冒険者ギルドの悩める金と銀
大罪都市プラウディア、冒険者ギルド本部、総会議室。
「では、本日はここまでとする」
冒険者ギルド、ギルド長であるイカザの言葉で、部屋に設置されていた通信魔具の水晶が一斉に光を落とす。長時間行われていた“臨時会議”はなんとか決着となった。
「…………ふう」
イカザはため息をついた。
幾人もの違う思想の者達の意見をすり合わせる作業は、この立場になってからというものの何度もやってきた。慣れてきたはずなのだが、しかし今回は否応なく疲れがたまった。
何せ、イカザ含めて、誰一人経験の無い未曾有の事態なのだから。
「お疲れ様です。先生」
疲労に顔をしかめていると、横から琥珀色の紅茶が差し出された。イカザは微笑む。
「ベグード。すまないな。銀級にお茶くみなどさせてしまった」
「好きでしていることです。それよりも、大変でしたね」
ベグードはしみじみと言った表情でそういう。イカザと同じく会議に参加していたが故に、理解していた。今回の会議の混沌っぷりを。
「大前提として、大前提を疑う者が出る始末だったからな。長引いた」
「正直、疑うしかない気持ちは分かりますよ」
「私もだよ」
現役の銀級と、一線を退いたとはいえ黄金級であり、冒険者ギルドのトップがそんな風に苦笑いを浮かべる理由はたった一つだ。
最近冒険者として復帰した
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
冒険者ウルが、大連盟法反逆容疑でつかまった時、冒険者ギルドは騒然となった。
当然ではある。なにせ、その時期、まさに世間全体を揺るがしていた移動要塞【竜吞ウーガ】を邪教徒の手から奪い取った冒険者がとっつかまったのだ。
世間は大騒ぎしたし、必然的に冒険者ギルドに批判も集中した。
イカザ含めた一部の冒険者は彼を擁護し、何かの間違いであると抵抗しようとしたが、流石に批判の勢いが強すぎた。“事情”を知らない冒険者達からの意見もあり、やむなく「指輪の一時的な剥奪および様子見」という判断を吞むこととなった。
「完全な剥奪」としなかった当時の判断に、ギルドの内外では批判が起こった。
「身内贔屓」「かつての黄金も墜ちた」と直接的にイカザを批判する声もあった。
現在それらの評価が一転して「周囲の意見に流されず真実を見据えたリーダー」などいう賞賛が浴びせられる事に、「好き放題だな」と苦笑いが浮かんだものだった。
そして現在、
「各都市のギルド長の最終判断待ちだが、おそらく彼の昇格は決まりだな。その後、昇格の式典の準備含め、数ヶ月はかかるだろう」
「そうでしょうね」
イカザの言葉に、ベグードは特に驚くことも無く頷いた。
「何か意見があるのなら聞くぞ。何せ銅から金など、前代未聞が過ぎる」
「ありませんよ」
肩をすくめる。表情と仕草は投げやり、というよりも、お手上げといった様子だった。
「
銀級冒険者になると言うことは、それだけの責務が問われる仕事が回されることを意味している。冒険者がこの世界に求められる仕事は大きくなった。求められる能力も、なにもかも銅級とは違う。それを経験の浅い冒険者にいきなり回すのはあまりにも酷であると ベグードは理解している。
若者の出世を妬んでいる。などと非難されることがあっても、ベグードは急激な昇格には、口出しできるときは必ず口を出す。
ただし、それはあくまでも自分の理解の及ぶ範囲においてだ。
「黄金は、
「そうだな」
黄金級冒険者、イカザは頷いた。昔を思い出すように、眼を細めて。
「黄金は、根本的に、目指すものでは無い。目標を定めて、進むものでは無い」
銀級であれば、現実的だ。確かに大迷宮の踏破など、困難は多いが、それでも地続きの目標だ。絶え間ない努力、勇気と臆病のどちらも捨てずに選ぶ決断、そして幸運。それらが満たされるとき、銀級への道は正しく開かれる。
しかし、黄金は目指したところでどうにもならない。
黄金への道など無い。橋など無い。あるのは断崖絶壁だ。
「その断崖絶壁を飛び降りて、生き延びるような“何かしらの怪物”が到達する場所だ」
「先生もそうでしたか?」
「さあな。今思い返せば、何故あんな無茶が出来たのだろうという事は幾つもしてきたが」
そんな風に「何故あんな事が出来たのか」と考えてしまう時点で、自分はやはり一線を退いたと言える。怪我の影響がどうというよりも、精神が丸くなってしまった。
僅かでも疑問を抱けば死ぬような場所が黄金級だ。
そしてその点において言えば、間違いなくあの少年は黄金級の素養を秘めている。
世間から捨てられて、イスラリアの最も忌むべき場所から半年で駆け上がるなどと、運がどうとか、実力がどうとか、才能がどうとか、そんなものだけではどうにもならない。
ベグードが「自分では計れない」としたのは正しい判断だと言える。しかし――――
「彼はどうなるでしょう?」
「心配か?」
「心配したところで、どうこうできませんが」
黄金級昇格後の進路。というのはなかなか難しい。
銀級なら、ある程度の既定路線がある。ベグードが提案したように、既存の銀級冒険者の依頼に同行しつつ、自分がこれから立つ仕事を覚え、糧とし、その後は自立する。
あるいは、その経歴をひっさげて、騎士団の指導教官として引き抜かれる者もいる。冒険者ギルドとしてはやや痛いが、しかし最初からそれを目指す者は多い(さりとて、最初から引退を目標にして銀級に至れる者はなかなか多くは無いが)
が、しかし、黄金級にそういった“既定路線”は存在しない。
そもそも前例が少なすぎる。決まったルートというのは存在しない。
「はっきりとしているのは、
「……黒炎砂漠の解放だけでも、一生にあるかないかの大事です。これ以上何かが?」
「私にも分からない。これは“勘”だ。」
「勘……」
「今はどこもかしこも浮き足立ってる。何が起きても、おかしくない。」
イカザの指摘に、ベグードは眉間にしわを寄せる。
浮き足立つ。その言葉の意味は分かる。ウルの凱旋から、世間を取り巻く熱気のようなものは尋常では無かった。誰であろう、天賢王がその熱を後押しした。
黒炎砂漠解放からの王の動きの速さは、意図したものであるのは明らかだった。七天達の動きも慌ただしい。
何かが起きようとしている。冒険者ギルドに対しても公然と説明できないような何かが。それも、その流れにウルを巻き込む形で。
「備えます」
ベグードは腰に備えた細剣の柄を強く握り、頷いた。イカザも同様に頷く。
「こちらもそうしよう――――しかし今は」
そう言って、イカザは少しだけ肩の力を抜いて、微笑んだ。
「若き冒険者の無事な帰還と、偉業の達成を祝おう」
「――――確かに、それはそうですね」
ベグードもつられて笑った。
どれだけ異常な流れであろうとも、どれだけ先に激動の運命が待っていようとも、新たなる黄金級の誕生は、祝うべき事であることには違い無いのだから。
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