大罪都市グラドルの嵐、そして一方その頃



 【灰の英雄の凱旋】


 この一報を受けたときの大罪都市グラドルは「えらいことになった」の一言だ。


 元々、【歩ム者】のギルド長の大連盟法反逆容疑の折り、グラドル側は苦境に立たされた。大連盟に仇をなす危険人物を雇っていたことを糾弾された。


 もちろん、グラドルからすれば寝耳に水だ。


 そんなことは知らなかった!

 いくらなんでも、あまりにも根拠が無く突拍子もなさ過ぎる!!

 むしろ自分たちも被害者だ!


 そんな風に反論したかった(実際そう反論した者もいた)が、結局は責任者として糾弾された。そうして立場が弱くなった方が“多くの者達”にとって都合が良かったからだろう。グラドル側も当然そのことに気づいてはいたが、指摘することはできなかった。

 グラドル側が【歩ム者】側に立っていたのは、つまるところ消極的な理由だ。

 いつの間にかその立場に追いやられて、まとめて殴られていただけの事だった。


「やはり、名無しの冒険者などを雇ったのが間違いだったのでは?!」

「我々に選択の余地はなかっただろうが……いつまで掘り返すのだその件を」

「しかしラクレツィア殿には責任を……」

「では貴君が代わるかね?あの女傑以外誰がこの有様を乗り切れるというのだ」


 必然的にラクレツィアの配下もグダグダになった――――が、あまりにも追い詰められすぎたが故に、彼らはバラバラになることはなかった。

 ここまで疲弊してボロボロになったグラドルの舵取りなんていう貧乏くじを引いた面々は、最低限の常識と、良識と、責任と、そして国への愛着を持っていた。そんな彼らを率いて、ラクレツィアはなんとか奮闘した。


「しかし……いつまでも出来ることではありません」

「ええ、分かっています。ラクレツィア様。ですが、今少し、堪えてくださいませ」


 数ヶ月前、ラクレツィアは“協力者”ともこの件で会話していた。


「貴方の手腕で、状況を恐ろしく長引かせることが出来たのは認めます。が、これはあくまでも時間稼ぎ。それは分かっているでしょう?」

「ええ」


 白銀の少女は微笑みを浮かべる。

 実際、彼女の“遅延作戦”によって、チェックメイト寸前だったウーガと、それを管理するグラドルは恐ろしい粘りを発揮したのは事実ではある。が、限度がある。いくら引き延ばそうとも、本質的な問題が解決しているわけでは無い。策謀によって彼らや自分たちが拭いがたい瑕疵がつけられたのは事実なのだ。


「もう1年も持ちません。この先打開策が無ければ――」

「反撃作戦は、現在蒼剣様と相談中です。必ず間に合わせるのでご安心を……ただ」

「ただ?」


 白銀にしては珍しく、やや言葉を濁すようなそぶりをする。珍しいものだと思いながらも、続きの言葉を促した。


「もしかしたら、もうあと、数ヶ月で、事態は好転するかもしれません」

「好転?」

「それも劇的に」

「たった数ヶ月で。この最悪の状態が魔法のように好転するのなら、見てみたいものですね」


 それを最初聞いたとき、ラクレツィアは冷笑した。そんな都合の良い展開そうそうに起こってたまるか、と。

 そして数ヶ月後、


「ラクレツィア様!!!黒炎砂漠の黒炎が全て消え去りました!!」

「待ちなさい。黒剣の壊滅という話……ではなく?」

「加えて【歩ム者】のギルド長であるウルがそれを成したと言うことです!!!」

「は???いえ、だからちょっと待ちなさい」

「天賢王アルノルド様は彼の功績を認めて凱旋パレードを行うことを決定しました!!!」

「待って」

「3日後です!!!!!」

「馬鹿野郎」


 好転した。

 それもちょっと、理解と反応が追いつかないくらいには爆発的に


 そしてそこから先は嵐であった。白銀からの協力要請の下、寝る間も惜しんでラクレツィア達は状況の応対に追われた。が、文句も言えない。これが最大にして最高の好機であるのは誰の目にも明らかだ。故に必死になって駆け抜けた。

 そして、全てが終わった頃には、グラドルは「英雄ウルを擁護し続けた慧眼の大国」と評判になっていた――――全くもって、いつの間にか、だが。

 例えて言うなら、爆発が起こって、必死に駆け回っていて、気がついたら敵が粉みじんに砕けていたような有様である。


 まあ、兎に角、そんなわけで、なんとかグラドルは首の皮一枚でつながったのだった。

 そして現在、


「以前よりも、もっと忙しくなるのはどういうことなのかしら……」

「不良品でも、社会を維持するための歯車の多くが抜け落ちたのは事実ですから」


 自身の執務室で、山のように積まれた書類を前にしたラクレツィアの嘆きを、ウーガから出向に出ていたカルカラは淡々と指摘した。


 彼女は正しい。


 今回の一件で、イスラリアという大陸に蔓延っていた多くの闇を払うことが出来たのは事実だった。が、しかし、そうして払われた者達の全てが、何一つとして社会に貢献できていなかったのかと言われれば、そんな都合の良いことが在るはずも無かった。

 彼らは不正を働く一方で、世の維持のために必要な仕事も与えられていた。例えその仕事を利用して多くの悪徳を重ねていたとしても、そこが空白になれば、機構は動かなくなる。


 グラドルで、カーラーレイ一族が滅亡したときと同じだ。

 あるいはあの時以上だろうか。今回は大陸全土で同じ事が起こったのだから。


 そして、この規模の粛正を行った以上、空白を埋め、再び機構を正常に戻すのは参加した者達の義務だった。社会が動かなくなって「これなら前の方が良かった!!」などという言葉を民の口から零させるわけにはいかないのだから。

 しかしまあ、これが死ぬほど忙しい。


「いい年をしたおばさんに、厳しい世の中ですこと」

「鬼教官殿ともあろうお方が、ずいぶんとお優しい」

「あら、今では貴方がウーガの鬼教官だと聞いていますよ」

「ラクレツィア様の薫陶のたまものです」


 かつて、ラクレツィアが神官の指導教官だった頃、カルカラはその生徒だった。

 当時、神官としての技術を教えるラクレツィアの指導は大変に厳しいことで有名で、当時の神官見習い達が泣いて逃げ出す事もよくあった。カルカラが現在ウーガで神官見習い達を指導しているのも、当時の経験を参考にしてのものだった。


 そんなわけで、二人は知己の関係だ。竜吞ウーガが本格的に稼働し、ラクレツィアがシンラとして働き始めてから、再び何度も顔を合わせるようになった。


「ウーガはどうです?」

「こちらと比べれば、穏やかですよ。無風と言っても良い」

「でしょうね。禁忌領域解放の大英雄。政治的には最早爆弾に近いもの。うかつに触ったら、火傷じゃすまないわ」

「早々に、天賢王が彼を囲ってしまいましたしね…………なんにせよ」


 カルカラは、肩の力を抜いて、ゆっくりと息を吐き出した。


「エシェル様の周りが、穏やかなのは、良かった」

「……そう。それはなによりね」


 カルカラが神官見習いだった当時、ラクレツィアは彼女の事を心配していた。


 神官見習いの頃から、彼女はなにか暗いものを抱えていた。当時、すでにカーラーレイ一族に仕えていたので、そこで何かトラブルに巻き込まれていたのはラクレツィアも分かっていた。おそらくそれが、カーラーレイ一族の長女に関わることであるという事も。

 しかし、当時カーラーレイ一族は完全に神殿内を支配していた。ラクレツィアも踏み込むことは出来ず、そのことが心に刺さっていた。


 しかし今の彼女には当時の昏い部分は見当たらない。憑き物が落ちたようだった。そのことにラクレツィアは安堵していた。


「彼女の穏やかな一時を潰す者は何者であれ潰しますが」


 ……やや、行き過ぎている気がしないでも無いが、まあ、良いだろう。


「なら、一時の平穏が壊れてしまわぬよう、やれることをやりましょうか」

「エシェル様のためならば、私も全力を尽くします。ラクレツィア教官」

「努力に期待するわ。生徒カルカラ」


 元教官と元生徒は、目の前の書類の山をやっつける仕事を再開した。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ラース解放が世界に激震を走らせてから一月。 


 ラースの解放によって浮かれる世間の裏で、世界は動き始めていた。


 しかし、それを未だに民達は知らず、未だ、禁忌領ラースの解放を祝い、それを成し遂げた英雄を讃えていた。常に魔に晒されているこの世界に、輝かしい未来が開けつつあるのだと疑わなかった。


 その期待の中心にして、英雄と讃えられているウルは――――


「…………」


 ウーガの内部に存在する小さな小川の前に座り込んでいた。


 今日は快晴だった。黒炎砂漠に居たときは、至る所から燃えさかった黒炎の熱の所為で気付きようがなかったが、今は冬の終わりの時期にさしかかっていたらしい。風は少し肌寒いが陽光は暖かい。そんな季節だ。

 美しい小川と、整備された草原。とても巨大な使い魔であるウーガの背中とは思えないその場所にウルはいた。そしてウルの傍らにはエシェルがいた。


「…………くぅ……」


 彼女は寝息を立てて眠っている。ウルの膝を枕にしている。

 単純に疲れているのだろう。焦牢の救助作業、囚人達の治療、そして地下牢の解放と寝泊まりする場所の決定、様々なことをなんとか整理し終えて、ようやく一息付けたのだ。ウルは寝かせてやることにした。


「……」


 その間、ウルは小さな釣り竿を握っている。どうやら驚くべき事にこの小川には魚が生息しているらしい。独自の生態系を整えたのだとリーネは言っていた。部分的な生産都市化をどうこうと説明していたが、説明してもらってもウルには理解は難しかった。

 とりあえず魚釣りを試しているのだが、今のところ一匹たりとも釣れる様子はない。


「ウル様」

「……あー、シズクか」


 不意に、声をかけられてウルは、身体を起こす。シズクが微笑みかけていた。

 最近、彼女は彼女で忙しそうにしている。事情を聞いて手伝おうかと思ったが「暫くは休んでおいて下さいませ」とやんわり断られてしまった。

 しかし、今のシズクは少し時間があるらしい。小さなバッグを片手に、緩やかなワンピースを纏った彼女はこの平穏そのもののようなウーガの光景にはよく似合っていた。


「エシェル様は?」

「寝てる」

「ウル様が牢獄にいる間、あまりちゃんと眠れていなかったようでしたので良かったです」

「そうかあ……」


 エシェルの頭を撫でると、彼女はこそばゆそうに少し笑った。


「釣れますか?」

「微塵も。本当に魚居るのここ」

「ジャイン様は時々、夕飯を取りに来られますね」

「へえー……岩ぶん殴って魚とるのは得意なんだけどなあ……」

「リーネ様が怒るので駄目ですね」

「駄目かあ……」


 ウルの隣りに座ったシズクは、小さなバッグの中からサンドイッチを取り出し。ウルへと手渡した。ウルはそのまま受け取り口にする。


「美味しいですか?」

「肉と草が美味い」

「良かったです」


 あまりにも雑な感想に対して、シズクは笑った。

 ウルはそのまま空を見る。陽光は天高く登っていた。眩いその光を一身に浴びて、ウルは小さく呟いた。


「平和だなあ……」

「そうですねえ」


 灰都ラースの解放を終えてから早一ヶ月。


 平和だった。少なくとも、ウルとウルの周りに限っては。


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