王の軌跡②
「王、よ」
天剣のユーリとまともに言葉を交わすこととなったのは彼女に天剣の加護を与えるその日のことだった。その当時は邪教徒達、魔界の工作員達との抗争が激しく、天剣候補者である彼女と接触する機会は少なかった。
史上最も剣才に溢れる少女と噂される彼女の実力を見てみたかった。
そしてその願いはその日のうちに叶った。
「無事だったか」
邪教徒達の一部が、彼女への天剣授与式を強襲した。
その意図は不明だ。そもそも邪教徒達の歴史も長い、彼等の多くは分裂し、細分化している。場合によっては無意味な破壊工作に終始している者達もいる。一見しただけではその目的を見定めるのは困難だ。
そして、当人達からそれを聞き出すことも出来なかった。
「申し訳、ありません」
天剣を授かったユーリが、その全てを返り討ちにしたからだ。
式典には既に誰もいない。王が全員を避難させたからだ。そしてそれは決して、邪教徒達の脅威から守るためではない。誰であろう、暴走したユーリの天剣の脅威から彼らを守るためである。
至る所が切り刻まれ、柱が両断し、砕かれる。巨大な謁見の間があまりにも無残な有様になっていた。当然、護りの加護が幾重にも敷かれていたにもかかわらずこの惨事である。
その全てがユーリ一人の所業によるものだった。
「私の、所為で」
どうしてこうなったか。彼女は自分の才能を見誤ったのだ。
咄嗟に、与えられた力でアルノルドを守ろうとした瞬間、その力をあまりにも自在に引き出すことが出来過ぎた。自分でも想像以上の力が、敵を情け容赦なく惨殺した。
力を使い果たした彼女は血の海に横たわり、それを王が抱き留める。邪教徒達の血で穢れた王を見て、ユーリは顔を伏せ、震えた。
ぶっきらぼうな所もあるが、優しい少女だと先代の天剣から聞いていた。真面目で責任感もあると。そしてそれ故にこそ、このような惨事を自らが起こした事実には耐えられないのだろう。
「構わない。むしろ、よくぞ天剣の力をここまで引き出すことが出来た」
これは本心の言葉だった。
【天剣】
太陽神の中でも魔力構造の破壊という一点にのみ絞られた機能。故にこそ制限は多く、どれほどの精霊との親和性の高い剣士であっても、両断する力を剣に宿すくらいしかできなかった。
所有者の意思に応じて自在に変化する両断の力など、恐らく歴史を顧みても彼女以外に引き出せた者は居ない。
――あの者は間違いなく、大罪の竜達にも迫るほどの傑物となるでしょう
先代勇者、ザインからの言葉が間違いでは無いことをアルノルドは確信した。彼女の力があれば、計画の通り、全ての大罪竜を打ち倒し、魔界への侵攻を果たすことが叶うかも知れないのだから――
「自らの所業を悔いるなら、これからの私にその力を貸して欲しい」
「これから」
「その力が必要となる時は必ず来る。だから――――」
私のために使え。
そんな風に言おうとして、ピタリとアルノルドは言葉を止めた。それは卑怯な言い方だった。彼女の力の暴発はただの事故に過ぎない。まして邪教徒達が此処に侵入してくるまでの事態が起きたその時、咄嗟にその悪意から自分たちを守ってくれた彼女に対する行いでは断じてない。
彼女が天剣を振るう姿は、あまりにも美しかった。
星天の鳥が羽ばたくように、美しく舞い、飛んでいた。正気ではないはずなのに、その所作の一つ一つが洗煉されていた。一瞬の淀みも無ければ、穢れもない殺戮の舞い。彼女自身の、一本線の通った気質が体現されていた。
絶世の華を、自分の為だけに手折る真似をする事は出来なかった。既に幾度の”陽喰らい”を経て、命を削り続けた自分のために、浪費するなど。
故に、
「その力で、善き者を護り続けよ」
「――――必ず、そのようにいたします」
王が告げたその命令を、ユーリは護ることとなる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ユーリは、美しかったな。剣も、彼女自身の在り方も、好ましかった」
「アルノルドは、彼女の剣を見るのが好きでしたよね」
「秘密にしていたのだが」
「父上の視線は、彼女にはバレていましたよ」
「まことか」
「ディズにもバレてました」
「まことか」
「グロンゾンにも」
「バレてないほうがめずらしくなっているな」
「父上、分かりやすいですから」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「カハハ!新たなる王よ。ご機嫌麗しゅう!」
「思っても無いことを言う」
大罪都市エンヴィーにある【天魔のグレーレ】の研究室をアルノルドは訪ねた。
先代が【天魔】の称号を与えてから百年、彼は変わらずに【天魔】であったが、アルノルドが王を引き継いでからというものの、グレーレが自ら王に謁見することは無かった。
王座を引き継ぐ“継承の義”の時すらも顔を出さなかったのだから非難殺到も仕方の無い所業だ。だが誰も直接彼を責めるわけにも、降ろすわけにもいかなかった。彼は政治的な面においても怪物に他ならなかったからだ。
その彼に、幼きアルノルド王は接触していた。彼はアルノルドにあまり興味もなさそうに目の前の研究書類をずっと睨み付けている。
「さて、わざわざ不敬者の俺を訪ねてきたということは、よほどの用があるのかな?」
「そうだ」
「正直だなあ?」
グレーレの問いにアルノルドは頷いた。その応対に相手への牽制や様子見と言った間の取り方は存在しなかった。当時のアルノルドはまだ若い少年の年頃であり、それ故に相手との交渉に遊びは全くなかった。
腹の探り合いではどう足掻いても勝てない。年齢も知識も経験も、あらゆるものが向こうの方が上だ。彼にとって自分は子供のようなものだろう、文字通り。
「何の要件かな?言っておくが俺は忙しい。言付けなら外のグローリアにでも――――」
「
「――――ほう」
次の瞬間、グレーレは顔を上げてこちらを見つめた。明確にアルノルドに興味を示した。
「先代から聞いたか?なら理解しているだろう。俺は凄まじいロクデナシだ」
「そうだな」
「それでも、その研究に興味を見せる理由は?」
「そのろくでもない所業が、必要になるかも知れないからだ」
「なるほどなあ」
グレーレは椅子から降りると、王の前で屈み、視線を合わせた。あらゆる英知を紐解いて全てをかっさらう英知の簒奪者の瞳がアルノルドを見据えた。
「先代は、俺の所業を“見て見ぬふり”にとどめた。ああ、責めるわけではない。彼の立場ではそうする他なかった」
「ああ」
「だが、若きアルノルド王よ。貴方はそれが必要だというのか」
「ああ」
「
「ある」
アルノルドは、グレーレの問いかけ全てに正直に答えた。見ようによってそれは愚かしいほどの愚直さとも言えたが――
「例え許されぬ所業であろうとも、乗り越えねばならないことがある」
――一方でそれは威風堂々たる姿でもあった。長きを生きてきた怪物を前にしても尚、みじんもぶれることなく言葉を発するその姿には、決して揺らがぬ力が満ちていた。
「我らが罪を、人類の悪を超える。その為に私に仕えよ。グレーレ」
「――――お任せあれ、我が王よ」
グレーレは恭しく膝を折り、頭を下げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「グレーレは、昔から、勝手なヤツだった」
「我等より長く生きる不変の民、容易く軟化はしないでしょうね。あの性格は」
「魔界へとたどり着くまでも、多くをやらかしてきた」
「存じています」
「クラウランと共同でお前を創造するときも、色々と止めるのに必死だった」
「それは存じませんでした」
「酷いヤツだろう」
「後で殴っておきます」
「スーアは勇敢だ…………――――」
「……王?」
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