王の軌跡③ 無為の地獄
アルノルドがその惨劇に立ち会うこととなったのは殆ど偶然だった。
「王よ!どうかお下がりを!!!」
「いい。私に構うな」
王の責務として、各国を訪問し【太陽の結界】を調整する業務を行っている最中にそれは起こった。各地で“ヒトさらい”を行っていた邪教徒の拠点が発見され、騎士団と天陽騎士団の混合部隊による討伐作戦が決行されたのだ。
そしてその中に、王の護衛としてやってきていた七天の【勇者ザイン】も参加していた。アルノルドの指示だった。その集団は【邪教徒】の中でも特に長きに渡ってイスラリア各地で悲劇を巻き起こしていた者達だった。なんとしてもここで抑える必要があった。
結果として、作戦は成功した。
だが、一方で、彼等が行った最後の邪悪は止めることはできなかった。
「なんだって、こんなことすんだよ!あいつらは!!」
若い騎士の一人が、邪教徒達の住処の中心で感情的に叫んでいた。
理由は分かる。連中のアジトは、騎士達が突入する前から死臭に満ち満ちていた。彼等が攫ってきた無数の者達が、彼等の邪悪によって肉塊に変えられていた。どこを見ても悲惨な死体ばかりだ。
中には、殺戮そのものを楽しんだような節まであるような死体まであった。
幼い子供が、酷い苦痛の表情で死んでいる姿があった。
どこもかしも悲劇で、悲惨で、最悪だ。長い間戦い続けてきた騎士すらも、顔を背けてしまうような陰惨極まる光景だった。
「奴らを根絶やしにしてくれる!!!」
騎士の内誰かが言った。するとそれに呼応するように雄叫びが上がる。
「当然だ!邪教徒ども!見かけ次第縊り殺してやる!!!」
「こんな事する奴ら、許せるわけがねえ!生きてちゃいけねえよ!!」
次々と怒りと憎しみの声が上がる。
咎めることはできなかった。彼等の感性は真っ当に、正義心に満ちていた。邪教徒達の所業は全くもって、畜生以下のものだったのだから。
「……」
だから、それに対して言葉もなく、ただ無力感に苛まれるアルノルドがおかしいだけなのだ。
だから彼は騎士達の仕事の邪魔にならぬよう、静かにその場を後にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
邪教徒達のアジトは都市の外にある、【真核魔石】を失い死んでしまった迷宮の中だった。邪教徒達のアジトともなると必然的にそういう場所だった。
王がそのアジトの外に出ると、沈みかけていた陽光が顔を差した。そこから見える湖も、木々も何もかも燃えるように真っ赤に染まる光景は美しくもあったが、そこに感動するのは難しい。地下で起こった殺戮が、今もまぶたの裏にこびりついていた。
いつまでも胸のあたりに残り続ける不快感を抱えながら。アルノルドは進む。向かう先にいるのは、彼の腹心の一人。
「ザイン」
勇者ザイン。今回の戦いで先陣を切り、邪教徒達を見事に切り伏せ、こちらの被害を起こさなかった最強の七天は、静かに外の光景を眺めていた。
「…………」
彼の足下には、眠るように地面に座り込む少女がいる。今回の作戦における唯一の生存者である少女は、アルノルドにも反応は示さなかった。
少女は心身共に随分と衰弱していた。
他の被害者達と同様に、悲惨な目に合わされていたのだ。息があったのも奇跡に等しい。同行していた回復術者によって治療は完了したが、未だに意識もハッキリとはしていない。その彼女をザインは一人ずっと見守っていた。
「申し訳ありません王よ。貴方の護衛である筈なのに」
「良い。彼女を護るよう命じたのは私だ……むごいこととなったな」
「ええ」
アルノルドは全てが終わった後に来ただけだ。実際に踏み込んだザインはもっと悲惨なものを目の当たりにしただろう。あるいは、その悲劇をより強い殺戮によって叩き潰した。あの地下の光景は決して、被害者だけの血肉ではない。
それをザインに背負わせたことを申し訳なく思うが、しかし確認せねばならないこともある。
「
邪教徒――魔界の系譜である彼等の情報は、どれだけ聞くに堪えぬほどの悪行であろうとも覚えておかねばならない。かの世界との境目が未だ断絶しているこの世界において、わずかでも向こうを知る機会は希少だ。
ジースターもそうだったが、向こうもこちらに情報が抜かれることを警戒し、当人に必要以上の情報を預けなくなってしまった。わずかでも知っておきたかった。
そしてこの捜索は騎士達には任せられない。
「勇者の創造研究…………未満のものかと」
「未満?」
だが、ザインの口から語られたその内容は、想像を遙かに下回るものだった。
「経年により劣化し、思想によって歪んでいました。そもそも
「……何?」
「今回の邪教徒達はイスラリア人でした。自身の境遇に絶望し、この世界への破滅的思想に傾倒しただけの、本懐を全く理解しない者達でした」
「……殺戮に意味はなかったと」
「魔術の研究という観点においては、一切」
アルノルドはあまりの事に深く顔をしかめた。
邪教徒に、イスラリア人が所属する。それ自体は珍しくはなかった。
かつて、イスラリアが世界から物理的に離れた時巻き込まれ、尚もイスラリアと敵対する事を選んだ魔界の住民達。しかしその時から今日に至るまであまりにも時間が経ちすぎた。当たり前であるが、その間ずっと純血でいられる訳がない。
彼等は分散し、混じり、消滅することもあれどその枝葉を伸ばした。結果、その思想の表層は市井にまで浸透することもあった。イスラリア人が入り交じることは珍しくも無い。
だが、今回のような悲惨が、イスラリア人の手によって行われ、そしてそれが全くの無意味であったというのはショックが大きかった。
これほどの悲劇を引き起こして、何の意味も無い、ただただ悪意を満たすだけの行為であったなどと、あまりにも救いがなさすぎる。
「……では、その子も」
「ええ。勇者を創り出す贄、という形ではありましたが、意味はありませんでした」
ザインは少女に聞こえぬよう、小さな声で伝える。だが、少女はそもそもザインにも視線をやることはなかった。ただただずっと前を向いている。アルノルドは少女をのぞき込むように近づく。
「混じり子か」
一見、只人のように見えるが、森人――長命種の特徴が見えた。種族間の混血自体もめずらしいが、森人は尚珍しい、その珍しさ故に目をつけられたのかと思うと、なおさらに痛ましく思えた。
「助けるのが遅れて済まなかった。これから安全な場所に連れて行く」
そう言葉にする。だが、少女は反応を示さない。やはり今はまだ難しいか、と思っていると不意に少女の瞳が動いた。
「どうした」
幼き少女の瞳からポロポロと涙が零れ始めていた。
彼女が、自分の負った傷の痛みをようやく認識出来たのだろうかと、アルノルドはそう思った。だが彼女の視点はさまようこと無くずっと前を見ていた。目の前の湖と、沈む前の夕日が重なり、世界が真っ赤に染まる美しい光景を前に、少女は呟いた。
「…………綺麗」
その声に込められた感情は感動だけではなかった。
痛みがあった。悔しさがあった。何故だという憤りがあった。自分が負った傷の痛みを彼女は認識していた。それだけの呪いと悪意を背負って尚、彼女が口にしたのは目の前の光景に対する純粋な賞賛でしかなかった。
悪意の渦の中にあって尚、世界を祝福する善性。それは――――
「――――……」
「この子は……」
無為の地獄。
その底から見いだされた輝ける者。
ザインとアルノルドは言葉を失う他なかった。
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