竜吞ウーガの一番では無いけれど比較的長い一日③


 窃盗団。というのはこの世界にも存在している。


 相手が大事にしているモノを奪い、自分の利益とする者達。自ら何かを生み出すことも無い者達。誰からも忌み嫌われる簒奪者達。

 そして、そういった窃盗を行う集団の多くは名無し達である事が多い。今日生きていくための金も無く、飢えて死ぬしか無いのなら、過ちに走る事は当然起こりうる。滞在費を得るために、都市民達を狙い強盗を繰り返すような者達もいる。無論、全員が「やむを得ず」なんていう訳では無い。中には心底悪徳に染まり、不必要な過ちを繰り返す者もいる。

 名無し達が都市で忌み嫌われる事が多いのは、「事実として脅威であるから」という側面もある。


 ともかく、窃盗という犯罪を行う者の多くは「名無し」である事が多い。


「さあ、次のターゲットは竜吞ウーガだ!」


 だが、多いということは、例外が無いわけでは無い。


 エンヴィー領の衛星都市に【至宝の守護者】と呼ばれる若者達のギルドがある。


 男女含めて7名。世にも珍しい、名無しではなく官位持ちの若者達で結集された窃盗団だった。それも、決して最下位のヌウの集まり、というわけでも無い。彼らの中には高位官位の者までいる。彼らは少なくとも今日までの間に飢えを経験したことは一度も無かった。


 にもかかわらず彼らは窃盗などと言う悪行に身を染めている。何故か。


「へえーとうとうあそこを狙うのか!!」

「一度行ってみたかったの!なかなか交易路がこっちにこないんだもの!」

「楽しみだなあ!なあリーダー!仕事終わったらちょっと遊んでも良い?」


 そもそも彼らは、自分たちが悪行をしていると思ってはいないのだ。

 【至宝の守護者】と自ら名乗っているのだ。彼らにとって窃盗とは、価値ある財産を保護することに他ならない。価値のあるモノを、価値のある自分たちの手で守る事。それが彼らの主目的だ。

 始まりは些細なもので、とある商家のパーティに招かれたとき、価値あるアンティークがおざなりに扱われているのを見たときが始まりだ。【至宝の守護者】のギルド長のカルターンはなまじモノを見る目と知識があったが故に、その所業が許せなかった。


 だから盗んだ。価値も分からない者の手にあるよりも、その方が正しいと思ったからだ。

 無論、そんなものは言い訳にも満たない戯れ言だ。しかし彼はソレを信じた。そして困ったことに、彼の仲間達も彼を信じた。

 大変困ったことに、彼には少なからず、カリスマがあったのだ。

 容姿に優れ、常に自信にあふれていて、決断力がある。若者達が好ましく思う要素の全てを彼は持ち合わせていた。


「っつーか、結局何を狙うんだよ。まあ金はたんまりありそうだけど」

「お、お金なんて、取っちゃったらダメだよガイリ」

「わかってるって!お前は小心者だなルース!で、あそこなにがあんだよリーダー!」


 仲間達に問われて、カルターンはにやりと笑う。仲間達は彼のその仕草だけで、好奇心をそそられた。今日まで彼の言葉に、乗せられて、わくわくしなかった事は無かった。


「【白銀の至宝】さ」


 そして、彼がターゲットの名を口にした。

 しかし、その場の誰も、その名前にピンとこなかった。此処にいる誰も彼も、官位の家の子供で、価値ある物の知識を有している。しかし誰も思い当たるという顔をした者はいなかった。


「なあにそれ?宝石?」

「違うな。ヒトさ」


 問われ、カルターンは即答する。その瞬間、驚きの声が上がった。

 今日まで窃盗団として多くのものを盗んできたが、しかし流石に人物を盗んだことはなかった。驚きと、僅かな怖じ気が仲間達に広がっていた。しかし、それを見抜いてか、カルターンは堂々と話し始める。


「ウーガの奥深くで捕らえられていて、竜吞ウーガで奴隷みたいに働かされているらしい!ヒトなのに、精霊のような力を使えて、あらゆる場所の音を拾い集められるんだ!」


 彼の知るこの情報は市井で広がっていた噂話の一つだった。

 【竜吞ウーガ】世間を今なお騒がし、あらゆる物資と金銭を集積する前代未聞の移動要塞。真っ当なやり方では成立するはずも無いその移動要塞が、破綻もせず今も維持できている理由。その理由は、【白銀の至宝】と呼ばれる少女の存在そのものに他ならない。


 彼女は、ウーガを支配する【歩ム者】というギルドに捕らえられ、酷使されている。


 そんな噂話。根も葉もない噂。とも言い難い。ウーガに立ち寄った来訪者達の中でも時折、白銀の少女の目撃情報はある。その美しい容姿にもかかわらず、地味なローブを身に纏い、ひっそりと影に隠れるように周囲を見渡している女の姿。


 白銀の少女は実在する。ならば噂話は本当だ。彼の思考は短絡的にその結論に至った。


「かわいそう!」

「だろう?僕たちが保護してあげよう!!」

「いいね!私たちの仲間に入れてあげましょう!!」


 そして、彼らの仲間達も同様だった。

 結局の所、彼らは道を誤ってしまっただけの子供だった。善悪の判別をただせぬまま生きてきた子供だ。自分たちの所業の意味を理解していない。何せ、今いる自分たちの隠れ家を出れば、戻るのは自分たちの家で、そこには暖かいベッドも食事も家族も待っている。


 遊び感覚、というよりも、完全に遊びなのだ。


 それを許す地位、知識、財産、

 それが全て、彼らの手元にあったこと。誰も止められる者がいなかった事が、何よりの彼らの不幸であった。


「でも、もし何かの間違いだったら?」

「そのときは――――」


 一人、少しだけ不安そうに声を上げる。それに対してカルターンは少しだけ迷ったような声をだすが、すぐさまにやりと笑った。


「ウーガで遊ぼうじゃないか」

「賛成だ!!!」


 無邪気に彼らは笑い合う。自らの行いに一点の曇りも無いと信じて。

 自分たちの所業が、人身誘拐であることをこれっぽっちも理解しないまま、彼らは進む。

 その先の奈落に誰一人気づかぬまま、足取りを軽くさせていた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 闇ギルドとは、都市に住まう者達が守るべき法から逸脱した犯罪ギルドの呼称である。


 とはいえ勿論、違法と一言でいっても、その種類は様々だ。実にありがちな不正腐敗脱法犯罪に手を染めるギルドもあれば、「それは違法だったのか?」なんていうほどくだらない所業で闇ギルドと判別される組織もある。当人達もまったく気づかない内に法に背いていて「闇ギルドになっていた」なんていう間抜けなケースまで存在している。


 闇、という言葉の与える印象ほど、誰も彼も邪悪なる犯罪組織であるとは言い難い。

 なんだ蓋を開けてみればくだらない、そう言って鼻で笑う者は多い。

 実態なんてそんなものだと、知った口をきく者もいる。


 が、しかし一方で、表沙汰には決して出来ない“真の暗部”もまた、この世界には存在している。日々を生きる民達が気取る事など決してできないほど静かに、地下深くに潜行し、活動を続けている、暗黒のギルドが。


 闇ギルド、【黒羊】もその一つだ。


 通常のギルドのように、表だってどのような職業の集いであるかを提示する事は勿論無い。そもそも“彼”がどのようなあつまりであるかを知る者はほとんどいない。知っているのは“彼”の顧客である一握りの者達だけだ。


 ここまで念入りに姿形を隠している“彼”の生業は、【暗殺】だった。


 依頼されたターゲットの命を奪い去る事。それが彼の仕事だった。相手を選ばず、手段も選ばず、その命を奪い去る。紛れもない、暗黒の生業だった。時に大商人ギルドのトップを、時に大手の金貸しギルドの会計係を、時に同じく闇ギルドで薬物を捌いていた主犯格全員を、“彼”は手にかけてきた。


 そして、“彼”が驚異なのは、精霊の加護を持った神官、強靱な騎士、勇猛な冒険者が相手であっても、その仕事を完遂してきた事にある。


 どれほどの達人であっても、常時臨戦態勢でいるわけがない。生きて生活をしていく以上、油断するときというのは必ずある。彼らはその隙を縫うように狙い、そして音も無く始末し、なんでもないように帰還する。

 誰もがイメージする、まさに闇のギルドだ。


 そして、その日もまた、“彼”に依頼は舞い込んだ。


 法から逸脱した存在である“彼”は当然、特定のギルドハウスなど持たない。利用するのは都市の内部の各所にある”盲点”だ。その日は、都市民が利用する人気の酒場。喧噪溢れる店奧の、人の視線が通らないテーブルの一角。

 それは意図して生まれたモノではない死角だった。客は疎か店員すら、声をかけなければ視線すらやらない薄暗い、寂れたテーブル。秘密の会話をするにはもってこいの場所だ。

 その店のテーブルについているのは二人。テーブルにはそれらしく酒と料理が並び、飲み食いされている。二人の男は赤らんだ表情で談笑しており、全くもって周囲の景観と溶け込んでいた。

 そこに後ろ暗い雰囲気は微塵も無い。そして自分たちの装いと纏う空気が、周囲の酒場に完全に溶け込んだ辺りで、不意に男の一人が笑みを浮かべたまま、懐から紙を一通差し出した。


「依頼だ」


 もう一方の男は無言で紙を広げると、一瞬目を通すとそれを握った。再び手を広げると紙切れは灰のように砕けて、次の瞬間には塵と成って霧散する。跡形も無くなった。


「期限は2ヶ月だ。それまでにを頼む」


 それだけを言うと、男はたち上がり、店員に頼んで会計を済ませて去って行った。

 残されたもう一方、“彼”は一人酒を飲み、食事を続ける。偽装の一種にすぎないが、どのような後ろ暗い仕事をしようとも、食事を取らなければ死ぬのだ。腹を満たす必要はあった。作業的に、やや濃い味付けの肉を食い千切りながらそれを酒で流し込むと、彼は今回の”納品”の対象となった相手を思い返し、誰にも聞き取れないくらい小さな声を口の中に転がした。


「……【銀の君】か」


 数日後、彼は至極正当な手順を踏んで、衛星都市から出立する。向かう先はエンヴィー領内の都市に現在停泊する超巨大移動要塞、ウーガだった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 幾多の思惑と、無数の悪意。それらが竜吞ウーガへと向けられる。 

 彼らにどのような意図、思惑が在ろうとも、その一つでも成就すれば、ウーガが大きな混乱に見舞われるのは間違いなかった。


「おーし今日は北東部の甲羅の採取作業だ-!!高所作業だ気をつけろ-!!」

「今日の重力術式の数値少し異常じゃない?後で脚部チェックしなきゃ……」

「工房から作業防具一式きたぞー!!!ちゃんと全員装備しろよ-!」

「ヒトの出入り激しいし、マニュアル欲しいなあ……カルカラさんに相談するかあ」


 しかし、そんなことは露知らず、今日も竜吞ウーガの住民達は平穏で慌ただしい日々を続けていた。現在、イスラリア大陸で最も活気あふれる場所と言っても過言ではないこの場所で、誰もが汗水をかきながら日々を過ごしている。


「今日も皆様元気ですね」


 その光景を、とある一室からシズクは見下ろして、微笑んでいた。輝かしく、眩い光を見るように目を細め、そしてすぐに視線をそらし部屋の中へと戻っていく。

 ウーガの一画にある彼女のための部屋は、薄暗く、異様だった。無数の書類と、幾つもの通信水晶、そして至る所に張り巡らされた銀の糸。無数の音を拾う銀の糸がざわめき、音を鳴らす。何か得体の知れぬ者が潜んでいるようで、本当に気味が悪かった。


 そんな部屋で、シズクは手慣れた様子で一つの水晶を起動させる。

 

「――――確認しました。ええ、確かに、千客万来ですね」


 通信先の水晶の声が聞こえてくる。淡々として、鋭利な刃物のように鋭いその声に、シズクは微笑みながら応じる。


「勿論、油断はしないよういたします。そちらもどうかお気をつけて、蒼剣様」


 そういって、通信魔具の起動を解除した。そしてもう一度、薄暗い部屋の中で、唯一差し込む窓からの光を見つめて、両手を合わせた。


「ウーガの今日が平穏に終わるよう、努力しましょう」


 シズクは静かに祈り、そう宣言した。


 故にその日、4つの闇のギルドは滅び去る。


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