の従者達の救助に回れ!!」


 ファイブは気を引き締め、真人たちに指示をだし、一気に攻勢へと移った。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ああ、畜生面倒くせえ……」


 一方で、謎の生命体扱いされているウルはウルで、敵の厄介さに顔をしかめていた。

 真人達は間違いなく一流であり、ましてグロンゾンはそれを超える最高の戦士だ。手負いで、病み上がりだと自嘲していたが、決してそう感じさせないだけの立ち回りを彼はしている。彼等がいなければもっとウルは苦戦していたことだろう。

 だが、そんな彼等の支援込みであっても、“臓器の竜”は厄介極まった。


〈■■■■■■■〉


 堅く、しぶとく、そして厄介なことにスーアを内側に取り込んでいる。

 人質のように扱わないだけマシだが、しかしどこにスーアが捕らえられているのか判断がつかない。うっかり大火力を不用意にぶっぱなして、スーアごと殺してしまったら元も子もない。


 だが、半端な攻撃では敵は再生する。


 空間を竜の力で浸食したことによって再生能力の速度は明確に落ちたが、それでもしぶといのだから相当だ。ならばこの状況下における最適解は、


「人質側からの応答……!」


 人質であるスーアの場所の判明。で、あるならば、出来ることは――――


「【狂い啼け!!!】」

〈■!?〉


 空間を掌握し、たたき付ける。しかし今回はその力を単発では無く持続させた。竜の動きを縛り続ける。当然向こうは抵抗を仕掛けてくる。巨大な瞳に魔力が収束し、再び【天拳】の力を放とうと仕掛けてくる。


「【破邪天拳!!!】」

「【蒼雷】」


 だが、それを察知しグロンゾンが打ち消した。同時に真人達が竜の肉体を削り、その力のリソースを再生へと回させる。こちらの動きに対して一切の合図なしで必要な動きをしてくれる。彼等は紛れもなく一流だった。

 だからこそ、言わねばならないことがある。


「うっかり人質にされてんじゃねえよ……!」


 “臓器の竜”へと飛び乗り、竜牙槍を刺し貫く。同時に“顎”をひらくことによって肉を引き裂きこじ開ける。無論、その先にも血肉が詰まり、スーアの姿など見える筈も無いが、ためらわずウルは大きく息を吸い、


「さっさと目を覚ませや役立たずのクソ七天!!!」


 不敬罪一直線の言葉を叫んだ。

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