陽殺しの儀②
邪神シズルナリカが生みだした白銀の竜達は、イスラリア中央、プラウディア領から各地へと一斉に飛び立った。途中、都市国外に存在していた無数の迷宮をたたき起こし、氾濫を引き起こし、大量の魔物達を引き連れて、各都市国を襲った。
魔術の大罪都市国ラストも、それは同じだ。
白の魔女の封印、太陽の結界による押さえつけ、それをぶち破るようにして、無数の魔物達が巨大な森林から、そして各所の迷宮からあふれ出し、一斉にラストを狙い、攻撃を開始した。
『GAAAAAAAAAAAAAAAARRRRRRRRRRRR!!』
封印によって抑え込まれていた大罪迷宮の魔物達、特に深層付近にたむろしているような魔物達は、通常であれば決して、外に出ようとしない。強い魔物ほど、【太陽の結界】は地上へと出すまいと封じてきたからだ。
それが無理矢理外へと出た。当然、ダメージを負う。血肉が焼け爛れ、半死半生の具合といった魔物達が、そんな有様になっても尚、太陽の結界にむらがり、結界を突き破って、中にいる人々を食い殺そうと藻掻いている姿はあまりにもおぞましかった。
無論、それをそのままにするわけもなかった。
邪神が目覚め、世界が滅びようとしていたとしても、此所は魔術の国、そして魔術師達の国だ。その自分たちの敗北は、魔術の敗北に等しいと、多くの騎士達や魔術師達が結集し、結界をこじ開けようとする魔物達を瀬戸際で追い払っていた。
そしてその中には、最大の魔術学園であるラウターラ魔術学園の面々も動いていた。教室は閉鎖となり、防衛に参戦する騎士達や神官達の助けとなるべく、彼らは懸命にはたらいた。
「【魔術一斉放射開始】」
教授のクロ―ロの指示の元、魔術師の卵達は一斉に魔術を放ち、銀竜達を打ち落とす。
学園に設置された巨大な物見の塔に学生達が集い、結界に群がる魔物達を、その内側から打ち落とす。本来【大罪迷宮ラスト】の迎撃拠点でもあったこの学園の本来の機能を存分につかって、彼らは働いていた。
太陽の結界に阻まれている魔物達を狙い撃つ。それだけなら、戦闘訓練を受けていない魔術師達にでも出来た。幸いにして、結界そのものに干渉する銀竜の数はそこまで多くは無かった。
『AAAAAAAARRRRRRRRRRRRRRR!!!』
「ひ、ひいい!?」
が、とはいえあくまでも学生は学生だ。このような鉄火場になれてない者は多い。魔術師だからといって、魔物との戦闘経験のある者は少ないのだ。
「先生!無理無理!無理ですよ!!」
彼らの内の一人は、自分たちを率いるクローロ教授に叫んだ。
「俺たち、学生ですよ!なんで魔物退治なんてしなきゃならんのです!」
「そうです!騎士のヒト達に任せれば良いじゃ無いですか!!」
道理ではある。と、クローロは内心で思った。
世界が滅びるかもしれない危機的な状況、学生だろうと何だろうと一丸とならねば、この危機は乗り越えられない、と、正論をぶつけても難しかろう。とはいえ、クローロが率いている学生達は相応の技術力もある魔術師達だ。この状況下で、遊ばせておく理由は皆無だった。
「ではこうしよう」
なので、というように、クローロは提案した。
「学園で使用を禁じていた危険な攻性魔術の使用を今だけは解禁する」
その言葉を聞いた瞬間、泣き言を言っていた学生達も、怯えるように縮こまっていた学生達も一斉に動きを止めて、クローロを見た。
「…………え、ソレはマジです?」
「本当だ」
「火力上げすぎて一発でガス欠起こすってんでクローロ先生に「頭に何が詰まってるんだ、藁か?」ってダメだしくらって泣かされた奴も?」
「許可する」
「私が考えた、魔物達の魔力を再利用して大連鎖する超最強雷魔術も!?味方にも連鎖する恐れがあるって思い切りボツ喰らった奴!!」
「前線の騎士達を巻き込まないなら」
「前、錬金術の課題で偶然出来た、高純度の魔力に反応して超広範囲で大爆発起こす爆弾も!?」
「全部没収した筈なんだがまだ持っていたのか。まあ良い。許す」
クローロの言葉に暫く沈黙した学生達は、結界に阻まれた銀竜達を獲物もしくは実験体を見る目で睨み、雄叫びを上げた。
「「「無制限の実験場の開幕だぁ-!!」」」
その後、乱射される多種多様な魔術を見つめながら、クローロはため息を吐く。
「しばらくは興奮で恐怖はごまかせるか……」
無論、戦況が更に悪化してくれば、彼らもまた冷静になってしまうだろうが、それはそれで構わない。どのみち戦線が悪化した時点で、連携の取れない戦闘経験の無い魔術師達はお役目ご免といえるだろう。
「ネイテ学園長、騎士団と連絡して、一端下がらせてください。暫く魔物を押し返すくらいは出来ましょう」
通信魔具で連絡を取ると、ネイテ学園長は満足そうに応じた。動ける学生達も動員することを提案したのは彼女だ。現在、騎士団や神殿、冒険者達と連携を取り、彼らをまとめ上げて、動いている。
頼もしく、恐ろしい、この国の実質的な支配者は彼女だ。
《ええ、了解しました。巻き込まれないよう、注意を呼びかけます。学生達の安全確保はお願いしますね。厳しいようであればすぐに下がらせてください》
「勿論」
《結構。結界が維持できていて安全が確保できている今のうちに、全力を出してもらいましょう。最前線で戦う皆さんには体力を温存してもらいます》
間違いなく、今は世界が滅びるやもしれない瀬戸際だ。堰を切ったように、雪崩のように魔物達が人類の住まう都市国に集結している。今はまだ、なんとか押し返せているが、それが出来なくなった途端、人類は滅びへと向かうだろう。
その危機を前にして使える者は全て使う、という彼女の方策は確かに間違っているわけではない。比較的戦線が安定しているこの戦況でしか使えないと判断して即座に彼らを動かすネイテ学園長の判断も流石と言えば流石だ。
とはいえ、それでも即座に学生を戦力として使おうという彼女の判断は速すぎるようにも思えたのだが―――そんなクローロの心中を察してか、「不満ですか?」と彼女から声をかけてきた。
「不満ではありませんが、そうまでして彼らを戦わせる必要があるのかと」
問うと、《だって》と、ネイテ学園長は通信越しに上品に微笑んだ。
《本当に世界が滅んでしまうとして、学生達も「何も出来ずに死んでしまった」と思うより「出来ることは全てやった」と思える方が良いでしょう?》
「…………」
それが本気なのか冗談なのか判断しがたい。が、言わんとしていることは、分かった。
気遣い、と表現するにはあまりにも独特ではあった。
だが、のんびりとした表情で、遠くまでを見通すネイテ学園長からしても「いざというときは守られるべき学生達すらも全滅する可能性が極めて高い状況」であると判断しているという事実だけはハッキリと分かった。
「では、私もやれることをしましょうか」
ならばと、クローロも腹をくくる。学生である彼ら以上に、やれるべき事を全てやらなければ、子供達以上の後悔に包まれることは間違いないのだから。
《私の方も、随時神殿や騎士団と協力を取ります。がんばりましょうね、クーロ》
「ええ、そちらも気をつけて、ネイテ」
彼女が若い頃の懐かしい呼び名に苦笑しながらも、クローロは魔術の杖を学生達よりも遙かに洗練させた動きでふるい、銀竜達をたたき落としていった。
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