焦牢の住民達のお引越し


 【灰の英雄の凱旋】において、もちろん主役となるのはウルだった。


 彼は今回のラース解放の立役者であり、皆を率いた英雄だった。黒炎払いを率いていた組織の隊長はボルドーであり、それはウルも、他の黒炎払いも譲らないところではある。が、今回の一件を導いたのはウルだ。それもまた、全員が認めるところだった。


 だから今回の主役はウルだ。

 しかし一方で、黒炎払いの面々も、注目を集めるのは避けられなかった。


 ウルがたった一人で黒炎砂漠の全てをなんとか出来る訳もない。彼を手助けし、英雄へと押し上げた仲間達にも否応なく注目が集まった。しかも彼らの中には、元天陽騎士であったり、あるいは犯罪者であった者達もいるのだから、ウル以上に好奇の目線が集まった。

 彼らの冤罪は取り下げ、罪に対しては恩赦を与えるというのが天賢王の判断だが、それでも簡単に、何もかも無かったことにすることは出来ない。


 そして、そんな彼らの過去を掘り返そうとする輩の気配が増え始めた。


 ウルが英雄として祭り上げられた結果、彼に様々な感情を向ける者が出てきた。それは大多数が良い方面であるが、中には悪感情を向ける者がいる。そして、そういう者達にとって、黒炎払いの戦士達は、目に見えてわかりやすいだ。叩けば絶対埃が出る彼らを狙う者は多くなった。

 そして、それに対して、


に、難癖をつけられるのだけはゴメンだ」


 というのが、黒炎払い達の共通認識だった。故に対策が必要だった。


「兎に角、大きなギルドに入るなりなんなりしないとダメね。今の私たちは【黒炎払い】ですらない。“元”って言葉が頭につく」

「そっか!無職だもんな俺ら!」

「おバカ……」


 何せ、もう黒炎は存在しないのだ。大罪竜ラースの遺骸は破壊され、竜がこの地上に残した呪いは消えて無くなった。黒炎を払う必要はもう無い。


 ようは、自分たちは今どこにも所属していない宙ぶらりんだ。それは不味い。


 黒剣騎士団は真っ当な管理者とはとても言いがたかったが、一方で自分たちを結果的に外部の者達から守ってくれていたのは事実だった。

 彼らの代わりを探す必要があった。(勿論、彼らよりもマシな、という条件込みで)


 進路は二つ。


 一つは、【灰都ラース復興特別支援ギルド】だ。

 黒炎が払われた以上、ラース復興のための最大の障害が払われた。滅び去った砂漠を元の美しい都市国に戻そうという意見が各地から出るのは必然だ。しかし当然それには人員が必要で、その人員として焦牢の生き残り達が採用されている。

 彼らの多くは犯罪者だ。恩赦を与えられたとはいえ、それを危険視する声も多かったが、黒炎を払う代わりの新たな刑務としては自然の流れだった。監視付きで、彼らの多くは今も焦牢の解体作業や、復興作業に従事している。


「黒炎と隣り合わせの今までの労働と比べれば天国だ!」


 と、割と従順に作業をしているようだ。

 その復興作業に参加するというのが一つの進路だ。この組織の管理は天剣が承っている。彼女が直接派遣した天陽騎士達は、罪人達の監視をする一方で、彼らに悪意を向ける者達に対しても決して手を抜くことは無いだろう。信頼できる組織だった。

 実際、何人かの“元”黒炎払い達はこちらで働くことを望んだ。ラースという土地そのものにも愛着を持っている者が多かったのだ。


 そしてもう一つは――――


「――――俺さあ」

「何」


 ガザとレイは並んで立っていた。


 灰都ラースでの戦いから一月たった。英雄凱旋の時は無理をしたが、元々二人は傷を負っていた為、その治療が必要だった。凱旋が終わった後、そのままプラウディアの癒院で身体を休め、ようやく恐ろしい黒炎七天から受けた傷の治療も完了した。

 そして現在、


「ウルに、外で使を管理してる仲間がいるって聞いてたんだよ」

「ああ、私も聞いた」


 ガザはその大きな口をぽかんと開けている。あまりにも間抜けな面構えだから、普段ならレイも口を閉じろと注意をするところだが、今日ばかりはその小言はなかった。

 レイも、口は開けないだけで、同じ気分だったからだ。


「正直、本当かよお、って思ってたんだけど」

「まあ、気持ちはわかる」

「ウルがめちゃくちゃなやつってのはわかったけどさあ。でも、移動要塞をギルドが保有するっておかしいだろってさあ」

「そうね」


 二人は、治療を終えた後、もう一つの進路へと向かっていた。

 【灰都ラース復興特別支援ギルド】とは違う、もう一つの進路、灰の英雄、ウルの勧誘を受けて向かった先。現在【焦牢】近郊に停泊している“ソレ”。【歩ム者】が管理している移動要塞。


「――――でっっっっっっっっっっっか」

「語彙のかけらも無い感想。同意見だけど」


 山のように巨大な【竜吞ウーガ】のスケールを目の当たりにして、驚愕していた。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「よう、来たのか二人とも。身体の調子は大丈夫か?」


 スロープのようになった竜吞ウーガの尻尾を登った先で、ウルが出迎えてくれた事にガザは安堵した。プラウディアで凱旋式を行ったときかそれ以上に、場違いな気がしてなかなか気が気ではなかった。


「あ、ああ……もう大丈夫、なんだけど」

「ならよかった。案内するよ……っていっても、俺もまだ慣れてないんだけどな」


 そのままウルの先導のもと、ウーガ内部に歩みを進めていったがガザ達だが、中の光景は外の巨大さに負けず劣らずのすさまじさだった。


「まーじーでー都市が中にあるな…………」

「黒炎砂漠で、これ以上異様なものは見ることは無いと思ったのだけど」


 山の如く、巨大な大亀に似た使い魔の背に広がる美しい都市の光景。

 本当に、夢のような景観だった。死後に、太陽神の膝元にたどり着いた後に招かれる楽園と言われても信じられた。


「二人はウーガの防衛……まあ、都市の騎士団の代わりをやってる【白の蟒蛇】ってギルドに入ってもらうことになる。向こうにも話は通してある。他の黒炎払いの希望者は、先に加わってる」

「【白の蟒蛇】、焦牢に入る前……冒険者ギルドの出世頭って噂……どこかで聞いたかしら」

「ギルド長はぶっきらぼうだけど信頼できる男だ。安心してくれ」

「おう……っつーかおい!ウル!!」


 と、説明している間にウルの肩をがしりと掴んだ。


「なんじゃい」

「あったまおかしいだろ!?なにがどうなってこんなもん管理することになったんだ!!」

「本当に」


 レイも同意した。


「全くだ」


 ウルも同意した。


「おいコラ!?」

「俺も正直わっかんねえんだもん。ようやく慣れてきたかなってあたりで牢獄突っ込まれたしさあ」

「でも。ここを手に入れたのお前だって聞いたぞ!?どうやったってんだよ!?」

「成り行き」

「うっそだろ……?!」

「…………でもそういえば、ラース解放も成り行きだったわね。貴方」


 そういえばそうだった。この男はあくまでもラース解放は、焦牢から出るための手段であって、目的では無い。必要だからやっただけで、ただその結果、英雄になっただけなのだ。字面にするとすさまじさが尋常では無いが、そうなのだ。


「……何か前世でとんでもない罪を犯した?」

「最近俺もマジでそれを信じ始めている」

「単にこの世の終わりみたいに運が悪いだけじゃね?」

「みっともなく泣きわめくぞ」


 ウルは睨んだ。どうやら割と自分の運のなさを気にしてはいるらしい。


「……まあ、知っての通り、俺も長く留守していたから、ここの詳細は俺以外に聞いてくれ。っつーわけで行くか」

「何処に」

「トップの所」


 ウーガのトップ。それは流石にガザも事前に情報を仕入れている。ポンと手を叩いた。


「ああ、竜吞女王エシェル!」

「いきなり緊張するわね。女王様、どんなお方なの?ウル」

「わんわん」


 仕入れた情報の精度に自信がなくなった。


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