魔界④ 名前


 自警部隊はきつくて、汚くて、危険なブラック職だ。


 入る前、事前に浩介はこんな話を聞いていた。動画配信で職業説明をしていた配信者は随分とオーバーリアクションで語っていたが、本当なのか正直疑わしかった。


 しかし実際に入ってみると確かに3K職だった。


 ドームの外を動き回るのはきついし、汚染地帯の進行は汚い、なにより禁忌生物は危険だ。どうしって命の危険がつきまとう。ドームを護るのにもっとも必要な仕事だからと分かっていても、それくらいの名誉と自負が無ければとてもじゃないが続けられない。


 浩介はそれを理解した。一方で、この仕事が嫌になるわけでは無かった。

 身体を鍛え、災害と戦える力が身につくのは悪い気分では無かった。ドームで脳天気に生きている連中とは違う。問題が起こったときどう対処すれば良いのか、どう戦えば良いのかを知っているのとそう出ないのとでは雲泥の違いだ。


 浩介は強くなりたかった。【自警部隊】はまさにそれを得られる絶好の場所だ。


 1年経ち、1年前よりも強くなった。その自信が浩介にはあった――――この日までは




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 珍妙なコスプレ集団に拘束された浩介は、そのあまりの理不尽さに憤慨した。


 【光熱銃】は対人向けのものではない。禁忌生物用に使われる銃火器だ。

 人間に向けて撃てば、肉が吹っ飛ぶ。当たり前だが使用は厳禁の代物なのだ。


 なのに向こうはその高熱銃を直撃しても「あ、なんか熱い」とかいうバカみたいな感想を小さく漏らして、此方に対して反撃するどころか、優しく手加減して無傷で拘束してきたのだ。

 理不尽を遙かに超えた理不尽である。γ個体に殺された方がまだ腑に落ちた。


「……が、無い?そんなこと………じゃあ、私達……」

「衰弱……の心配は無い……でも、消費の回復が遅……」

「ま、温存していく………」


 そして彼らはなにかを調べ終わったのか、三人で再び話し始める。少しでも情報を探ろうと聞き耳を立てようと浩介は身体を動かすが、自分の身体を縛る奇妙ロープはまるで解けなかった。

 身に着けている強化スーツなら、半端なロープ程度容易に引き千切ることが出来る筈なのに、まるで千切れない。どうやら当人達のみならず、使っている道具まで規格外らしい。


「浩介。不用意に会話するな」


 すると背後から、隊長が小さく声をかけてきた。浩介は身体をうごかさないように返事した。


「ですが、隊長」

「“会話を介して、此方の情報を全て抜き取る技術を有してる可能性がある”」

「そんなバカな……」


 そんな、魔法のような事出来るわけが無い。そう言って笑おうとした。だが、背後に居る隊長の顔は見えないが、怒気のようなモノを感じた。つまり隊長は、今言ったことを本気で警戒しているのだ。


「隊長?彼らが何者か、知ってるんです?」

「…………」


 答えない。宍戸隊長は多弁ではないが、必要な事はちゃんと説明してくれる人だ。彼がこのように押し黙るのは珍しかった。一体何が、と、思っていると、不意に端末から激しい警告音が響いた。


「なんだ?」


 謎の不審者達も驚いたようにこちらを見る。だが、浩介にとってもそれは聞き覚えのない物だった。否、禁忌生物の警告音である事は間違いないのだが、ここまで激しく、聞くだけで不安を感じさせるような音は聞いたことがない。


「――――――まさか」

「Ω個体……!」


 隊長は、驚愕に満ちた声で叫んだ。彼は立ちあがると、少年の前に駆け寄り、焦るようにして叫んだ。


「頼む!!この拘束を解いてくれ!!!Ωが出現する!!」

「オメ……あの竜みたいなのか?」

「りゅ……、そうだ!!その超大型個体だ!!!」


 言っている間に、激しい地響きが発生した。浩介は座る事も耐えられず地面に突っ伏す。立ちあがってた隊長も倒れそうになったが、目の前の子供が手を貸して倒れるのをま逃れた。隊長は小さく感謝の言葉を告げようとしたが、次の瞬間、視線を別の方角に奪われた。


「……!」


 浩介が見るそれは、山が動いているように見えた。数十メートルはあろうという巨大な禁忌生物が動いているのだ。他の禁忌個体と同じ、なにかが溶解したかのような悍ましい泥の皮膚を身に纏った巨大な爬虫類のような姿。

 身体中に“涙”を纏い、それを撒き散らしながら前進する災禍の権化。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 その、超大型個体を前に、浩介は絶句した。

 隊長が血相を変えた理由もすぐに分かった。あんなもの、本当にどうしようも無い。


「どっから出たんだアレ…?」


 にもかかわらず、少年の反応はどこまでも暢気だった。しかも、意味不明なことを言っている。


「禁忌生物だぞ!?【邪神の涙】に決まってる!!!」

「なるほど……なるほど……?」

「それより早く拘束を解いてくれ!!」


 拘束の紐は、本当にどう足掻いても千切れる様子が無い。だが、なんとしても動かなければならなかった。あんな個体が出現して、じっとしているわけには行かなかった。

 隣で隊長も叫ぶ。


「頼む!!後で幾らでも謝罪する!!!ドームの住民を避難させなければならないんだ!」

「あれは倒せないのか?」


 話が全然通じない。

 浩介は歯を食いしばるようにして叫んだ。


「出来るわけが無いだろあんなデカブツ!!」

「倒したら消去不能の黒炎をはき出すとか、倒した瞬間超パワーアップするとか、そういうわけじゃないと」


 それが分かればいい。

 と、少年は自分の身丈ほども在るような巨大な大槍を握りしめ、構え、そして歩き出した。山のような巨体で、凄まじい咆吼をあげるオメガ個体へと向かって。


「やるの?」

「沸いてくる理屈はまだ分からんが、アレがこっち来てるのは俺等の所為だろ」

「恐らくね。私たちの魔力に惹かれてるのかもしれない、よくわからないけど」


 橙色の髪をした幼女、の姿をした女が小さく溜息をついた。しかし先へと進む少年を止めようともしない。赤髪の付け耳をした女も同様だ。


「エシェル、こいつらの護衛頼む。リーネ、気配消しの結界描いといてくれ」

「わ、わかった!」

「了解。気をつけてね、ウル」


 そして、止める間もなく、少年は跳んだ。

 そう、跳んだ。浩介達のように強化服を身に纏うわけでも無いのに、まるで飛ぶように、空へと跳び上がった。浩介は絶句する。人間は普通、脚力で空を跳べない。ましてや、あんな重々しい中世騎士が身につけていそうな鎧を纏った生物が跳び上がるなんて、不合理の極みだ。


「……何の冗談だコレは」


 そしてそれは、浩介の所属する部隊員全員、同じ意見だったらしい。

 誰しも、最早拘束されている事を忘れ、空を見上げる。跳び上がった少年は大槍を握り、振りかぶる。禁忌個体は上空へと跳び上がった少年を睨み、彼の身体を喰らわんとするばかりに飛びかかる。


「【轟天】」


 そして少年が大槍をふり下ろした。飛びかかる禁忌生物の頭部を正確に狙い、たたき込み


『A――――』


 次の瞬間、禁忌生物Ωの頭部は一瞬で、

 まさしく、文字どおり。肉片と血の雨と泥となって、撒き散らされた。巨体はぐらりと揺れ、そのまま残された肉体は地面に倒れ込む。再び地響きが起こったが、既に部隊の全員、驚き悲鳴を上げるようなことは無かった。


 ただただ、目の前の光景に絶句していた。


「…………は?」


 浩介は脱力した。

 自分のコレまで積み上げてきた知識、常識、努力、が禁忌生物Ωと共に砕かれる光景は、彼の価値観を粉みじんにした


 2度と、己は強いなどという思い上がりをするまいと彼は自分に誓った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「やっぱり、脆いな……」


 巨大な謎の竜を打倒し、ウルは改めての同じ感想を抱いた。

 この謎の竜”もどき”は酷く脆い。生まれたてのような印象だ。先程殴り抜いた頭部も手応えは頑強な竜のそれというよりも、それに似せた土細工を崩した感覚に近い。ハッキリ言って、この程度なら都市を守る騎士団達だけでも何の被害も出さずに打倒出来るだろう。

 そしてそれが何かしらの罠、と言うことも無いのだろう。現地住民、魔界で暮らす彼らの反応を見てもそれは明らかだ。彼らにとってこの竜達は、極めて危険な生物であり、彼らのいるコミュニティを崩壊させる危険性を秘めている。


 奇妙な脆い竜、そしてそれらすらも脅威に思う魔界の住民達。


 リーネのいう魔力量の欠乏が巡り巡ってこのような力関係を築いたのか?というのはなんとなく想像出来るが、ただの想像に過ぎない。結局、真相を知る者から話を聞いた方が話は早いだろう。


「随分楽しそうなことしてんじゃねえかウル。弱いモノ虐めか?」


 と、声がして、竜の死体から見下ろすと、グレンがあの洞窟から下ってきていた。彼は未だ意識を失っているユーリを背負い、ジースターも隣りにいる。問題なく合流できた事にウルは小さく安堵し、三人の傍に飛び降りた。


「ほれ、お前が背負え。片腕がないと面倒くさいんだよ」

「へいへい。で、ジースター」


 グレンからユーリを渡され背負いながら、ウルはジースターに向き直る。今重要なのは勿論、この状況を理解していると思われる彼の話だ。


「なんだ」

「どうもこの竜もどき、俺等に寄ってきているぽいんだが……」

「そうらしいな。気配隠しの術式が必要になる」

「リーネに描いてもらってる」

「ではまずそこに集まろう。移動時は簡易の気配隠しの護符で十分の筈だ」


 と、そんなわけで、グレン含めた全員が、再び拘束された魔界の住民達の所まで戻ってきた。先程と比べ、魔界の戦士達は幾分が落ち着きを取り戻していた……と、いうよりもウルが近付くとあからさまに顔を背けていた。なにか恐ろしいモノを見るような態度である。

 リーネへと視線を向けると肩を竦める。引かれたらしい。仕方が無いとはいえ、割とショックだったが、彼らが全滅を覚悟するような相手を一発で粉砕するような奴がいたらこんな態度にもなるかも知れない。

 そんなことをウルが考えていると、ジースターが彼らの元へと近付いた。膝を折り、拘束し座り込んだ戦士達の一人に話しかける。


「隊長は誰だ?」


 質問に対して、少しの間があったが、先程ウルに拘束の解放を求めていた男がすぐに立ちあがった。


「……私だ。君たちは何者か」


 その声にジースターは「ああ……」と小さく声を漏らす。そしてさらに言葉を続けた。


「貴方たちのドーム、Jー04だな?」

「……そうだ」

「案内して欲しい」


 ウル達には耳慣れない単語が幾つか重なる。一先ず此処は彼に任せるほか無いと、ウルはリーネ達に目配せした。グレンについては一人、本当に興味なさげに奇妙な空と、そこから零れる泥を眺めているので置いておくことにした。


「住民で無い人間を連れて行くわけには行かない。しかも危険だ」


 ジースターの提案に対して、隊長の反応は渋い。その反応はごもっともだろう。彼らはあの超巨体な竜”もどき”を脅威と認識していた。その脅威を一蹴できる正体不明の存在を自分たちのコミュニティに招くなんてのは真っ当な危機感があるなら絶対に拒否するだろう。

 ジースターもその解答は想像していたのだろう。隊長の頷き、隊長の前に彼は一歩進み出た。


「なに?」

「は?」


 その疑問の声は隊長の男と、ウルが同時だった。

 驚きの強さであればウルの方が下手すれば大きいかも知れない。ジースターはウルの反応を無視して、隊長の男の顔を覗き込んだ。


「この顔に見覚えは無いですが、隊長」


 問われ男は暫し沈黙した。なにかを思い出すようなそぶりを見せ、それからはっと顔を上げると、慌てて彼は自分の兜を外した。先程リーネによって暴かれた少年と同じように黒髪の男、だいたい4,50程の年齢の男は、驚愕に満ちた表情でジースターの肩を掴んだ。


「お、お前、……か!?」

「本当に久しぶりですね、宍戸隊長」

「ジン?」


 無論、それはジースターの名前ではない。

 ウルが首を傾げると、ジースターは振り返った。


「ジースターは偽名だ。」

「ジースターの方が偽名だと?」


 ジースターは頷いた。。そしてなにか、小さな覚悟を決めるように息を吐き出すと、それを口にした。


「星野 仁という。此処が俺の故郷だ」

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