悪党どもが夢の後

 【赤色天狗】と【青水鶏】


 その二つのギルドは、長らく共栄関係にあった。


 長い間築き上げられた癒着と腐敗の共存関係だった。

 醜くとも、彼らの間には確かな絆があった。二つのギルドは仲良く過ちに手を染め、弱く正しい者達を利用し地獄に追いやって、その生き血をすするように金を搾取し続けた。


 彼らは上手くやっていた。やってきていた、筈だった。


 その歯車が狂い始めたのは何時からだっただろうか。

 運命を弄ぶ神官ドローナに従い、更に進んで悪徳に手を染め始めてからだろうか。

 竜吞のウーガ、あの前代未聞の使い魔を手中におさめようとしてからだろうか。


 それとも、あの銀色が、鈴の音の声で、共犯者の裏切りを密かに告げてからだろうか。


 口論が多くなった。秘め事が増えて、疑心が増えた。

 そして、その果てに、


「【赤色天狗】のクソどもをぶち殺せ!!!」

「【青水鶏】だ!あいつら攻めて来やがった!!返り討ちだ!!!」


 今、人死にが出かねないような大戦争に発展した。


 誰が、どう考えても異常だった。


 何せ二つのギルドは


 冒険者のように戦いを生業としているわけではない。魔術を修めている者もいるが、それは戦いのためのものでは無い。彼らの大半は冒険者を生業とするような名無し達を見下し、魔物達との殺し合いに明け暮れるような者達を“穢れている”と嘲っていた。


 そんな彼らが、何故か殺し合っている。

 誰一人、戦いの心得を持つ者はいないにもかかわらず。


 異常としか言いようが無い。しかし抗争に参加している誰もが、それを疑問には思わなかった。当然のように彼らは慣れない武器を握りしめ、振り回されて、自分が逆に怪我をしてしまう。それでも全くのお構いなしだ。


 ギルド長同士も殴り合いを続けていた。 


 子供の頃すら殴り合いの経験の無い彼らが、不細工に拳を振り回して、突き飛ばし、藻掻いている。傍目にはあまりにも滑稽な様でも、必死だった。


 それでも、そうしなければならなかった。何故なら、何故なら、何故なら――――?


「――――何故、俺たちこんなこと、やってんだ……?」


 不意に、顔に青タンを作った【赤色天狗】のギルド長の喉から、疑問が零れた。


「なんだと?」


 額を切ったのか、顔が血まみれになった【青水鶏】のギルド長がうなり声を上げながら問い返す。


「だって、おかしいじゃ、ないか。なんでお前達と、……潰し合ってる……?」

「決まってるだろ!!それは、お前が……!!!…………お前が?」


 理由はあったはずなのだ。此処までのことが起こるだけの、理由が。

 しかし、何故かそれらはどれも形にならなかった。まるで悪夢のように、言葉にしようとした端から、解けて消えていく。此処で目の前の相手をやっつけてしまわなければならないという、病的なまでの確信はあるのに、そこに至るまでの過程がすっぽりと抜けている。


 おかしい。絶対におかしい。この状況は異常だ。その事だけはハッキリしていた。


 ――――さあ、続きを


 だが、しかし、足が止まる寸前に、耳元で美しい鈴の音が響く。


「――――まあ、いい。おまえらを地上から消し去った後に考えてやる」

「――――ああ、そうだな。そうしよう」


 彼らは、地獄を再開した。


 後に、奇妙なこのプラウディアの二大ギルドの大抗争は泥沼の共倒れで終結した。“奇跡的に死人は出なかったが”、怪我人は多く、多くの逮捕者を出した。

 抗争の原因を究明するために、双方のギルドは調査が入り、その結果、大連盟法に触れる数々の違法行為が明らかとなり、ギルドは解体された。


 後に、逮捕されなかった者達は、口を揃えて


「皆が皆、得体のしれない悪い“ナニカ”に、化かされたようだった」


 と、当時を思い返して、呟いた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ギルド【黒六蝋】は、傭兵稼業を生業としていた。

 名無しのギルド長を中心に、その同胞達に幾つもの仕事を派遣する傭兵ギルド。


 しかしその本質は、人身売買に他ならなかった。


 この世界において、ヒトという商品は、高い価値がある。


 子供でも、魔物を殺し続ければ、超人になる。常軌を逸した力を得る。誰でも例外なくそうだ。名無しだろうが、都市民だろうが、神官だろうがそうだ。しかし、だからそういう能力は求められないかと言われればそんなことは無い。

 誰だって、魔物と殺し合うのは恐ろしい。危険と隣り合わせの戦いを、幾度となく繰り返さなければ超人へとは至れない。命を失うかもしれない殺し合いを、そんなことはしなくたって生きられる都市民達は選ばない。金で、それが買えるなら、当然そうする。


 だから、彼らにそういった商品を売りつけるそのギルドの需要は存在した


 彼らは効率よく商品を仕入れていた。

 切羽詰まっている者達。金のためならなんだってするような者達を集めては、商品へと変えていく。商品へと仕上げる過程で、彼らが死ぬようなことになったとしても、勿論ソレは「冒険者の不注意」だ。


 とはいえ、流石にそのやり口のあくどさに、咎める声も存在した。

 人権を無視した邪悪な脱法行為。許されがたい蛮行だと。

 しかし、彼らへの追及の手は、決して最後までは届かなかった。彼らはその悪行を罰せられることは無かった。彼らは上手く立ち回った。様々なギルドと繋がり、金銭のやり取りで繋がり、お目こぼしをしてもらうように裏から手を回した。当然、都市の特権階級の者達にも繋がり、都市の永住権すら獲得していた。


 盤石だった。

 彼らを咎められる者は何処にも無かった。

 その筈だった。


「いいか!!容赦をするな!!コイツラは全員大連盟法の重犯罪者だ!!」


 しかしその繁栄と安寧は突如として崩れ去った。


 予兆はなかった。彼らとて、自分たちが後ろめたい事をしていることは分かっている。自分たちを咎め、追求する者達が現れればすぐに気がつくようにアンテナは張り巡らせていた。少なくとも彼らが張っていたアンテナは、どこにも引っかかることは無かった。


「待て貴様等!どのような権利――――で!?」


 一切の予兆も無く、騎士団は【黒六蝋】のギルドハウスの前に現れ、門番を務めていた大男を一切の問答無く叩きのめした。

 此方がどのような権利を、正当性を主張してもまるで聞く耳を持たない。彼らは暴力的であった。一切の躊躇が無かった。殺しこそないが、それ以外の何もかもを使って邪魔する相手を叩きのめし続けた。


 異常だった。


 この時代、子供でも圧倒的な暴力を有することが可能な世界において、秩序の守護者である騎士団には確かに暴力装置としての機能は求められる。


 しかしそれはあくまでも必要な場合に限りだ。


 不必要に彼らは力をひけらかさない。彼らの主立った武装が大盾なのもその証だ。


「全員叩きのめせ!!!」

「一人も逃がすな!!!」

「油断もするなよ!!死なない程度に行動不能にしろ!」


 だから、騎士達が一人残らず暴意に満ち満ちているのは誰がどう考えても異常だ。彼らの目は据わっている。まるで自分たちが許されざる罪人であるような目で見てくる。

 濡れ衣も甚だしい――――訳ではない。彼らは確かに外道を行っていた。密やかに、真っ当なギルドのフリをして、邪悪の所業を行い続けた。それらの所業の全てが明らかになれば、誰しもが眉を顰め、侮蔑の視線を向けるのは確かだ。


 だが、証拠は残っていないはずだ。

 いや、例え証拠があったとしても、容易には踏みこむことが出来ないコネクションを彼らは構築していた。それなのに何故――――


「此処にもいるぞ!!捕らえろ!!」

「ッ!?」


 扉が開かれる。【黒六蝋】のギルド長は目を見開いた。

 騎士達がなだれ込んでくる。騎士鎧に兜をしていても伝わる殺意に満ち満ちた騎士達が接近するや否や、何か言うよりも速く、盾を叩きつけられた。


「ぐえあ!?」


 目の前に星が散った。痛みと衝撃で視界が白くなり、地面に倒れる。その隙に一気に腕を組まれて、地面に拘束された。


「おい、動くな!」

「2,3発殴っとけ。抵抗する気も失せるだろ」


 指示もあまりにも無茶苦茶だ。騎士団ではなく、闇ギルドの襲撃でもあったと言われた方がまだ真実味があった。


「おいおい、こら、落ち着け」


 そんな中、比較的冷静な声が聞こえてきた。

 騎士達の殺意が緩む。騎士隊長の鎧を纏った女が姿を現した。彼女は殺意に満ち満ちた騎士達の中で、一人、冷静な声をあげて、傍にしゃがみ込み、拘束していた騎士達を退けた。


「馬鹿。チンピラが殴り込みやってんじゃないのよ?全く」


 そう言って微笑みを浮かべる。


「ああ、申し訳ありません。ウチの連中が乱暴して」

「っぐ……く…っそが……」


 腕の痛みに脂汗を流しながら、荒く呼吸を繰り返した。多少は冷静さを取り戻す。そして、痛みは怒りに変わっていく。

 彼は都市の暗部に君臨する権力者だ。それ故の傲慢さを彼は有している。怒りのままに彼は叫んだ。


「き、貴様等……こんなことをしてただで済むと思ってるのか……?」


 怒りと混乱で震える声で、問うなら。普段なら、彼が怒りを見せつければそれだけで平伏する者達ばかりだったが、この日は違う。目の前の女騎士隊長は、何一つとして気圧される事も無く、にこやかに微笑みながら近付いた。


「大変申し訳ない。ただ、その前に一点、確認したいことがありまして」

「は?」

?」


 最初、彼女が何を言っているのか、理解できなかった。質問の意味が分からない、というよりも、何故この状況でそんなことを聞くのかが分からなかった。だが、


「あ、ああ?あの命知らずどもが魔物どもと殺し合う戦いだろ?それが――――」


 頷いた瞬間だった。腹部に、拳が突き刺さった。誰であろう、一番冷静そうにみえた女が、拳を腹に叩き込んだのだ。


「ごえ!!!?」

「なんだ知ってるんじゃあないか。余計な気遣いをしてしまったわ」


 騎士隊長の声は、やはり静かだった。しかしその声には、温度がなかった。まるで罪人の処刑を担う執行人であるかのような冷淡さで、彼女は淡々と目の前の男を殴りつける。


「お、お、おまご!?」

「畜生が口を利くなよ」


 騎士の所業とはとても言い難い暴行を繰り返す。彼女の部下達も、その暴挙を淡々と見守り続ける。その異様な私刑リンチを受けながら、最後まで一つたりとも理解できぬまま、彼は気を失った。


「他にも残党はいます、隊長」

「“白銀”殿のご希望だ。殺しはご法度だ。そうでないならどうでも良い。全部潰せ。一匹たりとも残すな」


 隊長は即答する。陽喰らいを戦い抜いた熟練の戦士達は、その一言で散開していく。隊長に指示されなかったとしても、誰一人逃すつもりは彼らになかった。


「恥知らずの外道どもを地上に残すな」


 その日、各都市で、【黒六蝋】と、それに与していた複数のギルドが地上から消え去った。あまりにも迅速かつ、暴力的な逮捕劇だったが、不思議とその事が問題になることは無かった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 その神官は聖者として多くの都市民達から讃えられてきた。

 魔物たちに襲われ、親兄弟を失った者たちに多くを施し、孤児院を建設した。貧困にあえぐ多くの者たちに施しを与えた。高位の神官でありながら、下々の者への慈悲を忘れない、偉大なる神官であると誰もが言った。


 だが、その裏で、彼はイスラリアの暗部を牛耳る邪悪だった。


 善意の施しとはとんだ笑い話で、そもそも貧困層が多く生まれたのは、彼や、彼の周囲の組織が、本来貧しい者たちに行き届くはずの金を接収していたからにほかならない。元栓を絞り、利益を独占する。その挙句に、聖人ヅラで自分にとってのはした金をくれてやるのだ。紛れもない、邪悪の所業だ。

 だが、それは彼個人の所業ではない。長い年月、幾人もの悪党たちの企みを経由して生まれた、金の流れの仕組みそのものだった。正常に市民たちの生活を守るために機能しているいくつかの法をも絡めて利用しているのだから、性質が悪かった。誰も手が出せなくなり、どこまでも肥大化し続けていた。


 魔物が出現し、迷宮が大地に蔓延り、竜が飛び交う。【理想郷時代】の崩壊の隙間に生まれた、イスラリアの病巣であり、裏の歴史そのものだ。


 だから、その年月が彼を勘違いさせた。自分は、この仕組みは、必要悪であると過信させた。自分たちがいるからこそ、イスラリアの安寧はあるのだと。あるいは、偉大なりし天賢王すらも、下に見るほどに、彼の欲望と慢心は肥大化し続けた。

 しかしその慢心のツケは、炎と共にやってきた。


 そこは、神官である彼の保有する神殿だった。


 高位の神官として、自らの役割、神と精霊への祈りを捧ぐ義務をよりよく果たすために建設した神殿。しかしその実態は、自らの悪行を人目にさらさずに行うための悪徳の館だった。彼はこの場所に自らの身内を招き、人目憚らず贅の限りをむさぼり続けていた。都市民たちや名無し達の命を吸った金貨を使って、この世の贅を満喫し続けた。

 その神殿が今、燃えている。

 

「ひ、ひいいいいいい!!!」

「ああ!!ダメだダメだ!!これが燃えたら!!!」


 奇妙な炎だった。

 白く、強大な炎は屋敷全体に燃え広がっている。しかし炎は、そこにいる者たちを焼くことはなかった。炎は屋敷の至る所にある調度品や金銭、長きにわたる悪行により積み上げた物だけを焼き続けた。浄化の炎というべきそれが、周囲に燃え広がり続ける。彼らが積み上げ続けたものが、何もかも灼けて、なくなっていく。


「バカが!!なんてことをするのだお前は!!!」


 その光景に絶望し、泣き叫び、駆け回る者たち。その混沌の只中で、神官は、目の前の男に向かって叫んでいた。

 それは、彼よりも更に老いた神官だった。枯れ木のように老い衰えた老人。高位の神官のローブを身にまとっているが、しかし、それ以外に飾り気は全くない。悪徳と贅の限りを尽くした男とはあまりにも対照的だった。

 彼の事はよく知っている。実直な男だ。物わかりの悪い男だ。どれだけこちらが誘っても、決して悪徳に身を染めなかった。清廉潔白。自分とはあまりにも対照的な本物の偉人。だからこそ、その男を差し置いて、自分が聖人と褒め称えられるのは小気味よかったが、そのような優越感など今は吹っ飛んだ。


「このような性急な真似をしてどういうつもりだ!?自分の愚行の意味が分かっているのか!!?」


 この男が、自分たちの悪行を咎めに来たことは理解している。彼は、流石に自らの所業が咎められるべきことであることくらいは、自覚はある。しかしその上で、誰にも自分たちを咎める事は出来ない。そういう仕組みが、コネが、彼の後ろ盾だ。そういった後ろ盾を無視して彼を咎めれば、どのようなことが起こるのか皆分かっているから、見て見ぬふりをする。歴代の天賢王すらもそうしてきたのだ。


「わかっておるとも?これは必要な滅却だ」


 だというのに、この男はその愚行を行った。


「このような事をすれば、だれもが黙っていないぞ!!?」

「誰がだ?」

「誰……が」  

「もう、残ってはおらぬよ。虱つぶしだ。長らく闇の中を賢しく泳ぎ切ったお主なら、分かるだろう?

「………バカ、な」


 ありえない。

 言葉の意味は理解できる。確かに、此処に襲撃をかけるなら、全ての根回しは済ませるだろう。そうでなければ、自分たちは逃げおおせる。自分たちと繋がる全てが鳴子となり、相互に守りあうように出来ているのだ。

 一つでも音が鳴れば、他の全ては闇に潜り、声を潜めて、時を待ち、世間が忘れたころにしれっと名前を変えて別の組織として再生する。長い歴史の中で、腐敗を断とうと誰かが動くたびに、そうやって生き延びてきた。


 だが、そのつながりを、鳴子を、全て潰した?全て!?どういう速度だ!?


 彼は用心深い。自分たちと繋がりある共犯者たちの動向は常に把握している。異常があればすぐに動けるよう、常にアンテナを張り巡らせていたのだ。ほんの数日前まで、彼の周囲には何一つとして異常は起こっていなかった。


 まさか、まさかすべて謀られたと?そんな常軌を逸した所業がありうるのか???


 だが、だが、だとしても!!


「こんなことをすればおまえは失脚する!確実にだ!これまでの地位のすべてを捨てることになるんだぞ!!?」


 この男の所業が、あまりにも極端な凶行である事実に変わりはない。

 確実に、この後彼は別の者達から糾弾される。それは必然だ。政治争いとは足の引っ張り合いで、蹴落とし合いでもある。自分の配下でなくとも、彼を目の上のたんこぶだと思う者は絶対にいる。この暴挙を好機と捉えることだろう。


「そうまでして!やるべきことか?!これが!!!」

「無論」

「何のために!?」

「友のために」

「友ぉ!?」


 その答えのあまりの陳腐さに絶叫した。傷をなめ合うことしかできない哀れなる名無しがそれを語るならまだいいだろう。管理されている事実を知らずにのうのうと生きる都市民でもいい。

 だが、世界を、人類をコントロールする役目を担う神官の発言と思うと目眩がする。自分よりも更に年を重ねた神官が、それを抜かすのだから呆れてものも――――


「貴様、陽喰らいの儀の後、名無しのギルドを潰して、その事業を簒奪したのう?戦いの果て、ギルド員の大半が失われて、弱っているところを都合よく」

「…………は?」


 突然、語り始めた内容を理解できず、彼は耳を疑った。


「だからなんだというのだ!!?神官として、下らぬ木っ端どもに使われてる無駄な金を回収しただけだ!!」

「――――ほう」


 カツン、と、杖の音が響く。


「あの戦いで、若い冒険者達と話をしてのう」


 額から、汗がこぼれた。緊張からかとも思ったが、違った。


「まあ、なんというか、年代も生き方も違う。まるで話題は噛み合わんでな?しかしなんでであろうなあ。話してみるとなんとも楽しくてのう」


 部屋が熱くなっている。周囲で燃え上がっている炎とは違う、皮膚が痛くなるような苛烈な熱が、放たれている。


「短い間であったが、彼らとは友達になったのだ。うむ。間違いなく友だった」


 それほどまでの熱が、目の前の、杖をついた老人から放たれる。


「その友らは、あの戦いで、ワシを守って、死んでしまった。自分の家族がいる世界を護るために、と。こんな先の短い老い耄れに後を託して」


 ミシリと、握りしめた杖をつかむ。柄を抜くようにして、白く輝く刃が出現した。剣に炎が纏わり付く。


「それで、なんと言ったかな?」


 周囲を焼き払いながら、老兵は、こちらを見つめ、静かに問うた。

 

「――――我が友の死を木っ端と抜かしたか?小僧」


 ようやく、男は、自分が歴戦の戦士の逆鱗を踏みにじったことに気がついた。


「ひ」

「【火の精霊ファーラナン】」


 四元の精霊の中でも最も太陽に近く、最も苛烈なる精霊の力を宿した老戦士は、炎を巻き起こす。阿鼻叫喚のただ中で、告げる。


「【白銀】殿の約束を違えるが、仕方あるまい。血塗れた仕事は老いぼれが担おう」


 もはや、逃げることもままならず腰を抜かした、イスラリアの闇に君臨し続けた男に、告げる。


「灰も残さず消え失せよ」


 醜悪なる悪行も、醜い断末魔の声も、そのすべてが聖なる炎に焼き払われた。

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