そこに何の謂れもなく


 【真なるバベル:拡張空間魔導機開発部門0番】にて


 空間拡張の魔術の応用により様々な施設が収められている【真なるバベル】の一室、大罪都市エンヴィーの【中央工房】に並ぶとも劣らぬその魔導機の工房で、一人の女が歩き回っていた。

 【人形遣いのマギカ】、大罪都市グリードに住まう人形ゴーレムの第一人者である彼女は現在、バベル内部に招かれ、依頼された仕事に従事していた。

 普段であれば、自分の住処から出向く事を彼女はあまり望まない。そういう仕事があっても何時も一蹴するばかりだったが、今回は違った。


 理由は勿論、偉大なる王の依頼で、バベルに招かれる栄誉を賜ったから―――では、ない。彼女がそうする理由はただ一つ。


「ねー師匠-、グレーレ師匠-」

「うん?どうした、我が弟子よ」


 誰であろう、自身の師でもあるグレーレに呼ばれたからである。

 先の戦いでおった後遺症でマトモに歩けず、杖を突きながら自分の作品に向きなおっている彼に、マギカは首をかしげ尋ねた。


「いいの?行かなくて。アルノルド王、お隠れになられたーんでしょ?」


 実際、その事で現在バベルの中は沈痛な雰囲気に包まれ、そして軽い騒ぎになっている。だと言うのに、彼に最も近かった天魔のグレーレが此所で平然と仕事を続けているのはどうなのか。

 しかしグレーレは軽く肩を竦めた。


「彼に此所を任されているからな?仕事を放り投げるわけにもいくまい」

「そんなにいそがないといけないのー?“コレ”」


 そういって、マギカは自分も仕事を手がけた“巨大魔導機”を見上げる。急速に完成へと近づいているその巨大な兵器は、間違いなく、マギカが手がけてきた中でも大作だ。

 長い年月をかけてコツコツと組み上げてきたものではあるのだが、その増設速度がここの所凄まじく上がっている。なんとしても急ぎ、実用段階にもっていくという熱意と焦りを感じていた。


「コレに限らず、あらゆるものが必要になるだろう」


 そのマギカの疑問にグレーレは頷く。相も変わらず、何もかも見透かしたような目を細めながら、確信に満ちた声で呟いた。


「敵は、邪神のみでは無いからなあ?」


 邪神以外、それが何を指すのか、マギカにも分かった。分かったから、ちょっと気まずそうに肩を竦めた。


「でもわたしー、“あっち”の仕事もやっちゃったわー。スポンサーの一つだったしー」

「カハハ!気にするな!時効だろう!俺も似たようなものだ!!」


 グレーレはケラケラと笑った。此方を気遣って、ではないだろう。多分本気でそう思って言っている。こういういい加減なところが弟子として似てしまったのかも知れない、と、マギカは他人事のようにそう思った。


 まあ、考えないようにしよう、とそう思い、自分も仕事を続けようとした、が、あまり気が入らなかった。理由は分かっている。


「……王様、死んじゃったのかー」


 その事実が、どうしても頭の中を渦巻いているのだ。


「なんだ、殊勝にもショックか?」

「そりゃ、そーでしょー」


 天賢王の代替わりは早い。王が、この世界を支えるために、その命を削っている。だから、その身にかかる負担はどうしても大きくなる。それは、この世界では比較的常識だ。偉大なる王が失われることに、慣れていないわけではない。

 が、だからといって、感傷を覚えないかと言われれば否である。

 この世界で暮らし、生きていく上で、ずっと支えてくれた父を失うのは、悲しくて、辛く、不安だ。不信心者で、魔術師としてもいい加減で人格もロクデナシなマギカですらも、そう思うのだ。


「グレーレ師匠はそうじゃないのー?」

「この年まで長生きすると、知人や友人の死では動じぬよ」


 グレーレは笑う。


「長くを生きた。親しい友人の死は幾つも経験してきた」


 だから動揺はしない。元より長命種は短命種とくらべ感性がやや鈍い。長い時を生きる中、人格が破綻しないように、そういう感性が鈍くなっている。そうデザインされているのだとグレーレは語る。

 だから、というように、グレーレは小さく微笑みを浮かべた。


「少し、寂しくなるだけだとも」


 そう言って、自分の胸に手を当てて、小さく黙祷を献げるのだった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 穿孔王国スロウスは滅亡した。


 ブラックの画策により、大罪竜グラドルの超克を狙った結果、国がまるごとに飲み込まれてしまったのだ。結果として、王国に侵入した眷属竜達は魔王ブラックによって殲滅させられたが、最早国としては再生不可能なほどのダメージを負った。


 が、しかし、王国跡地が廃墟となったかといえばそうではない。


「急げ-!!!時間はねえぞ-!!!燃料こっちにまわせー!!!」


 むしろ、滅んだ後も、国はより一層に騒がしくなっていた。

 無論、去って行った者達は多い。彼らの多くは、プラウディアの衛星都市などにバラバラになって身を寄せた。しかし、それでも、何もかもが粘魔の竜に飲まれて消えてしまったこの国に残ろうという連中は多かった。

 誰に命じられるでもなく、彼らは集まり、そして、先の騒動でなんとか残った物資をかき集めて、王国最後の祭りの準備を進めていた。


 そう、何の金にもならないこの大仕事で、彼らが望むのはただ一つ。お祭りだ。

 魔王が巻き起こす、大騒ぎだ。


「さて、もうすぐ世界滅ぶかねえ?」

「滅ぶだろうさ。なにせあんなでかい竜にねらわれてんだから!!」

「じゃあ急がねえとなあ!!」

「だよなあ!最後のお祭りだ」


 全くのロクデナシ、どうしようもない異端者。メチャクチャな彼が起こす大騒動を彼らは望んでいた。此処にいる連中は誰も彼もそういうイカれどもの集まりだったのだ。

 だからそんな魔王と、魔王の王国を、口でどれだけ好き勝手に罵ろうとも、好き好んで居着いていたし、それが失われるのは寂しかった。だから最後のお祭りの準備に、彼らは精一杯勤しんでいた。


「イカれどもめが」


 そんな中、邪教徒ハルズは、頭のネジの飛んだ祭りを冷徹に眺めていた。


 邪教徒、即ち、イスラリアの外の世界の住民達。

 名無しのように、諦めて、イスラリアという世界を受け入れたのでは無く、敵対することを選んだ彼らは、混沌のただ中、スロウスに集っていた。

 無論、ただ逃げ隠れするためではない。

 イスラリアと世界との間でとうとう始まった最後の決戦を前に、役割を果たすためだ。

 憎きイスラリアを滅ぼすための最後の仕事を果たすためだった。


 悪辣なる魔王の勧誘に乗ったのも、その為だ。


 魔王がどれほどに邪悪な危険人物であろうとも、関係ない。むしろ望むところだった。彼がイスラリアで暴れ、危機をもたらすことこそが、望みなのだが。

 とはいえ、その目的の為とは言え、刹那的な享楽主義者達の力になるのは、ハルズにとっては不快だった。邪教徒と言われようと何だろうと、自分たちはイカれているわけではない。正しく、故郷を守ろうとした兵士なのだから―――


「あらぁ、そんなにきにいらないの?ハルズ」

「ヨーグか……気に入るわけが無い。イスラリア人達は誰も彼も、醜い罪人だ」


 そんなハルズの様子を、先日までバベルにてとらわれていた邪教徒の同士、台無しのヨーグが見て笑う。月神の出現で大混乱に陥ったバベルの混乱を狙い撃ち、魔王の軍勢に助け出された彼女は、すっかりと元の調子に戻っていた。助け出されたときは、ほぼ、肉塊同然の姿であったにもかかわらず、もう既にヒトの形を取り戻している。


 イスラリア人以上の怪物と成り果てた彼女も、ハルズは好ましくは思ってはいなかった。もう既に彼女は本来の使命、役割を忘却している。自らの欲望のためだけに邪悪を行う彼女をハルズは侮蔑していた。

 とはいえ、彼女の技術力、協力が不可欠なのも事実だった。そしてその彼女の能力によって、イスラリアが滅びに近づくというのなら、ハルズの嫌悪程度どうでもよかった。


 そう、何だって構わない。イスラリアという忌々しい呪いの舟が滅ぶのならば!


「勝手に殺し合え、罪人どもめが!」


 そう言って、彼は笑う。その彼の姿を、ヨーグは心底楽しそうに、目を細めながら見つめている事にも気づかずに。ひとしきり、同胞の狂態を眺めたのち、ヨーグは自身の背後にある、崩れかけた魔王城へと視線を移した


「さて、我らが魔王様はどうしているかしら」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 【天愚】


 その能力を一言で表すならば、ゼウラディアというシステムに存在する自壊装置だ。


 ゼウラディアは今の形の世界の要で在り、イスラリアが蓄えた全ての魔力とそれを操作する精霊達を管理する統合機構である。


 だが、創り出された神が完膚なき絶対であった場合、問題が発生する。


 その存在が道を誤ればイスラリアは容易に崩壊する。いかに【星剣】という使用者の選定システムがあろうとも、絶対ではない。ゼウラディアという機構には、自身を破壊するための自滅機能が必要だった。

 【天愚】はまさに、その機能を担っていた。


「我々こそが太陽神様に真に必要な力なのよ!」


 【天愚】管理者一族の末裔である女は、自身の息子にそれを言って聞かせた。【天愚】の詳細も、そして何故自分たちがこのようなイスラリアの僻地、スロウス領の端っこの周囲に何も無い小神殿にいるのかを何度も何度も言って聞かせた


 必要ではあるが、一方で神の存在を脅かす危険物。

 それ故に歴史の中で、バベルから距離を置かれ、隔離されたということ。

 それは栄誉なことであり、自分たちは誇り高き護人であるということ。


 ザックリといってしまえばそれだけの話を、彼女は様々な虚飾で盛り付けた言葉で息子に語りかける。これもまた、何度も何度も。

 そんな狂気めいた彼女の言葉を、彼女の息子は煩わしそうに追い払うようなことはしなかった。時々相づちまでうちながら、素直に話を聞いていた。彼は真面目な優等生で、母思いの神童だった。


 こんな場所に、あまりに不釣り合いな子供。それが周囲の少年に対する評価だった。


 閉鎖的な小神殿、【天愚】という力をただ保持するための飼い殺しのその空間。必要な食料も必ず配給され、望む物は何でも与えられ、代わりに何一つとして成すことを許されない“愚者の神殿”。楽園であり、そこに住まう者達は、容易に堕落し、怠惰に耽った。


 仕方が無いことではある。例え懸命であろうとも、何の意味もないのだから。


 プラウディアの管理者達は【天愚】の使い手になにも望まない。彼らが望むのはその力の継承と維持で在り、そしてそれ以上でも以下でも無い。

 【天愚】はあまりにも使いづらかった。

 ただただ使い手の身を“台無し”の闇で覆うばかりだ。“事象の否定”によって回復術の真似事もできないでもないが、それであれば回復術を使った方が良い。とても容易には扱えない、どころか他の七天の権能を破壊してしまう畏れすらある危険物。だから管理者達はここに隔離されている。


 維持と保管。それこそがこの場所の役割だ。継承者の少年にも当然、それが求められた。


 そしてその日は来た。

 少年はつつがなく、父親からその天愚の力を引き継いだ。

 危険で扱いづらい自壊装置。敵も味方も全てを台無しにしてしまうその力を継承した。


 そして少年は、後の魔王は


「――――ま、こんなものか」


 その力で、自分の故郷の全てを滅ぼした 


「出来ることは多そうなんだけど、扱いめんどくさいな。天拳のほうが良かったわ」


 かつて母親だったモノや父親だったモノ、神殿の友人達だったモノが真っ黒い闇に飲まれて”台無し”になって崩れていく光景に見向きもしないで、彼は神殿の外へ出た。


「ああ、神殿も消しとくか。時間稼ぎにはなるだろ」


 そう言って、彼は片手を振るうと、神殿も全てが真っ黒い闇に飲まれてかき消えた。自分の生まれ故郷をなんの感慨もなく消し去ったブラックは外の荒野へと歩み出す。神殿を護っていた結界は、住民達が全員消失したことで崩れてきえた。


「ひとまずはプラウディアから隠れて、適当に冒険者にでもなるかねえ。外のメシってどんなんかなー」


 母からの教育、思想の刷り込みは、彼には全く何の意味も無かった。

 彼は生まれて最初から完成していた。

 何の謂われもない。悲劇も惨劇も、それと同じだけの幸いもない。彼は――


「がんばって、イスラリアぶっ壊さねえとなー」


 ――生まれながらにして、正真正銘の魔王だった

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