魔界⑩ 続 ろくでもない話



「ふざけんな!?」


 そう叫んだのは、ウルの近くにいた少年兵士だった。しばらくの間我慢していたが、とうとう耐えきれず、というように、ウルの首を掴んだ。


「落ち着け」

「ですが!!」


 上官に咎められても、彼は唸る。無論、ウルに言われても仕方が無いとは思うし、八つ当たりだと理不尽に感じるが、一方で彼の心中は理解できなくも無かった。この世界の状況、環境への理解は断片的だが、それでも、そのイスラリアの影響でこの世界がとんでもない状況になってしまったのは、明らかだったからだ。


「もう一度言うぞ。やめろ」

「…………!」

「我々も、そうされる立場にあると理解しただろう。やめろ」


 上官の男が強い口調で諫める。少年は、チラリと、先ほどから寝転がって狸寝入りをしているグレンを見ると、苦々しい表情でウルの手を離して、感情を押し殺す様に座り込んで、唸り声をあげて、そして絞り出すような小さく声を漏らした。


「…………わるか、った」

「俺も、悪かったよ。加害者がなんもしらん面してんのははらわた煮えくり返るだろう」

「…………」


 返事はなく、首を横に振るだけだ。感情の整理が難しいらしい。ウルとて許されるならば今すぐにでもこの場を飛び出して全部聞かなかったことにして眠りこけたかった。


「なんだってこっちの世界に捨てるなんて真似……」

「【方舟】の転移が完璧であれば、このようなことにはならなかった、らしい。完全な別時空に移動する予定だったのだから。廃棄された魔力は、無限に続く虚空へと廃棄されるだけのはずだった」


 だが、極限状態での戦争の最中の転移が不完全であった為に、想定外の影響が隣接する魔界、世界に与えてしまった。廃棄された悪性魔力の物質化は周囲に想像だにしない悪影響を与え始めた。大地を穢し、海も空も穢し、更に様々な悪意を持った竜もどき―――この世界の表現を使うなら【禁忌生物】を生み出して、人類を襲い始めた。


「転移を妨害した世界の責任だと?」

「まさか」


 一人の魔界兵士の質問に、ジースターは肩をすくめた。


「誰の責任と問う方が馬鹿馬鹿しい。“大事故”だよこんなものは。あるいは人間という生物の自業自得か……俺はこの一件を「誰の所為か」などと決めるつもりはない」


 時間の無駄だからな。と、ジースターは容赦なく切り捨てた。ウル達も、魔界の住民達も、なにも言えなかった。彼の言葉が一理あることは誰もが感じた。


「この一件は、イスラリア側も気づくのが遅かった。薄皮一枚といえど、世界は隔絶していた。双方向の情報確認は酷く困難だった。まさか自分達が捨てたゴミが、次元を隔てた世界に悪影響を与えていたなどと、思いもしていなかった」

「一応確認するけど、その機能だけでも解除することはできなかったのか?」

「無論、それに気づいた歴代の王……当時は管理者か。彼らも試みた、幾度もな。だが失敗した。【神】と【方舟】双方の維持に密接にかかわる部分に存在していた機能であるらしく、方舟を守る役割を担う彼らには、それを破壊することは出来なかった」


 それは既にこの世を去ったイスラリア博士以外、解除できなかった。

 そして、その間にも世界の悪影響は深刻化した。元々、イスラリアに勝ち逃げされ、新資源の確保に失敗しぼろぼろになっていたのだ。残された僅かな魔力の恩恵と、戦争による人口減少によって解決された問題も幾つはあったが、根本的な解決には至ってはおらず、【邪神の涙】の影響が追い打ちをかけた。世界は瞬く間に崩壊へと進んでいった。

 住んでいた土地を奪われ、【接触禁忌生物】との対処のために、人類は【ドーム】へと逃げ込んだ。だが、このままではどう足掻こうとも、滅ぶ以外に道はなかった。


 だからなんとしても、あの悍ましい【涙】を垂れ流す邪神を封じ、【星石】を取り戻さねばならなかった。


「取り戻す」

「この惑星、この大地は【涙】の汚染に加えて、エネルギー資源も尽きかけて、崩壊寸前の有様だった。そこに【涙】の影響が加わって、世界はバラバラになった。人類社会を復興させるには、なんとしても奇跡のエネルギーである魔力の源、【星石】が必要だった」


 こうして、人類側の死にものぐるいの抵抗が始まった。

 廃棄されている涙、ソレがどこから流れ出てくるのか、【方舟イスラリア】へと繋がる回廊が存在すると気づき、そこをたどるようにした攻撃作戦が何度となく考案されたが、どれも失敗に終わった。次元を超える際、既存兵器の何もかもが無効化された。


 そもそも、涙を廃棄する回廊は単純にたどることも困難だった。既存兵器ではだめだった。だから、それ以外の力が必要だった。その為に必要な兵器が、彼らの手には存在していた。


「イスラリア博士が創り出したもうひとつの【兵器】。混沌とした戦争の中で、イスラリア側が半ば自爆特攻させる形で惑星で廃棄したもうひとつの神を再生、改造し運用した」

「それは……」

「人類の悪感情を活用する神。お前たちの言うところの、【邪神】だ」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「邪神は、この惑星上でそのまま使用することは困難だった」


 理由は単純で、この世界には魔力が無かったからだ。神という兵器は、魔力をエネルギー源として起動する。ソレが前提となる兵器だ。当然、【星石】を奪われた魔界側に、それを運用する手段は無かった。

 【涙】の再利用も考えられたが、うまくはいかなかった。【涙】は外の世界の技術力ではどう足掻こうとも不可逆だった。当然と言えば当然だ。方舟の内側にいる王たちにすら、それは解除できなかったのだから。


「だから、地上で使うことを諦めた」


 邪心の端末に知能を与え、かろうじて地上に残された魔力を注ぎ起動させ、イスラリアに送り込み、イスラリアにて神が芽吹くように仕掛けたのだ。イスラリアの大地を侵略し、この世界とイスラリアとをつなぐ【回廊】を強引にひろげ、敵の魔力を利用することで侵略兵器を量産し、地上へと進行し魔力を簒奪する。その構造を創り出した。


「【迷宮】、【魔物】……か」

「そうだ。イスラリアで600年前に起こった迷宮大乱立はこのとき起こった」


 こうして、酷く間接的な魔界と、イスラリアとの戦争が再開されたのだ。互いがどういう状況か、どれほど苦しんでいるのか、その悲鳴や断末魔の声をどちらも聞き取ることが出来ない、どうしようもない絶滅戦争が。


「マジで頭痛くなってきたな……」


 改めて、自分が聞くような話ではない。ウルは頭痛を堪えた。


「同情する。ついでに俺の苦悩も少し察してもらえるとありがたい」

「ああ、あんためちゃくちゃ気まずかっただろうなあ……」


 こんな情報を抱えながら、世界最大の戦力である七天の一人として活動するジースターの心労は、ソレこそとてつもないものだったことだろう。世界を襲う魔や竜が、自分の故郷が行った攻撃であることを知りながら、それを隠して対峙して、イスラリアの住民から感謝されるのだ。

 想像するだけで今の数倍、胃が重くなりそうな地獄だった。


「しかし、仁、お前よくそこまでの情報を……」


 隊長と呼ばれる男が戦くようにしてジースターを見る。するとジースターは誇らしくするでも無く、むしろややばつの悪そうな苦笑を浮かべた。


「イスラリアの王から直接聞いたからな。当然だ」

「アルノルド王から?!」

「彼は、イスラリアの王は、俺の正体を知っている」


 これで何度目かになるかもわからない驚愕が車内を包んだ。

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