新たなるウーガの日常④ 勇者と聖者と凡人とⅡ
黒炎砂漠の攻略を経て、ウルの身体能力は飛躍的に向上した。
元々、彼の成長曲線は通常の冒険者達のソレと比べてもかなり極端な伸び方をしていた。次から次へ、強敵から強敵へ、戦いを繰り返していたが為に、彼の能力の伸び方には停滞が無かった。
が、今回はこれまでの成長よりも更に極端だ。文字通り彼の能力は飛躍した。
勿論、そのこと自体は別に悪いことでは無い。もし今後、戦いに身を置くことが無くなろうが、いつひっくり返るかも分からないような混沌としたイスラリアの大地に生きていく上で、強い力を有しているということは決して邪魔にはならない。
問題は、あまりにも飛躍しすぎて、まるで意識がついて来ていないことにあった。
『ほんじゃあ、ぱわーあっぷしすぎててんで使い物にならなくなったウルをなんとか回復させたろう訓練はじめるぞー』
《わー》
「わー」
そんなわけで、今日も今日とて、ウルは自己鍛錬に勤しむ事となる。ここしばらくの間のウルの日課となりつつあったが、今日は協力者がいる。
やる気なさそうに手を上げるロックと、ウルの隣でパチパチと拍手するアカネだ。
『で、結局どうなんじゃい身体の調子は』
「カス」
《たんてきね?》
隠す意味も無いので正直にウルは述べた。
「いや、まあ、間違いなく身体能力は向上してるんだ。それは間違いないんだが……」
『要は、馬力が跳ね上がりすぎて、コントロールが効いておらんのじゃろ?いつも通り』
「そうだな、いつも通り」
《いつものことがだいぶアレ》
「そうな」
頷いたが、アカネがめちゃくちゃじとぉっとした目つきでこっちを見つめてきたのでウルは目をそらした。
『ほんならまあ、いつも通りリハビリすりゃいいんじゃないんかの?』
「そう思ったんだが……」
ロックの指摘に腰を上げたウルは、訓練の為に立てかけてある模擬槍を握りしめ、身構える。幾度となく繰り返し、身につけた突貫の姿勢だ。ウルはそのまま以前と同じように全力で力を込め、一気に駆けだし――――
「――――ごうな゛る。いづもよりひどい」
『そんな格好で真面目くさった顔されてもものう……』
《しんだむしのまね?》
「にーちゃん泣くぞ」
コントロールを失って地面を這う事になった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「で、そんな格好になったと」
そしてそのタイミングで、ウル達の様子を見に来たディズがやってきて、ウルの無様な有様を見て苦笑することとなった。ウルは起き上がるのも面倒になって、地面に転がったままうなだれた。
「ちょっとコントロールの効かなさが今までの比じゃなくてだな……」
『よう日常生活送れるな?』
「日常の動作は、結局普段通りの力を出せば良いだけだからな」
文字を書いたり、食器を使い食事をしたりするときに全力の力を使うわけが無い。この感覚は魔力を吸収して超人的な力を得る前から変わりないので、破綻するわけでは無かった。(それでも時々事故るが)
《おてがみのじも、すこしじょうずになったものね?》
「グルフィン先生からはまーだミミズがのたくってるって言われるがな……で、問題は戦闘で、全力を出そうとすると、こうなる」
こう、と、ウルは自分の無様な有様を指さした。ディズはウルのその無様な姿を指先でつつきながら「なるほど」と納得した。
「“全力”の場合、自分の意識と、実際に引き出せる力の差異が大きすぎるんだね」
「多分、そんな感じ」
「意識の問題かな。今の自分の全力がどの程度かを認識できれば、多少はマシになるはず」
『多少のう』
ぶっ倒れているウルを立たせながら、ディズは肩をすくめる。
「いきなりまったく性能の違う新しい身体に乗り換えているようなものだからね、今のウルって。一朝一夕で乗りこなせるわけが無いよ」
なるほどな、と、ウルは立ち上がり伸びをする。
ラースの時でも、陽喰らいの戦いで得た魔力を馴染ませ吸収するのに酷く時間がかかったのだ。今回の戦いで“打ち倒した存在”を考えれば、それ以上の苦労があるのは当然の話だった。
「……まあ、今はとりあえず、最低限動ければいいんだ」
「やるだけやってみようか。ロック、アカネ、協力してね」
『そりゃ構わんが、なにすんじゃい?』
《まえみたいな、がったいこうげき?》
「当たらずも遠からずかな」
英雄と、骨と、精霊憑きはそろって首をかしげた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……なんかどえらいことになってるけど」
『カッカッカ!3人合体じゃの?』
《おもしろーい》
そして、ディズの考案した案によって、3人は“合体”した。
文字通りである。陽喰らいの戦いの時、ウルが未来視の魔眼の対策として半ば苦し紛れに考案したロックの人骨鎧をウルが纏い、更にその上からアカネが全身を覆い被さることで二重の鎧となっている。正直少し重いというか、息苦しい気がする。
「つまるところ、意識が戦闘モードになった時の力が出すぎるっていうのが問題な訳だから、力をまずは抑え込んでみようか」
「ロックとアカネは鎧というよりも拘束具か」
現状、身体を動かしても精々「何かが纏わり付いてて動きにくい」程度だが、ロックとアカネが全力でウルの動きを阻害すれば、いくらとてつもない力を有したウルであっても制約はかかるだろう。
「そ。上限を抑え込む。その状態で全力を出して、少しずつ拘束を解いていけば、全力の出し方に慣れるはずだよ…………多分」
「多分て」
「流石に君レベルで無茶苦茶極端な魔力吸収をしたヒト見たこと無いんだ私も」
ディズに苦笑された。返す言葉も無かったので、ウルは目をそらした。
ひとまず、準備は完了した。探り探りとはいえ、ディズの理屈に間違いがあるようにも思えなかった。ので、ロックとアカネを纏ったまま、改めて身構える。
「……まあ、試してみるか。とりあえず全力出してみる」
『おう!やってみいウル!!』
《おっしゃあこいやあ!!!》
二人の頼もしい返事に頷き、ウルは全力で地面を蹴りつけ――――
「おおう……」
『…………かか』
《えらいこっちゃ……》
そのまま3人まとめて地面に転がり、遙か遠くにあったはずの訓練所の壁に激突して停止した。
遠くから、ディズが駆け寄りながら叫んでいる。
「今のウルの全力って、本当に洒落にならないから、拘束側も油断しちゃダメだよ-!」
《さきにいって-!?》
「ゴメ-ン!」
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