新たなるウーガの日常⑥ 勇者と聖者と凡人とⅢ


 元、【罪焼きの焦牢】跡地。


 数百年続いた罪を焼く牢獄は既に跡形も無い。残された残骸と、不毛なる砂漠が残るばかりだった。結果として、何一つさえぎるものなくなった大地の上で、灰色の少年と金色の少女が相対していた。


「ほんじゃいくぞ」

「いつでもどうぞ」


 灰色の少年、ウルはやや緊張した面持ちで身構え、一方で金色の少女であるディズはリラックスした表情だった。


 ウルのリハビリ鍛錬を開始してから数日が経過した。


 現在のウルの身体能力を考えると、ウーガの訓練所では狭すぎるのでは?


 ということで焦牢の廃墟を使っての鍛錬に切り替え、ウルは「全力」の力の引き出し方をここ数日間練習していた。その成果、ロックとアカネの補助なしでも、力を出した瞬間バランスを崩して地面を転がり回るような不細工な事にはならなくなりつつあった。


 ――――なら最後、模擬戦闘で感覚を掴もうか。


 ということで、ウルは勇者と対峙することになった。


「…………」


 模擬戦闘とはいえ対人だ。今のウルの力では相手を木っ端微塵にしてしまうのではないか、という恐怖はどう抗おうともつきまとう。その点を払拭するための対峙でもあった。


「いーくー、か!!」


 ウルが地面を蹴る。途端に膨大な力が地面にたたき込まれる。砂の大地がまるで柱のような激しい土煙を起こす。ディズの視界いっぱいに土煙が立ちこもり、彼女の視界を塞いだ。

 そしてその土煙を一瞬で穿つように、ウルが槍を構えて飛び出してくる。


 速い。


 ディズは声に出さぬまま、感嘆し、そのまま最低限の動作で回避する。すぐ側で豪速の巨岩がたたきつけられたかのような衝撃が音と共にやってくる。振り返り、剣を構えると、しばらくしてから反転したウルが飛び出してくる。


 やはり細かな動作の連携がかなり鈍くなっている、が――――


「――――っ!!」


 竜牙槍の刃を使う要領で、ウルが振り下ろしてきた槍をディズは受け止め、その強さに顔を引きつらせる。模擬剣は多重に守りの魔術による付与を行ったはずだが、軋み、今にも砕けそうになる。受け止めるディズも、集中しなければ即座に叩き潰されてしまいかねなかった。


 凄まじい……!


 やはり、ウルの現在の力はとてつもない。七天のディズの視座であっても異常だった。


 ラースを破壊したときの詳細を彼からは聞いていた。


 最終的に、ラース超克の場にて生き残ったのは自分だけだったと。ならば、なるほど、ラースが有していた魔力の大半を彼が引き受けた事になる。超強化も道理だ。


 しかし、人類の魔力吸収量には限界がある。


 人類の魂という器の容量だ。魔名で言うところの五画。それを超えることは出来ない。生物としての成長の限界点だ。勿論、そもそもそんな場所に到達する事が出来る者が極めて希であり、それ故に「限界がある」なんていう事実すら、ほとんど知れ渡っていない。


 だが、おそらく今の彼は、それを超えている。


 力の引き出し方が分かっていない今の状態ですらも、この力だ。魔力が完全に馴染めば、更に伸びる。そうすればおそらく、真正面から受け止めることすらも出来なくなる。


「だが、まだ――――」

「っとお!?」


 正面から受けとめたが故に起きたつばぜり合いの拮抗を、一気に崩す。上段から槍を振り下ろしていたウルは、突如としてバランスを崩して、地面に槍をたたきつけた。再び土煙が舞う。


 いや、事故は起きないけど、これはこれで問題だね?


 砂の雨を全身に浴びて苦笑しながらも、ディズはウルの隙を見逃さず、即座に動いた。


「よっと」

「っが?!」


 槍を即座に弾き、腕を掴み、ひねり、地面にたたきつける。一瞬で身動き一つとれなくなったウルはうなり声を上げながら、此方を見上げてきた。


「ラース以前と比べても、まだまだ反応が鈍くて荒いね、続けようか」

「……おねげえします」


 苦々しげなウルの表情を見て、ディズは微笑む。末席とはいえ七天と相対して、どうしようもないと諦めて笑うのではなく、悔しいと思えるのは良い傾向だった。


 今の自分がどれほど理不尽な怪物であるかの自覚が出てきている。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「惨敗だあ……」

「まあ、最後の方は悪くなかったよ」

「涼しい顔で言われてもなあ」

「砂まみれの顔だけどね」


 ディズとの模擬戦を終え、一方的にボコボコにされた結果にウルは地面に転がりながらため息をついた。こうなる結果は分かりきってはいたが、しかし悔しいものは悔しかった。

 そして、その一方で、ようやくじわじわとした実感がわいてきた。


「……とんでもねえな」


 ディズと相対して、ぼんやりと分かっていた自分の力を明確に実感し、ウルは恐怖した。

 黒炎砂漠を攻略する前の時点でも、ウルは自分の力の強さを扱いあぐねていた。その全てを掌握するのに四苦八苦して、掌握しきったのは黒炎砂漠攻略の終盤だった。


 そして現在、その力を更に超える力がウルに宿っている。


 地面を蹴れば一瞬で遙か彼方まで距離が潰れる。力を込め、槍を振るえば巨岩もあっけなく打ち砕ける。(当然模擬槍も砕けるが)。下級の魔物程度であれば、最早小細工すら必要としていない。正面から全力でぶつかるだけで砕け散る。


 未だ、力の全てを引き出せずにいて尚この有様だ。


 己は怪物となった。ウルはそれを理解して、身震いした。


「……こ~~~わ」

「力を自覚した上で、恐怖を感じるなら良い傾向だよ」


 地面に寝転がりながらぼやくウルの側で、ディズは屈み込んで微笑んだ。


「超人化することで得る万能感は、どれだけ熟練の戦士であっても惑わされるからね」

「魔物退治家業の基本中の基本、だな。グリードの師匠に散々指導されたよ」


 万能感に酔い、驕り、そして自分を見誤った瞬間、冒険者は死ぬ。


 今も鮮明に思い出せるグリードの訓練所にて、散々にたたき込まれた教訓だ。ウルも骨の髄までそれがしみこんでいる。魔力を吸収して強くなる度に、あの暴君のような師匠にボコボコに殴られ続けたのだから。


「おかげさまで、今日まで生き延びたよ」


 恐ろしい師匠を思い出しながら、立ち上がり、身体を伸びする。過剰極まる力によってずっとこわばった身体が、多少は柔らかくなった気がした。


「最低限は整ったかな?」

「まだ全然小回りが効かないけどなあ…………さて」

「ん?」


 そのまま、ディズから少し距離をとった。


「ちょっと実験」


 そう呟いて、槍を構える。

 先ほどまでの、肉体のコントロールを失わないことだけに注力していた意識を切り替える。心の奥底まで刻まれた経験を呼び起こす。あの黒炎の地獄の最深層で遭遇した狂乱の黒竜の姿を思い出す。

 あの時の集中力。一切を放り捨てて、一点を貫く閃きを再現する。

 穿つ

 以外の全ての機能を捨てて、一撃を解き放つ――――


「【魔――――】」

「ストップ」


 が、飛び出す直前、ぐるんとウルの首に腕がまきついて、強制的に動きが中断された。ディズが飛び出して、ウルの動作を止めたのだ。


「っと」

を今使うのはやめておこう」


 ウルが何を試そうとしたのかを、予備動作だけで彼女は察したようだった。


「……試すの、まずかった?」

「リスクがある技じゃ無いけど、今の身体の状態で練習して、変な癖がつくと不味い」


 彼女の警告の通り、素直にウルは力を抜いて集中を解く。そのウルの姿を見て安堵のため息をついた。そしてそのまま、ウルから距離をとって、上から下までを観察するようにして眺めていった。


?ラース超克の時?」

「不格好で、不完全で、酷いもんだったが……」

「でも、?なら、その感覚は大事にした方が良い」

「了解」


 頷き、肩の力を解くと同時に、疲労感が一気に身体に押し寄せて、座り込んだ。

 “魔を穿つ槍”、その技を再現しようと身構え、集中しただけで恐ろしく体力を消耗したらしい。放ってすらいないのに、そんな有様では、使いこなすのはほど遠いだろう。

 そんな風に思っていると、不意にディズが目の前に座り込んだ。


「なんじゃい」

「疑っていたわけじゃ無いけれど、君は本当に、ラースを討ったんだね」

「最後の一押しを担当しただけだって――――」


 思わず、謙遜を口にしかけたが、それを言い切るよりも早く、ディズの指先がウルの口を塞いだ。彼女はそのままウルに微笑みかけた。


「改めて、賞賛を。君は凄いよ」


 ディズは、真正面からウルの眼を見てそう告げた。

 輝ける黄金の瞳に込められた一切の濁りの無い祝福を、目を反らさずに受け止めるのはウルでも苦労した。あまりにも綺麗だった。


「あと少しで、私は君に完全に負かされる。楽しみだよ」

「それは――――」


 と、ウルが言葉を返そうとしたときだった。


『おう、イチャついとるところ悪いがちょいときとくれ』


 ウル達と一緒に此方に降りてきていたロックが声をかけてきた。


「どうした骨」

「アカネと一緒に焦牢跡地を探索してたよね?彼女は?」

『その妹御が酔っ払った』

「「なんて?」」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 【罪焼きの焦牢】は長い歴史のある場所だ。

 ラースの崩壊から今日に至るまで、ずっと都市の外で残り続けていた奇跡の建物であり、歴史のある建造物だった。

 が、それは不死鳥の一撃によって文字通り焼け焦げ、ウーガの重力魔術によって地表が吹っ飛び、廃墟となってしまった。


 地表で燃えさかっていた黒炎も消え去り、生き残った囚人達による撤去作業も済んで、人気もガランとなったその廃墟を、アカネはロックを引き連れて探索していた。


《あははははー!》


 ら、こうなった。


「どうしてこうなった?」


 ウルは乗っかりながらぺしょんぺしょんと、彼の頭を楽器にして遊んでいるアカネを指さして尋ねた。ウルと一緒の時、彼女は割と浮かれる方だが、今日はいつもの比では無い。というか明らかに様子がおかしい。


『探索しとった妹御が、食堂ではしゃぎすぎて放置されとった酒瓶に頭から突っ込んだの』

「料理酒か……飲んじゃいないだろうが」

「酒気に酔ったかな。アカネ、大丈夫?」

《にゃはあはあははは!》

「大丈夫じゃないなあ」


 アカネの形状も普段と違う。液状の物体のように揺らいでいる。普段、周囲から不必要に目を引かないように猫や犬、動物の姿になるか小型の妖精の姿だ。

 しかし、今は殆ど普通の少女の姿である。その状態でウルにしがみついている。そしてうろんな目つきのまま、自分を心配そうに撫でてくるディズに焦点を合わせた。


《あー!でぃずだー!》

「ディズだよー」


 ディズを見つけると、アカネがビックリしたように声を上げた。ここまで一緒に来たはずなのだが、頭からすっ飛んでいるらしい。液体から魔力を吸収する彼女は、液体に影響をかなり受けやすい。

 そのまま猿のようにぴょんとディズに乗り移ると、そのままウルにしたようにディズの頬をぺちぺちと叩いた。


《ディズもなー!いつもなー!むちゃばっか!!》

「ほんとにね。ごめんね」


 アカネに謝りながら、ディズは彼女を抱き上げる。嬉しそうに声を上げながら、そのままディズの頬をむにむにとひっぱって遊び始めた。


《どーしてむちゃばっかするかなー!いいとしごろなのになー!》

「そう言う言葉何処で覚えてくるかにゃ君……ああ、父か」

《おとーたんおかーたんいるんでしょー!あんないいひとだったのにー》

「そうだねえ。私にはもったいないくらいの素敵な人達だよ」


 ディズはアカネと共にプラウディアのフェネクス家に一度帰宅している。アカネはフェネクス家の皆々に随分とかわいがられて、喜んでいた。自分よりよっぽど、あの家の子供らしく見えたのは内緒である。


《だのになー。むちゃばっか!》

「ほんとにごめんね?」

《あやまってばっか!にーたんもよ!》

「ごめんて」

《あやまってばっか!!》


 アカネはぷんすこだった。ディズは赤子をあやすようにゆらゆらと揺らし、リズム良く背中を叩いていく。徐々にトーンダウンしていった。


《ほんま、もーちょいー……じぶん、だいじに……》


 次第、こくりと船をこぎ始めるのを見計らって、するりとディズは彼女に指をあてて、魔術を唱えた。


「【浄化】」

《…………くぴー……》

「寝た。生身だったころの再現かな」


 赤らんだ彼女の身体が普段の金紅色に戻る。同時にアカネは眠りに就いたらしい。ディズはアカネの額を撫でた後、彼女を包んでいた星屑の外套に手を当てる。外套は輝き、アカネの身体をその内に隠した。


「ふう……」

『カッカッカ!言われたのう?ウルよ』

「めたくそに怒られたな」

「愛情さ」


 ディズが微笑みそう言うと、ロックが真っ白な骨の歯をニヤリと歪めた。


『おうおう、他人事のように言うのう?お主にもじゃろ?分からん訳ではあるまい』

「――――そう……だね」


 少し躊躇いながらも、ディズも頷いた。

 アカネに親愛が向けられているのは分かっている。それは暖かくて、少し痛い。そんな風に感じるのは自業自得なので、決して口にはしないが。


「――――まあ、私はもうすぐアカネとは別れることになるから」

『ほおん、こやつが黄金級とやらになるからかの?』

「指を指すな指を……」


 ロックの問いに、ディズは頷く。もうすぐ、ウルはディズとの契約、妹の売買契約を果たすだろう。そうすれば、アカネが価値証明の為に自分について回る理由もなくなるのだ。


「まだ、黄金級になるってだけで、私から買い取れたわけじゃ無いけど、遠からずでしょ」

「アカネの設定価格が金貨1000枚か」

「当時、冒険者ですらない君には果てしない金額だったけど、今の君ならかなり現実的だ」


 しかしウルは何やら複雑そうに首をかしげた。


「っつって、今の俺の報酬ってどうなってんだ……?」

「私の護衛の報酬は流石にもう大分長いこと宙ぶらりんになってるけど……」

『ウーガの管理費は主が管理しておるぞ?』


 その疑問に、ロックが応じる。アカネが割ってしまった瓶のガラス片を丁寧に拾いつつも、言葉を続けた。


『グラドルのラクレツィア殿と何度もやりとりして、結構な額もぎとっとるぞ?ちゃあんと、ギルド長のお主にその分の報酬も行くように割り振って、保管しておる』


 お主が牢獄にいっとる間の分もな?

 と、そう笑った。内助の功を体現するシズクの献身に、ウルは苦笑した。


「なら、かなりの額が貯まってるだろうね。金貨1000枚は射程圏内のはずだ。支払い終われば、アカネはもう、私についてくる必要は無くなる。兄妹水入らずだ」

「……」

『……』


 すると、何故か二人は微妙な顔をしてディズを見つめた。


「どしたの?」

『……まま、ええじゃろ』

「自由になった後、アカネがどうするかは俺が決めることじゃないしな」


 ディズが二人の言葉の意図をつかめきれずにいると、不意に、食堂の奧、地下牢の奥から物音と、ドタバタとした足音が聞こえてきた。何事だろうと視線を向けると、土人達が飛び出してきた。

 ウルは顔を上げる。先頭を行くリーダーの男に見覚えがあるらしい。


「フライタン?どうしたんだ」

「ウルかっ!それに勇者殿…………に、死霊兵?」

『おう、ウルの仲間じゃ。よろしくの?』

「……」

「やめろ、こっちに奇異なものを見る目を向けるな」


 地下牢で土人を率いていたリーダーのフライタンが慌てた様子でやってきたのだ。次いで彼の部下達も汗を流しながらどたばたと入ってくる。中には血を流している者も居た。

 やや不穏な空気にディズは前に出る。


「どうしたんだい」

「地下牢側の撤去作業が終わったんで、我々が使っていた地下鉱道の様子を確認して回っていたんです……が」

「が?」

「黒炎が消えた影響か、他の領から潜り込んできたと思しき大量の【丸岩虫】が……」


 と、フライタンが言ってる間に、背後から何かが激しく接触し、破壊しながら近付いてくる音がした。ディズは腰に備えた剣を引き抜き、笑顔で振り返った。


「ウル、ロック。手伝って」

「ろくな武器ねえぞ俺」

『んじゃ、ワシが武器になったるわ!!暴れるぞ!!カッカッカ!!!』


 その後、食堂に溢れかえった巨大で分厚い皮膚を持った3メートル超の虫の魔物達相手にウルとディズとロックは凄まじい攻防を繰り広げる羽目になった。


 その後、以前も既に【探鉱隊】相手にやらかしていたらしいウルが、「ラースを解放したウルは、死霊兵を身に纏い戦う死霊術師ネクロマンサーでもあった」と土人達から畏怖を込めて語られているのをディズは耳にしたが、ウルには言わないでおくことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る