魔界⑤ 歓迎


 自警部隊と呼ばれる連中が使っていた魔導車らしきものに乗って、ウル達は移動を開始した。


 進む道は当然、廃墟の通りとなる。道は不安定で、ガタガタとしていた。

 小さな窓からのぞき込むと、幾つかイスラリアでも見たことが無いような魔導機が点在していたが、それらは既に機能を失っていた。ヒトの気配は全くない。空はどこまでも赤黒く、泥を垂れ流す、真っ黒な虚が一つあるだけだ。


 何処を見ても、未知の光景だった。とはいえ観光気分にもなれなかった。


「…………」


 自警部隊の戦士達は、やはりこちらに対して露骨に警戒して、魔導銃を常に構えていた。疑わしい動きがあれば即座に撃つつもりなのだろう。それが一切効果の無い物だったとしても。


「ウル、ウル、気まずい……!」

「まあ、刺激しないようにな」


 エシェルの頭を撫でながら、落ち着かせる。エシェルが彼らにどうこう出来るわけが無いというのは分かっているが、やはり敵意を向けられるのは慣れていない。しかし、今はひたすら彼女をなだめて、周りを刺激しないように沈黙し続ければ良いというわけではない。


 自分達の身を守るためにも情報は集めなければならない。ウルはジースターへと視線を向けた。


「ジースター……いや、ジンと呼べば良いのか?」

「ジースターでも良い。偽名と言ったがその名を名乗り始めて長い。どちらも俺の名だ」

「なら、ジースター。質問があるが、いいか?」

「ドームに到着するまでなら構わない。」


 了解、とウルは頷いた。


「……まず、ここは魔界でいいんだよな?」

「そうだ。お前達が呼称するところの魔界で間違いない」


 基本的な質問。しかしコレは聞かなければならなかった。事前、天賢王達から与えられていた情報から推測していたイメージと、かなり異なる場所だったからだ。


「なら邪神はここに居る?」

「大本がいる、らしいな。俺も詳細は知らないが」


 つまり、王の発言は間違ってはいなかった、と言うことだ。少なくともウルを騙すような事を仕掛けてきたわけではないらしい。まあそうだろう、ともウルは納得もした。アルノルド王は此方に伏せている情報は多かったが、しゃべれる範囲では誠実だった。誠実であろうとしていた。しょうもないだまし討ちはするヒトではない。

 では、次の質問だ。ウルは自分たちを囲う自警部隊の人達に視線を向ける。


「彼らは?」

「魔界の住民だ。ドームと呼ばれる巨大施設で暮らしている。我々で言うところの、都市国と考えれば良い。“ほぼ同じだ”」

「アンタはそこの出身者?」

「そうだ」


 ジースターのその答えに、隣で聞いていたリーネが首を傾げた。


「七大罪の竜の魂を使わないと魔界へは通れないんじゃ……?」

「イスラリアから魔界に移動する場合はな。だが逆にであれば、移動する手段はある。死亡率も高く、成功率はかなり低いが」


 手段、条件、しかも彼は七天の天衣である。気になる情報が結果として増えたが、しかし今はそこは置いておこう。ウルは更に質問を投げる。


「アルノルド王は、魔界にとって敵だよな」

「魔界にとってはそうだろう」

「じゃあ俺たちにとっても?」

「そうなるな」


 ジースターは平然と肯定する。ウルは眉間の皺を深くさせた。


「だが、少なくとも今から向かうドームに関しては、何の問題も無い。」

「理由は?」

。敵と言ったが、相手にもならない。あるいは牢獄に入れられるかも知れないが、お前達なら素手で破壊できる」


 その言葉に、恐らく聞き耳を立てていたのだろう。周囲を囲う自警部隊の連中が僅かにざわついた。すぐにそれが収まったのは、彼らが訓練を受けた戦士達である証拠だろう。だが例え、彼ら規準でどれほどの訓練を受けていたとしても、彼らがウル達にとってどうしようもなく弱いのは事実だった。メンタル面では不安定さの残るエシェルや、完全な後衛担当のリーネですらも、恐らくそれは可能だ。


「……俺たち、そこにいっていいのか?」

「お前たちに現状を理解してもらわぬまま、敵対状況に陥る方がはるかに危険だと説明している。気にするな」


 当然の不安に対してジースターはしれっと返事している。それはつまり脅迫に近い説明なのでは?と思わなくもなかったが、考えないようにした。


「……アンタはドームの出身者。ならつまり、アンタは俺たちの敵になるのか?」


 天衣のジースター。彼がドーム側であるなら、そう言う事になる。

 変幻自在、七天の加護すらも再現可能な恐るべき力の使い手である彼が敵になったなら、容易い殲滅なんて事は絶対に出来ないだろう。むしろ自分たちが殲滅されたって何も不思議では無い。

 ウルは緊張感を持ってジースターを見た。場合によってはこの場で戦闘が起こる危険性すらあった。そしてウルの緊張も、ジースターには伝わったのだろう。彼は両手を挙げた。


「少なくとも今は戦う気はない」

「……分かった」


 その言葉にウルも緊張を解いた。すくなくとも、今、この魔界の事情に詳しい彼と敵対して何処に行けば良いかも分からなくなるような事態は絶対に避けたかった。最低でも帰る算段と、アカネ達との合流が出来るまでは派手な戦いはしたくない。

 気を取り直す。まだ聞きたいことはあった。


「ブラックは……魔界の味方なのか?」


 あの時、ブラックがアルノルド王を殺害しようとした光景を思い返す。元々ブラックは王への反逆を提案していた。あの夜に語っていた構想を何処まで信じて良いかは分からないが、王の敵、というのは間違いないのだろう。

 王の敵、ならば魔界の味方?と単純に考えてみたが、それに対してもジースターは首を横に振った。


「おおよそ、この世界の状況を理解してるが、アイツは誰の味方でもない」

「だよな」


 その答えも、しっくりきてしまった。彼が誰彼の味方につく姿が全く想像が出来なかった。そもそも、彼は王と魔界の対立構造とは別の第三陣営と考えた方が恐らく正しい。


「魔界は――――」


 続けて、ジースターがなにかを言いかけた。が、その前に車両の中で揺れが収まる。動きを止めた。窓の外から、半球型の白い建造物が見えた。その手前で車両は止まる。そしてしばらくすると、その手前に存在する扉が開き、再び車両は発進した。


 これから、あの白い建造物……つまりドームに入っていくのだ。


 魔界の都市国へとウル達は足を踏み入れた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「禁忌生物の侵入を避けるための地下車庫だ。ここから歩きでドームに向かう」


 ジースターの説明を受けながら、ウル達は巨大な地下通路への道を進んでいった。内部は地面も壁も乳白色の加工された奇妙な石で出来ていて、のっぺりとしていて現実感が無かった。バベルの塔の内部を通っていた時と似たような感覚だなとウルは思い出していた。


「通路は明るいな……魔灯か?」

「雷の力を利用している」

「雷の魔術?」

「そのようなものだ」


 ややザックリとした説明だった。ジースターは視線を此方に向けていない。どうにも意識が此方に向いていない。なにかに気を取られているような印象だ。あまりこれ以上色々と聞いても、真っ当な返事が返ってくる様子では無かった。

 ならば、と、ウルは少し歩みを遅くして、背後のエシェルとリーネに視線をやる。リーネは杖を握りながら、周囲を探っていた。


「魔力もあるわね。少ないけど、地上よりはマシ」

「よかった……」


 その言葉にエシェルは安堵する。彼女の戦い方は特に、魔力の消耗は激しい。魔力が枯渇した環境は自分たち以上に不安を覚えたのだろう。

 リーネ曰く、周囲の魔力が欠乏したところで、何かしらの不具合が出たり、あるいは身体が衰弱化したりするような事はおこらないらしい。肉体の変質は不可逆だ。ただし、魔力を消費した後の回復がおぼつかない。竜牙槍の【咆吼】も控えるべきだろうとのことだ。

 更に魔力を消費するエシェルの精霊の力、ないしリーネの白王陣も機能不全になる。特に白王陣は周囲の環境の魔力も大幅に消費する前提の代物なので発動は困難だ。その事実をリーネは苦虫をかみ潰した顔で説明していた。


「それでウル、これからどうする?」


 調査を止め、リーネは此方に問いかける。エシェルも縋るように此方を見た。

 確かに、どうすべきかは決めなければならない。ここまではあまりにも未知の出来事が多すぎて、混乱するしか出来なかったが、ジースターが味方とは言いがたいポジションに立つ以上、最低限の方針は決めておかないと、後々混乱したときに困る。


「グリードの撃破に貢献して、魔界への道を空けた。この時点で仕事は達成したと考えても良い筈だ。王に再会できたらその交渉は進める……んなこと言ってる場合じゃ無いかもだがな」


 他に選択肢が皆無だったとしても、一応はそうだ。ウーガの自治権やらなにやら、此方が望む限りの報酬を与えてくれるという約束だった。が、しかし、当たり前ではあるがそれらの報酬は全員無事の帰還を達成できなければ意味が無い。


「皆と合流して、王達も探し出して、情報収集。それが第一目標だろう」

「うん」

「そして、帰還ね。貴方もそれでいいですか?グレンさん」


 リーネが振り返る。一番後方で話を黙って聞いていたグレンは肩をすくめた。


「好きにしろよ。帰れるってんならついていくだけだ」


 実に、やる気の無い返事である。しかし彼の気持ちはウルにも分かった。


「グリード戦救助は本当に助かったが、今は単に巻き込まれてるだけだもんな、グレン」

「本当にな、俺なんか悪いことしたか?」

「昼間から飲んだくれてた?」

「ささやかな怠惰と暴食の罪にしちゃ重すぎる」


 流石に同情する気分になった。

 彼が来てくれなければ、確実にもっと被害は増えていたし、なんならグリードに勝つことすら難しかったのかも知れないと言うことを考えれば、感謝しても仕切れないが。


「まあ、お前等についてって帰って酒飲んで寝るだけだ。精々それまでは、ただただ後ろをついて回る妖精さんとでもおもっとけ」

「ひげ面のいかつい妖精だなオイ」

「なんだ、可愛い語尾でもつけてやろうか」

「マジで止めろ」


 とりあえず、それくらいの軽口を叩く余裕はあるらしい。肩の力が少し抜けて、助かった。


「兎に角、意思統一出来たな。まずは情報収集だ」

「で、でも、この人達についていって良いのか?」


 エシェルは不安げに周囲を見渡す。

 未だ魔界の戦士達は此方に対して敵意というか、警戒を剥き出しにしている。囲まれるのは落ち着かないのはそうだろう。ウルだってそう思う。が、しかし、


「他の皆も多分、それほどバラバラになったわけじゃ無いだろう。なら、目立つところに居た方が多分、分かりやすい」

「王達や、シズク達もともまた集まれるかな」

「難しくはないはずだ。ただ」

「ただ?」


 ウルはこの先に起こる出来事を想像し、小さく眉をひそめた。


「その後、どういう事になるかは、わからないが」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 長く続く地下通路を抜けて、ウル達は”ドーム”と呼ばれる場所にたどり着いた。


 遠くからチラチラと見えていた白い半円は、ドームの一部にすぎなかったのだと理解できた。そこは楕円形に広がる巨大な空間であり、その中に建物が建ち並んでいた。舗装された道があり、そこに奇妙な魔導機のようなものが何台も走っている。大罪都市エンヴィーで見た物に少し似ていた。

 見上げる天井はまるでイスラリアで見る空のように青い空が広がっていた。違和感はまるでなかった。

 そして、少し離れた場所で、多くの人影が見えた。彼らは兵士達によって封鎖された道の向こう側から、興味深そうに此方を見つめている。彼らの姿はイスラリアに住まう只人の姿とそれほど変わりは無かった。


 魔界の都市国。魔界の住民達。


「なんだかよく分からんが凄いところだなあ」

「とんでもない光景の筈なのにその頭の悪い感想聞くと大したことない気がしてくるわ」


 ウルの頭の悪い感想に対して、リーネは渋い顔になった。


 ウルがそんな感想を述べている間にも、兵士達は慌ただしく動き始める。見れば彼らの移動する先に、彼らと同じような装備をした兵士達が立ち並んで、魔導銃を構えて此方を睨んでいた。当然それは歓迎の態度ではないだろうというのはウルにも分かる。

 ウル達をここまで連れてきた兵士達も改めて、ウル達から距離を取って包囲する。出迎えをした兵士達と比べ彼らはやや緊張が強いのは、ウル達の能力を知っているからだろう。


 そして、出迎えた兵士達の奥から、一人の男が姿を見せた。他の兵士達のように奇妙な鎧を身に纏ってはいない。立ち姿も戦士のそれでは無かった。50才ほどに見える細身の男。胸元に何やら勲章のような物がつけられている。恐らくだがこの土地の権力者なのだろう。

 だが、何よりも特徴的だったのは、彼の耳だ。長い耳。森人の耳。長命種の耳だ。


「森国代表!?何故此処に!?」

「ご苦労、宍戸隊長。下がれ」


 その男は此方を見つめ――――正確に言うと憎悪に満ちた表情で睨んでいた。


「イスラリア人。ども。おぞましい、簒奪者達め」

「情報、集まりそうかよ」

「微妙」


 実に敵意に満ちた出迎えに、ウルは首を横に振った。

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