焦牢の住民達のお引越し⑦ 弔いの酒


 ――やりなおし、たい?そう、ですか。……いいえ?それは、素晴らしい、願いです。


 ――過ちは、無かったことに、出来ません。赦しも、必ず得られるものでも、ない。


 ――それを承知で、改めるのは、険しく、苦しく、それでも、先へと続く唯一の道


 ――私も、間違えました。だから、一緒に、頑張りましょう。




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 【竜吞ウーガ・ペリィの酒場】


 焦牢での彼女の言葉をペリィは頭の中で思い出す


 思い出したからと言って、もう泣き崩れたりはしないけれど、とても悲しい気持ちになった。それでも、日々の中で、思い出すことを忘れたりはしない。決して色あせてしまわないように、歪めたりしてしまわないように、思い返しては、そっと心の箱にしまいこむ。


 自分の人生はコレまで、ろくなものでは無くて、ありきたりだった。

 焦牢にいた囚人達と大して変わりはしない。


 生まれが悪くて、環境が悪くて、ケチな犯罪に手を出す以外生きる手段を知らなくて、繰り返していくうちに多くのヒトを傷つけて、最後にはヘマをしてあんなところまでやってきた。自業自得でしかなかった。

 ヤバい薬や、殺しには手を出さなかったが、別にそれは良心が咎めてだとか、そういうのではなかった。ただただ、報復が怖くて、手が出せなかっただけだ。


 自他共に認めるケチな小悪党だ。

 そんな自分があの地獄の底で彼と彼女の仲間になったのは、運が良かっただけだ。


 そう、自分は幸運だったのだ。


 ろくでもない人生だと誰もが指を指してくるような事ばかりあった。でも、きっと自分は幸運だ。ペリィはそう確信していた。そう信じられるだけのものを、与えられた。

 運命の聖女が、幸いを届けてくれた。

 だから、最後に彼女が与えてくれた助言を、決してないがしろにしないとペリィは誓う。正しく、前へと進むために、今日も彼は気合いを入れて、最初の来客に備えた。

 そして――――


「へい、いらっしゃ――――お前かよぉ……」

「客に対する態度かおい」


 本日、最初の客となったウルに対して、ペリィは苦笑いを零した。




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「ちょっと気合い入れてたのによぉ」

「気合い入れたところでそこまでかわらんだろ。雇われ店長」

「うるせえよぉ」


 ペリィが開店してから何度も通いつつあるウルは、いつものカウンター席に座るとぐったりと顔をつけて、ため息を吐き出した。


「ああ、づかれた……」

「なんでくたびてれんだあ?」


 牢獄を出て、しばらくの間、のんびり隠居生活みたいな生活リズムだったはずなのだが、今日の彼はグダグダだ。顔に泥までついている。


「ちょっとな、痛みも無くなってきたし、しばらくはリハビリだなあ……」


 どうやらまた、忙しくしはじめるらしい。ペリィからすれば、ウルは忙しくしている方が見慣れているので、いつもの調子に戻ったなと安心しないでもない(無論、本人は不本意だと思うので口にはしないが)


「そっちの景気は?」

「ぼちぼち。食堂の連中の話じゃ、前ほどじゃねえらしいけどよぉ」

「前?」

「俺とお前がまだ牢獄にいた時」

「…………あー、他国からの干渉があった頃か」


 ペリィもウルも、焦牢の中で必死になって駆け回っていた頃、此方は此方で慌ただしい状況下にあったらしい、というのをペリィは人づてに聞いている。黒炎砂漠の戦いとはまた別種の、激しい攻防戦だったらしいとも。

 勿論それはこのウーガという場所にとっては嵐であったが、全てにおいてマイナスだけをもたらしたというわけではなかったようだ。


「荒れたけど、来訪者自体は今より多かったらしくてなぁ」

「何がどう災い転じるか、わからねえもんだな」

「それは、本当になぁ……」


 しみじみとペリィが呟く中、ウルは此方の心中を知ってか知らずか、立てかけてあったメニューを手に取ってパラパラと開き、眺め始めた。


「で、疲れて腹も減ってんだけど、なんかメニュー増えてねえの」

「ラース近郊じゃ、増えようがねえだろぉ。人手もまだ全然ねえんだ。つまみも簡単なのしかねえよぉ」

「つってなんか増えて、る…………」


 そして彼は、メニューの最後のページを開き、奇妙な顔になった。

 どうやら見つけたらしい。


「お前、これ」


 ウルは奇妙な表情のまま、メニューを開いて、此方に向けてくる。今はまだ寂しいメニュー一覧の中で、そこは比較的充実している酒のページだ。そこの一番下に、ペリィの汚い文字で小さく新たに書き足されている商品がある。


「地下牢で奇跡的に残ってたのを回収したんだよぉ」


 そこには「茸酒」と、そう書かれていた。


 不死鳥によって焼き払われ、ウーガによって地表部分をまるごとひっぺがされて、完全に崩壊した罪焼きの焦牢。その残骸を片付けている最中、奇跡的にサルベージ出来たのだ。幸運にも、不死鳥の黒炎も、黒炎鬼達の襲撃もくぐり抜けて、無事な状態で保管されていたらしい。

 ソレを折角なら、と、ペリィがラースからここまで引き上げてきたのだ。しかし、


「素人の作った酒もどきなんて、誰が飲むんだよ」

「良いだろぉ、誰も飲まねえなら俺らが飲めばいいんだよぉ」

「俺もかよ」

「飲むだろぉ?」


 ペリィは棚から紫色の瓶を取り出した。たっぷり満たされた茸酒を見て、ウルは呆れ顔になりながらも「わかったよ」と、カウンターの中に入ると、棚からカップを取り出す。

 並べられた3つのカップに、ペリィは順序よく酒を注いだ。そのままそれぞれカップをとって、残り一つのカップに軽くぶつけた後、口にする。


 そして、


「「――――まっっっず!!」」


 二人は同時に顔をしかめて、その不味さにうめいた。


「ハハハ!!ひっでえ!まっずいなぁ!こんなにまずかったかぁ!?」

「舌触り悪いし、臭みは独特なのにいつまでも残りやがる!まっずい!!っくく、最悪だ」

「これでも酔えるからありがたがってたんだもんなぁ」


 その味のひどさは知っていたはずなのだが、外に出て、あっという間に舌が肥えてしまったらしい。飲めるだけ、酔えるだけありがたいと囚人達と一緒に喜んでいたのが懐かしい。とてもではないが、楽しめるものではなかった。臭いに癖がありすぎるので料理にも使えまい。


「おいふざけんなよ。これあとどれだけ残ってんだ」

「樽3つ分」

「バカヤロウ。誰が飲むんだそんな大量に。作ったの何処の誰だよ」

「俺達3人だよぉ」


 そういえばそうだったな!!と、ウルはやけくそ気味に叫んだ。

 さて、どうしたものか。本当に勢いで全部運び込んでしまったが、ここまで不味いとは思っていなかった。大分思い出補正があったらしい。今現在も、店の小さな倉庫をかなり圧迫し続けている酒樽三つがいつまでも居座り続けられると困るのだが――――


「おっしゃあ!来たぞウル!」

「料理は出なさそうだけど……酒の種類は多そうね」

「ペリィしかいねえもん。つまみなんてコラ豆の塩振りくれえじゃねえの?」


 なんてことを言っていると、カモ――――もとい、元黒炎払いの面々がやってきた。どうやら待ち合わせていたらしい。ウルに視線を向けると、彼は肩をすくめて、彼らの方向き直った。


「ちょうど良いタイミングで来たな。ほら、一緒に飲もうぜ」

「って茸酒じゃん!?外に出て何でわざわざんなもん飲んでんだよ!?」

「うるせえいいから飲め。弔い酒だ」


 こうして、誰もが不味い不味いと呻きながら酒を呷る奇妙な飲み会が開催された。全くもって不評だった茸酒は、その後しばらくしてすっかり売り切れた。

 しかしその後も不思議と茸酒をほしがる者達が後を断たず、結果、ペリィの酒場のメニューの最後に、茸酒が名物として載ることとなる。


 口にするだけで誰もが顔をしかめる、しかし、飲んだものには小さな幸運が運ばれてくるという優しいジンクス付きの名物として、店のメニューにいつまでも残り続けることとなるのだった。

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