魔界⑨ ろくでもない話


「双方の世界で照らし合わせた情報を元に説明する。故に、齟齬や、で教えられた話と違う内容があるかもしれないが、冷静に聞いて欲しい」


 一定のリズムで揺れる金属の車体の中で、ジースターは語る。彼の忠告は、ウル達に向けられたものではなく、同乗する兵士達に向けられたものだった 狭い車内ではウル達だけでなく、他の兵士達もジースターの会話に意識を向けていた。


「かつて、イスラリアと世界が別たれていなかった頃。一つの星が落ちた」

「星」

「宇宙、星空からの飛来物だ。それは全くの未知の物質だった」

「星空、精霊の世界からの、謎の聖遺物が地上に落ちてきた、でいいか?」

「それでいい」


 ジースターは頷いた。

 ウルに突っかかってきていた少年兵がなにやら眉をひそめてウルを見てきているので、恐らく、正確なところは違うのだろうが、今は考えないことにした。そこら辺の前提知識の違いをいちいち突き詰めていってはキリがない。

 今は兎に角、理解しやすいように解釈してかみ砕く必要があった。


「後に【星石】と呼称されるようになるソレは、不可思議なエネルギーを放っていた。当時の世界にとって、全く未知のエネルギー。この世の常識を覆す力」

「……魔力?」

「その加工前の物質だ。イスラリアでは【魔素】と呼ばれている」


 ウルはリーネを見ると、彼女は肯定するように頷いた。


「イスラリアにはあるけど、

「だが、この世界、元々の世界ではそうでは無かった」


 リーネは眉をひそめる。彼女にとって、至極当然のように存在している物質が、元々は無かったと言われるのは、違和感が強いらしい。


「その魔素を活用するために、様々な研究、開発が行われた。それを指導していたのが、【イスラリア博士】と言う男だ」


 イスラリア、大陸と同じ名前だった。

 そしてその名前を聞いた瞬間、ウル達以外の兵士達は少し反応を示した。驚きとかではなかったが、なにかを堪えるかのように、銃を握りしめる者もいた。


「この世界では、世界を破滅に導いた極悪人だ」

「なるほど、それで?そのハカセとやらは何をしたんだ?」


 ジースターの説明に納得しながら、先を促す。彼は頷いた。


「あらゆる事を。彼は世に言う天才だった。尋常で無いほどのな」


 生命に存在する、魔素を感知し、保管する不可視の臓器、【魂】の発見 

 エネルギーとして加工された新資源、【魔力】の開発。

 魔力を操るために必要な【式】の開発。

 その式を活用した、【惑星全土の汚染浄化計画】の発表。


 【星石】が出現し、研究が始まってからの彼の発見と研究はどれもこれも、既存の世界にとって未知のものであり、革命的だった。当時、あらゆる資源が枯渇し、様々な問題が噴出していた人類にとって、強い希望だった。


「ところが、問題もあった」

「問題?」


 ジースターの表情は、少し憂鬱そうだった。それはまるで、自分の身内の痴態を語るかのような、苦々しい表情だった。


「前提として【星石】は一つしか無かった」

「ああ、まあそりゃそうだわな。空から突然降ってきたっつーんだから」

「そして、その【星石】から発せられる【魔素】は尽きなかったが、一度に限られた量しか獲得できなかった。到底、当時の人類社会をまかなうには足りなかった」

「……ふむ」

「挙げ句、当時の世界情勢は極めて混沌としていた。至る所に火種を抱えていた。しかも、既存のエネルギー資源は枯渇して、奪い合いが発生していた。悠長に【魔素】の恩恵を待っていたら、滅ぶような国が至る所にあった」

「………………」


 ウルは沈黙した。周囲を見ると、リーネ達も、兵士達も、なんとも言えない表情をして、沈黙した。ウルはやむを得ず、口を開く。


「…………なんか、死ぬほど嫌な予感がしてきた」

「鋭いな」


 ジースターは投げやりに笑った。


「【星石】の所有権を巡り、戦争が起こった」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 星石を取得したのは、とある大国だった。偶然手にしたその力を使い、混迷極まる世界情勢の安寧のために使用すると豪語していたが、その精製される新資源が現時点では少量であるという事実が判明すると、徐々にそのエネルギーの独占に走り始めた。

 その事を世界中が非難し、平等なる分配を求めて抗議の声が上がった。言葉だけの争いには留まらず、最終的には武力による争奪戦へと発展するのに、それほどの時間はかからなかった。


「戦争をふっかけた国と、星石を有している国との戦争に、多くの国々が乗っかった。誰もが望む奇跡の資源を求めて、そのおこぼれに預かろうと参戦した。もう誰にも止められない、世界大戦が勃発した」


 あらゆる国が争った。【星石】と、それを研究する第一人者である天才イスラリア博士を巡って奪い合い、殺し合いを続けた。それは、中々に悲惨な戦いだったと、ジースターはなかなかうんざりとした表情で語る。

 当時、至る所でくすぶっていた火種に、一斉に燃え広がり、爆発したような大惨事だった。当時の人口の何割かがこの戦争で消失した。


「……想像つかないな」

「だろうな、イスラリアでは人類同士の大規模戦争は滅多に起こらない」


 ジースターがそう言うと、兵士達の間でざわめきが起こる。ソレは彼らにとって意外な情報であるようだ。とはいえ、今はそのことはどうでもいい。

 まだ、話は本題に入っていない。何せまだ、【イスラリア大陸】、【方舟】すら話に出てきていないのだ。


「戦争が長引いたその時、ある事件が起きた」

「事件?」


 イスラリア博士は戦争が始まった当初は、国々に、戦争の終結を訴えていたという。星石の魔素には、既存の問題の全てを解決する可能性が秘めている。その可能性をふいにする愚かしい行為だと何度となく非難した。


 しかし、彼の声は周囲には届かなかった。

 戦争が激化し、彼の処遇がまるで道具のように扱われた。

 挙げ句の果てに、彼の家族を人質に取ろうと各国が動き、犠牲が出た。


 その果てに、彼は独立を宣言した。その心中が如何様なものだったか、想像に難くない。


「イスラリア博士は被害者だっていうのか」


 兵士の一人が言った。その表情は見えないが、どこか怒りを堪えるような声だった。しかしジースターは冷静に首を横に振った。


「俺は自分が見知った情報を述べているだけだ。解釈は任せる」

「だが……」

「俺も、自分の情報が絶対に正しく、他の情報が間違っているだなんて、驕った事を言うつもりはない。色眼鏡もあるだろう。所詮、俺もお前達も当事者では無いからな」


 そう言うと、兵士は首を振るように動作して、沈黙する。他に抗議がないのを確認して、ジースターは再び話を進めた。


「彼は、当時所属していた国を裏切り、自分たちの研究機関の仲間達を率いて、独立した。【星石】を奪い、それを用いた“超兵器”を開発した」


 超兵器、その言葉にウルは眉をひそめる。



 そこまで聞いて、リーネは深々とため息をはき出して、囁いた。


「神と、精霊」

「そうだ。この二つは人工兵器だ」


 衝撃極まるカミングアウトだった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 神と精霊は人工物である。ウルは流石にショックを受けたが、しかし、それほどまでに自分の中でダメージが無かったことに気が付いていた。というよりも


「……正直、確信は無かったが、そんな気はしていた」


 元々、神と精霊からの恩恵が少なかったというのもそうだが、なによりも、ここまでの道中で、様々な相手から伝えられていた情報がウルにはあった。それらを照らし合わせると「あり得ない」と首をふるよりも、「ああ、やっぱり」という納得の方が大きかった。


 神と精霊は、不可侵の神聖と見るには、あまりにも身近で、生々し過ぎたのだ。


「神と精霊、そして彼が生み出した魂に魔力を吸収して超人的な力を獲得できる人造人間、【イスラリア人】と共に、あっという間に一大勢力と化して、疲弊した人類を攻撃した」

「イスラリア人」


 先ほど、ドームの代表者の男から聞いた言葉が出てきた。


に分かれて、人類に襲いかかった。多勢の人類側を圧倒した」


 その説明に、ウル以上にダメージを受けていたリーネは、眉間をつまむようにしながら、言葉を振り絞った。


「【神官】と【都市民】……?」

「そうだ」

「頭、痛くなってきた……」


 エシェルが泣きそうな声でうめき声をあげる。気持ちはわかる。グリードとの戦いから、身体を休める暇も無く突きつけられる情報としてはあまりにも重すぎた。


「この戦争も、まあ、悲惨だった。人類側も、イスラリア側に対抗して人造人間を創り出し抵抗を試みた。技術、武器、その他全てを使った泥沼の戦争だ。イスラリア側が【星石】を加工して創りだされた【方舟】で、この世界から離脱した事で、強制的に終結した」


 一区切り、というようにジースターは息をついた。話を聞いていたウル達も、魔界の兵士達も、ぐったりとした表情でため息をはき出した。ごとんごとんと、一定のリズムで揺れる車内の空気が、更に息苦しく感じられた。


「ちなみに、この際、方舟の転移に巻き込まれた旧人類側の兵士達が、【名無し】だ。彼らに神や精霊との繋がりが酷く薄いのは、元からそうデザインされていない……


 実にさらっと、ウルは自分の出自を知った。ウルは衝撃と、産まれてからずっと心の中で残っていた“疑問”が氷解した衝撃で、か細い声をあげた。


「【名無し】に永住権が無いのは、元が敵の戦士だったから……???」


 「それもある」と、ジースターはウルの言葉に頷いた。


「一千年前の転移で、方舟に残された兵士達は、その後も暫く対立を続けていた。が、六百年前の【迷宮大乱立】で、方舟内の余裕が無くなった。精霊感応の低い彼らは生き残る術が無くなった」


 曰く、「見捨てるべきだ!」という主流の意見に対して、「見殺しはあまりに残酷だ」と、当時の天賢王が苦心して考え出したのが現在の名無しのポジションであるらしい。

 そして彼らは、王の慈悲を受け入れ過去を忘れ、ゆっくりと方舟に帰化していった。


「この際、方舟の内部でなおも戦うことを選んだ者達が【邪教徒】の大本だ」

「……そりゃ、イスラリアに仇成そうとするか」

「ちなみに、この世界側の現行人類の殆どもこの【名無し】だ」


 更についでというように付け足された言葉に、周囲の兵士はぎょっとなった。


「モリクニ代表のように、寿命を弄った者は希だが、全ての住民はそうだといって良い。正確に言えば、そうでないものは生き残れなかったと言うべきだが」

「じゃ、じゃあ、俺たちもイスラリア人だってのか!?」

「広義に解釈すればそうなる」


 そう聞いた瞬間、ウルの隣の少年はうなり声をあげて頭をかきむしるような動作をした。ウルも正直気持ちはよく分かった。


「……出来れば全部聞かなかったことにしたい」

「だろうな。本当に、コレは碌でもない話だ」


 ジースターは同情的にそう言った。ありがたい気遣いだったが、残念ながら何の慰めにもなりはしなかった。それに


「だけど、コレで話は終わらないんだろ?」


 まだ、ジースターの話は何も終わっていない。本題に入るための事前説明が漸く終わったと言った辺りだ。


「そうだな。此所で終わったなら、まだマシだったが、そうはならなかった……少し話を戻そう」


 そういってジースターは両手を合わせて、それを強く握った。


「迷宮大乱立が何故発生したか。この世界がどうしてその攻撃を仕掛けたかの理由だ」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「【方舟】がこの世界から離脱した際、戦況は極めて混沌としていた。かなりギリギリの瀬戸際まで、世界側とイスラリア側で争いは続いていた」

「まあ、それは分かる」


 ウル達、【名無し】のご先祖にあたる住民が【方舟】に乗り込んだのは、転移に巻き込まれた結果という話を聞く限り、本当に、転移が起こる瀬戸際まで戦いは続いていたのだろうというのは想像に難くは無かった。

 【名無し】が、イスラリア大陸において“異物”めいているという事実は、度々認識させられてはいた。元は、正真正銘、部外者の、それも敵対者だったというわけだ。


「その泥沼の戦争故に、“方舟による世界からの脱出計画”は万事が上手くいかなかった。多くのトラブルが発生した」


 彼は【天衣】の外套をつまむと、シュルシュルと輝きながら外套は形を変える。兵士達がどよめきの声を上げるが、それを無視してジースターは空中に球体を創り出した。それは、外で空に見えていた、あの黒い太陽、“イスラリア大陸”と同じ形をしていた。


「まず一つ、方舟の“脱出”は完全ではなかった。本来であれば、この世界とは完全に隔離された別の時空に移動するはずだったが、それはできなかった」


 結果、あのようにほんの薄皮一枚を隔てたような形で“隣接する空間”に逃げ込むことになってしまったのだとジースターは言う。勿論、それがどういう現象と技術で成り立ったものなのかはウルには理解できなかったが、それを考えるのは止めた。コレに関してはウルだけでなく、他の兵士達も似たような印象だ。まるままその説明で理解が及んでいるのは、隣でブツブツと呟きながら咀嚼を試みているリーネくらいだろう。


「その結果が、あの空だと。それが一つ目の問題?」

「そうだ。そして二つ目、【精霊】の問題」


 そう言って、彼は再び外套を動かす。こんどは不可思議な形で浮遊する光球と、その隣で両手を合わせて立つ小さな人形が精製された。それが、ヒトと精霊を表しているのだとウルは理解できた。

 人形は、精霊に向かって祈りを捧げる姿勢を取る。すると、精霊に、光が送られた。


「魔素を魂に取り込んで、魔力へと加工し、精霊に献げ、強大な力として活用する。この関係は分かるだろう」

「ああ」


 勿論分かる。イスラリアにおいての常識だ。神と精霊に祈り、その力の恩恵を授かる。別に、不思議なものではなかった―――これまでは。


「精霊に魔力を献げるとき、。何故か分かるか?」

「何故って……」


 問われ、意味が分からなかったが、先ほどまでの説明を踏まえると、言わんとしていることの意味が理解できた。ウルは眉を顰める。


「神は道具、精霊はその端末だ。祈る必要なんて無い?」

「そうだ、本来なら。なのに、何故こんな回りくどいやり方を取るようになったか。何故そんな制限が付け加えられたか」


 その問いに答えたのは、誰だろうエシェルだった。彼女は恐る恐る、と言うように手を上げて、答えた。


「……悪感情を込められた魔力が、精霊に影響を及ぼすから?」


 鏡の精霊、ヒトの悪感情によって歪み、極めて凶悪になった精霊をその身に抱えるエシェルが答えた。ジースターも頷く。


「精霊は実体を持たない魔力構造の為か、その魔力に込められた感情で大きく変質してしまう事が判明した。これは、戦争中に気づいたこと、らしいのだがな」


 実際、このことで当時の戦争中、機能を破綻させ、暴走するような結果になってしまった精霊は相当数いたらしい。世界から離脱した後も、当然その課題はつきまとう。精霊をイスラリアの内側で使うにしても、悪感情がそこに混じれば、危険が伴う。


「だから、道具や兵器ではなく、信仰の対象にして人類の感情をコントロールした。精霊には、感謝と崇拝の感情が込められた魔力のみが献げられるように」

「……なるほどな」


 納得できる、と言えば出来る話だ。実際、名無しのウルであっても、精霊に対して祈るときは、感謝と敬意を払う。そうするのが当然であると、幼い頃から教えられてきた。それは、長い年月を掛けた思想教育の賜だったのだ。

 思うところはあるが、考えられている。ウルはそう思った


「―――だが、そう上手くいくと思うか?」


 だが、そこにジースターがさらなる質問を投げかけた。


「ん?」

「祈るとき、僅かでも負の感情を込めずに魔力を捧げることが出来るのか?」


 問いに、ウルは眉を顰め、沈黙する。その問いに、答えたのはウルでは無かった。


「無理だろそりゃ」


 先ほどから寝転がって、狸寝入りしていたグレンだった。彼はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「どんだけ幸せな環境に身を置いていようと、胸くそ悪い気分の時はあるもんだ。そんなとき、精霊に対して心清らかに感謝出来る奴は、そんなに多くねえよ」

「そうだ。どれだけコントロールしても、ヒトの心は簡単ではない。実際、それでゆがんでしまった例もいる」


 ジースターはエシェルを見る。エシェルは小さくうつむいた。ミラルフィーネの事を考えれば、彼女はまさに、悪感情の信仰被害者と言えるだろう。


「だが、対策が取られなかったわけではないんだ。むしろ、なんとか対策を講じた結果が、精霊信仰を今でもつなぎ止めている。

「……その、対策ってのは?」


 悪感情、制御、泥。

 ジースターが何を言うのか、ウルにも既に察しがついていた。しかし、確実な答えを確認すべく。ウルは尋ねる。ジースターは頷き、そしてハッキリと言った。


「行き過ぎた悪感情……七大罪の悪感情は、精霊に献げられる前に、廃棄されるようにしたんだ。精霊達に影響を与えぬよう、

「……おい、まさか」

「それが、あの泥の正体だ。悪感情の魔力、その不法投棄だ」


 本当に、碌でもない話だった。

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