竜吞ウーガの一番では無いけれど比較的長い一日④


 【血の探求者】が直接ウーガに乗り込む上で、最初にして最大の関門は、ウーガの護衛を任されている銀級ギルド【白の蟒蛇】だった。ギルド長である銀級冒険者、ジャインを筆頭とした、戦闘経験豊富な熟練の冒険者集団。

 ターゲットを見定めると、まるで一尾の蛇のように連携し、ターゲットを取り囲み、傷つけ、弱らせ、最後には跡形も残すこと無くまる吞む。


 【血の探求者】が追い詰められるまで、ウーガに直接手を出さなかった理由だ。


 どれだけ外道に手を染めようとも、あくまで研究者である彼らが熟練の戦闘集団である【白の蟒蛇】らと真正面からやり合える可能性は酷く低い。

 だが勿論、彼らもそんな事は承知だ。理解はしている。


「【暗黒よ来たれ、血の標を辿り、酔い狂え】」


 彼らは戦闘を生業とする魔術師ではない。が、一方で彼らは一流の魔術師ではある。どれほどの外道を行い、邪悪へと至り、魔術師としての矜持すらも台無しにされても、それでもその腕そのものは確かなのだ。


 その彼らが使う魔術は、禁忌の一つ。

 都市では使用を禁忌とされている【魔物招き】の魔術。

 血の気配、ヒトの気配を高めることで、周囲の魔物を一気に招き寄せる魔術。


 本来であれば、これは都市防衛に利用された。都市を狙おうとする魔物達を狙う場所に誘導し、一気に叩く。上手く使えば、かなり有効な手立てだった。だが、その有用性が高まると同時に悪用する者が否応なく増えた。

 商人ギルドのキャラバンを魔物達に襲わせて、その死骸から金銭を奪い取る等という邪悪極まる盗賊団が蔓延し、神殿も魔術そのものを封じるという強行をとらざるを得なかった。

 現在では都市防衛を担う騎士団の魔術師が許可を得て初めて身につけることが出来る代物だが、勿論彼らはそんな法など気にすることは無い。


 今、彼らが使う【魔物招き】は、更に凶悪だ。


 一度使えば、彼らにも制御できない階級の魔物達が一気にやってくる。扱いを間違えれば自分たちが狙われかねないような代物だ。法に背く事を恐れなくとも、扱いには十分に注意しなければならない。

 だが今、招き寄せられた魔物達を相手にするのは自分たちでは無い。魔物達の向かう先は現在、交易の為停泊中のウーガであり、ソレを護衛する【白の蟒蛇】だ。


『GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

「魔物だ!!戦闘準備!!!」


 予定通り、集まってきた魔物達を彼らは相手にする。通常稼働時、魔物を引き寄せない竜吞ウーガが、唯一危険なのは停泊時だ。ウーガに住まう住民達の気配は巨大なるウーガの気配に覆い隠され、魔物の目から隠すことが叶うが、そこに乗り込むまでは別だ。

 故に護衛がつく。結界を張り巡らせ、万全の体制で対処する。魔物達は次々に討たれる。


 だが、問題ない。そうなることは分かっていた。

 それなりの月日、抗争を繰り返したことで、白の蟒蛇の弱点は分かっている。


 極めて練度の高い冒険者集団。しかし、人数自体はそれほど多くは無い。

 ウーガ騒動の時、離反があったことは彼らも知っている。ヨーグから聞いていた。そうでなくとも、彼らレベルの熟練の戦士は、そう何人もいるわけが無い。


 だから数で攻める。彼らの意識を外に散らす。ウーガの内部の警備を手薄にする。


「さて、全員準備は良いな」


 全員は頷く。再び彼らは魔術を操る。

 使うのは影の魔術。暗黒に潜み、物理的な空間を超越する影の魔術。通常の転移の魔術のように一瞬にして全く別の場所に移動することは出来ないが、一方で、影の広がる範囲であれば、物質を超越して移動できる。邪教徒の一人が作り出した術の一つ。勿論、これもまた禁忌の術だ。

 影を潜っている間、心身を激しく消耗し、下手をうてば影の中で圧死するような危険な魔術だからだ。しかし彼らは使用に躊躇しない。


「事前の使い魔の偵察通りならば、この時間帯、レイラインは機関部にいる。向かうぞ」


 彼らの足下に影が広がり、次の瞬間彼らは沈み込み、消えた。











「転移確認っすねー」

「良いの?見過ごして」

「よかねーっすけど、被害を最小限に、が今回のオーダーっすからねー」

「まあ、此方の戦闘も油断できるものじゃあないけれど」

「頼りにするっすよー新人」

「努力するわ。先輩」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 竜吞ウーガ内部、倉庫区画


「……ふう」


 飴色の山猫、ミクリナは竜吞ウーガの内部に侵入していた。

 現在エンヴィー領の衛星都市に停泊しているウーガに商人、ではなく【商品】として彼女は侵入した。繋がりのある商人の協力の元、ウーガに運び込まれた物資の中に紛れ込んだ小さな小さな箱の中に自身を収容したのだ。

 無論通常であれば人体が潜り込めるようなスペースでは無い。が、彼女は自身の身体をまるで折りたたむようにして小さくなることが出来た。魔術の一切絡まない、体術の一種だ。多くの侵入をその能力でもって成し遂げてきた。


 だが、それでも本来ならば、見つかるはずなのだ。


 ウーガの検査には魔術も用いられる。彼女のような技能を持っていなくとも、貨物に紛れ込んで侵入を計ろうとした者はいた。対策のために生物非生物を見分ける術を仕掛けるようになった。


 にもかかわらず、彼女はその術をくぐり抜けた。彼女が持つ【異能】によって。


 小さな箱の中からずるりと抜け出した彼女は、そのまま倉庫を抜け出し、人目から隠れるようにして移動する。向かう先は人通りの多い居住区ではなく、ウーガの核の情報が眠っているとおぼしき機関部だ。


 想像以上に警備の数が少ない。何か慌ただしく、侵入口へと【白の蟒蛇】が走って行く様子が見える。理由は不明だ。好都合と言えば好都合だが、イレギュラーが発生している可能性もあった。出来れば情報を把握しておきたいが、残念ながらそこまでの余裕は無い。

 ミクリナは自らの目的を優先した。事前、確認しておいた機関部への入り口を確認する。施錠はされていないが、やはり魔術のセキュリティが多重にかけられていた。


 司令塔を除けば、此処がウーガの最重要区画。この厳重さも当然か。


 納得しながらも、彼女はそのまま平然と、扉に手をかける。物理的な施錠は、愛用の“小道具”で解錠する。【警報】の魔術は――――やはり、彼女には反応しなかった。


 ミクリナは、【消去体質】と呼ばれる身体だった。


 そのものズバリ、自分の肉体に対するあらゆる魔術干渉を【消去レジスト】する。物理現象に変換されてしまった魔術までは打ち消すことは出来ないが、彼女自身に干渉する類いの魔術や魔眼、結界の類いは一切通じない。自分の魔力の全てを使い、常時周囲の魔術を打ち消し続ける。これは一切制御が効かない。


 この力は、先天的に身につけたものでは無い。


 幼い頃、邪教徒達に捕らえられたとき、実験中の術式を身体に埋め込まれた結果、発現した能力。使用者は魔術が使えなくなる上、精霊の力までは打ち消せないという散々な結果に終わり、失敗作として廃棄された。


 全くもって、不愉快な話だった。

 今も尚、彼女のトラウマであり、現在進行形で疵を残している。


 魔術を使えなくなったことで、どれほど自分の人生が難しくなったか。

 幼い子供だって、練習をすれば魔術を扱える世界なのだ。そんな中、自分だけが一部の機能を使えない。しかも以前は使えたものが使えなくなる。というのはあまりにも苦しかった。周囲の、出来ない者に対しての落伍者を見る目も、哀れみの目も最悪だ。


 しかし今はその体質を利用させてもらう。

 この体質を素晴らしいと賞賛してくれたギルド長、ドートルのためにも


 そう思いながらも、彼女はなんなくウーガ機関部への侵入を成功させた。目的を果たすべく、彼女は音も無く、ウーガの深層へと潜っていった。


「…………?」


 一瞬、耳元で、美しい鈴の音が聞こえた気がしたが、周囲を見渡しても何も無い。違和感を振り払うように、彼女はそのまま先に進んだ。

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