崩壊は突然に②




 何故こんなことになっている?


 大罪都市エンヴィー中央工房、経営部門長ヘイルダー・グラッチャは混乱の中にいた。


「黒剣の壊滅……ビーカンのバカは何を失敗した……!?」


 黒剣騎士団とエンヴィー中央工房の繋がりは深い。

 中央工房と神殿との政争が始まってから、中央工房は黒剣騎士団との繋がりを強固なものとした。邪魔者を始末する上で、この上なく都合の良い“公的機関”であるのもそうだが、なによりも、中央工房と敵対関係にある神殿にとって、黒剣騎士団――――ラースの黒炎は忌避すべき存在であったのも都合が良かった。

 無論、裏では神殿もあの場所を利用しているものもいるだろう。が、それでも神と精霊に仕える身でありながら、竜の残した呪い、黒炎を都合の良いゴミ捨て場として利用しようなどという厚かましさを持てる神官は中々いない。

 その点、ヘイルダー達にはない。彼らは何の忌避感もなく、黒剣騎士団と蜜月の関係になり、様々なを行うことで、してもらってきた。そしてその関係を、多方面に利用してきた。

 今回の【歩ム者】の一件もその一つだ。


 紛れもない、蜜月の関係だった。

 多くの金と、ヒトと、秘密を、数え切れないほどに行き来させた。

 どれだけ薄汚く、悍ましい関係であっても、強固な絆と表現して差し支えないだろう。


 しかしそれはつまり、どちらか一方が崩れた瞬間、確実に巻き込まれることを意味している。

 黒剣だけが消滅するというならそれでいいだろう。あと腐れなく、一切の証拠も残さず消え去ってくれるなら、むしろ好都合と言えるだろう。だが、絶対にそんな都合の良い展開は起こらないのは皆わかっている。


 黒剣の壊滅は、証拠の隠滅を自ら図った上での逃亡ではない。誰がどう見たって、致命的な事故ないし自滅だ。ほぼ確実に、自分たちにまでその影響はとんでくる。しかもタチが悪い事に、それがどれほどまでの影響になるか、誰にも分らない。混乱は必至だった。


「ヘイルダーさん!!【天からの雫瓶】からご連絡が!急ぎ取り次いでほしいと!」

「【風見蝶】からもです!」

「ヘイルダーさん!!どうにかしてください!!」


 中央工房と同じく、黒剣とのつながりの強かった者たちは誰もかれも、混乱の渦中に放り込まれていた。その情報は流石にヘイルダーの耳にも入っている。何せ通信魔具で至る所から、我が身の可愛い連中が、ヘイルダーに連絡を飛ばしてきているからだ。


 自分たちは大丈夫なんだろうな!?と


「その上、黒炎砂漠が攻略……!?馬鹿な……」


 当然ヘイルダーも、この混沌の全容を把握できていない。

 出来るはずもない。

 前例はない。ヘイルダーに限らず、このイスラリアに住まう全ての民にとって前代未聞の事態だ。黒炎砂漠の攻略などという、ありえない事態、予期すらしていなかった。数百年間、ずっとそこにあったものが、ある日前触れもなく消えてなくなるなどと、想像できるわけがない。


 ハッキリとわかっているのは一点だけだ。

 この混沌とした事態で、致命的に、出遅れているということだ。


 これが完全なただの事故ならまだいいだろう。不運としか言いようがないが、それでも挽回のしようはある。が、しかし、これが何者かの策謀が、意図が混じるというのなら、最悪だ。


 せめて、情報を掴まなければならない。せめて、黒炎砂漠をだれが攻略したかを、一刻も早く―――――


 悪寒に追われるように、エンヴィー騎士団遊撃部隊宿舎へと足を踏み入れた。


「エクスタイン!!エクスタインは何処だ!!!」


 彼は叫びながら扉を開けると、遊撃部隊の騎士達はギョッとなってヘイルダーを見る。だが有象無象の視線などヘイルダーにはどうでもよかった。血走ったような目で周囲を見渡し、そして奧で事務作業を行っていたであろう遊撃部隊隊長のグローリアが目に付いた。


「何事です!勝手に立ち入らないでもらいた――」

「エクスタインを今すぐ呼べ!!」


 聞く耳を全く持たないといったヘイルダーの態度に、グローリアは眉をひそめ、森人の特徴である長耳をぴくりと揺らした。ヘイルダーの態度があまりにも無礼で乱暴だったが、それ故だろうか。彼女は怒りを抑え冷静な態度となった。


「……彼なら随分前から休職届を出して休んでいます。騎士団にも顔を出していません」

「だったら今すぐ呼び出せ!!!時間がないんだ!!」


 無茶苦茶な、と、グローリアは迷惑そうな表情を隠さなかった。

 彼女は遊撃部隊、即ちプラウディアにいる天魔のグレーレの信奉者であり、その忠誠心はエンヴィーの権力者に向けられてはいない。今無茶苦茶を彼女に喚き散らすヘイルダーは闖入者以外の何者でも無かった。


「貴様――――!!」


 その態度が気に入らなかったのだろうか。ヘイルダーは平手を上げた。周りの騎士達が止めようと動くよりも速く、彼はそれをふり下ろそうとして。


「ああ、ヘイルダーさん。落ち着いてください」


 それを、不意に現れたエクスタインが止めた。


「なっ!?」

「エクスタイン……貴方何時から」


 ヘイルダーもグローリアも驚き、目を見開くなか、彼は本当に何でもないというように肩を竦めた。凜々しい彼のその態度は変わらないが、他の騎士達も驚愕している。この半年間、彼はロクに騎士団に姿を現さなかった。その行方すらも掴めていなかったのだ。


「エクスタイン!お前なにをしていたんだ!!」


 その周囲の驚愕にも気付くこと無く、ヘイルダーは怒りにみちた声で彼の手を振り払う。この半年の間もヘイルダーはエクスタインと幾度も接触して、彼を使っていた。ヘイルダーにとってエクスタインは幼少期からずっと使っていた都合の良い駒の一つだ。

 少なくとも彼はそう思っていた。


「ガルーダを出せ!!今すぐ黒炎砂漠の状況を――」

「ああ、ご安心を。既に情報は仕入れていますよ」

「何……?」


 驚愕するヘイルダーにエクスタインは肩を竦める。余裕ぶったその態度はヘイルダーを更に苛立たせるが、彼は気にせず会話を続けた。


「というよりも、。恐らく、どこからか誰かが意図的にながした情報だと思われますが――」

「だから、それがどんな情報だと聞いているんだ!!」


 苛立つように、エクスタインの首を掴む。首を絞めるような勢いだった。エクスタインはそれでも笑みを浮かべたまま――――――とは、少し違う。

 彼は笑っている。

 だが、幼いころからずっと見てきた、外面だけそう見せかけたような、薄っぺらい笑いとは違う。その端正な顔が引き裂かれるような狂笑が、彼の顔に浮かんでいる。

 思わずヘイルダーはぎょっと手を離した。エクスタインは何でもないように肩をすくめると、そのまま口を開く。


「ウルですよ」

「――――ウ、ル……!!?」


 ヘイルダーは目を見開く。

 エクスタインはそんな彼の動揺を憐れむように、慰めるように、優しく言葉をつづけた。


「私と貴方が愚かしくも貶めた、【灰の英雄ウル】が、黒炎砂漠と灰都ラースを解放したんです」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その情報の広まり方はあまりにも速く、そして歯止めが利かなかった。


「ラース解放!!ラース解放!!灰都ラース解放!!!!」

「恐るべき黒炎の呪いにまみれた禁忌の砂漠が開放された!!」

「数百年間残り続けた大罪竜の災厄が払われたぞ!!!」


 その吉報は大連盟連なる各都市に一瞬で流れ、そして爆発的に伝播していく。あらゆる報道機関に等しく伝達され、それが瞬く間に一般都市民へとなだれ込んだ。

 耳にした都市民達は驚愕し、そして熱狂した。

 彼らにとってすれば、灰都ラースは名前だけは知っているかのような、とっくの昔に滅び去った伝説の大罪都市だ。黒炎というおぞましすぎる呪いを封じるためにろくな情報も与えられておらず、結果、想像の中で畏怖だけが膨らみ続けていた。


 それが、打ち破られた。解放されたのだ。


 日々大きな変化の無い都市民達にとって、あまりにも魅力的で輝かしい吉報だった。どこもかしこもお祭り騒ぎとなったのだ。


 各都市国が噂に翻弄される最中、盟主国であるプラウディアの第一位シンラ、天賢王が動いた。彼は都市民達の前で大々的に、つい先日までイスラリアに深い傷を残し続けていた黒炎が消え去ったのを公表した。

 そしてその偉業を成し遂げたのが、半年前【大連盟法反逆容疑】をかけられていたウルであることを宣言し、彼がその疑惑を晴らしたと認めた。

 そして、その【灰の英雄ウル】の偉業を讃える凱旋を、数日後に行うことを決定した。


 王は、熱狂を押さえることはしなかった。炎に油を注いだのだ。それも盛大に。


 こうして、いよいよもって、誰の手にも、この熱狂は歯止めが効かなくなった。

 イスラリアに蔓延る悪党たちが、何一つとして事態を把握することも出来ぬままに、全てが決定してしまった。彼らの多くは、これが「攻撃」であることをこの時点で悟った。どれだけ敵の正体が見えずとも、間違いなく、この流れには意図が存在していると、否応なく理解させられていた。


 しかし、それでも彼らはまだ、楽観している部分があった。それは、彼らが致命的に間が抜けているから――――ではない。そうではない。

 それは、彼らの経験則からくる楽観だった。

 彼らは知っている。自分たちには多くのつながりがある。それは長い年月をかけて、イスラリアの地下に蔓延った悪徳のつながりだ。幾重にも繋がり、結びついている。時に表側の、一見すれば善意の仕組みや組織すらも絡めとって肥大化し続けたこのつながりは、例え何が起ころうとも、どのような事態になろうとも、決して全てが断ち切られるはずがない。そういった確信だ。


 そんなこと、、あるわけがない、そういう確信。


 しかし、悲しいかな、


 黒炎砂漠攻略という前代未聞の事態に対して、彼らはいまだにそのスケールを理解できていなかった。脳が全く持って、受け付けてはくれなかった。


「それでは皆様、お願いいたしますね」


 その致命的な隙を、白銀が見逃す筈もなく――――

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