拳を振り上げろ
機神スロウスは大混乱に包まれた。
言うまでも無いことだが、これほどの巨体を動かす以上、それを操縦する者以外にもその形を保つためにフォローしなければならない人員が多く必要だ。その為の魔術師達はスロウスに多く乗り込んでいる。
彼らは誰も彼も、穿孔王国を失っても尚、魔王ブラックに付き従い、彼の巻き起こそうとする最後の祭りを見に来た生粋の狂人達だ。自分達の住まうイスラリアという方舟を蹂躙する魔王に喜んで協力するようなイカレどもである。
「どういう力だ!?何故あれだけの重量を空中に支えて且つ、此方を押さえつけるだけの重力魔術を使える!?」
「聖遺物だ!!それしかありえないでしょ!!それも複数個!!!」
「なんでそんなものをウーガが保有してるというのだ!?」
そんな彼らは今、重力の圧にたたきのめされ悲鳴をあげることしかできなくなっている。ウーガの足から放たれる重力の圧は、機神スロウスの動作を完全に押さえ込んでいた。みしみしと軋みを挙げて、幾つかの武装が砕け散るほどの高圧力だ。
絶え間なく計器が警告を鳴らし続け、危機を叫ぶ光景は地獄絵図と言って差し支えなかった。
「おーおー、狂人どもが混乱してるねえ」
「そういいながらペッタンコにつぶされそうになってる魔王様もどうかと思うけど」
そんな彼らを冷静に観察する魔王は魔王で潰れていた。具体的には地面にぺっしょりと倒れ伏せて重力に押しつぶされている。そんな彼の姿をヨーグが呆れながら眺めていたが、彼女は魔王のようにはなっていない。無事だ。
「なんでお前は無事なんだよ」
「裏技?まあ私の身体裏技まみれなんだけど」
「邪悪なる神の信奉者めー、よいしょっと」
言っているウチに、魔王は気軽に身体を起こして肩を回す。が、未だに重力の魔術が収まっている様子はない。
「魔王様!!どうか避難を!危険です!!」
「おうおう、落ち着けゲイラー。ハルズが頑張ってくれてる。まだしばらく持つよ」
ブラックはケラケラと笑う。
実際、この機神スロウスが全て機械で出来ていたならばそうそうに壊れていただろう。だが、粘魔となった身体が重要部を守るクッションとして機能している。早々は壊れないという確信があった。
「うむ、ロマン全部乗せとかいうバカやったけど上手く出来てる」
「いってる場合-?」
ヨーグから突っ込みが入った。邪悪極まる狂人の邪教徒から突っ込みを入れられるのは割と心外だな、と、魔王は少し真面目な顔になった。
「多方面から圧かけて、粘魔部分も逃げられないようにってか。徹底してるねえ」
「消去出来ないの?」
「この巨体も魔術で支えてる!!下手に消去を使えばこっちも潰れるぞ!!」
ゲイラーが慌てて叫ぶ。
超巨体のウーガがそうであるように、此方の巨大人形もまた、重力魔術によってその身体を支え、制御して自壊を防いでいる。消去魔術を発動させれば、向こうの重量制御は消えるが、一方で此方の保護の為の重力制御も完全に崩壊する。そうすれば自爆だ。
「つまり上手くやる必要があるわけだ」
「ま、魔王様!?」
「っつーわけでゲイラー、頑張るけど、大事なところ削れちまったらごめんな?」
魔王はニッカリと笑って、足下に手の平をつける。その行動の意図するところをその場にいる全員は理解した。ゲイラーは慌てた声で叫ぶ。
「退避ぃ!!」
「【愚星】」
勇者に返されたはずの魔王の天愚が放たれ、決戦人形兵器スロウスは全ての攻撃の一切を無効化する闇に包み込まれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
プラウディア上空【ガルーダ】にて
「やっぱりあの男、天愚をちゃんと返却していなかったのですね」
ユーリが呆れたような声を出しながら見つめるのは、真っ黒な闇の力で覆われた人形兵器の姿だった。あらゆる力を飲み込んで、“台無し”にしてしまう力。別たれていたゼウラディアの権能の一つ、邪神が再臨するまで勇者を隠れ蓑にして存在していた最後の七天、【天愚】の力だ。
太陽神を覚醒させたとき、七天は一度ディズに返還されたはずである。にもかかわらず彼が今その力を使える理由は一つだ。
あの男、借りパクしたのである。
「神として覚醒するだけのガワは残していったみたいなんだけどね」
ディズは試しに【天愚】の力を引き出すと、手の平から黒い闇が出現する。確かに力の断片は手の平から出現する。しかしそれ以上、力を引き出すことは出来なかった。元々、天愚という力が酷く扱いづらいものであり、それ故にかつて追放されたのだ、というのは邪神出現後、スーアから聞いていた。
自分ではコントロールできなかったのでは、とも考えたが、そう言う問題では無かった。力そのものの大半が奪われていると気づいたときには魔王はとっくの前に姿を消していた。
「太陽神として覚醒した直後、すぐにシズクと戦闘だったからなあ……気づいたときには魔王、姿くらましていたし、色々とそれどころじゃなくなったしでねえ……」
「タチが悪い……」
勿論、魔王はそんな風に事態が混乱することを承知して、中身を抜いていったのだろう。本当に何というか、タチの悪い男だった。
「ま、そこら辺は“別の形で穴埋め”が起こったお陰でなんとかなったんだけど……」
説明もそこそこに、ディズは眼下の光景を改めて眺める。
より正確には今も天空に座し、機神を押さえつける巨大都市ウーガを見る。それを操るあの怪物、灰色の友を思い、わき上がるあらゆる感情をひとまずしまい込んだ。そして、
「ひとまず、これを好機と取ろう」
目の前のことに集中する。
コレは好機だ。懸念していた機神の相手を【歩ム者】がしてくれるというのなら、自分達は【バベル】の奪還へと今度こそ動くことが出来る。
「彼らに任せて、大丈夫なのですか?」
「《だいじょうぶじゃないのよ》」
尋ねるゼロに、アカネが即答した。ディズも頷く。
「ん……まあ、多分大変なことになるよ。コレは」
「宣告の通り、私たちにも牙を向けると?」
「
そう、単純に敵対関係になるだけなら話は割と単純だ。倒すだけで話は済む。
だが、おそらくはそうはならない。
いや、絶対にそうならない。
彼らは絶対に無茶苦茶をする。
そして彼ら自身の意図と、現場から生まれる
「だーけーど、それを恐れていては話が進まない。なので」
ディズは呼吸を整え、ガルーダへと【神賢】を送り込み、再び突入体制に入る。今度の目標は天空迷宮では無く、自分達の本来の拠点にしてイスラリアという方舟を維持する要だ。
「行く。悪いけど、七首の牽制は頼むよユーリ」
「だらだらとしていると、私が先に七首落としてシズクの首を刎ねますから」
「やりそうで怖いなあ……」
通信魔術から聞こえてくるユーリの言葉を聞いて苦笑しながら、ディズは星剣の剣先を禍々しい【バベル】へと向け、叫んだ。
「ガルーダ!!!」
《―――――――》
呼応し、機械の鳥が鳴く。再び輝ける不死鳥となり、七首の竜達へと突貫する。
無論、それを迎撃すべく無数の熱光が放たれるが、それをガルーダは回避し、時に星天の剣によって切り裂かれる。そして間もなくガルーダは、禍々しく変貌してしまった【バベル】へと突撃を果たした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
スロウス 司令室
「ん、よし、これで動けるだろ!しばらくの間はなあ!」
魔王は肩を回しながら、手の平を地面から離す。離しても尚、ブラックのいる司令室も、そしてこの人形兵器その者も真っ黒な力で覆われている。まるで鎧のように覆われたその闇は、人形兵器の禍々しさを更に増した。
「わー、改めてみても禍々しいわねえ、これ」
その場にはブラックとヨーグ以外誰も残ってはいない。彼の力がとてつもなく危うく、迂闊に触れれば飲み込まれて、文字どおり”喰われる”ことは彼の部下にとっては常識だ。
《無茶はよしてください魔王様!【愚星】の消え失せた場所は修理なんてやりようがないんですからね!?》
「わーったわーった、そんでもって」
部屋の外まで避難した部下達の批難に耳をかきながら、モニターを確認する。愚星を纏った機神スロウスは再び動き出した。そのスロウスが睨む先は無論、自分達を地面に張り付かせた巨大なる天空都市、ウーガだ。
「ケンカ売ってきたんなら、返してやらねえとなぁ?ハルズ!!」
『――――――GGGGGGGGGGGG》
右腕の粘魔がうごめき、形を変える。瞬く間にそれは自身の腕全てを使った巨大な砲口となって、エネルギーを打ち出して天空から打ち落とすべく、ウーガを睨んだ。
「戦場に乗り込んできたんだ。殺されたってしかたねーよなあ、ウールー坊」
「――――そりゃ勿論さ、魔王」
そして、全てを嘲笑う魔王の背後に突如出現したウルは、彼の背中を貫いた。
「――おっと?」
槍で串刺しにされたブラックは振り返る。ウルは魔王を貫き、空いた手で拳を強く握りしめていた。
「開戦だ」
「ッハハハ!!!」
笑う魔王の顔面に拳が突き刺さる音が、戦いの合図となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます