竜吞ウーガの一番では無いけれど比較的長い一日


 竜吞ウーガの司令塔。


 その様式は神殿に似ているが、その本質はまったく異なる。そこは神と精霊を紡ぐための儀式の場所ではなく、ヒトが自らの意思を示し、使い魔へと命令を下すための文字通り“司令塔”だ。

 その玉座に座る事となったのは、元々衛星都市ウーガ建設の管理者としての任についていたエシェルだ。現在の彼女は、ウーガに君臨する女王として様々な指示を下し、責任を負っている。


 当然ながら、その若さで、一切の前例の無い“移動要塞型都市国”なんていう代物の管理の全てを担う事なんて不可能だ。グラドルの現在のシンラであるラクレツィアを中心に、多くの者達が彼女に協力し、支えることで現状を維持している。


 それでも、女王は彼女だ。

 そうであるとラクレツィアも認めている。

 そして彼女自身もそうであろうと努力している。


 その過程にどれほどの失敗があろうとも、どれほどの無様を晒そうとも、彼女は女王だと誰もが認めている。いや、認めていっている。女王となる。その道程に彼女はいた。


 そして今、彼女は――――


「ここに来るのも久しぶりだなあ。いやまあ、転移で直接来てはいるんだが」

「うん」

「エシェルにこうされるのもなあ」

「うん」


 司令室の玉座で犬になっていた。

 飼い主もとい、彼女に慕われるウルは、されるがままに抱きつかれた状態で、周囲を見渡す。司令室にはまだ自分たち以外の人影がないのは幸いだった(もっとも、人影があろうとも彼女は最早気にしなくなりつつあるのだが)


「依存、てんで抜けなかったかあ……」


 不本意な形でウーガから牢獄へとたたき込まれたウルであったが、エシェルのウルに対する依存がある程度収まれば、と期待していた。が、どうやらその目論見は残念な結果で終わったらしい。むしろヒトの目も憚らなくなりつつあった。


 するとエシェルはパッと顔を上げて、ウルを見た。そして、


「頑張った!!」

「ああ」

「でも!色々!あったんだ!!」

「察するわ」

「う゛-!!」

 

 おかわりがはいったのでウルは諦めて彼女の背中をぽんぽんと叩いた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「色々、様変わりしてるしな」


 しばらくしてから、エシェルも落ち着きを取り戻し(それでもがっちりとウルの腕をホールドしていたが)、ウルは改めて司令室の中を歩き回った。エシェルの力でウーガに戻った時も司令室には直接乗り込んでいたが、落ち着いて周囲を見渡すのは久しぶりだった。

 そうして見て回ると、当然ながら様変わりしているものが多くあった。

 というか、大分散らかっていた。


「運用している内に、色々と。各々、必要だと思うものを持ち込んでこんなことに」

「あー、そうなるよな。地下牢でも覚えあるわ。俺も」

「整理するぞ!!って皆で片付けもしたんだけど、すぐに何故かまた散らかる」

「綺麗にしても、普段使いするものってすぐに出っぱなしになるなあ」


 司令室には様々な情報が飛び込んでくる。貯蔵した魔石から魔力を取り出し運用する機関部や、遠見の水晶から得られる視覚情報、ウーガ周辺の環境情報に、ウーガ内で活動する人員の状況等々。

 それらの情報が自動で収集され、それに合わせて自動で処理が実行される、訳がない。情報を得たとしても、その情報をまとめ、活用するのは自分たちだ。


 つまるところ、全ての情報が集約する司令室は否応なくとっちらかる。


 此処は塵一つない荘厳なる玉座として設計されたらしいのが、部屋の造りからも感じ取れるが、そこに筆記具やら魔具やらなにやらがごちゃごちゃと並んでいては、荘厳さも台無しである。

 ウルとしては、そちらの方が親しみを覚えるで気にはならないのだが、どういったものかわからないものが幾つもあった。


「アレは?」

「この先巡る都市のスケジュール表。ウーガ次第で日程も前後するから絶対じゃないけど」

「これは?」

「暁の大鷲から仕入れた記録水晶だ!結構凄いぞ!記録しておきたい映像を複数保存できる!!ラストで作られたんだって!」

「へえ、凄いな…………で、これは?」

「ああ、それは殲滅対象の闇ギルド一覧だ」


 急に禍々しいものが出てきた。

 ウルはエシェルを二度見した。エシェルは複雑そうな表情をした。


「ウルが居なくなってから、つけいる隙だって思った闇ギルドがいくつか出てきて……」

「そりゃまあ、悪かったってのは置いといて……それで?」

「最初は、まあ、下っ端連中ばっかりだったんだ。だけどだんだん、規模も数も増えてきてぇ……」


 タチ悪いことに、それらは時間経過で落ち着いていく事は全くなかった。

 元よりウーガの知名度は誕生時点で尋常では無かったのだ。そして、即座にその価値を見抜き、ウルを貶めた連中以外にも、ウーガに目をつけた者達は当然のようにいた。


 しかし、彼らの多くは、エンヴィーやプラウディアの悪党達と違い「見」を選んだ。


 当たり前と言えば当たり前だ。ウーガを手中に収めんとした連中が選んだ速攻の一手は、誰もが選べるような手段ではない。コストもリスクもある。ウーガの価値そのものも不確かだったのだから。もしもウーガが大きな問題を抱えていた場合、都市規模で巨大な不良品を抱えることになるのだ。

 見に回る方が遙かに賢明だ。


 そして、時間経過と共に、ウーガの持つ潜在的な価値が本物であると理解して、そういった連中が一気に動き出した。


「で、最終的に、6つくらいの大きな闇ギルドが、ウチを狙ってきたんだ」

「えらいこっちゃ」


 自分が留守中に、どれだけ彼女らがトラブルと闘ってきたのか、その一端だった。ウルは感謝するようにエシェルの頭を撫でた。エシェルは嬉しそうに笑った後、更に説明を続けた。


「それでこのうちの一つの組織は滅んだ」

「滅んだ」


 滅んだらしい。

 エシェル曰く、そのギルドはプラウディアを中心にして蔓延っていた闇ギルドの一角だったらしい。プラウディアの中で堂々と正当ギルドの看板を打ち立てておきながら、裏では悪徳に手を染め、真っ当な者達を引き返せない暗黒に引きずり込む、紛れもない犯罪ギルドだ。


 そんな邪悪なギルドがなにゆえに滅んだか。


「その……詳細は不明なんだが」

「うん」

「天剣のユーリ様の下で暗躍する謎の銀髪エージェント【S】がギルド内部を混乱させて、内乱状態を引き起こして壊滅させたらしいんだ……!!」

「…………」

「…………」


 ウルは天を仰いで、しばらく沈黙した。エシェルもそうした。

 そして、


「――――何者なんだろうな。謎の銀髪エージェント【S】」

「うん、何者なんだろうな……!」


 流すことにした。


「で、1つ組織が滅んだと。残り5つ?」

「あ、5つのウチもう1つも滅んだ」

「闇ギルドで流行ってるのか?滅ぶの」


 日常生活ではほとんど聞くことも無いはずの「滅び」が連呼されて、ウルも感覚が狂い始めていた。


「大丈夫だ!!こっちは【S】じゃない!!」

「かつてないご安心の言葉をいただいたが、じゃあなんで?」

「うん、【S】じゃなくて【R】の方だ!!」

「察した」


 おおよその顛末が想像出来たが、ひとまず続きを促した。


「典型的な犯罪ギルドの一種だったんだが」

「うん」

「謎の白王陣使い【R】が……侵入してきた下っ端連中に「こんなくっそめんどくさい魔法陣誰がほしがるかばーか」って馬鹿にされて……」

「されて?」

「滅んだ」

「自明だ」


 何一つとして想像の範疇から外に出なかった。自明だった。


「…………」

「…………」

「ほれ」

「う゛ー!!」


 ウルが両腕を広げると、エシェルは抱きついてきた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「まあ、つまり残り4組織か」

「た、ただ、ウルも帰ってきたし、もう大丈夫、だと、思う!!」

「全然大丈夫に思ってなさそう」


 エシェルをわしわしと撫でながら、ひとまずウルは目下ウーガが争っている四組織を眺める。書面で見る限り、やはりどれもこれも危険な連中だった。出来れば関わりあいになりたくないし、グラドルや、プラウディアで対処できたらそれが一番なのだが―――― 


「あら、お熱いわね」


 なんてことを思っていると、司令室の扉から声がした。ウルは少し苦い表情を浮かべながらも振り返った。


「よお【R】、何の用だよ」


 リーネ、もとい【R】は何故か武装状態で姿を表した。表情がとても禍々しい。この時点で何か色々と察したのかエシェルはウルに強くしがみついた。


「来るわよ」

「来る」

「ウーガと白王陣の英知をかすめようとする盗人ども」

「わあ」


 驚きは無かった。彼女の殺意を見れば大体察した。


「いくわよ、【U】&【E】」

「いつの間にかコードネームがついてる」

「【S】はもう下準備に動いてる。早くしないと手遅れになるわよ」

「手遅れになるって、侵入者側がって意味だよな」

「そうよ」

「そうかあ……」


 とりあえず武装を急ぐことにした。

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