宣告
竜吞ウーガ司令塔。
「さて、地獄ね」
その司令席についたリーネは、遠見の水晶に映し出されるプラウディアの光景を前に、端的な感想を告げた。
美しい、歴史溢れるプラウディアの街並みは完全に崩壊している。建物の多くは倒壊、都市部を守るはずの結界は砕け散り、空は赤黒く豹変し、その上空に銀竜と金色の天使が交差し戦っている。中央にあるバベルの塔は歪み、七首の竜が纏わり付いている。その周囲を機械の鳥が周辺を旋回しながら熱光を打ち合っている。
先ほどウーガがなぎ倒した機神も再び立ち上がりながら、此方を睨む。人形なのか魔物なのか、最早判別はつかないほどの悍ましい形だ。
変貌したバベルと機神に挟まるようにしているのは小さな二つの人影。しかしその二つは、周囲の異形達に負けず劣らずの圧を水晶越しに与えてくる。
うん、地獄だ。本当に本当に何処を切り取っても最悪の地獄としか言い様がない。
《地獄だぁ……一体何がどうしてこんなことになってんの》
それは、ウーガの外周部に急遽建造された【出撃口】からその光景を眺めるエシェルにとっても同じ感想なのだろう。その悲鳴にリーネはため息をついて、答えた。
「シズクと魔王の所為でしょ」
《納得しかないぃ》
世界を見渡したとしても早々いないようなろくでもない存在と劇物が手を組んだのだ。こうもなろうという納得しかない。
「まあ、困ったことに、片方は私たちの仲間なのだけど」
《うう……》
「しかも私たちが突っ込んだことで地獄具合が加速したんだけど」
《あうう……》
本当に、言い訳の余地がない。天空にそびえる巨大空中都市ウーガなんて禍々しい代物、傍から見れば意味が分からないだろう。到着前に、プラウディアに長い年月鎮座していた空中迷宮プラウディアは消滅してしまったようだが、それよりも遙かにけったいだと確信が持てる。
改めて、地獄だ。この地獄の光景がプラウディアのみならずイスラリア中で起こっている。そしてもしもこの戦況が傾き、プラウディアが完全に墜ちたならばそのときは、イスラリアという世界が最後を迎えることとなる。
《プラウディア、大変なことになってるけど、ディズ達の味方をしたら……》
「
《うん……》
エシェルからの通信に、リーネは首を横に振る。
事前に決めていたことだ。気持ちとしては理解できる。リーネとて、この状況下、自分の故郷の家族がどうなっているか、想像すると恐ろしい気持ちになるが、それでも自分たちの目的を考えるなら、それはできない。
「私たちはこの戦場におけるキングメーカーたり得る。どちらかに肩入れした瞬間、戦況はそちらに一気に傾く」
リーネは自分たちの有する戦力を正しく見極めていた。自分たちの戦力は、最早この戦場を揺るがすほどのものであると言うことを。そしてその一方で、
「どちらかを選んだ瞬間、もう片方の敗北は確定し、“残った方に私たちだけでは勝てない”」
決して、自分たちは最強ではない。
戦況を動かすことは出来るが、一方で単身で何もかもを勝ち取れるほど強くはない。それが今の自分たちだ。それを弁えないまま行動を起こせば、間違いなく失敗する。
「私たちは勝ちに来た。その為には、この戦場は
《本当に方針通りなんだな》
恐る恐る、というよりも、これから自分たちがすべきことを確認するようにエシェルは尋ね、リーネは頷く。
「そうよ。
《…………》
「…………」
しばし沈黙が続いた。それを破るようにエシェルが叫んだ。
《綱渡りにも限度がある!!!》
「そうね。自分で言ってても何言ってんのかしらコイツって感じだわ」
今から自分たちはとんでもないことをしようとしている。それは本当に間違いが無かった。勿論この場に立った時点でそれは覚悟していたことではあったのだが、本当にとんでもないことになった。
「……だけど」
そう、どれだけ嘆いても、そんな馬鹿なと笑っても、この世界がこんな風になってるのは事実で、その世界の中心で戦っているのは自分の大事な仲間達なのはただの事実だ。
逃げて嘆いて文句を言ってもそれは変わらない。ならば、決めるしかない。
「エシェル。貴方はこの戦場最大の要よ。キツイかもだけど」
《―――分かってる》
通信の向こうで、エシェルも応じる。その声に、先ほどまでの嘆きや恐れや動揺は感じられない。無くなったわけではないのだろう。だが、
《大丈夫、やるべき事を、やる》
それを吞むだけの強さを、幾多の地獄を超えた彼女は身につけている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
竜吞ウーガ、出撃口からはウーガの街並みがよく見えた。
本来であれば、対都市への侵攻を目的とした侵略兵器として生まれたウーガの街並みは、誕生から今日までの間、息つく暇も無いほどの転変を続けてきた。
出現時はウーガの初期設計の元、都市設計を手がけたエイスーラと一部の特権階級達と、残るは都市攻めを行うための兵士達のみが集う移動要塞だったが、誕生直後にその設計は粘魔王へと変貌したエイスーラ自身の手で崩壊する。
それらを修繕し、グラドルの衛星都市として都市外の賞金首を粉砕して回る戦闘要塞としての機能をしていた時は、建設時に労働していた名無し達を含めた少数でその規模の場所を利用する、酷く閑散とした場所となった。
が、その後、エンヴィーとプラウディアの干渉を経て、良くも悪くも多くのヒトが行き交う場所へと形を変えていった。
ウル帰還後、ウーガの扱いがようやく一段落ついて少しずつ落ち着きを取り戻し始めたのもつかの間、魔界との騒動が発生した。避難民がウーガに押し寄せ、パニックにならないように鎮めるのに苦労を強いられた。
そして現在、ウーガは誕生間もない頃の静寂を取り戻していた。
“これからウーガが行う方針”を、包み隠さずに住民達には説明した。
結果として、慌ててウーガに避難しようとした者達の多くはそれを望まず、近郊の都市国へと再び逃げ出した。残った多くはウーガのもとからの住民達であり、彼らの多くは現在ウーガ地下の
そして出撃口には、戦える者、戦士達が集っていた。
冒険者に魔術師、騎士、神官、あるいはそのどれでもない者達。彼等には統一性が無く、装備すらもバラバラだ。寄せ集め、と言う言葉が一番しっくりとくる。
だが一方で、彼等に浮き足立った様子が一切無かった。空も大地も何もかも異常な状況に合って尚、彼等には統一された意思があった。
その彼らの視線は一点、ウーガの女王エシェルへと向けられる。
「―――私たちは正しくはない」
緋色と漆黒の色が入り交じったドレスを纏った彼女は、胸を張り、良く通る声で、自分たちの過ちを認めた。
「私たちはこれから過ちを犯す。世界に刻まれる過ちを」
それを聞く皆も、彼女の告白を静かに聞き入れる。誰一人口を挟むことは無かった。
「それを承知でここに残ってくれた皆に、集ってくれた皆に感謝する」
そう言って彼女は小さく頭を下げると、前を向く。
「この世界が本当にどうしようもないとしても」
彼女に従う従者カルカラが、不可思議な円環を彼女へと差し出す。
エシェルがそれを受け取ると、浮遊し、エシェルの頭へと掲げられる。
不可思議だが美しいそれは魔道具であり、そして紛れもない【冠】だった
「たった二人の少女を贄に捧げて戦わせることが、正しいことなのだとしても!」
冠を被った彼女は叫ぶ。
それは超越的な印象を与える為政者の言葉では無かった。
「認めない、納得なんてできない、そんなの飲み込めるわけがないだろう!!!」
悲しみ、怒り、怯え、それでもと抗おうとする、あらゆる感情の込められた声。
幼くも聞こえるその声は、故にこそ、誰の心にもハッキリと届けられた。
「この世界の形が、成り立ちがそうだというのなら―――」
大罪の化身、禍々しき竜吞みの女王は、理不尽を見せつける世界に向かって宣告する。
「―――彼と共にその世界を砕く、女王となる」
次の瞬間、彼女は転移の力で姿を消し、ウーガが咆哮を放つ。
その凄まじい合図と共に、戦士達は自分たちの戦場へと駆けだした。
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