得難きもの
「別に、両親や故郷の連中に恨みがあったわけじゃないな。まあ、バカだったけど、良い奴らも多かったしな。友達だっていたし」
魔王はカップに注がれた麦酒を呷りながら、何でも無いような顔で話し始めた
彼がいるのは何処の都市にでも存在しているような冒険者向けの、宿屋兼酒場の一つだ。賑わい、冒険者達が騒ぐ部屋の隅の席で、ブラックは同席した相手に、自身の虐殺を語っていた。何の事は無いというように。
「ただ、天愚の力とか、俺の容姿とか、知ってるヤツが生きてたら困るだろ?嫌われていたとはいえ、ゼウラディアの断片の持ち逃げなんて許すわけねえしなあ?」
「その為だけに殺したと?」
そう問うのは、同席した若い男。フードで顔を隠すが端麗な容姿と、僅かに除く黄金の輝きは隠せなかった。
だが幾らか目立ったとしても、彼がイスラリアの王アルノルドであるとこの場で気付いているのは対面しているブラックくらいだろう。そもそもアルノルドの顔を知る者すら此処には殆どいないのだから当然ではあるのだが。
「【天愚】がもーすこし、融通の利く力だったら、賢い方法もあったのかもだがね」
「本来ソレを攻撃に転じるだけでも脅威なのだがな」
若き、少年の頃のアルノルドは溜息を吐く。
事実、ブラックが引き継ぐまで【天愚】の力は、自分への攻撃の無効化、くらいの機能しか知られていなかった。だからこそ「隔離」という処分を下しても、プラウディアとしては戦力を減らす懸念をする必要がなかった訳なのだが。
「力を損なわせる力」そんな代物を攻撃に転じる事が出来たのは史上でもブラックが唯一無二であるのは間違いなかった。
そして彼はその力で故郷を滅ぼし、他の【天愚】管理者も全て殺し、更に現場を調査し、ゼウラディアの断片である【天愚】の権能を回収するために向けられた暗殺者達も全て滅ぼした。
そして今は銀級の冒険者として名を馳せている。破天荒な彼の活躍は都市民達には人気であるが、結果、正体を知りながらも表だって排除することも出来なくなったイスラリアの管理者にとってはこの上ない目の上のたんこぶとなった。。
神の力の断片を有し、その秘密を握りながら、しかし管理下に収まらず自由に振る舞う暴君。今すぐにでも排除したいのにそれができない厄介者。それが今のブラックだ。
「そうまでしてイスラリアを壊したいのか?」
そんな怨敵とも言える相手に、天賢王が直接対面しているのは異常事態だ。護衛も付けず、彼が寝泊まりしている宿屋に乗り込み、机を共にして、彼に問いただしていた。
「さあ、どう、かなあ………?」
「何をしている」
だが、ブラックはそんなアルノルドの問いに上の空だった。アルノルドは首を傾げる。
「いや……く、これ、面倒くさくてな……このやろ」
彼がなにやら顔を顰めて格闘しているのはテーブルにつまみとして運び込まれた岩のような殻を持った貝の山だった。それを用意された金具で身を穿りだして食べるものなのだが、魔王はそれに苦戦していた。
アルノルドがじっと見つめる中、ブラックは暫く格闘を続けていた。金具が突っ込まれた穴から身が顔を出し始めて、ブラックが喜んだのもつかの間、身は僅かな先端を金具に残して千切れて中へと引っ込んだ。
ブラックはがっくりと顔を伏せると、そのまま指先でこんと貝を突き、
「【愚星】」
直後、小さな黒い闇が貝を包み、中の身だけを残して貝は消失した。
「ヨシ」
「……これほど下らない神の力の使い方もないな」
「んだとこら、お前もじゃーやってみろよー」
ブラックはアルノルドに貝と金具を差し出した。アルノルドは拒否するかとも思われたが、暫く突きつけられたそれを素直に受け取った。
「……」
「……」
アルノルドは貝を穿った。
「……………」
「……………」
アルノルドは貝を穿った。
「………………………」
「………………………」
アルノルドは金具をそっとテーブルに置いた。
「【天賢】」
アルノルドの目の前に金色の手の平が出現し、貝を握った。鈍い音と破砕音が響粉々に砕け、貝はその身を残して消失した。
「使えるものは使うべきだ」
「お、そうだな」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「それで、方舟をそうまでして滅ぼしたい理由は?」
「気に入らない」
貝殻が喪失し、中身だけが山積みされた皿の貝を交互につまみながら、先程の会話は続いた。ブラックは特に面白くなさそうな顔をしながら言葉を続ける。
「ゼウラディアの産みの親、イスラリア博士――――人類に悲観して引きこもったジジイの作った箱庭の人形として浪費されるのが気に入らない」
ブラックが語るそれらの情報は、歴代の天賢以外は知らないものだった。このイスラリアの生誕からの知識であり、イスラリアに移住した住民達はほぼ全てがその情報を後世に引き継ぐことを禁じられている紛れもない禁忌だ。
それを彼が果たしてどのような経緯で調べたのか、徹底的に覆い隠されたその情報を正確な形まで暴き出したのは並大抵の執念ではなかった。
「この箱庭が、まだとびっきりに出来が良いなら我慢もしたかもだが……なあ?」
ブラックはアルノルドへと笑いかける。皮肉に歪んだその笑みを前に、アルノルドは沈黙した。
「ただでさえ初期段階で不完全だった世界からの転移が、迷宮の発生でぐっちゃぐちゃになってる。当初の理想郷とは別物だ。にもかかわらず、初期段階の設計維持のセキュリティだけがガチガチに固い。そんでクッソ狭い」
魔と竜に追いやられ、狭い狭い都市の中で、イスラリア人は暮らしている。かつての敵の兵士達は名無しとして外を放浪し、竜と魔物は我が物顔で闊歩する。
何時滅んだとておかしくない綱渡りのような世界。
「どん詰まりだよ、壊した方が良い。」
「―――今の世界が未完成であることについては同意する」
アルノルドは小さく首肯した。否定はしなかった。
「つまり、俺たちゃ同士だ」
ブラックは笑い、杯を掲げる。アルノルドは暫し悩むようにしたが、それに応じて同じようにした。ブラックが乱暴にそれをぶつけた。少し零れた酒を口に含みながらも、アルノルドがブラックを見る目は当然ながら気を許した者のそれではなかった。
「完全に破壊した後作り直そうとするお前と、壊れていない部分を取り出し、隔離修繕を目指す私とでは異なる。最終的な決裂は決定事項だ」
「同士&敵だな。得がたいモノを二つも得られて嬉しいぜ」
だが、ブラックのほうはまるでその警戒の様子はない。気楽に酒を飲み干し、ウェイトレスに呼びかけて追加を頼もうとしているくらいだ。
「それで?わかり合えたところで、まだ言うことがあるんだろ?わざわざここまで顔を出したんだからなあ」
今回の接触はアルノルドからのものだ。新たなるイスラリアの王、若き太陽の化身のややたどたどしい交渉を肴にするように、ブラックはアルノルドを観察する。
「スロウスの撃破をお前に頼みたい」
そんな彼の悪趣味を理解しているのかそうではないのか、アルノルドの返答は実に直球で、遊びがなかった。ブラックは少しつまらなそうにしながらも彼の返答に思慮を巡らせるように視線を彷徨わせる。
「ああ、活性化進んでるなあ。もう俺の故郷だった場所も、不死に飲まれたわ」
大罪都市スロウスを飲み込んだ大罪竜スロウスの不死の領域の拡大は今も進んでいる。徐々に進む腐敗と不死者の増大は進行し、既にスロウス領はヒトの住めない領域へと姿を変えていた。
大罪都市プラウディアとも隣接したその場所への対処は、プラウディアでも目下課題とされている災厄の一つである。
その攻略依頼、ハッキリ言って無茶ぶりも良いところだ。天愚という特殊な力を持っているとはいえ、ブラックは未だ冒険者としては銀級であるのも無茶に拍車をかけている。
「お前等でやらねえのかよ」
だがブラックは焦るでも断るでもなく、更に残された貝の身をぷすぷすとフォークで刺し貫いて行きながら、アルノルドへと尋ねる。
「憤怒の件以降、大罪竜に七天を動かす事を神官達に認めさせるのは困難だ。加えて、私は、バベルの権限を掌握できていない」
「政治と信仰、どっちのバランスもみなきゃならんのは大変だねえ」
「可能か?」
改めての問いだった。ブラックは不敵に笑った。
「やってやるよ。だが対価はもらう。」
「それは?」
「天愚は俺のものだ。諦めろ」
即ち、今日までずっと続いたブラックに対する【天愚】の回収作戦、その全ての引き上げ要請である。「太陽神ゼウラディアの断片」というこのイスラリア大陸を維持する要であり全てを、彼に完全に譲渡する、というのは容易な話ではない。だから、先代もどれだけ作戦が失敗しても彼への暗殺計画を止めなかったのだ。
無論、彼と協力関係となる以上それは必然であるが、おいそれと頷くわけにも行かない。アルノルドは悩ましそうに沈黙し、顔を上げた。
「……もし、魔界に残存するもう一柱の神が出現した場合、ゼウラディアで対抗する必要が出る。その際には流石に天愚を返却してもらうぞ。」
魔物、大罪竜、そして迷宮。向こうは間違いないなくその準備を進めている。万が一の時の対抗手段は絶対に必要だった。
「……」
「もらうぞ」
「……」
「おい」
「わ、わかってるっテー……借りパクなんてしないよオー」
ブラックはしどろもどろになりながら頷いた。目が滅茶苦茶泳いでいた。全くもって信用できない態度だったが、アルノルドはそれ以上はなにも言わなかった。
「うし、じゃあ話が終わったって事で、飲むか」
「は?」
が、流石にその後の彼の態度は彼も想定外だったらしく、目を丸くした。
ブラックは今口にしている酒を飲み干すと、ウェイトレスに矢次注文を出す。どう考えても軽食と言って良い量を超えていた。話が済んだ後、さっさと出て行こうとしていたアルノルドは目を丸くして呆然とその注文と運び込まれてくる料理と酒を眺めていた。
「お前の想像通り、長い付き合いになるんだぜ?互いのこともっと知らねえとな?」
「お見合いか?」
「ご趣味はなんですか?」
「イスラリア救済です」
「奇遇ですね。私は破壊です」
ブラックはおちゃらけて、アルノルドは淡々と返した。
その後、この密談という名の飲み会が数十年間密やかに続けられていた事実は、イスラリア中の誰も知る由のない二人の秘密だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして現在、
「魔王様!」
「――――……ああ、なんだゲイラーか。暗殺者でもきたかと期待したのになあ」
穿孔王国スロウスでブラックは目を覚ました。
目を開くと、目の前にいた部下のゲイラーの顔をみて、つまらなそうにため息をつく。
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