螺旋の中で②


 それは、奇妙な魔物だった。


 否、魔物と表現して良いかもわかりづらい。周囲のバベルの塔を覆う肉の壁。触手、というよりも血管のように至る方向へと伸びているそれら肉の一部が引きちぎれ、形をなして襲いかかってきているかのような歪さだ。

 皮膚を持たない、赤黒い肉の塊。頭部と思わしき部分に大きな目が一つ。グロテスク極まる怪物だった。


『GAAAA   』

「なんだこいつら……そんでもって」


 それらを躊躇なく打倒した後、ウルは共闘した男へと視線を向ける。そり上げた頭、筋骨隆々の大男。七天の中でも最も戦士らしい姿をした豪傑、【天拳のグロンゾン】がそこにいた。


「ウル!久しいな!!といっても一月ちょいくらいだが!助かったぞ!」

「助かったというが、おもいっくそ意図的に巻き込まれた構図なんだが」

「うむ、スマン!!!」

「ここまで真正面から謝られると責めにくい……」


 彼はニッカリと笑いながら頭を下げた。

 ウルは彼のことを嫌っているわけではないのだが、むしろこざっぱりとしたところは好感を持っているくらいなのだが、しかしこういう所はどうかと思わなくも無い。

 とはいえ、今は彼と楽しくコミュケーションをとっている場合でもない。ウルは頭を掻いて、決意を固めるようにため息を吐き出した。


「先に一応言っておくが、俺はアンタの味方じゃない」

「ふむ?」


 ウルの言葉にグロンゾンは首を傾げるがウルはそのまま続けた。


「俺はイスラリアとは方針が違う。多分場合によってはディズと敵対する。シズクとも敵対する可能性が高いから、完全な敵対とは違うんだろうが……」


 話しながらも、ウルはゆっくりと警戒を強めた。場合によってはこのまま、グロンゾンとの戦闘が始まる可能性は否定しきれなかったからだ。だが、出来れば話の通じる相手同士で争って消耗するのは避けたかった。


「だから貴方とは協力はできない。天拳のグロンゾン」


 しかしだったら、適当に口先で誤魔化して別れれば良いだけの気もするが、この男に口先だけの誤魔化しを行う方が拙いとはウルも察していた。

 故に全てを説明し終え、そのままウルはじりと警戒した。グロンゾンが万全の状態ではないのは見て取れる。片腕の義手も破損が見られ、傷も多い。今のウルなら、必要とあらば速攻を決められる可能性は高い。


 さあどうなると、グロンゾンを睨む。すると


「うむ!あいわかった!」


 グロンゾンは真正面から頷いた。それだけだった。ウルは肩透かしをくらった。


「……わかったのか」

「この戦況が最早、単純な善悪で切り分けられるものでないとは理解している」


 グロンゾンは先ほどと比べると少し寂しげだ。彼もまた、方舟イスラリアを取り巻く世界の状況を既に聞いたのだろう。自分たちが善ではない、殺し合いの戦争状況。その事実を誤魔化さずに受け入れた男の顔だった。


「【陽喰らい】の時のように、一枚岩にはなれぬ事を責める気にはならぬな」

「……助かるよ。そんじゃ」


 幸いにして理解を示してくれて、しかも敵対はしないというならありがたい。ウルは軽く会釈をして、移動することにした。 

 兎に角今は消耗を最小限にしながらも、大暴れしている勇者達の所にたどりつかなければならない――――


「うむ、ところでな」


 そういって背を向けた瞬間、グロンゾンがやや大きめの声で切り出した。


「実はスーア様がバベルの迷宮化で行方不明になってしまってな」

「……」

「助けに向かいたいが、動ける人材は少ない。俺も病み上がりなのだ。情けない事に」

「…………」

「父を失い、悲しみに泣き伏せっても良い年頃なのに、尚、民のためにその身を捧げようとした幼き御子が死んでしまうなんてあってはならん……!」

「……………………」

「誰か一人、手練れの者がいれば助かるのだが!!!道中だけでも助けてくれたら……!」


 グロンゾンの声はなんというか、こんなおぞましい肉壁まみれの空間のなかであってもやたらめったら良く響いた。急ぎ去ろうとしたウルの背中を容赦なく打ち抜くほどにどこまで届く声であり、情緒に溢れ、聞く者の涙を誘った。


 演劇でもやれるんじゃねえかなこのおっさん。


 そんなことを思いながら、ウルは凄まじく苦々しい表情を浮かべながら、踵を返してグロンゾンのもとへと戻った。


「…………途中までなら付き合うよ。途中までなら」

「なんと!袂を分けてもなお、義と徳を忘れないとは!!お前のような男と共に戦えること誇りに思うぞ!!」


 その言葉にグロンゾンは心底嬉しそうな表情でウルの肩を叩いた。そこに演技臭さは皆無だった。心の底からウルの選択に感激している様子だった。


「……あんた割と舌回るよな」

「ふむ、丸め込むつもりは無いのだが」

「誠実さでごり押しするタイプか……たちわっりぃ」


 そういえば自分の師匠もなんだかんだとこの男から仕事を任されていた事をウルは思い出した。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 クラウランの創り出した【真人】達。

 ディズと共にバベル――もとい【大悪迷宮フォルスティア】に突入した真人達はディズの指示に従って、救助活動を開始した。

 バベルの迷宮化に巻き込まれた者達は多い。バベルは方舟イスラリアを維持するための拠点であり、王の城でもあったのだから当然だった。事前に避難所シェルターに逃れていた者達は兎も角、そうでない者達も大勢いた。彼等は一人一人見逃さぬよう救助し、片っ端から近くの避難所に移動させ続けた。


「気持ち悪い!」


 そんな中でも、ゼロ率いる部隊はバベルの地下、螺旋図書館を侵攻していた。その道中出現するおぞましい魔物達、毛も皮膚も無い、筋肉がむき出しになった一つ目の怪物達を蹴散らしながら、ゼロは不満の声を漏らした。


「んっもう!どうなってるんですか!ガルーダともはぐれてしまうし!!」


 魔物達の造形のおぞましさはもとより、その強さも異常だった。シズクが生み出した白銀の竜達とはまた違う。あちらは洗練された竜としての形を保っており、やっかい極まったが一方で道理はあった。

 だが、こちらは無い。そもそも急所が無い。頭を潰しても残る手足がうごめいてこちらを襲ってくる。かとおもえば、目がない所為で味方同士で殺し合い、潰し合う。かとおもえば、その味方の血肉を喰らってより巨大な怪物に変わる。

 まるで粘魔だ。だが、血肉を持ってる分粘魔より活動できて俊敏でおぞましい。

 なんというか、この上なくたちが悪かった。ゼロはうんざりとした悲鳴をあげる。


『GGG    』

「ゼロ、落ち着け」


 そのゼロに、ファイブは冷静に声をかける。彼女の隣で、出現する魔物を槍で引き裂き打ち倒しながら、淡々と声をかける。


「お前は我々の中で最も優れている。そのお前が動揺すれば、仲間達に伝わる」


 真人達は現在連携を密にするため魔術により常に通信で繋がっている。勿論ゼロが叫ぶくらいですぐに慌てふためいて混乱してしまうほど未熟な者はいないが、それでもゼロは冷静でいてもらわねば困る。

 彼女は間違いなく、真人達の中でも最も優れた性能を持ったハイエンドなのだから。


「……ごめんなさい」

「よい子だ」


 まだ子供っぽいが、それでもこちらの指摘に対して素直に受け入れるからゼロはよい子だった。ナインももう少し見習ってほしいものだと思いながら、前へと視線を向ける。


「だが、お前の言うとおり異様ではある。この有様は」


 再び出現を開始する魔物達に、眉をひそめる。ゼロは即座に雷を放って連中を焼き払うが、一撃では死ななかった。発展魔術セカンドクラスの魔術であってもまだ死なない。

 堅く、早く、強く、数が多い。明らかに単純な魔物の類いでは無かった。


「シズルナリカの攻撃ですか……!?」

「いや……」


 可能性としては確かに考えられる、が、それにしては中途半端だった。そもそも、自分たち真人は一個でも強力であり、集まれば黄金級にも匹敵出来る戦士達であるが、太陽神と相対した状態でリソースを割いてまで討伐したいとシズクが動くようにも思えない。


 ならば自然発生か?だが、それにしては妙に……?


「見つけた」


 そのとき、後衛で周囲を探っていたスリーから声が響く。ファイブは思考を中断し、彼女の指さす方向へと全員が急ぎかけだした。そして、


「スーア!」


 偉大なる王アルノルドの御子スーアが、多くの従者達と共にバベルの血管に捕らわれている姿を発見した。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その空間は螺旋図書館の円周からわずかに外れた場所に創り出された奇妙な凹みだった。

 まるで、地面が陥没し、どこまでも沈み込んでしまったかのような大穴のような空間だ。記憶ではスーア達がいたのは【真なるバベル】の屋上であり、そこから落ちてきたにしても流石に物理的にここまで落下したとは考えにくい。

 となると、やはり迷宮化によって空間がゆがんだと考えるのが妥当だが、それにしたってその空間は異様だった。バベルを行き交う血管のようなものが複雑に絡みあい、卵かさなぎのように形作られている。それが大穴の中央に座しており、スーアがそこに捕らえられている。

 他の従者達もその周囲にいるが、中央の卵にはスーアのみ。そんな奇妙な広間の最下層に真人達はたどり着いた。

 おそらく本来ならば、別の部屋にたどり着く筈だった通路の先がこの大穴に巻き込まれたのだろう。通路は断絶し崩れ落ち、大穴に繋がっていた。


……?」


 その光景をみて、ファイブは眉をひそめた。

 果たしてどのような意味があるかは不明だが、良い予感はまったくしなかった。今すぐにでも助け出さねばならないとはゼロも思ったが、しかしうかつには動けない。

 安易に手を出したら何が起こるか分からない。そんな不気味さがそこにはあった。


「シズルナリカの仕業?」

「彼女の仕業ならば、スーアを生かす意味は無い」


 スーアは、いうなれば現在のイスラリア大陸における代表だ。太陽神として覚醒したディズを除いて最も危険な存在と言えるだろう。【七天】の力を操る上でも最初から調整された器でもある。もしもシズクが彼女を捕らえたのなら生かしておく合理性が存在しない。


 だが、だとするならばなおのことその状況は薄気味が悪かった。


「だけどこのままじゃ」

「分かっている。行くぞ、慎重に」


 ファイブは兄妹達に指示を出しながら慎重に、その奇妙な陥没の大穴へと滑り落ちる。

 そして踏み込んだ瞬間、ある意味警戒していたとおり状況が動いた。


「なん……!?」

「これ、は!?」


 空間が揺れる。スーア達を捕らえていた血管がうごめき出す。出現していた悪感情の魔物達のように動き出した。卵のような形をしたものが形を変える。細く長く高く、塔のような姿に変わった様に見えたのは気のせいではないだろう。そして、


〈■■■〉


 その塔のいくつもの壁面から、巨大な瞳が出現した。その現象と姿をみて、ファイブはすぐにそれがなんなのか察した。


「……

〈■〉

「回避!」


 光が放たれる

 回避した直後、ファイブはその痕跡を見ると金色に輝く剣のようなものが地面に突き立っていた。太陽神として統合される前の、制約があった頃の【天剣】に似ているが、それはしばらくすると霧散して散った。

 あの姿で、性能がただの剣を模した魔術攻撃ということはなかろう。つまり防御は出来ない。絶対両断の剣を凄まじい速度で飛ばしてきている。


〈■  ■   ■■■■■〉


 それも複数の瞳が連続で、だ。ファイブ達はちりぢりになりながら回避に専念せざるを得なかった。


「遺産……!!?」

「違う!例の場所は最深層だ!此所は別の場所だろう!」

「目的は!?」

「スーアの保管、七天の為の器を探している!恐らく神の保護機能だ!」


 だが、推測を進める余裕はなかった。


「方舟の危機、バベルの崩壊に反応した!!!素養のある者を予備の勇者として保管しようとしている――――!?」


 不意に足下がうごめく、自分たちが立っている場所もまた、眼前の塔の一部であることに気づいたときには遅かった。後衛で支援していたスリーが不意に、足下に沈み込むように地面に倒れ込んだ。


「ナイン!」

「私たちも狙ってる!」


 ナインの言葉にファイブは地面を蹴り、その場を退く。次の瞬間先ほどまでファイブがいた場所も血管がうごめき、そこにいたファイブを喰らい尽くすように殺到した。あまりの貪欲な動きにファイブはぞっとした。


「【蒼雷陣・拡式】」


 その近くで、ゼロが魔術を発動する。足下を蹴った瞬間、この広間の広い範囲に魔法陣が一気に広がる。足下に飲み込まれかけていたナインすらもその光に飲み込まれ、次の瞬間蒼雷が一気に迸った。


「ゼロ!私も焼くつもり!?」

「ちゃんと対象から外しました!」


 激しい落雷の中、若干髪の毛を焦がしながらもナインは抜け出す。元気そうであり、問題はなさそうなのでファイブは安堵した。そして、ゼロの攻撃はやや無茶ではあったが、一気に敵の肉体が削れた。

 このままスーア達を救出し、脱出する。ファイブはそう動こうとした。


〈         ■〉

「何!?」


 だが、次の瞬間、焼け焦げた肉がうごめいた。振動し、形を変えながら瞬くまに破損していた箇所が新たな肉に覆い尽くされていく。


「この現象は……!」


 回復術による再生ではない。故に阻害も出来ない。その異様な形の戻り方にファイブは絶句する。同時に危機感を覚えた。同時に、中央の塔が動く、周囲の瞳に魔力が収束を開始した。


「【蒼雷!!!】」


 真人達の判断は素早かった。全員が連携し、一糸乱れず魔術を放つ。発展魔術級の火力のそれを全くの同時に放つことで火力を上昇させる妙技。終局に近しい火力を即座に放つ。

 この部屋の中心が塔であるという判断からの即決だった。


〈【■】〉


 次の瞬間、空間一杯に激しい音が響いた。荘厳な鐘の音、しかし今この場で聞くにはあまりにもおぞましく、不吉な音。それは――――


……!?」


 真人達の魔術が一方的に打ち消される。そして、そうしている間にも塔の瞳達の魔力は収束を完了させた。先ほどファイブ達に打ち出された光の剣、天剣が空一杯に広がった。まるで、一切を逃がさぬと言うように。


 敵の攻撃を一方的に打ち消し、防げぬ攻撃を一方的に、雨のようにたたき込む。


 七天達が行う連携、その圧倒的理不尽を真人達は最悪のタイミングで体験しようとしていた――――


「【破邪天拳!!】」


 だがそれは別の箇所から響いた鐘の音によって吹き飛ばされる。肉の塔が発生させた鐘の音ではない。となると、その音を操れる者は一人しかいない。


「グロンゾン様!」

「うむ!」


 巨漢の豪傑が真人達の中心に落下し、参上した。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「しのいだか!助かるぞ真人達よ!」


 奇っ怪なる肉の空間の中心で、グロンゾンは真人達に感謝を告げる。間に合った、というべきかはわからなかったが、最悪は回避できたと考えよう。


「七天の力を再現する敵です!!しかも恐らく“無尽蔵に再生する”!手が足りません!!」


 グロンゾンの到着と共に、男の真人が即座に情報を提供した。混沌とした状況に慌てず即座に情報を伝達する優秀な戦士だった。その優秀さ故に、眼前の脅威を正確に感じているのだろう。


「あいわかった!だが心配するな!」


 故に、彼等の士気を保つためにも、グロンゾンは力強く断言した。


「イスラリア史上類を見ない英傑の助けがある!!」

「結局こうなんのかよ畜生が!!!」


 次の瞬間、グロンゾンの後から落下してきた“灰色の流星”が、まっすぐに塔に向かって直撃し、そのおぞましき塔を一気にたたき折った。



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