新たなるウーガの日常⑤ 隣人のおせっかい



 竜吞ウーガの自宅。というものにウルはそれほど深く思い入れがあったわけではない。


 ウーガに滞在していたのはほんの数ヶ月のことで、ようやく馴染んできたかなと言ったところでいきなり地下牢送りにされてしまったからだ。エシェル達にも口にしたが、地下牢の滞在時間の方が長かったためか、ウーガの自宅が自分のものだという意識が根付ききってはいなかった。


 だから正直、家に戻ったところで何も感じることは無いだろうな、とそう思っていた。


 だが、地下牢に放り込まれる直前と殆ど変わらない内装を見た瞬間、郷愁のようなものがウルの中で沸いてきた。戻ってきたのだと、帰ってきたのだとそう思えたのだ。

 それは未知の感覚だった。帰る場所なんてこれまでなかった。次から次への放浪の旅が彼にとっての当然で、だから自分の場所なんて今まで得たことが無かった。


 だから、長く留守にした後、帰る喜びは初めてで、なんだか嬉しかった。


「……現金なもんだ、まったく」


 柔らかなベッドの上で目を覚ました瞬間見える天井にも、懐かしさを覚える自分の頭を嗤いながらも、ウルは起き上がった。心地の良い朝、とは、残念ながらいかない。全身が痛い。魔力による成長痛および、此処連日の“リハビリ”の疲労が身体に残っていた。


「はえーとこなれんとなあ…………っと」

「にゃぁ…………」

「当たり前みたいに潜り込んどる」


 剥がれかかっている毛布を潜り込んできていたエシェルにかけてやりながら、ウルは伸びをした。流石にそろそろ注意をした方が良いような気もするが、ウルの家が埃をかぶらず現状維持できていたのは、ウーガの留守を預かっていた彼女やリーネの努力あってのものであることを考えると、なかなか言いにくかった。(その結果、彼女らの私物がいつの間にか家に並んでいたりした) 


 まあ、今度で良いか。と、思いながら窓のカーテンを開き、外を眺める、と、


「…………ん?」


 自分の家の庭先で、菜園の世話をしている大男の背中が目に入った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 自分の庭園の世話をする大男の心当たりなんてウルには一人しか居なかった。


「じゃあなにか?俺がいない間ずっと庭先の庭園の世話してくれてたと?」

「ああ」

「感謝したい所だが若干怖いわ」

「お前の女どもが甲斐甲斐しく家の世話してくれることには文句言わねえくせに」

「自分より二回りでかい男の甲斐甲斐しさは圧が強いんだよ」


 燦々とした日光を浴びながら、庭先に引っ張り出した椅子に腰掛けだらりと身体を預けながら、隣の庭で菜園を弄ってるジャインを眺めていた。手伝おうかとも思ったが「休んでろガキ」と一蹴されたので近くで見物するに留まった。


「もう流石に怪我は回復したぞ。訓練所で見ただろ」

「魔力吸収ろくにできず力加減ガッタガタの奴に庭あらされたくねえ」

「俺の庭なんだが」

「うるせえ。さっさと慣れろ」


 投げつけられたのは、グリードの訓練所で見たような鍛錬用のボールだった。


 迷宮駆け出しの新人の冒険者が初めての魔物退治の後、獲得した魔力によって得た力の感覚を馴染ませるために握らせる代物である。まさか今更必要になるとは――――と思おうとしたが、考えてみればこの手の道具に頼らないタイミングというのが無かった。自分の冒険者稼業は常に自己認識と実際の肉体強度のアンバランスに悩まされっぱなしである。

 素直にボールを握りしめる練習を開始した。


「訓練はしてるんだろうが、取り急ぎ、せめて最低限動けるようになっとけ」

「含みのある言い方だが、なにかあるのか」

「すぐに分かる。お前ほどじゃあねえがこっちもトラブルまみれだったっつーこった」

「こわ」


 こっちが何事も無いわけが無かったのは分かっているが、直接的に言われると恐怖である。リハビリの量をもう少し増やす事をウルは決めた。

 それからしばらく、二人とも無言だったが、不意にジャインが目の前の農作物から目をそらさずに、口を開いた。


「……ま、無事で何よりだったよ」

「心配かけて悪かった。ウーガを守ってくれて助かったよ」

「自分の家くらい自分で守る」

「だなあ、俺は大分離れてしまったが」

「お前のせいじゃないだろ。畜生どもの仕業だ。因果応報で軒並み消し飛んだが」

「らしいなあ」


 ウルはなんでもないように頷くと、ジャインは不審げにウルを見た。


「……全然興味なさそうだなお前」

「トップの連中は、どっちも俺自身が始末はつけたしな」


 プラウディアのドローナに、エンヴィーのヘイルダー。

 それぞれに対して報復は一先ず完了した。受けた仕打ち――――ほぼほぼ無期幽閉ないし死刑――――を思えば、温いと言えなくも無いが、ウルとしてはそれで一区切りはついていた。

 エクスタインは結局取り逃がしたが、アカネがアカネパンチをぶちこんでいたので、ひとまず良しとした。(再会できたら自分も一発殴るつもりだが)


「残る連中はの皆が始末付けてくれたし、これ以上はいいかなって」

「俺なら、いままでの努力を取り上げられ、身に覚えの無い汚名を被らされて死地に放り込まれたら、徹底的に報復するまで腹の虫が治まらんがな」

「自衛の為にも、その方が正しいんだろうけどな」


 自分の身を守る為、自分の手で敵を滅ぼす。というジャインの思想は理解できるし、なんならウルの行動基準の一つでもある。別にそれは否定しない。


 だというのに必要以上の怒りが自分の中から沸いてこないことが不思議だ。


 ウルは別に自分の事を聖人と思っていない。むごい仕打ちには怒りを覚える。なのにここまで自分が平静なままなのはやや不思議だった。空を仰ぎ見て、自分の内面を覗き込み、そして一つ結論を得た。


「……焦牢の日々が、悪いもんじゃ無かったからなあ」

「無実の罪で牢屋に入れられた日々が悪くなかったって?」

「困ったことにな。得がたい出会いもあった」


 勿論、ウルが牢獄に入れられたのは悪意と策謀によるものだった。しかしその結果、ウルはあの場所でしか出会えない者達と巡り会い、縁で結ばれた。全てが良い出会いでは無かったが、貴重な経験だった。

 だから「あんな場所に放り込みやがって!」という負の感情がなかなか動かないのだ。


「まあ、黒炎払いの連中がかなりの掘り出し物だったのは認めるがよ」

「それ以外でもな。なんだかんだ、そういう点は運が良いよ、俺は」

「そう言えるのは大物だよ。流石、黄金級(仮」

「おうごんきゅう」


 その言葉をウルは繰り返し、そして、やや遠い目になりながら、ジャインに問うた。


「……すんなりいくと思う?」

「…………」

「おい黙るな」

「じゃあ聞くな」


 そして沈黙する。しばらくするとウルはボールを手放して、ジャインの隣にしゃがみ込んだ。


「……やっぱ出来るとこだけ手伝うわ」

「そうかよ」

「何も考えずに済むって点では良いな。土いじり」

「そうだろ」


 その後、しばらく汗と土にまみれた二人は、起きてきたエシェルと一緒にちょうど開いていた大浴場でひとっ風呂浴びてさっぱりして、ペリィのところで一杯やってから帰った。

 深くは考えないことにした。









「そういや結局、リハビリの調子はどうなんだよお前」

「カスがそこそこ動けるカスにランクアップした」

「ランクアップかそれ?」

「ウルは頑張ってるぞ!」

「全肯定女王はあんま参考にならねえ」


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