間章 清算と帰還
崩壊は突然に
イスラリア大陸中の国々の全てを繋ぐ【大連盟】
大罪都市プラウディアを盟主国として、イスラリア大陸中の全ての国々を繋げたその連盟は、迷宮によって世界の多くが分かれてからも、長く世界の秩序を保ってきた枠組みの一つだ。
勿論、物理的に国同士が離される以上、統治は完璧にはほど遠い。隙は多く、穴もある。邪な考えの者達に利用され、問題も多く起こったし、現在進行形で起こっている。黒剣の問題など最たる例だろう。
それでも、この仕組みはギリギリの瀬戸際で維持できている。
奮闘、と言って良いだろう。
前シンラのカーラーレイ一族の“しでかし未遂”はとてつもない事件であったが、過去を振り返れば同等規模の事件は何度も起こっている。それでも尚、【大連盟】は壊れていないのだから、大奮闘だ。
少なくともグラドルの現シンラ、ラクレツィアはそう思っている。
そして、それを可能としたのは神殿の力であり、
太陽の結界の加護であり、
魔術師達がその技術を結集させて生みだした【通信魔具】の力だろう。
遙か彼方に言葉と意思を、感情を飛ばす事が適う技術は、砕け散ってバラバラになりかけた世界をギリギリでつなぎ止めた。太陽の結界のような圧倒的な力と比べれば目立たない。それでも、この手の平に収まるような小さな水晶は、世界の平穏を今なお維持する重要なアイテムだ。
《ウーガの状況、いい加減なんとかならんのかね?》
《遅々として運用の話が進んでいないじゃあないか!どれだけ無能なのだ!》
その素晴らしいアイテムを使ってまでして届けられるモノが、遙か遠くに居る相手からの愚痴と罵声というのは、この魔具を開発した開発者達の努力を蔑ろにしてしまっているのでは無いだろうか。と、ラクレツィアは内心で思った。
現在ラクレツィアはグラドルの神殿内で、ウーガを管理するプラウディア、エンヴィーとの三カ国会議を行っていた。ウーガを三国で管理する、と決まったときから定期的に開催されている報告会だ。
しかし実体は、遅々として進まないウーガの運用に対する愚痴大会だ。
《挙げ句の果てに、無断で交易ルートを外れるとは……全く。》
《やはり、どれだけ技術があるといっても、例のギルドに運用を任すこと自体間違いだったのではないのかね?》
通信先の相手は二国の外交担当の神官だ。確かどちらも第三位(グラン)だったか。一応ラクレツィアの方が官位は上の筈だが、随分と態度が上からで舐めきっている。
文句の一つも言いたいが、現在のグラドルの立場ではそれも難しい、神官の大量の欠落を補うため、各大罪都市に協力してもらい、なんとか【生産都市】を維持しているのが現状だ。彼らはグラドルの上からものを言う立場にある。
《やはり年を重ねると頭が固くなるものなのかね。全く、これではグラドルの先は暗いな》
の、だが、まあ、なんというか、全部ぶん投げて中指立ててやりたい衝動が彼女にも無いわけでは無かった。
「報告が入り次第連絡をします。情報の確認に全力を尽くしますのでどうかご安心を」
とはいえ、それをしてしまえば今日までの苦労が台無しである。彼女は堪えた。
それに、今回ばかりは、こちらにも非がある。
【焦牢】に起こった詳細不明の異変。監視塔からの報告に対して、ウーガが独断で救助の為に移動してしまったのだ。そしてその許可を聞く前に、ウーガは独断で動いてしまった。
尤も、許可を出す、という話になると、3国の判断を仰ぐこととなり、決断を下すだけでも数日を必要としただろうし、その結果「不許可」となるのは目に見えていた。そのことを予期した上での独断なのだろうが……結果として、ラクレツィアがその尻拭いをする羽目になっていた。
《本件で運送の遅れで生じた損失の補填は、何処の誰が責任を負ってくれるのだね?》
《ウーガは巨大である分、1度の作業で必要とされる費用は尋常でない。ましてやそれがキャンセルされたとなれば……勿論、ラクレツィア様には言わずともわかって貰えるでしょうが》
「ええ、勿論」
普段、制御権を持つコチラから主導権を奪い取ろうと躍起になるくせに、トラブルが発生した際は即座にこちらに責任を押しつけようとする二枚舌には感心した。
「ラクレツィア様!!大変です!!」
と、その時、会議室の扉が激しい音と共に開け放たれた。
《……部下の躾けもできないのかね?グラドルは》
《都合が悪い話題をわざと打ち切らせようって言うんじゃ無いだろうね?》
ラクレツィアは眉をひそめた。通信魔具による外交とはいえ、重要な会議であることには変わりは無い。会議室には基本的に完了するまで立ち入ることが無いように部下達にも命じている。ラクレツィアの直近の部下にそれを弁えない者は居ない。
「失礼しました……一体何事ですか、全く」
と、言うことは、その命を破ってでも報告しなければならない案件が現れたと言うことだ。ラクレツィアはやや警戒を強めながらも、部下が面白い顔色をしながらも持ってきた書類を手に取り、それに目を通した。
そして目を見開き、しばし絶句した。
《……ラクレツィア様?》
《どうしたのかね》
ラクレツィアの緊張が向こうにも伝わったのだろう。通信魔具越しに探るような声が伝わってきた。正直、情報を向こうに筒抜けにしてしまったのはラクレツィアのミスだったが、しかしコレばかりは仕方が無い。どのみち、すぐにでも向こうにも情報は届くだろう。
ラクレツィアは小さく息を吐き出すと、目の前の書類の情報を読み上げた。
「……ウーガからの連絡が届きました。ウーガは無事であるとのことです」
《ほう、やっとかね》
《だったら、急ぎ元の行路に戻り交易を再開してもらいたいのだが?》
「それと」
二カ国の外交官がまた何か好き勝手に何かをいいそうになるのを先んじて、ラクレツィアは続ける。
「騎士団の本拠地、【罪焼きの焦牢】が壊滅しました」
《……壊滅?》
《なん……》
「それともう一つ。黒剣騎士団がほぼ全滅したとのことです」
《――――》
そのラクレツィアの説明に対して、帰ってきたのは沈黙だ。
彼女は一言一句、意味の通らない言葉を発していたわけでは無かった。そして通信魔具越しの外交官達も、決して頭の回らないような連中ではない。いかに嫌みったらしい事を口にしようと、個人としては有能な部類だろう。
その彼らが、ラクレツィアの言葉を理解するのに時間を必要とした。数秒経ち、数十秒経ち、そしてようやく一言
《―――――――はあ?!》
と、いう言葉を苦労して吐き出すのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
運命の神官ドローナ・グラン・レイクメアは何時も通りの心地の良い朝を迎えた。
官位持ちであるが故に許される広い部屋を潤沢に使った豪奢なベッドは彼女を包み込み、心地の良い眠りを尚も誘う。別にそのまま眠っていても誰も咎めるものもいない。その事実にほくそ笑みながら、彼女は身体を起こした。
「おはようございます。ドローナ様。身支度をさせていただきます」
待機していた幼い少年のような従者が自身の身支度を進める。その少年も彼女の好みで使っている従者の一人だ。かつては従者として働いていた彼女にとって、誰かを従わせ、自分を世話させるのは一つの娯楽で、快楽だった。
どうせなら、あの女を従わせてみたかったけれど。
ふと不意に、頭の中に過ったのはかつて、彼女が従っていた運命の巫女だ。随分と懐かしい、最近は思い出すことすら無かった女のことだ。
自分より官位が低く、なのに、運命の精霊の寵愛を受けて周りから持ち上げられていた少女。ドローナにとっては目の上のたんこぶで、邪魔者だった。そんな彼女に従者として仕えなければならないのはあまりにも屈辱だった。
だから、利用するだけ利用することを思いついた。
悪徳の為に彼女を利用して、最後に彼女ごと捨てることを閃いたのだ。
そしてそれは上手くいった。皮肉にも彼女自身の運命の力がドローナに最善の道を与え、運命の巫女に最悪の道を作ったのだ。あの時は本当に、心の底から愉快でたまらなかった。自分が周りを巻き添えに地獄への道を作っているとも知らず善いことをしたと笑っている巫女の顔を見たときは笑いを堪えるのに必死だった。
そして彼女は失われ、彼女の椅子を押しのけて今自分は此処に居る。堪えきれぬ優越感に笑い声が零れて、無礼にも従者が少し怯えた様子だったが、罰するのはやめてやろう。今日の自分最高に気分が良いのだから。
「今日は誰かに幸運を恵んであげようかしら」
そう言って、今日も運命の巫女の仕事、というものをこなそうと腰を上げたときだった。
「ドローナ様!!」
突如扉が開かれ、慌ただしく自分の取り巻き達が入ってきた。
そのあまりの乱暴な乱入にドローナは顰めた。勿論、彼女の部屋にそのような乱入を認めた事は無い。
「一体何事ですか!!無礼な!」
先程までの機嫌の良さは何処へやら、怒鳴りつけるような勢いで彼女は叫んだ。しかし取り巻き達の慌てふためきようはドローナの怒声に対してもまるで変わることはなかった。汗を流し、困惑し、救いを求めているようだった。
流石に、その様子を見るとただ事ではないと察することは出来た。
しかし、何に対してそんなに慌てているのかが読めない。運命の精霊の威光という強力な後ろ盾を持つ彼女たちは、様々な場所に繋がりを創り、盤石のコネクションを形成してきた。何事かが起きたとしても、あるいは何事かを”起こしたとしても”、無かったことにする事くらい、できるのだ。
「例の中小の商人ギルドが訴えでも起こしましたか?それか――」
トラブルの火種に思い当たるところは、ある。沢山ある。多くの問題を握り潰して、弱者達を踏みつけにして、傲慢を通しているのが彼女たちだ。そしてそれらのトラブルを押し通す手段を彼女たちは握っている。
「最悪の場合、黒剣騎士団を使いなさい。その為の手段はあるのでしょう?」
「その、その黒剣騎士団が――――壊滅したのです」
部下のその言葉を、理解するのにドローナは暫く時間を必要とした。口をぽかんと開けた間抜け面を晒して、心中をそのまま言葉にして吐き出した。
「は?………………はあ?!」
壊滅。壊滅!?
あまりにも唐突、かつ耳慣れない単語に彼女は混乱を引き起こした。言葉の意味が理解できなかった。それはあまりにも突然の事の様に思えた。焦牢とは定期的に連絡を取っているが、あそこの長であるビーカンは先月も視察という名目で酒池肉林に赴き、気をよくしていた。ここ数年の態度と何一つ変わりなく。
それなのに、その彼が率いる組織が何故なんの前触れも無く壊滅する?
焦牢のある旧ラース領と、プラウディアとの間には距離があり、都市外には魔物と迷宮が無数にある。必然的に情報の精度も頻度も悪くなるのは確かだ。しかしそれにしたってコレは――――
「それと、もう一つ」
「なんなのです……まだあると?」
既に、飲み込むに時間が必要な情報を押しつけられたのに、まだ続けるのかという怒りが沸くが、聞かないわけにはいかなかった。従者の一人もかなり困惑した様子で、汗をだらだらとたらしながら、手元に握られた報告書に目を通し、読み上げる。
「……旧ラース領の黒炎が、現在次々に消滅していっているのが確認できたそうです」
「……どういうことです?」
その説明の意味を、ドローナは理解するのに時間がかかった。異常であることは明確だ。数百年残り続けてきた呪いの炎、その砂漠に異変が起こっているのだという事は理解していた。
だが、ソレの意味するところ、そしてそれがどういう影響を及ぼすかまでは思考が回らない。想像するのを頭が拒否していた。
「恐らくですが……こ、黒炎砂漠が攻略され、黒炎が消滅したのだと思われます」
自身の栄華と安寧が歪にひび割れていく悪寒に、彼女は思考を停止していた。
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