魔界⑧


 【J-00 中枢ドーム】前


 スーアが探し出した廃墟の中にあって無事だった建物。白い半球型の建造物。


 一見して出入り口は無いようにみえる。どのようにして作られたのかは分からないが、白い、継ぎ目のない金属とも石材とも事が出来ないように見える壁で全てが覆われている。少し、生産都市にも造りが似ている。

 作りも近いのだとすれば、恐らくは出入り口は表向きには存在していない。わかりにくい場所に用意してあるのだろう。

 しかし、今回は探す必要は無かった。壁のど真ん中に大穴が空いていたからだ。周囲に残る揺らめく闇から、それが誰の所業かはハッキリとしていた。


「魔王が既に動いていたか」

「酷いな」


 内部も在らされた状況だ。中の住民達が彼方此方に倒れて、呻いている。様々な物が崩れて崩壊し、その後が道標のようになって奥へ奥へと続いていた。


「どうしますか」

「無論、追う」


 ディズの問いに、アルノルドはどんどんと前へと進む。出来れば自分が先に偵察した後に、後から続いて欲しいのだが、スーアもそんな彼を咎めようともしない。

 ユーリに死ぬほど怒られるな。と、そう思いながらも王へとディズは追いつく。


「王」

「尋ねたいことは多くあるだろうが、済まないが今は後だ」


 声をかけるが、この調子だ。露骨にディズとの会話は避けられていた。スーアに視線を向けても、彼女は彼女でふいっと露骨に此方から視線を外す。その仕草はあまりにわざとらしくて少し可愛らしく見えてしまうのは言わないでおいた。


《ダメそうね?》


 此方に話しかけてくれるのはアカネだけである。緋色の剣となっている彼女にディズは笑いかけた。


「そうだね。まあ、魔界の現状については、ある程度推測もたつけど」

《めいたんてい?》

「伊達に、どの七天よりもイスラリア中を飛び回っては居なかったからね」


 黄金不死鳥の業務と併せて、他の七天以上にイスラリア中を飛び回っていたディズは、その結果、過去の時代の情報を断片的に収集していた。過去に重きを置かないイスラリアの風潮故か、あまり情報は残されていなかったが、それでも塵も積もればという風に、理想郷時代、そしてそれ以前の時代の輪郭を、ディズは曖昧であっても掴んではいた。

 無論、確証に至るものでは無かったし、誰かに口にするような内容でも無かったのだが、おかげで現地似こうしてたどり着いた後も衝撃はそれほど大きくは無かった。

 ただ――――


「っと、アカネ」

《んにゃ》


 殺気を感知し、ディズは動く。脇道に逸れた場所から、魔界の兵士が魔導銃で此方を狙っていた。火力がどれほどかは不明であるが、当然、王に向かって撃たせるわけにもいかなかった。


「バケモノめ!!!」


 金属の廊下を彼女は跳ぶ。床、壁、天井、跳ね回るような挙動で一気に近付いてくる彼女に、兵士は驚愕に声を震わせた。


「ひっ!?」

「ゴメンね」


 兵士がディズを視界に捕らえたときには既に、彼女の緋色の剣が兵士の持つ魔導銃を真っ二つに両断していた。切り裂かれた断面はなめらかであり、別たれた内の先端側がぐらりと地面に落下していく様子を見て、兵士は硬直した。


「ア、アニメかよ……!?」

《んーにゃ》

「ごふ!?」


 その直後、変貌したアカネが兵士の腹部に直撃する。兵士のなめらかな鎧が破損する勢いで直撃したアカネの体当たりは兵士を悶絶させ、意識を失わせた。


「ディズ、無事ですか」

「はい……命は奪わないです。よろしいですね?」


 背後からその様子を確認しに来たスーアに尋ねると、スーアはまっすぐに頷いた。


……ですが」


 ディズの解答に対して、スーア咎めることはしなかった。しかし、そのまま宙を飛びながらゆっくりと此方に近付くと、ディズの耳元で口を近づけて、囁いた。


「これから、恐らくとても厄介なことになります。その時はどうか躊躇しないでください」


 それだけ言うと、スーアは再び元の道へと戻っていく。無論、ディズもそうしなければならないのだが、耳元で囁かれた今の警告が、耳に残り続けていた。


「今以上の厄介か……」

《もうだいぶおなかいっぱいよ?》

「ほんとにね」


 倒れた兵士を瓦礫の少ない隅っこに押しやって、戻ってきたアカネの頭を撫でる。

 グリードとの、地獄のような死闘からの連続した状況だ。精神は疲弊し、にもかかわらず緊張と興奮で気が立っているのをディズは自覚した。深呼吸を繰り返し、なんとか心身を整えるように努めた。


《にーたんともはぐれたまんまだしなー》


 アカネも、それは同じだろう。精霊であるが、半分は彼女はヒトだ。疲労も残るだろう。先のグリードとの戦いでも、無茶をしたばっかりだ。


「外套に隠れておく?ウルが来たら伝えるよ」


 ウル、と言う言葉に彼女はピクリと身体を動かしたが、しかしその後首を横に振った。


《んー………にゃ、今はディズと一緒に起きておく》

「ん、ありがと。行こうか」


 二人もまた、スーアのあとに続いた。研究所の奥の奥。最奥へと




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 同時刻 Jー04ドームは大騒ぎとなっていた。

 00というドームは彼らにとって非常に重要な施設であったらしい。想像であるが、イスラリアの規準で考えるなら各領の中心都市国ないし生産都市に当たる場所なのだろう。彼らの焦りようからもそれは分かる。


「Jー00への直通通路へと急げ!!」


 結果、ウル達の包囲していた兵士達も含めて移動を開始した。ウル達以上に重大な事態が起こったと彼らは認識したのか、あるいはウル達という存在を持て余した結果、ウル達を無視して目の前の大問題の対処に移ったのかは判断が付かない。が、包囲はあっけなく終わった。

 外の廃墟とは違う、整備された地下の巨大通路。馬車が何台も余裕で走れそうなくらいの巨大通路。そこには魔導車によく似た乗り物が並んでいた。

 当然、というべきか、馬の姿は無い。それに次々と兵士達は乗り込む。それを使ってこの巨大通路を走っていくつもりなのだと理解した。

 ので、


「何故お前達まで乗り込む!?」

「乗車賃、払った方が良いのか?」


 ウル達もまた、彼らに同行することにした。

 同じ馬車に乗り込んだウル達の姿を見て、少年兵が驚愕を顕わにする。

 が、ウル達としても彼らの向かう先には用があるのだから仕方が無かった。重要な施設で何かしらのトラブルがこのタイミングで起こった。というのなら、十中八九ウル達の魔界突入に関わり在る事態だろう。合流すべき仲間達が居る可能性も高い。


「ざっけんな!なんでお前等を重要施設に侵入させなきゃならないんだ!!っつーかお前等の仕業じゃあ無いのか!?」


 そんなウル達に向ける少年の怒りは、実にごもっともである。自分たちの存在を彼らは敵として認識している。彼らにとってウル達は侵略者に他ならず、ウル達に侵入を許すのは自殺行為だ。実に正しい判断だった。


 しかし、彼の仲間の兵士達はそれを口にしない。


 彼らにウル達の行動を止める手立てが無い。彼らが装備してる兵器の何もかも、ウル達には通じなかったのだ。これでウル達が自分たちに対して敵対的な態度をするようであれば、彼らも断固立ち向かう必要が出てくるが、今のところその様子はない。一番言動が危うかったグレンすらも、今は馬車に一緒に乗り込み、空いている椅子を二つ陣どって寝転んでいるくらいだ。


 なら放置した方が良い。彼らの判断は間違っているが正しかった。

 それでも果敢に怒鳴ってくる少年兵の方が正しいが間違っていた。


「隊長!!良いんですかコイツラ連れて行って!?」

「良くはない。が、足止めも出来ない。拘束も不可能。放置して別の場所に被害を出されても困るなら、せめて目の届く範囲にいてもらうしか無い」


 少年の向かい正面に座る上司とおぼしき男の返答も、苦々しいものだった。そりゃあそうだろう。と、ウルも他人事に思う。彼の判断は侵入者達に対する敗北宣言に等しい。魔界の価値観がどのようなものかは不明だが、屈辱であるのはそうだろう。

 ウルの隣に座るジースターはそんな彼の心情を慮ってか肩を竦めた。


「万が一の際には俺が止める。済まないが今は彼らも同行させてくれ」

「信じれるか!スパイだかなんだか知らないがイスラリアに暮らしてたんだろ!?イスラリアは敵だ!」

「彼は頑なだな。宍戸隊長」

「熱意はあるんだがな……後で指導しておく」


 間もなくして巨大な馬車が出発する。備え付けられた小さな窓の景観は次々に後方へと下がっていく。随分と早い速度だ。半ば感心していると、不意に周囲から視線と敵意が突き刺さってくるのを感じる。少年だけではない。他の兵士達からも同じように向けられていた。

 先程グレンが霧散させた憎悪とは別の、警戒と不審だ。先ほど少年が言っていた通り、自分たちは敵で、異物で、不審人物だ。此処に居ること自体おかしいのに無理矢理乗り込んだのだから、警戒もされるだろう。


「嫌われてるな」

「そりゃそうでしょう。コレまでの話を聞く限りわね」


 リーネは鼻を鳴らし、隣で不安そうに肩を縮こめているエシェルを見た。あからさまに周囲の視線におびえて、ビクビクとした態度を取っているためか、余計に周囲の視線が多く突き刺さっている。


「貴方ね。此処にいる兵士どころか、あのドーム一人で壊滅させることができるくらいに強いんだからシャンとなさい」


 するとリーネがわざとらしくハッキリと言った。エシェルは驚き、彼女を胡乱げに見つめていた兵士達は更にぎょっと、驚愕を露わにした。


「か、壊滅なんてしないぞ!」

「でも、出来るでしょう?」

「そ、そりゃあ、出来るけど……」


 うー……といって、エシェルは縮こまるが、周囲の兵士達が彼女に向かって睨みをきかせる事は無くなった。


「でも話を聞く限り……魔界にとって、私達って、悪者だろ?肩身狭くて……」

「悪者ね……」

「違うのか?」

「そんな単純な話なら、まだもう少し簡単だったかもしれないけどね」


 リーネの言葉に、エシェルはあまりピンと来ている様子はなかった。ウルもまだ、知らない情報が多い。故に、


「ジースター」

「なんだ」

「質問の続きだ」

「言ってみろ」


 アッサリと、彼は質問を促した。果たして彼の意図するところがなんなのか未だ掴めないところがあるが、今は考えないことにする。ウルは素直に質問を投げた。


「イスラリアが魔力を奪ったのは分かった。精霊も、神もだ。だけど、何故イスラリアはその後もずっと魔界を攻撃したんだ?」

「攻撃?」

「【邪神の涙】、あの”竜もどき”イスラリアの所為だって言ってただろ。」


 この世界のおおよその現状について、ウルも理解できてきた。あくまでも魔界側の住民達の視点や知識に過ぎないため、間違いなく偏りはあるが、大きく間違っている訳ではないだろう。

 だとすれば不可解な事が一つ出てくる。

 簒奪し、魔界から隔絶した場所にいたイスラリアが、何故今も現在進行形で魔界に悪意を垂れ流しているか、その意図がよめなかった。


「グレンの言ってた、報復なのか?」

「違う。この世界がイスラリアに大規模な干渉をする前に、【邪神の涙】は発生していた」


 あくまで、歴史の記録上ではな、とジースターは付け足した。


「じゃあ、なんであんなことを?」


 かつて発生したという魔力争奪戦争、その際の報復、といわれれば双なのかも知れないが、ジースターの様子を見る限り、そう言うわけでもなさそうだった。彼は少し、億劫そうに首を横に振ると、口を開いた。


「……んん?」


 どういうことなのか分からなくなった。ウルは答えを待った。


「双方の世界の歴史を順追って、簡潔に説明する。まだ時間がかかるからな」


 ただし、と、彼は区切って、そして言った。


「碌でもない話だ。覚悟しておけ」

「まあ、そんな気はしている。既に」

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