盤上へ


「――――!?」


 ディズは眼前の機神が大幅な変化を遂げたのを察知し、その身を退けた。


《―――――――――――――GGGGGGGGGGGGG』


 機械の神の形が変わる。元々、機械人形としては異形の性質を持っていた部分、粘魔の性質がさらなる変質を加速させた。外見だけでもと“らしい”形をとっていた一つ一つの部品が変質する。

 より禍々しく、生物らしい筋肉質な身体。

 巨人、一つ目鬼の類いにどこか似ているが、変形した頭部はヒトのそれだ。うめき声を上げるその顔をディズは知っている。邪教徒を率いていた男の一人、ハルズという男だった。

 その男が、粘魔と一体化した。ヨーグが引き起こした災厄にも似ているが、より高次元に最悪だ。ならばそれを引き起こしたのは一人しか考えられない。


「暴食……魔王か」

《GGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGG!!!!』


 粘魔の腕が跳ね跳ぶ。ディズをまっすぐに狙うが、より攻撃の軌跡は読みづらくなる。だけならばまだしも、コレが本当に粘魔としての性質を有しているのならば、増殖する危険性もあるだろう。


「【天使よ】」


 飛び散った粘魔の破片は生み出された疑似精霊で焼き尽くす。しかし、直接的な問題は解決していない。この機神を始末しなければ、話にならない。


「出来れば、始末をつけてから、バベルに向かいたかったけ――――」

《――――》

「っ!」


 ガルーダからの通信が来た瞬間、ディズは即座にその場を跳ねて回避した。しかし背後からバベルの七首竜の内、一つがうごめき、此方を狙い大口を開けて突っ込んできた。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 七竜は尋常ならざる力でディズにその力を叩きつける。【太陽の結界】を自らに張り巡らせ、守りを固めるが、その結界も貫通させるほどの勢いが竜にはあった。

 事前に観察した通り、七首竜達には知性は無い。シズクが回収した大罪竜達の魂をエネルギーとして転用して、らしく形作っただけだ。そういう意味では、グリードのような謀略を受ける危険性はない。


「ぐ!?」


 だが、その代わり、自損すら厭わない一切後先を考えない攻撃がとんでくる。ディズは歯を食いしばるが、地面にたたき込まれた。起き上がり反撃しようと動くヒマも無く、二つの竜頭が此方を睨む。ディズを押さえつける自身の頭ごと熱光で焼き払おうしていた。


「【終断】」


 その直後、此方を睨む竜頭の内、一つが刎ね跳んだ。相方が両断されたもう一つの竜頭が熱光を引き裂いていく。ディズはそれを見て小さく微笑むと、目の前で牙を此方に突き立てようと血走った目をした竜頭を睨み拳を創った。


「【神罰覿面】」

『GAAAAAAAAA!?』


 直接ぶん殴って、砕けた瓦礫の山から脱出すると、自分を助けたユーリがそのまま守るように背中について、そのまま此方を睨む。


「やっぱり鈍い。出来ることが多くなって、判断が遅くなってます」

「ごめん、ありがとう」

「聞き飽きました。いちいちいりません」


 先程から、七首の内4つを単身で相手取ってきたユーリは空中に剣を出現させ、そのまま竜達に向かって牽制するように放つ。幾つかが突き刺さり、切り裂かれても尚ためらわず咆哮を返してくる竜達の挙動を観察し、ディズは納得した。


「咆哮、悪感情の魔力を使った、やっぱり権能は使わない。純粋な火力兵器、か」

「兼、でしょうね。バベルを砕いて信仰を崩壊させる。畏れは自分が吸収する事で七首竜に割いたリソースを回収し、更に力を蓄える」

「必要な権能は手元において……効率的だなあ……ほんと怖いや」


 勿論問題はそれだけではない、粘魔化が進行した機神の猛攻も激しい。

 七首竜、粘魔、機神に銀竜、それらを牽制する空からのガルーダと、未だプラウディア内部に戦線を引き下げてでも戦いを続ける戦士達。極まって混沌化が加速し始めた戦場を見下ろし、ディズは大きく深呼吸を繰り返す。


 この混沌を放置するのは、やはりまずい。だが、ここでこまねいていてはただのじり貧だ。タイミングを見計らってバベルに突入する必要がある。だが、そのタイミングはどこか――――?


「ん?」

「なんです」

「いやなに…………なんだろう、あれ?」


 ディズは自身の視界に映ったソレを目撃し、理解できずに困惑した。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




〈敵影発見〉

「ええ……何なのアレって言いたいのがいっぱいあるう……」

「ウチもぜんっぜん負けてないけどね。で、どうするの?ボス」

「ほら、あの、なんかでけえの居るだろ?人形兵器か?」

「そうね」

「多分あれ、ブラックのだ。アイツの趣味っぽい気がする」

「……それで?」

「突っ込め」

「マジで?」

「やれ」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




《さてさて、このままじゃあジリ貧だぜ?どーする勇者》


 機神から煽るような魔王の声が響き渡る。それは明らかにディズの動揺を誘うための言葉ではあったのだが、ディズの反応は鈍かった。というよりも、他のものに意識を奪われた。

 機神の背後で、“謎の巨大飛行物体”がグングンと此方に向かって近づいてきていたからだ。それは最初目撃したときよりも遙かに大きくなっていた。それが、


 しかもそれが、明らかに衝突だとかそういった配慮を完全に欠いた速度で迫っていた。


《はははははは――――――――はあああ!!!????》


 次の瞬間、巨大人形兵器よりも増して凄まじく巨大ななにかが真横から直撃し、人形兵器が激しい粉砕音徒共に横薙ぎに吹っ飛ばされるのを勇者は目撃した。


「え」


 交通事故だ。と、ディズは思った。

 人形を容赦なく轢き倒して撥ねたソレを、ディズは山か何かだと思った。それはあまりにも大きくて、接近されすぎるとなんなのか判断できなかった。しかし、機械人形を容赦なくはね飛ばした後、旋回するように一転し、そのまま空中で浮遊する事でその正体がようやくハッキリと見えた。


 ウーガだった。

 ディズも世話になった、【竜吞ウーガ】。

 その超巨大なウーガが、何故か、空を飛んでいた。


「…………んん!?」


 飛んでいる。ウーガが飛んでいる。まるで翼でも生えているかのように自由に空を飛び回っている。あまりにもシュールな光景だった。見れば見るほど脳がその光景を拒絶しようとして目眩がしそうになる。

 だが、飛んでいる。六つの巨大な足先から幾つもの術式が出現している。重力魔術か、聖遺物の類いだろう。元々、ウーガはその膨大な質量を維持するため、全体的に重力の魔術を巡らせ、その質量をコントロールしているというのはディズも知っている。

 と、なると飛ぶのもその応用と考えれば――――いや、それでも滅茶苦茶では?


《なん……ってえことするんだウルてめえこらぁ!!!!》

《よお、ブラック》


 魔王が声を上げた。ウーガが滅茶苦茶な体当たりを受けても尚、人形は完全な破壊には至らなかったらしい。破損部を粘魔が覆い尽くし、ますますもって異形となった機神は形を歪めながらも自分を轢いていった空中浮遊都市を睨む。


《むーちゃくちゃしやがってこの野郎!!!》

《ヒトのこと言えた義理かてめー》


 そして、その魔王とやり取りする声は、間違いなく彼のものだった。


「わー…《にーたんだ》……にーたんだね」


 こんな世界が破滅するような状況下にあっても、何一つ変わった様子が見えない彼の声に思わずアカネと一緒に声が出た。


《アカネにディズ、ユーリか、元気そうで何よりだ。シズクはその悪趣味になったバベルの中か?》


 空を飛ぶ亀から、返事がする。やはり改めてシュールな光景だった。

 だが、例えどれだけシュールな状況だとしても、今、イスラリアという世界が崩壊の危機にある事実は何一つとして変わりは無い。大罪の七竜に邪神に魔王。圧倒的な脅威が並んでいる。彼が手伝いに来てくれたというのならこの上なくありがたいが――――


《勇者の手伝いにでも来たのか。ド派手な登場だなあ?》

《いや違うが?》

《―――え、違うの?》

《違う》


 魔王の言葉に、ウルは即答した。


「《ちがうん?》」

《違うが》


 アカネの問いにも、ウルは即答した。

 そうしている内に、ウーガは動いた。その巨大な足を動かし、重力の魔術を起動させる。その瞬間、機神の周囲に強烈な重力魔術がのし掛かった。激しい振動と共に機神は身じろぎが出来なくなる。

 だが、ウーガの動作はそれだけではない。大口を開けて、そのまま眼前の全てを睨み付けた。七首の竜達も、ディズもユーリも銀竜もガルーダも何もかも、一切識別せずにだ。


「俺たちは―――」


 いつの間にか、ウルはウーガの頭部に立っていた。彼は眼前に存在する全てを睨みつけ、親指を地面へと突き立てると、淡々と宣告した。


「全部、ぶん殴りに来たんだ」


 次の瞬間、竜吞ウーガの【超咆吼】がぶっ放された。

 それは紛れもない宣戦布告だった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「――――さて、地獄開始だ」


 超咆哮が巨大人形を撃ち、その先の禍々しいバベルにたたき込まれるのを静かに観察する。ウーガの火力を都市の中でぶっぱなす紛れもない蛮行であるが、結果は想像通りだった。バベルは不可視の障壁がウーガの咆哮を跡形も無く霧散させた。

 バベルの機能はまだ残っている。その事実を前にしてウルは冷静だった。予想通りとも言えた。ならば此方もその通りに動く。


「準備は良いな、エクス、ミクリナさん」

「うん、勿論」

《こちらも、問題ない》


 自分の狂信者の嬉しそうな声に、通信向こうのミクリナは呆れた声をあげた。

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