スパイの軌跡③ 友よ
決戦前、竜呑ウーガ 【ダヴィネの工房】にて
「大丈夫か、ジースター」
ウーガの主であり、灰の英雄でもあるウルの問いに、ジースターはうなずいた。
「かまわない、家族の安全を保証してくれるなら」
今現在、ジースターの立場はひどく危うい。“方舟イスラリアの潜入偵察任務”の為、定期的にイスラリアで獲得した情報を(その大部分が破損したとしても)流していたジースターであったが、その逆もやっていた。
ごまかしようのない二重スパイであり、同時にジースターは魔界では数少ない、方舟の戦力に抵抗できる力を持った兵器と成り果てた。と、なればJ地区の政府は確実にジースターを利用しようとするだろう。そのためには、家族をも人質にしようとするような事すら厭わないはずだ。
それを悪だとは思わない。世界側も必死なのだ。だが、その必死さの為に家族を傷つけることをジースターは許容しない。家族ごと避難させることをジースターは選んだ。
選んだ先が、このウーガだ。
「まあ、ウーガに出自がどうこういうやつはいないから大丈夫とは思うが」
ウルはそう言って周囲を見る。確かにここには種族のみならず、ありとあらゆる立場と事情を抱えた者達が集まっていた。中には明らかに方舟の外の兵士たち――――ジースターもよく知る者までいた。
まさに混沌のるつぼだ。そういう意味では少なくとも自分たちが排斥されるといった危険性はない。問題があるとすれば、家族がこの場所でなじめるか、だが……
「私たちここに住むの?マジで?父さんヤバすぎない?」
「――――――――」
「母さんまた固まっちゃった。ちょっとおかーさーん」
杏は兎も角、蜜柑はなんというか割と問題なさそうだった。分かってはいたが、娘は精神的に大分タフだ。彼女に任せよう。
「……ちなみに、俺たちの勢力を選んだ理由を聞いても良いか?」
ウルは尋ねる。こちらを探っている訳ではないのだろうが、その表情には疑問もあった。
ジースターは自分の家族を連れてきた。場合によっては人質にもできる二人を預けるという時点で、それはもうすべてを託していると言って良い。その上で自分がここを選んだ理由を確認していた。
「ぶっちゃけ、戦力で一番弱いのはウチだぞ」
「俺が家族を預ける選択肢が少なかったのは、第一にある」
世界も、方舟も、彼にとっては敵に近い。どっちつかずの活動を続けてきた代償といえる。勿論それを後悔はしていないが、ウーガ以外逃げる場所が無かったのは事実だった。
その上で、理由を探るとしたらもう一つ。
「勇者達の殺し合いをお前達は否定するんだな」
ウル達の目的をジースターは聞いた。それをもう一度確認する。するとウルは迷いの無い瞳ではっきりとうなずいた。
「ああ」
「――――なら、良い」
それならば、良い。
ジースターの答えにウルは納得したのかはわからなかった。だがそれ以上追求することは無かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ウーガに協力する。
ジースターはそれを決めた。ただし、問題はまだ存在している。
「ただ、天衣はディズに還した。戦力として期待するなら武器がいる」
ジースターは戦士としては相応の能力がある。元々単身で【方舟】への潜入任務を託されるほど優秀な兵士であり、幾らかの王からの融通があったとしても【七天】を担うほどの実力はあったのだ。勿論、本物の天才達と比べるべくもないが、いろいろと戦力不足のウーガであれば、この力も使い道はあるだろう。
だが、さすがに武器も何もなしではどうにもならない。
「わかってる。ダヴィネ」
だからこそこの工房に来た。ウルは噂の天才鍛冶師に話しかけると――――
「大丈夫か?“ソレ”、分からないなら今までの技術で―――「黙ってろ」おお……」
その土人のダヴィネが何をしているかというと、ジースターが持ち込んだ強化服や武器、詰まるところ方舟の外の世界に存在する技術達を爛々とした目で見ていた。
「やべえななんだあこりゃあ……!!!」
「わかるのかよ」
「わかんねえよ!」
「わかんねえのかよ」
正直、シズクが侵攻を開始するまでもう時間も無い。こんな風に彼らにとって未知の技術に時間をとられて、戦いの準備をおろそかにされても困る、というのがウルとジースターの本音ではあった。だが、
「分からねえよ。だから最高なんじゃねえか!!」
ダヴィネの、爛々と輝く瞳と凶暴極まる笑みを前に、口を挟めなかった。
「気に入らねえ!!俺に分からねえ技術なんてあっちゃならねえ!」
最早、体から鬼気が立ち上っているのが見えるかのような勢いで、ダヴィネは瞬く間に外の世界の技術の結晶を分解し、再製させる。恐ろしい事に、既に世界の技術を取り込み、理解しつつあった。
「ダメだな、アレは」
その彼の様子を見た兄、復興中のラースからウーガへと避難してきたフライタンはあきれ顔で首を横に振った。
「ダメなのか」
「ダメだ。ああなると俺の声も届かん。飲食すら忘れるから注意してやってくれ」
天才鍛冶師。おそらく外の世界を含めて類を見ないほどの怪物といえる彼の狂気めいた学習は、身内でも手がつけられないらしい。彼は一瞬も自分の手元から目を離さずに大声で笑いながら言った。
「七天の権能の代用品ん?良いじゃねえか。最高のくれてやるよ!!!」
「お手柔らかに頼む」
ジースターはちょっと怖くなりながらうなずいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
竜呑ウーガ、防壁の内側に急遽建造された【迎撃用通路】にて
《仁!!無茶をするなよ!!》
「ええ、協力感謝します。宍戸隊長」
足下の戦車から響く通信にジースターはうなずき、小さくため息を吐く。
視線の先にはウーガの結界に押し入ろうとする巨大なる銀竜の姿があった。仁はそれをにらみながら、拳を握り、額に当てた。
「王よ、共犯者よ、我が友よ」
ここに戻ったときには既にいなくなっていた彼へと、遅ればせながらの祈りを捧げる。祈りを届けてくれる神はこの世界にいないと知っている。それでも祈った。
「君の悪巧みは、実を結んだぞ」
そして構え、剣を握る。風の巫女へと合図を送ると、飛翔の加護がその身に宿った。
滑らかなる奇妙な鎧に魔力の光が迸る。
形状が変化し、頭部を含め全身を覆い尽くす。方舟の外の世界、資源乏しい状況下のなかで積み重ねられた技術を、ウーガの天才鍛冶師が短い期間で貪欲に食らいつくしたその成果の一つが、その姿を見せる。
「【魔機螺装甲・機衣展開】」
ジースターは戦車を蹴り、宙を飛び、銀竜へ突撃した。
天衣に変わる武器、なんていうあまりに無茶をジースターは言ったつもりだった。
「【魔機螺・機剣】」
ジースターはダヴィネから預けられた剣の柄を握り、機能を展開する。内蔵された超小型の魔導核が稼働し、刀身が駆動する。ウルが持っていた竜牙槍の技術と外の世界の技術。二つが合わさってできた剣が伸びて、竜の首をも刈り取るほどの大剣と化した。
望むまま、想像したとおりの形へと変わる剣、天剣の再現。
無論、完全再現はできていない。武器の機能も、使い手の才能も、本物の天剣に及ぶべくもない、が、自分が使う分にはこの程度で十分だ。
『AAA――――』
「さて、いつもの地獄、だ!」
竜の咆哮をくぐり、ジースターは飛ぶ。
恐ろしい熱がかすめるが、その圧力だけで焼き払われるようなことは無かった。鎧も機能している。あの天才鍛冶師は本当に、まぎれも無い天才だとジースターは理解した。
「眷属竜、心臓はあるか?」
鎧の装甲が造った足場を蹴り、跳ぶ。竜の動きを翻弄し、剣を振るい切り裂く。血は出なかった。異様な感触だ。この後に及んでこの竜がまっとうな生物の範疇に収まっている期待はジースターもしていない。
死に物狂いで敵の動きを探り、学習し、わずかな勝機を見いだす。
怪物を相手にするときのいつもの戦いだ。いつもの七天の戦いだった。
その「いつもの戦い」を再現できている事に、改めてジースターはダヴィネに感謝した。
だから問題があるとすれば、この銀竜が、これまで七天として戦い続けた経験と比較してもなお、とてつもない怪物であると言うことだけだ。
『AAA――――――――!』
銀竜の翼が、その美しい翼を広げる。円をなした瞬間、膨大な魔力がさらに跳ね上がる。それが簡易的な魔法陣を意味していると気づいた時には、一帯を焼き払わんばかりの【終局魔術】が即座に発動した。
「っ!!」
回避できる速度では無い。ジースターは即座に鎧の装甲を展開し、盾を形成した。しかし被弾しダメージを負うのは覚悟して、歯を食いしばった。
「――――【風よ】」
しかし、衝撃は想像よりも遙かに少なかった。ジースターが展開した盾に、更に強い風が纏い、竜の翼から放たれる破壊からジースターを守っていた。それが誰による援護かはすぐに分かった。
「風の少女、か」
眼下で、ジースターに飛翔の力を与えた風の少女、フウが力を放っていた。
支援は大変にありがたい。彼女は間違いなく、【歩ム者】を除けば今のウーガにおいて最大の戦力と言っても過言ではない。ソレを理解しているが、ジースターは食いしばるような顔になった。
「君の願いを叶えるのは容易でないな!!――――だが!!それでも!!!」
今は亡き友に悪態をつきながら、ジースターは銀竜の動きを止めるべく再び突撃した。
「子供が、殺し合わねばならない世界を否定する!!」
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