焦牢の住民達のお引越し⑥ ウーガの戦闘訓練【地獄篇】Ⅱ
「おーし、今日は終わりだあ!自分らで散らかしたところ片付けるぞお!!」
こうして、地獄のようなこの日の訓練は終わった。全員ボロボロとなっているが、それでもジャインの号令と共にテキパキと動き始める。最低限の余力は残しているらしい。
良し良しと、ジャインはその様子を遠目に観察しながら、放り出されていた武具をまとめていた。
「どうよ。黒炎払いの連中」
その最中、ウルが訪ねてきた。観察していたらしい。ジャインはニヤリと笑った。
「良いな」
「即答か」
「度胸もあるし実力もある。だが何よりも兵隊としての動きが身についてる」
冒険者家業をしていると、どうしてもその動きは個人プレイに特化し出す。
迷宮での戦いが元より少人数であることもそうだし、連携をとろうにも、肉体の機能そのものが個々人で違ってきてしまうのも大きい。連携をとろうにもとれない。
だがその点、元黒炎払い達の動きは違った。
彼らもまた、長い戦いの最中で、身体の機能がそれぞれ違ってきているのは確かだった。差異も発生している。しかし、その違いを補ってあまりある連携能力を彼らは身につけていた。
足らずを補い、長所を高め合う。そういう高度な連携だ。
それはどうしたって、正規の訓練を受ける機会が少ない冒険者では、なかなか身につけることができないものだ。継続した高度な指導と鍛錬から生まれるものだった。
「あいつらを先導してたって男は、相当だな。大罪都市の騎士団でもここまで仕上げてる所はなかなかねえよ」
「だろうな」
「俺も学ぶところが多いくらいだ。話してみたかったもんだ……っと、悪いな」
と、そこまで話して、ウルから少し離れて立っている二人に気がついて、ジャインは言葉を止めた。今日来る予定の元黒炎払いの戦士達だとすぐに分かった。
彼らを指導していた男が死んだ。というのはウルから聞いている。一月経過したが、それでも別れというのは簡単には癒えないことをジャインは知っていた。
「良いんだ。隊長達が褒められるのは嬉しい」
だが、獣人の男は首を横に振る。隣の女も同様だ。
その表情は誇らしげで、やはり慕われていたのだなと分かった。ジャインは武具類を片すと、手の泥と汗を拭い、二人に向かって差し出した。
「ガザとレイだな。これからよろしく頼む」
「ええ」
「おう」
「しばらくは下についてもらうが、人手も増えた。お前らにも隊長役を任せるかもしれん。期待する」
その言葉に、二人は怖じけることもなく頷いた。
やはり、良いな。
人材は得がたく、そして育てるのにも金と時間がかかる財産だ。即戦力になりうる人材がやってきてくれたことに対する喜びと、自分の役割の重さをかみしめて、ジャインは力強く笑った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「上手くいきそうか」
元黒炎払いの仲間達の進路先として白の蟒蛇をジャインに提案したときは、押しつける形になってしまったかと少し心配もした。最初は【歩ム者】に入ってもらうことも考えたが、自分たちがあまりにも特殊なギルドとなってしまったため、真っ当な就職先とはとても言いがたかった為の提案だった。
この様子だと、悪いことにはならないだろう――――そう思って安堵していると、
《にーたん!!!》
「ごっぱ、アカネかー」
妹が直撃した。最早慣れたものだったので顔面で受け止めた。
「やあ、ウル」
「ようディズ、そっちも元気そうで何より。最近よく来てくれるな」
引き剥がして、よしよしと頭を撫でながらもディズに手を上げる。この一月の間、彼女は割と頻繁に此方に来てくれていた。
アカネにも頻繁に会えるし、此方の訓練にも付き合ってくれるので大変にありがたいが、忙しいだろうに大丈夫だろうかと少し心配にもなる。
「色々あって、少し時間に余裕が出来たからね。あと、エシェルの転移術もある」
「ああ、なるほど」
ウルも利用させてもらったエシェルの転移の術。アレをディズも利用しているらしい。あまりにも露骨に巨大な鏡故に、人前で早々晒せるものではないが、そうした偏見を取っ払えば利便性の塊だ。
「なかなかとてつもないよ、彼女。あそこまで自在に移動出来るのはスーア様くらいだ」
「勇者様」
そんな雑談をしていると、レイとガザがディズに気づいたのかやってきた。その目には敬意と感謝がある。ラースでの決戦の時、二人の危機をディズが救ったのは聞いていた。二人はディズの前で跪いて頭を下げようとするのをディズは首を横に振って止めた。
「怪我の方は?」
「勇者様のおかげで、今は回復しました」
「あのときは本当に助かった。助かりました」
「感謝はいいさ。本来の七天の責務を押しつけたのは此方だしね」
そう言ってディズは肩をすくめる。彼女はその立場であっても、尚自分たちを助けようとギリギリで来てくれたのだから、そう卑屈になる事も無いだろう、とは思いもするのだが、その点は彼女は譲るつもりはないらしい。
「しかし、わざわざ空いた時間でウチを訓練なんて良いのか?」
「お礼って訳でも無いけど……備えかな」
「いちいち不穏」
「ゴメンね?私も自分の訓練もう少し続けるけど、ウルもやる?」
ディズは問う。
さてどうするか、とウルは悩む。ラースからの帰還後、ウルは無理な運動はせずに回復に努めていた。流石に傷の治療は完了したが、それでも身体の芯に痛みは残り続けていたのだ。
流石にそろそろ痛みも収まり始めていたが、そもそも――――
「ウル様は、もう参加しなくとも良いかもしれませんよ?」
「シズク」
悩んでいると、シズクもやってきた。彼女の周囲では死霊兵たちがカタカタと音をならしながら訓練所の片付けを行っている。その中でも一際に背丈の高いロックがカタカタと笑った。
『ま、確かに、聞いておる話じゃ、もうおぬし、目的達成しそうらしいしの?』
そう、まだまだ状況としては未定だが、ウルはもしかしたら“目的”を達成するかもしれない。そうすると、ウルとしては最早冒険者として活動する理由も無くなる。
つまり、槍を握って戦う必要も無くなるかもしれない。訓練の意味も、無くなるかもしれない。鍛錬に時間を割く意味もあるか、怪しいのだ。
「ウル様はもう、ゆっくりしても、誰からも咎められないはずです」
だから、シズクも微笑みながらも首を横に振ってそう言い切る。
その方が正しいと、断じるように。
「まあ、そうなんだが――――……」
しかし、彼女の表情の、美しい白銀の瞳のその奥に、何かがちらついた。
それは一言では説明しがたい感情だった。おそらく彼女自身も、ソレに気がついていない感情の坩堝だ。一目見てその全てを感じ取れるような超能力をウルは持っていない。が、
「…………やるか。久々だけど」
そこに、寂しさが入り交じっていたと感じたのは、驕りだろうか。
それでもウルはそう決めた。シズクはパチパチと瞬きして、首をかしげた。
「そう、ですか?」
「律儀」
『まーそういうやっちゃのう』
《にーたんそういうとこよ?》
うるせえ畜生。と呻きながら、ウルは鍛錬用の槍を握りしめた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
数刻後、
「身体の動かし方ぜんぜん慣れねえ……!」
「大丈夫ですか?ウル様」
「うーん、まーた身体の動かし方バラバラになっちゃったねえ。無理も無いけど」
《にーたんからだギックシャクの人形みたいだったで?》
『カッカッカ!どのみちリハビリした方がよさげじゃの?』
ウルは泥にまみれて地面につっぷしていた。
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