地獄の果てにあるものは②
「結果としてみれば、お前の思惑通りという訳か」
大罪竜ラースを巡る成り行きを見守っていた天賢王は、静かに目を見開く。
彼はまだ星の海にたゆたっており、そしてその彼の向かいにはブラックが笑っている。
「だーからタマタマだって。神殿が手を出せずにいる場所に面白そうな奴を突っ込んでみただけだってーの」
「耳が痛いな」
黒炎に対する恐怖の信仰はあまりにも強かった。300年経過し、竜殺しという特攻兵器が生まれても尚、焦牢に託すべきだという意見が主流だった。天賢王はそれらの意見を無視することは出来ない。彼らの恐怖と畏れを無視すれば、【天賢王】という概念そのものへの信仰が揺らぐことが目に見えているからだ。
つまるところ、本当に手出しのしづらい場所ではあったのだ。黒炎鬼達の実際の脅威度以上に、目の上のたんこぶだった――――“特に、これから先の彼らの計画を考えれば”
そして、その懸念は解消された。
奇跡と言って過言ではない偉業を、たった一人の少年をきっかけに成し遂げたのだ。
「……これでラースも墜ちた。ウルはラースを保管したか?」
「間違いねーだろ。鍵としては十分取り込んだんじゃねえの?」
「ならば良い。嘆願するとしよう。聞いてくれるかは、わからないが」
「俺の方に靡くかもしれねえぜ?」
「そうなれば、彼はともかく、お前は殺さねばならんな」
天賢王は特に悪びれるでも無く、凄むでもなく、当然、と言うような顔で断言した。ブラックは嬉しそうに笑う。
「さて、祭りの始まりだ。あとにはひけねえぜ?っつって、引いたってもう死ぬしかないからなあ?」
「世界を砕くか、救うか」
「良いねえ。滾ってきた」
そう言って獰猛に笑うと、ブラックがその場で一転する。同時に彼の姿は星海から薄れ、かき消えていった。天賢王が黙って見送る中、彼はまるで友人にそうするように手を振って笑った。
「んじゃ、まーたな。急げよ?じゃねえとこっちで勝手に全部始めちゃうぜ?」
「お前の好きにはさせない。魔王」
「よく言うぜ共犯者」
そう言って彼はかき消えた。残された天賢王は一人、星海にたゆたい、そして小さく呟いた。
「決戦は、強欲の大罪都市か」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……あそこ、かな」
ウルは、灰都ラースの北西端、砂と灰を踏み越えた先の丘へと足をかけていた。
「おい、ウル、はえーよもう少しゆっくり歩け」
「黒炎の呪い、もう身体には残ってないんだろ。ガザ」
「死にかけてたんだぞ俺もおめーも」
「それを言い出すと、此処に居る全員そうだけどね」
そう言ってガザの隣でレイが振り返る先には、今回のラース解放の際に結集した黒炎払いの面々が集まっていた。此処にたどり着いた時の人数を考えると随分と減った。怪我で動けずにいる者も居るが、戦いの中で永遠に欠けてしまった者もいる。
少なくとも、ウルの代わりに先陣を切って皆を導いたボルドーや、ウルの隣で此処まで来てくれたアナスタシアはもういない。
「っつーか、俺たちこれからどうなるんだろーなー。晴れて自由の身?」
「俺たち一応、犯罪者って扱いになってんじゃ無かったか?」
「実際囚人出の奴もいるし、そう簡単じゃないだろ。つかお前もそうだろ」
「でも黒剣騎士団も壊滅だろ?どうする気なんだろうね。お偉いさん」
数が欠け空いた隙間を埋めるように、黒炎払いの戦士達は言葉を互いに交わし合いながら、ウルへとついてきた。動ける奴は残らずである。ウルは苦笑した。
「別に、ただの見回りだし、良いんだぞ、休んでて」
「どーせじっとしてたって暇なんだよ。体調はここ10年で一番良いしな!」
ガザは腕を持ち上げてにっかりと笑う。確かに彼の顔色は良かった。黒炎払いの戦士達は誰も彼も、ウルが焦牢にたどり着いた時点で黒炎の呪いに少なからず侵されていた。彼らの身体から呪いは取り払われた。気分は随分と良いだろう。
ただ、そうやって元気そうに振る舞うのは、寂しさを紛らわすためだろう。そう感じたが、ウルは指摘しなかった。そのまま丘を登る。
そして頂上へとたどり着き、その先に広がる光景を前にした。
「…………ついた」
――――灰都ラースにはなにが残っているだろうか?
この話題は、黒炎払いの面々のみならず、焦牢の囚人達の間で繰り返し交わされてきた話題の一つだった。灰都ラース。大罪都市ラース。かつて精霊の力により大繁栄を築いたその都市に、なにが残されているのかという、想像。
何一つ残されてはいないだろうと誰かが言った。
大繁栄時代の金銀財宝が残されているのだと誰かが笑った。
恐ろしい大罪竜の黒炎が燃えさかり続けているのだと誰かが恐怖した。
そんな風に想像を繰り返すばかりで、どれも根拠無い妄想に過ぎず、適当なところで話題が霧散するばかりだった。たどり着くことなどできはしないゴールの想像を膨らますのも空しくて、適当なところで話題は切り上げられた。
しかし、一つだけ、これだけは存在すると確信されていたものがあった。それが――
「海だ」
灰都ラースは、イスラリア大陸の北西端に位置する場所に存在していた。
だから、ラースにたどり着けばきっと海は見れる。それだけは確実だと皆が言っていた。海と、その先にあるイスラリア大陸の終わり、世界の端が見れるのだと。
その端の光景がウル達の前に広がっていた。
「……」
砂と灰の地面にウルは腰掛ける。後ろの仲間達もそうした。
太陽神はその日の仕事を終えて沈みかけていた。黒炎の元凶が消え去って、それが生み出す煙も一斉に消え去って、澄み切った空が、赤く、美しく染まっていた。波打つ海の水が陽光に煌めいて眩かった。
囚人達が幾度となく想像した光景がそこにはあった。
「…………ああ」
ガザが喉を震わして、声を漏らした。振り返らずとも彼が泣いているとウルには分かった。彼だけで無く、隣りにいるレイもそうだろう。それ以外のひげ面で強面の戦士達が何人も、すすり泣くような声をあげていた。
悲しいから、と言うわけではないだろう。きっとそんな単純な感情だけではない。
戦って戦って戦って戦って、その果てに挫折した。どれだけそれが苦渋の選択であっても、諦めるしかなくて膝を折った。それからずっとずっと、自分を誤魔化し続ける日々を繰り返してきた。仕方の無いことだと自分に言い聞かせ続けてきた。
そして今日、永劫にたどりつけないと思っていたゴールにたどり着いたのだ。涙など、いくらでも零れてくるだろう。
ウルには、それほどの感傷は無い。
この半年間は、休まる時間など一時もないような濃厚な時間だった。此処にたどり着いた感動も、達成感も確かにある。それでも、心の器から溢れて押さえが効かなくなるほどじゃない。
故に、昏翠の目から流れてくる涙は、ウルのものではない。
アナスタシアの涙だ。だからそれを、拭うことも止めることもしなかった。
「綺麗だ」
ウルは囁いて、泣きじゃくって蹲る仲間達と共に、何時までも美しい海を眺め続けた。
かくして、世界最大の禁忌区域が解放された。
その情報は瞬く間に世界中を駆け巡り、凄まじい衝撃となって震撼させ、それを導いたとされるウルの名は、激しい混乱と熱狂を呼ぶ事となる。かつて新進気鋭の冒険者として名を馳せた時以上に、焦牢に貶められてからなすり付けられた悪名など消し去る勢いで。
しかしウル自身は、少なくとも今はそんなこと知る由も無く、一つの長い旅を終えた仲間達と共に、最奥にあった美しい秘宝を眺め、その身体を休めるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【迷宮・黒炎砂漠攻略:リザルト】
・攻略報酬:未定
・黒炎鬼の魔片 番兵の魔片 吸収
・竜殺し[二式] 取得
・黒睡鋼の鎧 取得
・希代の天才鍛治士、ダヴィネ加入
【
・大罪竜ラストの魂支配、調伏完了
→情報なし 現象種別不明
→竜化大幅進行
→魔名の上限値大幅上昇
→■■の創造権限取得。
→【色欲の権能権限委譲】【死と生の流転謳う白の姫花】
→『死 ね ッ ッッ!!!』
・大罪竜ラース超克完遂 憤怒の魂を獲得
→大罪竜ラースの魂保管
→魂保管量一定量到達、
・一部の魔魂片支配、調伏完了 休眠開始
→情報なし 現象種別不明
→『ありがとう』
・運命の聖女アナスタシアによる魂の譲渡発生
→運命の聖眼付与
→未来視の魔眼と融合、研磨必要年数大幅超過
→最高硬度の魔眼に昇華【
→効果:視界の運命の掌握、支配、強制
→現存する最高硬度到達。
・不死鳥の魔皇片 委譲
→技能:
→ダメージが致命傷であるほどに回復量増大。
・魔片一定量到達により、魔画数増加3画→4画
→魔片、過剰吸収により、更に魔画数増加4画→5画
→魔片、超過剰吸収により、更に魔画数増加5画→■画
・潜在的【方舟】影響能力一定数到達
→■■■■、感知
「あ、ウル様。大変申し訳ないのですが、今すぐ仲間の皆様を連れてきてください」
「なんで?」
「超・電光石火で全てを終わらせますのでご準備を。ウーガとは別の足を使います」
「なんて?」
「準備不足分は、速度で補います。大体ウル様の所為なので頑張ってください」
「なんで???」
シズクはむにむにとウルの頬を引っ張った。
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