知っている
「さて、やるぞてめえら」
ジャインは漆黒の斧を握りしめる。天才鍛治士が生みだした特別製だ。冒険者全盛期にも握ることは無かったような武器を振り上げて、彼は叫んだ。
「俺たちは自分達で選んで決めた。クソッタレな状況ばかりのこの世界で、うずくまって耐えるんじゃ無くて、抗ってぶん殴るって決めた!!!」
ウーガから伝わる振動が更に激しくなる。
その身を守る重力の魔術を攻撃に転換し、あらゆる敵を轢殺し、破壊し尽くす特攻兵器。言わば従来のウーガの姿。都市国やアルノルド王を討つ為に生まれた、凶暴なる戦闘要塞の機能を取り戻した。
「どーせシズクの奴はすぐに攻めてくる!しのぎ切れ!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大罪都市プラウディア、防壁外周部
バベルが七首の竜によって奪われ、数百年間バベルを護ってきた神陽結界が砕かれた。その結果、押し寄せる魔物達と竜の群れを相手にして、極めて厳しい戦況に陥っていた。
「戦線を下げつつ魔術による結界を維持!!
冒険者の頂点、イカザの鼓舞があっても、厳しい。士気の低下は明らかだった。
その混沌とした状況下も相まって、“それ”に気がつくのには少し、時間がかかった。イカザがそれに気がついたのは、共に駆け回り戦っていた兵士の一人が声も無く倒れた時だった。
「どうした!?」
倒れる男を支えるように起き上がらせる。周囲の魔物達が襲いかかってきた様子もないし、急に倒れてしまうような怪我もしていない。にもかかわらず、何の拍子も無く倒れた。
この兵士がイカザの動きに付き合うために無茶をしていたのはそうだが、自分の体力の残量も見極めずに力を振り回す程馬鹿ではないのも確かだった。では何故――――
「魔力が、抜けていく……!?」
そして、その原因が判明した。
自分の身にもその現象は起きていた。静かに、そして確実に、体内から魔力の量が抜け落ちていくのをイカザは感じた。体力が弱った者が、この調子で魔力を奪われれば欠乏症に陥って倒れるのは自明だ。
現象としては、暴食の竜の迷宮の現象に近い。
そこに存在するだけで体力魔力を奪われるあの現象。だとすれば七首の大罪竜の仕業かと視線を向けるが、現在竜は空から飛来した巨大な移動要塞、ウーガの咆吼に晒されて、大暴れしている。とても此方に意識を向けてきているようには見えない。
更に、その事実を示すように別の現象も起き始めた。
『―――――――――― 』
「頭上に注意しろ!!竜が落ちてくる!!!」
「……それだけじゃないぞ!?」
忌々しく空を自由に舞い襲いかかってくる銀竜達。
のみならず飛翔する魔物達、勇者が生み出した金色の天使、ありとあらゆる存在が一切の区別無く、空から落下していく。
敵も、味方も、誰も彼もが魔力を抜かれている。一切の差別が無い。
「何処のバカだこんな攻撃しかけてきたのは!!!」
ヘロヘロになった兵士が叫ぶ。確かにコレは間違いなく攻撃の類いだ。明らかに意図的な戦略である。問題は何処の誰が――――
「…………おい、見ろ」
また、誰かが言った。
プラウディアに突如として出現した巨大な天空都市ウーガ、その更に高くに人影があった。緋色と漆黒のドレスを纏い女が一人、空へと手を掲げていた。
その手の先には、美しく輝く、“巨大な円”が生まれていた。白く輝く、あまりにも大きな“円”。それが“鏡”であると気づける者はそう多くはなかった。
だが、その“鏡”によって、プラウディアに存在する全ての戦力、その魔力を根こそぎに奪うというあまりにもデタラメな所業をしていることを理解した誰かが気づいた。
「竜吞の、女王……!」
竜吞のウーガの女王、鏡と簒奪の力を操る邪悪なる精霊の巫女
その悪名を自ら肯定するように、彼女はあらゆる存在からの簒奪を開始した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【七竜のバベル】頂上にて
「――――――」
『カッカッカ、やっぱアイツらアホじゃな!!!』
バベルを奪い、乗っ取り変貌させた全ての元凶。竜の肉に囲まれ悍ましく豹変してしまったバベルの中から外の光景を監視していたシズクは沈黙し、彼女の使い魔であるロックはケタケタと笑った。
心から愉快そうにしているロックとは反対に、シズクの表情に変化はまるでない。何一つとして見通せぬ虚の眼で、空中に映し出された映像のウーガを見つめる。間もなくウーガから咆哮が放たれ、バベルが激しく揺れ動いた。
エシェルの無差別魔力吸収の猛威は、ロックにも及んでいる。
自分の分体達が猛烈な勢いで魔力を吸収され、その形を保つことが出来なくなっている。ただの骨クズになって戦うことすら出来ずに崩壊していく自分の分身の姿は滑稽で、思わず腹を抱えたくなった。
あまりにも一方的な簒奪だった。しかも、彼女が収束した魔力の全ては竜吞ウーガに収束される。そして集められた魔力は再び活用される。
『お、第二射くるのう?』
ウーガから再び爆熱が放たれる。
本来であれば数日がかりで放たれる魔力の補充がほんの僅かな隙に充填され、発射されるのだ。しかもその【咆吼】はリーネの白王陣により自由自在に蠢く。まるで草原を自由に泳ぐ蛇のように狙ったところに食らいつく。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』
だが、七首の大罪竜がこれで倒されることはない。バベルの塔そのものの機能をシズクは簒奪している。備わった防衛機能でもって敵の攻撃は散らされる。
敵の咆哮は牽制だ。下手に竜達が前へと飛び出そうものなら焼き払うという宣告。
『おう、さあてどうする?主よ』
ロックは笑いながら、自分の主へと問いかける。かつての仲間達。そして今、彼等の居場所を脅かそうとしてる主の顔を覗き見た。
「――――そうですね」
シズクに表情は無かった。虚の表情のまま、淡々と指示を出す。
「混沌とした状況を望むなら、お手伝いしましょうか」
鏡の精霊に魔力を奪われ、飛翔能力を失い墜落した銀の竜達の死骸、プラウディア周辺に散ったそれらの死体が彼女の指先から奔る【銀糸】に連なって回収されていく。
「散発的な兵は彼女に吸われる。兵士と銀竜は収束させ、強個体で攻めましょう」
指示の通り、ロックは新たな分体を生成する。シズクから供給される魔力を元に、より膨大な骨の巨兵を出現させる。それでも魔力の簒奪は続くが、先程よりはマシだった。
『だが、簒奪は続くのう?エシェルとウーガはどうするカの?』
彼女は手の平を翳す、動けなくなった空を舞う銀の竜達が一カ所に集まる。
それらは喰らいあい、まぐわり、別個体へと昇華する。肉の弾けるような音と、悲痛な竜達の悲鳴が圧縮され、その果てに二体の竜が完成した。
『――――――』
「良い子達。どうか頑張って」
二体の竜は、自らを生んだ母親のシズクへと愛おしく頭をこすりつけると、今ロックがあげた二つの方角へと飛び立った。人懐っこい獣のような愛らしさを有した竜達だったが、しかしその内には、地面の下で暴れている七首の竜にも匹敵するだけの力を有している事が間近でみたロックには分かった。
明らかにシズクの力は増している。
時間と共に、彼女へと向けられた畏れが増大し続けている。バベルをあからさまに支配したことで、イスラリア人類の信仰が砕けてきている。更に時間が経てば、より、彼女の勝利は確定的なものとなるだろう。
とはいえ、無論敵もまた、それを承知して、自由にさせてくれることはないだろうが。
「ディズ様とユーリ様が攻めるでしょう。ロック様、迎撃を」
『おーおー、勿論だとも。だが主よ、
応じたロックは、何時も通りの飄々とした表情で、頭蓋をゆらす。真っ白な歯がニヤリと笑みを形を作った。
「何を」
『主の方がよく知っておるじゃろ?あやつら、やると決めたら絶対にやりおるぞ』
それだけ言って、ロックはバベルの肉壁に沈み込むように消えた。
「……知っています」
残されたシズクは、虚の表情のまま、静かに囁いた。
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