最終章/愚天跋扈と王の降臨

少女たちを救うための方法

 時間さかのぼって、【竜吞ウーガ】にて。


「チャンスは一瞬よ」


 プラウディアへと向かう直前、遠距離からの映像で送られてきた情報をもとに、リーネが説明を開始する。事前に繰り返し行ってきた打ち合わせによる突入作戦、それと現場の情報とのすり合わせのための最後の時間だった。


「ウーガの重力魔術を放てば、敵はよほどの対抗手段が無い限り、それを打ち消すしかなくなる」


 そう言って、彼女が机に存在する人形を指さす。

 機神スロウス、魔王ブラックが持ち出した最悪の頭のぶっ飛んだ人形兵器に、亀の形をした人形を上からのし掛からせる。


「でもその瞬間、転移術の阻害が消える筈。敵の攻撃だけを一方的にかき消すなんて超絶技巧、【天拳】にしか出来ない。魔王にはその力は無いはず」


 人形が亀を払いのける。そのタイミングでリーネはペンで亀と人形の間を線で繋いだ。


「その一瞬で【転移】する。バベルや天空迷宮とは違う。巨大人形は迷宮じゃないから、敵のトップの所に直接移動できるはず」

「問題はどうやって正確に、魔王の位置を見定めて転移するか、だが……」


 転移の魔術は恐ろしく凶悪であるが、それ故に取り扱いは難しい。目の届かない位置に自在に転移するのは聖遺物のような精霊の力を介さない場合、“起点”が必要となる。

 だが、その当てもあった。


《私が起点を刻む》


 その声は通信魔具から聞こえてきた。

 映像は乱れているが、その声の主は知っている。複雑な経緯の果てに、ウル達【歩ム者】の協力者となった情報ギルドの一員、【元・飴色の山猫】の構成員であるミクリナだ。彼女が今いる場所はどこであろう、遠目に見える戦場にて大暴れしている【機神スロウス】の内部である。


「まさか、本当に魔王の移動要塞に侵入できるとはな」

《今のスロウス、国自体が崩壊していて、セキュリティなんてあってないようなもの。容易かったわ》


 だからといって、そう簡単にできるものとは思えなかったし、危険だった。そんな危うい仕事を単独で成し遂げてくれた彼女は、やはり一流なのだろう。


「助かるわ、本当に。命がけの仕事を任せて申し訳ないけれど」

《かまわない。こちらも、目的があっただけのことだから。私は魔導具を使って魔王の位置を常に確認しておく》

「そして、彼女を僕が俯瞰で探し出して、転移すると」


 そして、彼女の言葉をエクスタインが引き継ぐ。今回の作戦の要その2である彼は命がけの突入になるにもかかわらず、笑みを浮かべていた。


「……見つかったら殺されるかもしれん状況で楽しそうだなあ、お前」

「いやー、ウルと共闘できるの楽しくって」

「……本音隠さないとマジでアレだなお前」

「アレ?」

「キモい」

「うん、自覚してる」


 エクスタインは心底楽しそうに笑い、ウルはため息をはき出した。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 機神スロウス、司令室


「おろ?ウルおひさ、それにエクスか」

「お久しぶりですね、ブラックさん。こんな形で再会するとは思いませんでしたが」

「……心臓抉った筈なんだがな」

「俺達の急所だぜ?警戒して守るくらいしてるさ」


 穴を開けられ、顔面をぶん殴られたブラックは、大穴の空いた体からぼたぼたと血を流しながら笑った。偶然親戚同士が再会したような軽快な挨拶だった。しかしここは空前絶後の殺戮兵器の中で、魔王には穴が空いているし、エクスタインはそれを手引きしたし、ウルはその実行犯だ。


「はーん、はーん?なるほどなあ。大胆なことしやがるねえ?」


 司令室から避難していく部下達の中に、いつの間にか知らない顔が一人紛れ込んでいることにブラックは気づき、そして敵の作戦内容をおおよそ察した。大分無茶苦茶な真似をしたらしい。

 と、感心している間にも胸から血が吹き出して、口から血をごぼごぼと吐き出しながらブラックは地面に倒れ伏せる。ウルはそれを見下ろすと、そのまま竜牙槍を構え直した。


「【咆吼】」


 咆吼が倒れたブラックに向かって射出される。

 司令室が激しく揺れた。備え付けられていた幾つもの魔導機が粉砕され、計器がけたたましい警報音を鳴り響かせ続ける。それでも一切ウルは手を休めること無く、連続して砲撃を繰り返した。


「――――熱烈だな。」


 だが、砕け崩壊し陥没する床の底から、闇が噴き出す。竜牙槍から放たれる熱も光も全て容赦なく飲み込んで、無かったことになっていく。ウルとエクスは背後へと飛び上がり距離を取ってその闇をじっと睨み続けた。


「そんなに俺のこと好きか?お前等」


 次第、闇が晴れるとそこには再びブラックが立っていた。先程ウルが胸に開けた穴も血も、無かったことになっている。


「いや、僕は正直貴方にそこまで興味は無くって……」

「泣いちゃうゾ?」

「俺は魔石稼ぎの迷宮潜りの帰りにいきなり沸いて出る小鬼の群れくらい好きだよ」

「あらやだ嬉しい、プレゼントあげちゃーうっ」


 魔王が指を鳴らす。

 再び【愚星】が発動する。今度の闇は彼自身の傷を癒やすためのものではなく、殺戮のための侵攻だ。液体のような気体のような判別が出来ない闇が激しくのたうち回りながら、ウルを取り囲むようにして蠢き、次の瞬間には彼の居た場所を飲み込んだ。


「【狂え】」


 だが、直後に闇が周囲の空間ごと弾け飛ぶ。その光景を見たブラックは満足そうに笑った。


「【色欲】は握ったままか!!!【憤怒】と【強欲】はどうだ!?」


 魔王は愚星の総量を更に上げる。司令室の半分以上が闇に包まれつつあった。


《ま、魔王様!!どうか落ち着いて!魔王さ――――おあー!やめろー!魔王コラ!!》

《駄目だ完全に楽しくなっちゃったぞあのバカ!!復旧急げェ!!》


 通信からは部下達の悲鳴が聞こえてくる。

 全く意気地が無いとブラックは笑った。頭に血なんて上ってはいない。彼は酷く冷静だ。

 この人形兵器スロウスは頑強だ。ハルズ自身が混じったことで、ほぼ自立稼働で動き出す。無論、彼は既に正気では無かろうが、イスラリアへの破壊衝動だけはちゃんと保持してくれているはずだ。イスラリアへの牽制の役割は正しく果たしてくれるとブラックは信じた。

 それよりも今は、目の前の餓鬼と向き合う方がよっぽど重要だ。


「さて、ウル、聞こうじゃねえか?」

「何をだ」


 闇に浸食されていない机の上に着地しながら、ウルは問い返す。ブラックは一瞬、愚星の動きを止めた。殺すにしても、利用するにしても、確認しなければならない。


「お前、何のつもりで此処に来た?」


 ウルの参戦、それはブラックも想定していたことではあった。

 と、いうよりも、想定しないわけが無い。このイスラリアという世界の終末に際して、その中心に彼の身内ともいえるような人物達があまりにも揃いすぎていたからだ。


 二つの神にそれぞれ選ばれた二人の勇者。

 片割れの勇者に親愛を深めた精霊憑きの妹。

 もう片方の勇者と主従の契約を結んだ死霊の王。

 そしてそこに巻き込まれる七天の戦士達。イスラリア大陸中にいる様々な友人達。


 ウルという少年が、それらを無視して、安全圏に引きこもるような男では無いことは分かっていた。だから彼の参戦はなんら不思議なことではない。なんだったらブラック自身も、彼にこの戦いに参戦するように煽ったくらいだ。


 問題は、彼が選んだ選択だ。


 勇者に味方をして邪神と魔王を倒す

 →理解できる。選択としては妥当だ。イスラリアに身内は多く居るだろう。

  恐らく彼が護りたい者をもっとも多く護る賢く無難な道だ。


 邪神に味方して勇者と魔王を倒す

 →理解できなくもない。邪神と彼は冒険者として最初からの付き合いで、仲間だ。 

  イスラリアを敵に回しても彼女を助けるという選択をとるのはわからんでもない


 魔王に味方して、勇者と邪神を倒す

 →勧誘もした。結果として、野心自体とは無縁の男ではあったが手応えはなかった。

  とはいえ、この大混沌だ。自分を利用して二人の勇者を救い出す算段を画策する。

  そんな可能性はなくはなかった。

 

 全部敵に回す

 →どうしたお前?


「んー?なんか全部嫌になっちゃった?じいちゃんが相談乗ってやろうか?」


 問う。

 訳も分からず、身内同士の殺し合いを厭って殴りに来たなら、正直大した問題にはならない。この死地で、自分が何をしてどうするのかも定めずにノコノコとやって来たバカなんてのは、利用するのも、斬り捨てるのも容易だからだ。

 だが、目の前の少年の顔つきは、どう見てもそんな様子には見えない。自分が此処で何をして、どうするつもりなのか、全て明確に定まっている者の、腹の据わった顔だ。だから尚のこと、確認しておかなければならない。


 此処で、何をする気なのか。


「…………前アンタ、自分がどうする気なのか言ってたよな」

「ああ、言ったな」

「結論として、アンタは神をぶち殺して、利用して、支配者になるつもりなんだよな?」

「ま、そうなるな。あの時は適当に誤魔化しも入れたが、実際はそんなところだ」


 魔王ブラックの目的は二つの神の顕現と、そしてその二つの神の簒奪である。


 その為に必要だったのは、神の完成だ。


 ただし、そこには幾つもの条件が立ち塞がった。少なくともアルノルドの理想郷計画通り、邪神完成前に制されるのは避けなければならなかった。【星剣】による世界と方舟の繋がりを早期に断たれれば太陽神の完成すら導かれない。

 だが、一方でアルノルドの計画に協力しなければ、それを利用しようというシズク側のプランが崩壊する。月神の完成はままならないし、そもそも世界側にアクセスすることすら出来なくなってしまう。


 一瞬でも誤れば傾ききってしまう天秤を維持しながら行われる綱渡り。魔王が強いられたのはそんな作業だった。だが、いくつもの危うい賭けと、アルノルドと、そして目の前のウルの命がけの努力、更にはシズクの神業めいた立ち回りもあって、とうとう二柱の神は誕生した。


「後は殺して奪えばいい。勿論、連中はバケモノだが漁夫の利を狙えば――――」

「そこだよ」

「あ?」


 そこ、と、指摘する部分を理解できずブラックは首を傾げる。ウルは目を細めた。


「――――ハハハハハハハハハハハハハ!!!!いや、そりゃ無茶だぜ?!」


  そして彼の真意を明かされて、ブラックは笑った。


「この世界の現状理解したんだろ!?だったらわかんだろ!?」


 ブラックは竜化した腕を振るう。途端司令室の壁が粉砕し弾け飛ぶ。開けた大穴からは外の景観が見えた。その光景は悲惨の一言に尽きる。

 イスラリアという世界が維持していた偽装は剥げ落ちた。空はイスラリア自身が汚した赤黒い邪悪一色に染まり、その空を銀色の竜達が飛び交い、七首の大罪の竜達がバベルを支配しのたうって居る。

 この地獄の中心で、月の神の力を背負った少女と、太陽の神の力を背負った少女が、必死の形相で殺し合いを続けている。これが悲惨でなくてなんなのか。


「クソ垂れ流したイスラリアと、それ投げ返した”世界”の、ゴミみてえな戦争状態だ!!小娘二人に力押しつけて代理戦争させてんのさ!!」


 ブラックの一切言葉を選ばないその物言いは、しかし的確だった、詰まるところこの戦いは何処までもそれに尽きる。美しい大義名分などありはしない。1000年に渡る呪泥と憎悪にまみれた殺し合いに過ぎない。


「ここまで無様晒した連中に、殺し合いやめましょうって言ったところで止まるわきゃねえって!神って兵器がある限り絶対に――――」


 その時、不意に魔王は笑うのを止めて、前を見る。

 目の前で武装を固め、完全に殺し合いの準備を固めてこの魔王の城に乗り込んできた少年を見る。その殺意と決意に満ちた目をした少年を見る。


「――――お前まさか」

使


 ウルは跳んだ。ほんの一瞬、ほんの僅か、ウルに気後れしたブラックのその隙を貫くように竜殺しを魔王の腹に突き立て、そのまま渾身の力を込めて地面に叩きつける。


「全部、ぶん殴る!」

「おおおおおおおおおお!!!?」


 先程の攻防で削り取られた地面が陥没し、落下を開始する。


「その為の力を寄越せ!!魔王!!!!」


 ブラックの返り血を浴びながら、ウルは宣告した。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 大罪都市プラウディア東区画

 名も無き孤児院にて


「じーちゃん!!全員地下入ったよ!!!」


 孤児院地下1階の、その更に先、床に隠されていた隠し扉の中から子供の声がする。その扉の外では孤児院の院長であるザインが扉を護るようにして立っていた。


「では閉めろ。出来る限り奥深くにいろ。1週間は生活できるだけの食料は残されているはずだ。その後、外が問題ないようであれば脱出。出口が塞がれた場合は魔術使用を許可する。覚えたことを全て使え」

「じーちゃんは!?」

「別の用件がある」


 その言葉に対して、すぐには返事が来なかった。代わりに地下へと続く扉が小さく開いて、孤児院の子供達がそっと外にいるザインを覗き込むようにした。その表情は誰も彼も不安そうだ。


「帰ってくるよな……」


 勿論、子供達も今の現状は理解できている。天地がひっくり返って、未来がどうなるか想像もつかないような状況になっていると分かっている。親を失った子供達は特に、大人達が決して、ずっと一緒にいてくれるわけでは無いのだと言うことを知っていた。だからこそ不安だったのだ。


「道半ばの子供を放棄して死ぬほど無責任では無い」


 しかし、そんな子供達に対して、ザインは何時も通りの仏頂面で答えた。それが何よりも、子供達を安心させるのだと知っているからだ。


「……分かった」

「ちゃんと毎日お茶を飲めよ」

「うげえ」


 最後の子供達はげんなり顔をした。それだけで少しは余裕を取り戻したのだと分かる。ザインはゆっくりと外からシェルターへの扉を閉めた。


「さて」


 これでもう、子供達は例えイスラリアがひっくり返るようなことがあっても死ぬことは無い。生き埋めにならないように、幾つもの脱出経路を用意している。一先ずは目的の内の半分はこれで果たせた。

 残る目的は一つ。


「死ぬなよ。ウル」


 地下へと逃げ込んだ子供達と同じように、今外で大暴れしている孤児院の子供の一人であるウルを、彼は案じた。だがそれは、先程彼が孤児院の子供達に向けていた親愛では無い。

 共に戦う戦士に向ける、信頼だった。


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