最終章/陽月戦争
陽殺しの儀
白銀の竜が出現し、イスラリア全土は混沌に包まれた。
どのような場所にいようとものぞきみえるその恐ろしい銀の竜の姿に住民達は驚き、竦み、恐怖し、さりとてどのような場所に逃げようとも、天空に見えるその姿に、彼らはどうしようもなく疲弊した。
そして、その後には、諦めにも近い受容が起こる。
逃げようも無い存在に、怯え続ける事は出来ない。生きていく上で、生活はしていかなければならない。どれだけ恐ろしい存在が天空にあろうとも、腹は減るのだ。間もなくして白銀の竜を、イスラリアの住民達は日常の一部として受け入れようとしていた。
まさしく、その緊張の“たわみ”を狙い打つように、白銀の竜は動いた。世界が変異しても尚、天空に存在した大罪迷宮プラウディア、それを喰らい、飲み込み、変じた。
より美しく、そして悍ましい、白銀の天空迷宮
【大悪迷宮フォルスティア】は天空に座し、そして自身の眷属たる白銀の竜達を空に解き放った。
「竜だ!!!」
「竜!?竜だ!竜だ!!!」
「邪神が攻めてきたぞ!!!!」
そんな絶叫がプラウディアの中央街に木霊する。
銀の竜達が次々と天陽の結界にぶつかり、焼かれ、翼や頭部を黒焦げにしながらも結界の奧へと、都市の内部へと、そして自分たちを喰らわんと、突き破ろうとした。
魔性をも跳ね返す無双の結界。
【天陽結界】があるかぎり、自分たちに害が及ぶことは無い。そう信じてきたプラウディアの住民達にとって、その竜達の侵攻は恐怖そのものだった。
しかも、その脅威は、竜達に留まらない。
『カ、カカカ、カカカカカカカッカ!!!!』
銀の竜の背中には、恐ろしい、死霊兵達も乗っていた。
血肉を失った人骨の兵達は、カタカタと音を鳴らしながら、その両手に、竜達と同じ白銀の色をした刃を握りしめている。奇妙な曲剣を握った死霊兵達は、竜達の突撃に合わせて、その結界に刃を突き立てる。
剣と、竜の牙、その二つが重なって、貫かれる度に、みしりと、結界が音を鳴らす。
それは、プラウディアの住民達の信仰の緩みを示していた。
【太陽の結界】、【天陽結界】はイスラリアの民達の信仰によって支えられる。神と精霊の力が不変不動であると信じるからこそ、その正の感情が込められた魔力がバベルへとむかい、結界と成る。
それがイスラリアという方舟の仕組みで、ルールだった。
だが、白銀の竜の出現、アルノルド王の死去、そしてそれらに伴う心身の疲労と、精神の“たわみ”、あらゆる点で、信仰が最も弱まるそのタイミングを、竜と死霊達は狙い撃つ。
結界が崩れる。
そう、プラウディアの民達が信じるほどに結界はひび割れ、砕けて、崩壊する。まさにそれが起ころうとしていた―――――が、
「撃てぇ!!」
それよりも早く、結界に張り付いていた死霊兵達は打ち落とされた。
都市国を守護する騎士達の手によって。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【真なるバベル、空中庭園】
「竜達を打ち落とせ!油断するな!!ただの魔物では無いぞ!!」
騎士団長ビクトールは号令をかけ、プラウディア中の騎士達に指示を出す。
超巨大な“大悪竜”が出現してから、戦う術を知らない、逃げ場の無い都市民達はそれを受け入れるほかなかったが、騎士達は無論、彼らのようにただただ戸惑っているわけにはいかなかった。いつ、どのタイミングで、どのようにして襲ってくるかも分からない竜に備えねばならなかった。
都市民達の避難経路の確保に、出現される魔物達の想定と対処。なによりも、民達に必要以上の不安を抱かせず、安心させる為の戦力の誇示と、できる限りの準備を進めた。故に、銀の竜達が襲いかかってきたときも、決して慌てることなかった。
『AAAAAAAA――――――』
『カカカカカカ!!!』
だが、敵達の動きも尋常では無かった。
数は多く、どれも堅く、手強い。だが何よりも問題なのは
「銀竜!複数箇所での“集結”を確認!!」
「急ぎ討て!」
「間に合いません!!」
銀竜達は不定期にその翼を広げると、輪を作り、天陽結界に結集し出すのだ。それが何を意味するのか、陽喰らいの儀での戦いを経験したビクトールには勿論理解できる。
『A―――――――』
鈴の音が響く。と、同時に、集った銀竜達で出来た輪の中心、“結界が消え去っていく”。虚飾の眷属竜達が起こした【天陽結界】への直接干渉を全ての銀竜達が起こしているのだ。
「やはり、虚飾の特性をも有しているのか……!」
ビクトールは歯がみする。その間にも開いた結界から魔物達が天陽結界の内、都市の中へと雪崩込む。陽喰らいの時のように戦いは秘匿性が無い。その為内側にも十分な兵力を用意できているのは幸いだが、こうも次々に入ってこられれば、遠からず都市の内側はパニックになる。
「発見次第即座に!!結界に干渉させるな!!」
叫ぶが、銀竜達は自在に空を跳ぶ。全ての場所を打ち落とすのは困難だった。風の精霊による飛翔も、精霊の苦手とする“竜の気配”が満ち満ちている為か、加護の働きが鈍いらしい。
実に、徹底している。【陽喰らい】とは別種の容赦のなさにビクトールは歯がみした。
「【神鳴】」」
その時、空を覆い尽くすほどの銀竜達の一部が、突然降り注いだ雷の炎に焼かれて焼け落ちる。凄まじい光景に騎士達がどよめきの声を上げるが、ビクトールは驚かない。自分のすぐ傍に降り立った戦士に、安堵を覚えた。
「順調か」
「イカザ殿」
陽喰らいの時、さんざんみた鮮烈なる光だった。本当に頼もしくありがたい。
「おお!!イカザ殿に続け!!!」
「竜どもに指一本触れさせるな!!」
それを見ただけで騎士達の士気も上がるのだから、まさに英雄の姿だ。彼女はその後も、幾度かの閃光を奔らせた後に、ビクトールの横に立って小さく、部下の騎士達に聞こえぬようにため息を吐いた。
「すまん、来て早々悪いが、少し休ませてくれ」
「無茶をさせて申し訳ない」
ビクトールは小さく頭を下げる。
前回の陽喰らいで彼女が大怪我を負ってるのは勿論ビクトールも覚えている。出来ることならば無茶をさせたくはないのだが、今回はそうも言っていられない。
この戦いは、【陽喰らい】と比べ、守るべき範囲は広い。
【天陽結界】は、今回の戦いに備えて縮小させ、範囲を狭めることで防衛をしやすく備えたが、それでも都市一個分を守るのは厳しい。それ故に、機動力のある者達は遊撃部隊として、都市の防衛が厳しい部分を随時補助に向かって貰っている。イカザはその筆頭だ。
要は、否応なく駆け回って貰う事になる。そのことを申し訳なく思っていたが、イカザは軽く笑みを浮かべ、首を横に振った。
「いや、まだ余裕はある。が、今飛ばしすぎるのは、術中に嵌まる気がしてな」
「長い戦いになると」
「おそらくは。そちらは大丈夫だろうか」
問われ、ビクトールは送られてくる情報を確認しながら頷いた。
「なんとか、いくらかの備えを整える時間はあったので」
「時間、か」
ビクトールの言葉に、イカザはどこか渋い顔になった。その表情に浮かぶ懸念の感情を見て取って、ビクトールは首を傾げた。
「何か、疑念が?」
「何故、彼女は此方に時間的猶予を与えたのか、と思ってな」
この場において、“彼女”という言葉が指す人物は一人しかいない。
「……私は“あの戦い”でも、殆ど会話する事はありませんでした」
「私もそれほどではなかったよ。だが、ギルド員達の話を聞く限り、相当な傑物だったのは間違いない」
シズク。
【魔界】、イスラリアとは別の世界の住民で在りながら、単身でこの世界に潜り込み、瞬く間に頭角を現し、そして王にすら取り入って、大罪竜討伐の計画を推し進め、それを利用して、自らの任務を達成した傑物にして怪物。
その少女が敵なのだ。無論、油断は出来ないのは分かっている。
「こちらに備えさせたのも、罠だと?」
「いや、向こうとて、こんな戦いに経験があるわけがない。準備をするのに時間がかかったという可能性は十分にある……が」
「ビクトール団長!」
二人がそう話していると、前衛基地の通信術士が声をはりあげた。その声音の焦り具合から、どう考えてもろくな情報ではないだろうというのはすぐに分かった。
「どうした」
「か、観測班からの連絡です!!“イ、イスラリア中の迷宮が、一斉に【氾濫】を起こしました!”」
最初、その言葉を飲み込むのに時間がかかった。各所の迷宮が活性化していたのは知っていたが、それが、一斉に氾濫!?
「出現した魔物達はイスラリア中の都市部への侵攻を開始しています!!」
「プラウディア周辺に存在する迷宮もです!プラウディアのみならず、全ての衛星都市に向かっています!大罪迷宮は、太陽の結界による封印と、都市部の冒険者達が押さえ込んでいるそうですが……」
「各都市の騎士達に連絡を!!決して民達を傷つけさせる――――」
次々と飛んでくる連絡にビクトールは応じる。が、その瞬間、更に事態は動いた。
「――――なんだ!?」
それは部下達からの連絡ではなかった。
大きな、空気を震えさせるような異音と共に、空が蠢いた。空に鎮座していた【大悪迷宮フォルスティア】が動き、そしてゆっくりと、落下を開始したのだ。
これが【陽喰らいの儀】の再現ないし再利用であるならば、その動作は道理ではあった。
その懸念は真っ先に思い浮かんではいた…………が、タイミングは最悪だった。
「情け容赦の無い畳みかけっぷりだな……!!!」
防衛側の不利な点、守るべきものの多さ、その脆弱な部分を情け容赦なく突いてくる。失われても手痛くない戦力、魔物達で都市を襲う。守らざるを得ない此方の戦力を分散させ、そして戦力の十分な手駒で、本丸のバベルを襲う。
当然と言えば当然の流れだ。
敵は、直接バベルを狙い撃つだけの位置的優位がある。結界の守りはあるとはいえ、何せ空に座しているのだから。ならば後は、その特攻に対抗する防衛力を徹底的に削るのみだ
「陽喰らいの時、竜は単調に王だけを狙った。それ故に防衛は固めやすかったが、……シズクが、それをなぞる道理はない、か」
「此方に時間を与えた理由は、バベルから兵力を減らすためか」
【陽喰らい】の時とは違う。
今回、民達を覆い隠す偽装は既に剥がれている。バベルの塔に戦力を集中させれば「自分達はどうなるのだ」と、民達の信仰が落ちるのは明らかだった。彼らを守るための十分な準備をすると、示さざるを得なかった。
それもまた、狙いの一つだとしたら、敵は、シズクは―――
「性格が、悪い……!」
「ある意味、報告の通りだな…………だが」
イカザは再び剣を抜き、前に出る。
「私はプラウディア外周部を回る。こちらは任せた」
「任された」
ビクトールは頷くと、イカザは跳ぶ。
天高く伸びるバベルの空中庭園から、落下しながら、プラウディア外周部へと視線を向ける。イカザの強化された視力に、遠く果てから迫ってくる魔物達の大群が見て取れた。アレがこれから、プラウディアへと一斉に襲いかかってくると思うと目眩がする。が、しかし、
「どのような経緯あれど、この世界の住民達は全員、常に魔の脅威に襲われ、戦い続けてきた」
この世界の住民達は今日までを死に物狂いで生きてきた。事実がどうであれ、過去がどうであれ、あらん限りの死力を尽くして、ヒトとしての営みを維持してきた。
血反吐を吐きながら、懸命に抗い続けた結果が今なのだ。
それだけは否定させない。紛れもない真実だ。故に、
「容易に崩せるとは思うなよ」
再び雷が奔る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ええ、勿論。その事は理解しております。イカザ様」
白銀の鈴は静かに響く。
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