竜呑ウーガの死闘Ⅱ②



「――で、お前も良いんだな、コースケ」


 ダヴィネの工房の中で、ウーガの主であるウルにそう問われた浩介は、少し黙った。

 彼の質問の意味は理解できる。浩介が、浩介達がウーガと協力して、二つの神の戦いを止める事に協力しようとしていることについてだ。

 無論、言うまでも無くソレは世界への裏切りといえる。

 雫という少女が“ああなって”戦っているのが、政府だかなんだかが死に物狂いで作り上げた計画の結晶であるならば、その計画に何も知らないまま茶々を入れる自分の所業は多分間違いだ。


 ―――せめて馬鹿に生まれたかったよ!!現実を知らない馬鹿にさあ!


 あの頭の良い学者がそう言っていたのは、事実なのだろう。何も理解できていないから、自分はこんなことをしようとしているのかも知れない。だが――


「……お前は、俺達をどう思うんだよ、ウル」


 他の多くの住民達に投げかけた質問をウルにもぶつける。すると彼は肩をすくめた。


「魔界の兵士。イスラリアの敵対者で、俺たちに協力しようとしてる変わり者」

「そうじゃねえよ」


 そういう事じゃない。そんな表面的な事を尋ねたかったわけじゃない。聞きたいのは、


「あんな……あんなことをお前の仲間にした俺たちを、どう思うんだよ」


 雫という少女に、世界がした所業を責めないのか。そういう事だった。

 浩介は真っ当に育ってきた。確かに両親とは死別してしまったが、それでもなんだかんだと周りには恵まれてきた方だ。美鈴や彼女の両親にも良くしてもらった。生きる上で当然、身につけなければならない道徳を彼は培ってきた。

 だからこそ、雫が受けた仕打ちは、到底受け入れることはできなかった。ましてそれが、自分たちの生活を守るために必要だったのだという事実が浩介には重すぎた。


 周囲に聞いて回るのは、罰してほしいからだろうか。

 それともお前のせいじゃないと言ってほしいからなのだろうか。

 浩介は自分の内面も読み解けなくなっていた。


「知らん」


 そんな浩介の内面を知らず、あるいは理解したからか、ウルは一言で切って捨てた。


「たまたまみかけた場面だけ区切って判断しても分かる訳ねえだろ。こっちだってひでえ所山ほどあるぞ」

「……」

「そんで、俺たちは知らないお前らの世界の良いところもあるんだろ?」

「……ある。あるさ」


 ある。それは断言できる。

 確かに外の世界は酷いところだったし、ネットのニュースではろくでもない情報が流れてきたり、しょうもない争いが日常茶飯事に起こったりしていた。

 だけど、それだけじゃない。

 良いところだって、楽しいことだってある。それを紡いで、広げようと努力していた人たちは沢山いた。それは確信をもって言える。

 浩介がうなずくと、ウルは笑った。


「じゃあ、今度教えてくれよ。見たことないものばっかだったから、楽しみだ」

「……わかったよ」


 浩介は、自分の中の燻りが無くなっていくのを感じた。幼い頃、教育で押しつけられた怨嗟は、どうしようもない無力感と、ウルとの会話の中で解けて還った。


「まあ、後思うことがあるとすれば」


 と、ウルは話を切り替えるように、浩介の背後を見る。工房に持ち込まれたその巨大なる物体を前に、若干苦笑した。


「これ、パチって大丈夫な奴だったのかな?って気はしてるけど」

「大丈夫じゃねえよ!!!」


 現在、浩介達が作業しているのは方舟の外の世界に存在する大型兵器だ。なぜにここにそんなものがあるのかといえば、外に転がっていたそれをここの連中が“不思議な鏡”でまるっとパクっていったからである。


「Jー0地区でぶっ壊れた奴をさらっと回収したけどよお……絶対軍法会議かけられて殺される奴だよ!!!」

「ダヴィネに原型残らないくらい魔改造してもらうかあ……」

「それはそれでこええよ……俺たち何に乗せられるんだよ」


 土人とかいう筋骨隆々の髭親父が目をギラッギラに輝かせて瞬く間にぶっ壊れた兵器を直したあげく何か次々にヤバいものを付け足していくのは恐怖しかない。


「……っつーか、これに乗ったとして、通じるのかわからねえよ。お前らの動き速すぎる」

「フウが補助をするってさ」

「フウって……あのちっちゃい子だろ。大丈夫―――」


 そう言っていると、不意に工房の中が騒がしくなった。何があったのかと見てみると、


「待て待て待てフウ!!!やめぬかそんな無茶を!!」

「大丈夫です、グルフィン様!」


 今話をしていたフウという少女がやってきた。とてもふくよかな男をなぜか逆に引きずるようにしながらどかどかと、工房に立てかけられていたいくつもの大槍の前へと立つ。


「竜牙槍なんぞ、大の大人でも容易には扱えぬものだぞ!それを――――」

「使えます」


 そしてそれらを手に触れることも無く、すべて宙に浮かべて、自分の周囲に展開した。魔法のような光景である。いや、本当に魔法なのだろうか。浩介には判断できなかったが、まさに指先一つで彼女はとてもヤバそうな兵器を操って見せ、ふくよかな男に微笑みかけた。


「大丈夫ですよ。グルフィン様。私グルフィン様より強いです」

「ぐふぅ!!」

「護ってあげますね!グルフィン様!」

「や、やめよ!!お主に護ってもらわずとも良いのだ!!あ、あー!あーー!!」


 フウはそのまま、ふくよかな男ごと宙に浮かべながらどたどたと外へと出て行った。


「大丈夫そうだ」

「大丈夫かなあ……」


 ついていく陣営を間違えた気がしないでもなかった。


「ところで、このデカ物、名前あるのか?」

「名前?百……三十式戦車?だった気が……そのまんま呼んだらまずそうだけど」


 既に原型はなくなりつつあるし、もしもパクったものだとばれれば問題になりそうなので言いたくは無い。すると、ウルは小さく苦笑した。


「だったら―――」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「きやがったぞ!!あの化け物が!!」

「マジかよ本当に飛んでるわあの巨体!どういう理屈だよ!?」


 戦車内部の【自警部隊】の面々は悲鳴のような驚きをあげる。この方舟の中に移動してきてから、見た事の無い異常な光景は山ほど見てきたし、そもそもウーガそのものが異常の塊ではあったが、今回は更にソレにもまして意味がわからない光景だ。


『AAAAAAAAAA――――――――!』


 巨大な大亀の中へと襲いかかろうとする銀竜、それと相対してそらを飛びながら剣を振り回し、戦う一兵士。映画か何かのような光景を前に浮き足立つのは当然だった。


「騒ぐなお前ら!!」


 そんな彼らを一喝し、気持ちを引き締めさせる宍戸隊長に頼もしさを覚えつつも、浩介は申し訳なくもなった。


「隊長、先輩達、すみません。付き合わせてしまって……」


 思わず言葉を漏らした。

 雫を助ける。この状況をなんとかする。ウルの方針に浩介は乗っかると決めた。だけどソレは勿論、自分たちのいた場所に対する裏切りに等しい。良くないことだとわかっていた。

 それに皆が付き合うと言い出したときは、巻き込んでしまったと思った。だが、


「お前に付き合ったのは俺たちの意思だ」


 宍戸隊長はきっぱりと、浩介の懸念を否定した。先輩達も笑った。


「まあ、その雫って子が世界を守ろうとしてくれるってのはすげえありがたいんだけどな」

「ソレで死んじまうかもしれねえってのはさあ」

「俺たちが頑張って、世界もその子も助けられるってんならそうするさ」


 ケラケラと先輩達は笑う。脳天気と思わなくもない。

 あるいは何もわかっていないのでは、とも思える。

 しかし見ればわかるが、彼らの目は本気だった。


「まあ、こんな具合だ。お前は知らなかったかも知れないが、自警部隊のメンツは、割とどいつもこいつも酔狂な奴らばかりだ」


 なにせ、滅亡まっしぐらな世界の中で、なおも人々の為に命がけで戦うことを決めたような連中ばかりなのだ。はっきり言ってどうかしている。勿論、その道を選んだ浩介も含めてだ。


「それに、思い出した」

「それは……?」

「お前が自警部隊に入るよりも前、俺たちは禁忌生物に殺されかけたことがあった」


 浩介がいなかった頃、禁忌生物の対処中、思わぬ奇襲に遭って窮地に陥ったのだという。当時を思い出した先輩達が苦々しい顔をしていることからも、かなりの危機だったらしい。


「その時、訓練中だったという別の自警部隊に救出された。幼い子供ばかりの奇妙な連中だったが、驚くほどの練度で禁忌生物を撃退した」

「それが、あのシズクって女だったと?」


 銀色の彼女を浩介が目撃したのはほんの一瞬だった。あの恐ろしい中枢ドームの一番地下で、光に包まれた彼女が美しく、少し申し訳なさそうに笑うのを一瞬だけだ。他の自警部隊の皆だってそうだろう。

 その一瞬で、隊長達は確信したのだろうか。


「さあな」

「ええ……」


 していなかったらしい。


「ただ、あの時決めたんだ。あんな幼い子供達に護られるのではなく、護れる兵士になると誓った。何時の日か、自分を命がけで助けてくれた少女を助けると決めた」


 自警部隊はドームの仕事の中では底辺だ。

 外は危険で、キツくて、汚染されている。それでもそんな場所で戦うと決めている自警部隊の多くは、自分の仕事に誇りと責任を持っている。自分たちの命でドームにいる家族や無辜の人々を護るという強い自負。そうでなければ、こんなに厳しい仕事は勤めることは出来ない。


「その彼女が今、自分を犠牲にして戦っている。彼女と同じような少女と殺し合って」


 ウル達は現在の状況の事細かを、浩介や宍戸隊長にも余さず説明した。嘘偽り無く全てを述べた上で、判断は任せるとした。だからわかっている。今の状況が大変に胸糞の悪い状況だと。


「俺たちは全員、そのことに納得してない。だから此処に居る」

「っつって、俺たちがちっちゃい子に守られてそうなんだけどさ!」

《わたしは大丈夫です》


 そして、そんな彼らの笑いに応じるように、外からの通信が届いた。

 戦車の上に立って、自分たちを守る、風の力をまとった少女の声だった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 フウは一度、休む間もなく働き続けるシズクに一度聞いたことがある。

 どうしてそんなに頑張るのか、と。

 それほど彼女はウーガという場所を守る為に熱心に働いていた。鬼気迫るほどだった。彼女の仲間達もそれには気づいていて、休ませようとしていたが、それでも彼女が手を休めることはほとんど無かった。

 勿論フウとて同じ気持ちだった。だけどそれ以上に気にはなった。フウにとってもウーガは大事な場所だったからだ。だから尋ねた。


 ―――ここが、皆様を守ってくれる場所になってくれればと、そう思っています


 シズクは微笑み、そう答えた。その“皆”の中に貴女はいるのだろうか。そんな疑問が頭をよぎったが、尋ねることはできなかった。


「私もできることをしたいんです。子供だからってのけ者にされるのはいやですよ」


 戦車の中にいる大人達に呼びかけながら、フウは戦車の上に立って、ウーガを見下ろす。

 此処にたどり着いてから、景観は次々と変わった。ウーガは慌ただしい。同じ景観が続くことはほとんど無かった。だから懐かしいだとか、そういう郷愁が景色から思い起こされることは無い。


 だけど、ここは大事な場所だ。それだけは本当のことだ。

 そして、それはここを守り、育てようとしてくれたシズクだって同じの筈なのだ。


 その彼女が今は敵対して、銀竜を差し向けている。その心中はフウにはわからない。想像もつかない。もしかしたらシズク自身にもわからなくなっているかも知れない。

 だけど、まだこのウーガにいた時の彼女の願いは、ここを守ることだった。ここを大事に思っていた。きっとソレは本当だ。


 だからフウは、かつての彼女の願いと祈りを守る為にも戦う。


「貴方がどういう存在なのか、私にはわからないけれど」


 風の精霊、その加護を全力で引き出す。

 今も自分のすぐそばで、風の精霊が見守ってくれると感じられた。神官としての鍛錬を続けて、風の精霊の力は高まり続けている。指導官であるカルカラから直々に「類を見ない」と断言されるほどの力が彼女には宿っていた。


「どうか、力を貸してください。【風の精霊フィーネリアン】」


 精霊が、これまで教えられてきた、神聖なる存在とは違うと言うことはフウも聞いた。だけどこうして自分に力を分け与えて、見守ろうとしてくれる存在をフウは信じていた。

 出自を語るなら自分だって大概だ。

 そんな自分を愛してくれた風の精霊の力を、信じる。


「【風よ、我らと共に在れ】」


 フウの力が解き放たれ、自身と、ウーガに住まうすべての戦士達に風の加護と力を与え、


《【ロックンロール2号機】っ撃てェ-ーー!!!》


 その力によって後押しされた機械の獣が、その砲口から竜の息吹にも劣らぬ砲撃を放った。


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