かつての世界を知る者が失われ、途絶えてしまう事を避けるため、記録として残す。


 この場所を建造し、維持する真の目的を此処に記す。


 この場所の目的はただ一つ、


 存在を維持する事。そして、新たなる“潜入者”が―――魔界などと、イスラリア人どもから蔑まれている世界からやってくる勇敢なる兵士達を守るための場所である。


 ここは雑多になるよう造られている。


 適度に怪しく、適度に入り乱れ、適度に“それらしさ”を残すも、追求できない。


 誰かの意図でそうなるのではなく、多くの者達が自然と利用することで、そうなる場所


 そうなるように出来ている。追求を逃れるための場所。


 魔界からたどり着いた者達が、どうしても説明するのが困難な情報、自身の出自。それを語るため“だけ”の場所。


 


 理解せよ。此処は信仰のための場所ではない。


 全ては同胞達を救い、世界を救うための仮宿である。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その本は、恐ろしく徹底的に隠されていた。

 幾つもの仕組みを解いて、前提となる知識無しでは決して解けない暗号を超えた先に、巧妙に隠されていた日記のような本。エクスタインの俯瞰と、ゼロ達の卓越した魔術をもって、ようやく見つかった代物だった。

 事前に仕込まれていたのだろう仕掛けに従って、読み終わった瞬間、本は自ら発火し、消し炭になって消えた。だが、十分だった。エクスタインは別に、証拠が欲しかったわけではない。


 欲しかったのは確証で、そしてそれは今、得られた。


「―――確定だ」


 エクスタインは小さくため息をついて、断言した。


「シズクは、邪教徒だ―――あるいは、イスラリアの敵対者」


 これにて、グレーレの依頼は達成と言えるだろう。だが、しかし―――


「……遅すぎたな、コレは」


 あらゆる手を使い、自身の有益さを示し、優先度を下げ、ウルを立て、自身はその影に徹する。ありとあらゆる手段を使い、徹底的に時間を稼いだ。


 彼女の目論見は成功した。だとするならば―――




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 大罪都市国プラウディア


「貴方は何処まで知ってるんですか?」

「全部じゃないな?お前も知ってるだろ。向こうからこっちにはまだ行きやすいが、逆は困難だ。魔力で肥えるとすぐに“回廊”は通れなくなる」

「ええ」

「レスポンスが終わってるんだよ。まあ、だからこそここまで世界がどうしようもなくなったんだがなあ?」


 陽喰らいの儀が始まる前。

 魔王ブラックは、白銀の少女と接触していた。否、正確には彼女の方から魔王へと接触を果たした。どこから調べ上げたのか、魔王がプラウディアで好んで利用している宿屋に彼女はやってきたのだ。


 面倒がなくて、助かった。彼女とは話がしたかった。

 ウーガでの大罪竜プラウディアの干渉、自分の内にあるスロウスの警告が彼女の正体を告げていたからだ。が手元にやってきたのだから。

 しかし、万事が上手く行ったかと言われればそうではない。


「で、来たのはお前一人か?」

「はい」

「随分と俺の聞いた計画から外れてるなあ?」


 当たり前ではあるが、“向こう”は到底何もかも順調とは言いがたい状況らしい。それはそうだろう。“向こう”と“こっち”の戦争は今のところこちらが優勢なのだから。

 しかし“こっち”の完勝では困るのだ。だからこそ、確認しておきたかった。


「竜達はお前の味方じゃあない。竜達にとっちゃ“あっち”も“こっち”も敵でしかない」

「はい」

「お前の能力も万能じゃないだろ?【大罪竜】の魂を集めるには、奴らを殺して、強固になりすぎた【器】から一度取り出す以外にない。」

「はい」

「“あっち”に行きたいアル達に魔界への帰り道を開けさせて、として利用するにしても、最後実行するのはお前一人」

「はい」


 うん、こいつは泥船だ。上手く行ったら奇跡と言って差し支えない。

 さて、どうしようか、と魔王は悩んでいた。

 魔王は無茶苦茶をするが、勝ち目0の戦いにベットしたりはしない。そういうのは酔狂ではなく、勘違いした間抜けだと理解している。魔王は冷静に見極めようとしていた。必要とあらば、計画に乗ったフリしてさっさとその背中を打ち抜くのも手だと考えていた。


「貴方の言うとおり、万全ではありません。この計画は、穴だらけです」


 すると、そんな魔王の心中を見透すように少女は微笑む。

 ウーガで魔王達に見せたときのようなヒトの良さそうな笑みではない。虚ろで、何か底が抜けたかのような笑みだった。魔王すらも怖気を感じそうになるくらいにはステキな笑みだった。


「ですが、やります」

「ほう」

「一切合切、万全で無ければ、協力してはいただけませんか?」

「良い煽り方するじゃないか」


 魔王は凶悪に笑う。悪くなかった。彼女の歪な狂気の中に、勝機が見えた。


「途中で竜にお前が殺されても、アル達が殺されても失敗する穴だらけの綱渡りだ」


 ならば賭けてやろう。無駄な投資は嫌いだが、ひりつく賭けは大好きだ。


「踊りきって見せろよ。方舟に乗せられず廃棄された“月女神”の化身」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 【灰都ラース】


 英雄が、大罪竜ラースを討伐した、その裏側にて。


「あ、あ…………」


 世界を滅ぼそうとした大罪人。長きにわたってイスラリアをむしばみ続けた邪悪なる邪教徒、クウは、目の前に姿を現した白銀の少女を前に、血まみれの身体を引きずり、悲鳴のような声を上げた。

 最早身体の半分を影に沈めなければ動くこともままならず、這い回る彼女に、白銀の少女、シズクは近づくと―――その刃を収めて、そっと彼女の元に近づいて、這いずる彼女の身体をいたわるように受け止めた。


そら様」


 そう囁いて、同時に周囲に糸の結界を張る。周囲の音を拾うのではなく、自分達の音を喰らい、周囲に音が聞こえなくなるようにするために。

 その行いによって、クウは、震える手でシズクを抱きしめ返して、そして尋ねた。


「貴方が、そうなの?!ねえ、貴方が……!!」

「はい」

「――――……!!!」


 次の瞬間、クウはボロボロと涙を流して、大声で泣いた。それは、数百年間、決して彼女がこぼさなかった涙だった。それがあふれ出て、シズクの身体を濡らした。それをシズクは受け止めて、慰めるように彼女の頭を撫でた。


「断片的な通信でしたが、聞いておりました。ずっと、イスラリアで活動を続けている者がいると。戦っている者がいると」

「…う、ぁぁ………やっ…………と…………!!」

「身体を……」


 そう言って、シズクがクウの身体に手を伸ばし、ぴくりと止める。影に沈んでいた彼女の身体の状態は、明らかに終わりかけていた。神薬でもあれば、癒やせるかも知れないが、到底、治癒術ではどうにかできるものはなかった。

 すると、そんなシズクの戸惑いを察するように、クウは、力なく微笑んだ。


「もう、助からないから」


 そう、荒く息を吐き出すと、シズクの収めた刃に、震える指で触れた。


「私を、殺して。そうすれば、少しは、貴方の時間稼ぎに、なる、から」

「ですが」

「―――疲れたの」


 クウは、シズクに抱えられながら、空を見る。元凶となるラースが死に絶え、黒炎が消えた。そのことで徐々に垣間見え始める空を彼女は見た。

 懐かしい空の色だった。彼女が、大罪都市国ラースで過ごしていたとき、友人達や、フィーネと共に眺めた空の色だった。


「寿命をいじって、長生きして、ずっと、沢山のヒトを裏切った」


 使命のため、彼女はそうしてきた。


「イスラリア人は、人間の形を真似ただけの、怪物だって聞かされてきたわ」


 必要だったから、沢山のヒトを裏切った。友人のように取り入って、慕われて、ラースの要とも言える人々とも友人となって、その上で皆を裏切った。ラースという場所を、灰燼にした。


「でも、嘘、嘘っぱち」


 それは、使命のためで、間違いではない――――訳が、無かった。


「私たちと何も変わらない。皆、普通の、人間だった」

「はい」


 ぼろぼろと、クウは涙を流した。絶望と、後悔の涙だった。流す権利は無いと、そう自分に言い聞かせながらずっとこぼすまいとし続けた涙だった。


「そもそも、私たちだって、もう真っ当じゃ、ない。なのになんで、彼らを殺さなきゃいけないの……?」

「はい」


 言い出すことも出来なかった憤怒が、次々とこぼれ出てくる。そんなこと、言う権利はない。ソレは分かっていても、止まらなかった。


「そんなヒト達を、裏切って、裏切って殺して、殺して…………ああ」


 身体から自分の、汚らわしい血がこぼれる。白銀の少女の身体を穢していく。ソレが申し訳なくて、離れようとしたが、もう身体は動かなかった。


「死にたくて、なのに、世界は救わなきゃいけなくて……最後の、最後、結局、上手くいかなくて―――――でも、」


 涙も、枯れ始めた。視界も暗い。あの青い空も、見えなくなってきた。


「…………その、方が、よ、かった、かしら」


 沢山の人間を殺さずに済んで、良かった。


 それは、決して口にしてはならない戯れ言だった。


 多くを殺した。友だった者達にもそうした。今回だって沢山死んだ。黒炎払いの隊長も、運命の聖女も死んだ。その引き金を引いた者が口にして良いはずのない、最悪の戯れ言だ。

 自分のような大罪人が、後悔して、安堵するだなんて贅沢は許されない。


「いいんですよ」


 シズクは、そんな彼女の嘆きを受け止めた。

 銀の糸で彼女の罪と後悔を、世界から覆い隠した。

 今際の際の許されざる後悔を隠して、抱きしめて、それを赦した。


「目を閉じて」


 シズクの言葉に、クウは従う。もう、目なんて殆ど見えなくなってしまっていたけど、そうした。ソレが彼女の優しさだと分かったから。


「ごめん、なさい。貴方に、投げ出して」

「貴方はずっと頑張ってきました。もう良いのです」

「ごめん、なさ、い」

「謝らなくて良いのです。どうか―――」


 痛まぬよう、そっと自分の身体を抱える彼女の腕のぬくもりだけが感じられて、暖かかった。ここまで罪深い己が、誰かの温もりを感じられながら、死ねるとは思えなかった。


「どうか、安らかに」


 刃は閃いて、真っ赤な鮮血が飛び散った。


 壮絶なる地獄のただ中戦い続けた一人の少女は、安らぎの中でその命を終えた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 魔界

 中枢ドーム最深層 【神殿】


「おはようございます。ウル様」


 何かしら、警戒のアクションを起こさなければならない。というのはわかっていた。周囲の魔力はむせ返るほどに溢れかえって、嵐のようになって吹き荒れている。

 それでもウルはその気にもならなかった。その魔力の暴風の中心点、シズクを見上げて、頭を掻いた。


「……おはようシズク」 

「はい」

「……で、お前邪神なの?」

「はい」


 シズクは頷いた。ウルは気が遠くなった。手の甲でひたいをぐりぐりとしてみるが、別に夢が覚めることは無かった。


「……邪霊を信仰する巫女って話は?」

「それは本当です。私が祈りを、力を捧げていたのは、イスラリアから不要とされ、名も無き邪霊として捨てられた、もう一柱の神でした」

「唯一神に復権を願うとか言うのは」

「ソレも本当ですよ。復権させなければ、太陽神に抵抗できませんから。」

「なんかお前、アルノルド王に神官の心得ベラベラ喋ってなかった」

「あ、それは全部嘘です」

「はったおすぞおまえ」


 一発くらい額に思いっきり平手打ちかましても許されると思った。


「ごめんなさい」


 シズクはとても申し訳なさそうに笑って、謝る。そしてそれ以上の言い訳はなにもしなかった。つまり、今彼女が語ったことは全てが真実だと言うことだ。言い訳のしようもないと言うことだ。ウルは頭痛を覚えた。


「で?お前はこれからどうするんだ?」


 膨大な量の神殿の魔力―――イスラリアから掠めた魔力は彼女へと収束を続ける。

 ウルは自分の背中で背負っている少女がもぞりと動いたことに気付きながらも。質問を続けた。シズクは首を小さく傾げて、そしてそれを口にした。


「イスラリアを」

「――――――――!!」


 同時にウルの背中からユーリが飛び出した。更に、ウルの背後からディズもそれに合わせて飛び出す。連係の取れた二人が左右からシズクを挟み込み、そして彼女に突撃した。


「滅ぼそうと思います」


 二人の剣が、シズクの手足へと真っ直ぐに突き立てられようとしていた。だが、彼女の皮膚を切り裂くよりも早く、彼女の身体から真っ白な壁が出現し、その身を砕きながら刃を塞いだ。

 ウルはその盾に見覚えがあった。自分の身を何度も守ってきた骨の盾だ。


「ロック……!」

「邪魔を、しないで、下さい…!」

『カカカカカ、すまんのうディズ、ユーリよ』


 人骨が蠢く、カタカタカタと激しい音を鳴らしながら、無尽蔵に白い骨の壁が大きく膨れ上がり、二人の身体を弾き飛ばした。


『ワシは、この娘の使い魔じゃ』

「【■■■■■■■■■■】」


 同時に、シズクが術の詠唱を開始する。聞き覚えのある魔術の詠唱だった。それは竜に向けて彼女が扱っていた対竜術式のそれだ。ウルの耳にはどうしてもその詠唱の内容を聞き取ることは出来なかった。

 だが今は、そのノイズがやけに少ない。

 ウルの耳にも彼女のその言葉はハッキリ聞こえてきた。


「【対竜術式起動――――よ、現出せよ】」


 イスラリアから簒奪され、貯蔵され続けた魔力が収束し、結集する。虚空へと掲げたシズクの手に、一本の剣が結集する。星空のように目映い輝きを放つその剣は、どこか、ディズの使う剣に似ていた。

 その剣を、構え、彼女は囁いた。


「【凍結】」


 ピタリと、動きが止まる。ウルは自身の身体に走った奇妙な感覚にぎょっとした。彼女の命令通りに身体が止まる。自身の肉体の、その内側にある何かが、内側から自分たちの動きを止めようとしていた。

 対と彼女は言っていた。

 竜、自分たちの内側にあるもの。大罪竜を倒したとき、取り込んで、しかし吸収しきれずに未だに収まり続けている魂。それに呼びかけたのだ。


「【招集】」


 次に、ぐるりと、自分の内側から強引に“一部”が抜け出ようとする感覚をウルは覚えた。あまりにも気持ちが悪かった。口に強引に手を突っ込まれて、臓腑を引っ張り出されたような感覚に近い。そのまま引っ張り出されて、ウルは気を失いそうになった。


「やはりは無理でしたか。ですが、ええ、十二分です」


 シズクは一人、納得したようにつぶやいて、そして剣を掲げた。


「【七つの罪、我が身に集いて】」


 此処に居る全員の身体から抜け出た大罪竜の魂。それが彼女の周囲を渦巻く。


「【悪へと至れ】」


 虚飾も 嫉妬も 憤怒も 色欲も 強欲も 怠惰も 暴食も


 全ての罪の感情は、浅ましい、嘘という名の悪へと至る。


 白いローブを纏った彼女の姿が変貌する。銀の髪は更に長くなる。渦巻いていた魔力は彼女自身から発せられるようになる。両手の爪は伸び、銀の輝きは目を細めるほどに眩かった。元より美しかった彼女の姿は、いよいよもって完全にヒトのものではなくなった。


 精霊が引き起こす奇跡の類い。あるいはその対極の呪いの類い。


「【大悪竜フォルスティア】あるいは【月神シズルナリカ】あるいは【勇者シズク】」


 嘘の大悪竜

 イスラリアには存在しない陽喰いの月鏡

 その二つの名を得た勇者は虚ろに笑って、両手を合わせた。

 

「呼び方はどれでもどうぞ。どちらにせよ」


 目を瞑り、


「方舟を堕とします」


 そして宣告した。


 膨大な魔力が圧縮されたその唄は、周囲を薙ぎ払った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 神殿が崩壊していく


 既にこの場所の役割は果たされた。

 月神の為の魔力の保管庫。イスラリアから簒奪し、蓄積した魔力の全てはイスラリアを旅し、そして帰還した邪神の依り代に捧げられたのだ。

 月の神は目覚め、その力によって中枢のドームは全てが揺らぎつつあった。中心となった彼女の姿は既に見えない。彼女自身が放つ白銀の魔力が全てを覆い隠しつつあった。


 間もなくして、彼女は神と成る。そうすれば、即座に自分達を殺すだろう。


 混乱のただ中、アルノルド王はそれを金色の瞳で静かに見つめ、確信していた。


「こうなる前に、決着付けたかったって顔してんな」

「シズクに気づけなかったのは、とんだ節穴だったな」

「ありゃ、向こうの執念勝ちってとこだろ。運の要素もめちゃでかかったしなあ?」


 アルノルドの自虐に、魔王ブラックは肩をすくめる。月神に手を貸し、この状況下を作り出した元凶は、そうであるにもかかわらずふてぶてしくもアルノルド王の隣に並び立った。そしてアルノルド王もまた、特にそれを咎めることはしなかった。


「魔界にある星剣さえ砕ければ、イスラリアとこの世界をつなぐ迷宮の接続を断てる。その上で、その上で完成した転移で、今度こそ世界を切り離せれば、と」

「悪い計画じゃ無かったんだが、時間切れだな?直接見ただろ」

「もう、【涙】さえ止めれば済む話では無くなった、か」


 アルノルド王の、天賢王達の計画である、理想郷計画。即ち、【涙】への影響をなくすための、頓挫していたは、失敗に終わった。

 この計画の目的は、双方の世界を救うことだった。

 しかし、実行に時間がかかりすぎた。最早、涙の影響で魔界は滅びかけていて、涙を止めたとて、もう取り返しがつかない所まできてしまった。


 もっと速く、密に双方と連絡が取れれば、と思うが、それは最早過ぎた話だった。

 時間が経ちすぎた。双方に積もった呪いと恨みを考えれば、やはり双方の直接的な戦争を避けようとした自分の計画は“理想”でしか無かったのかも知れない。

 アルノルドはため息をはき出し、魔王を睨んだ。


「それで?この後はどうする気だ?」

「俺は漁夫の利狙いだからなあ。邪神の一方的な勝利はそれはそれで困る」

「そこまでの勝手を抜かすなら、自分の仕事は果たせよ―――【】」


 【天愚】 そう呼ばれた魔王は笑った。


「勿論さあ、【天賢】」


 二人は振り返る。視線の先には、未だ身体の調子は戻らず、ふらつくユーリを支える勇者ディズの姿があった。彼女が王になにかを言うよりも早く、アルノルド王は彼女の前に出る。


「勇者よ」


 そして、そのまま彼は“跪いた”。

 まるで主に対してそうするように、勇者の前に頭を垂れたのだ。

 


 その言葉に、ユーリは息絶え絶えながらも目を見開く。


「王……!?」

「貴方に―――」


 しかし、ユーリが言葉を紡ぐ前に、王は言葉を続ける。


「貴方に、全てを託すような所業だけは、したくはなかった……しかし」


 歯を食いしばるようにして、拳を強く握りしめながら、それでもハッキリと言った。


「どうか、民達をお守りください」


 そしてディズは、長く、溜息を吐き出すと、全てを諦めるように天を仰いだ。


「…………そうなるのか」


 目の前で、敬愛する王が頭を垂れるその姿を止めさせることは出来なかった。既に情報は揃っている。彼が自分に望むことも、これから自分に起こるかもしれない未来も、想像はついている。だから王の傍で、彼を見守るスーアも、グレーレも、なにも言わない。

 神殿の衝撃は激しさを増す。破砕音と魔力の暴圧が竜の咆吼に聞こえたのは気のせいではないだろう。最早、少しの迷う猶予すらも彼女にはないのだ。


「承知しました。王よ」


 ディズは膝を突く。王に視線を合わせ、そして胸に手の平をあてて、言った。


「ですが、どうかただ一つだけ、私の願いを叶えてください」

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