地獄の果てにあるものは
【罪焼きの焦牢・
地下牢という巨大なる黒炎の呪いの隔離施設。呪いの全てに蓋をして見なかったことにするための天井が完膚なきまでに”ひっぺがされて”地下牢としての体裁を成さなくなったその場所で、救援活動は行われていた。
「重傷人はウーガ内の癒療所にて治療を行うっすよー、十分な資材が揃ってるから、慌てずに移動してくださいっすー」
竜吞ウーガなる超巨大移動要塞と、そこからやってきたウーガの住民達。彼らによって生き残りの住民達は治療を受けている。
黒炎が消え去った後も怪我や呪いの後遺症で苦しむ者が大量で、放置していれば大量の死者が出かねない状況下だったのだが、ウーガから来た支援者達は、囚人達に対しても偏見無く、救助を行い続けた。
そして、その過程で、灰都ラースが解放された事を知った。
幾人かの犠牲の上で。
その結果に対して、大げさな歓声は起こらなかった。自分たちをむしばんでいた呪いが消えたことで、おおよそ察していたからだ。
彼らは、事の終わりに安堵し、そして静かに悲しんだ。
犠牲者の中に、聖女がいた事を知って、うずくまり、泣く男もいた。
犠牲者の中に、黒炎払いの勇猛な隊長がいた事を知って、嘆く戦士達もいた。
救助に来たウーガの住民達は、彼らの悲しみを、痛みを受け入れる時間を決して邪魔はしなかった。ただただ懸命に、彼らの命を拾い続けた。
囚人達は、ウーガのそんな静かな献身に感謝した。彼らの大半は犯罪者であったが、それでも、恩を仇で返して、ウーガの住民に危害を加えようなどと考える者は一人もいなかった。
「……まあ、つまり、俺たちは助かったって事かよ」
「そうらしい」
そんな中、ダヴィネとフライタンは二人地べたに座り込み、話していた。
二人の内、ダヴィネは彼方此方に包帯が巻かれている。仲間達の指示を出す立場だったフライタンは兎も角、自前で用意した武器を振り回したダヴィネが負った怪我は多かった。黒炎の呪いで身体を焼きもしたが、しかし、死に至る前に黒炎そのものが消え去ってくれた。
呪いが傷つけた身体や魂は癒えるまで時間がかかる。だが安静にすれば回復するだろうと治癒してくれた術士は言っていた。
「灰都ラースに向かった連中は、ボルドーもグラージャもクウも死んだらしい」
「そうか……」
地下牢の連中だって、戻ってこなかった奴も多い。鬼となっていたとき、魂が焼き尽くされて、炎が消えたと同時に死んでしまう者もいた。だから
「運が良かったってことかよ。俺たちは」
「違うな」
ダヴィネの力ない言葉を、フライタンが力強く否定した。ダヴィネは少し驚く。別に、大したことを言ったつもりでは無かった。なのにフライタンがそこまで強く否定してくるのには驚いた。
「俺たちが生き延びたのは、お前が頑張ったからだ」
「ああ?」
「お前が頑張ったからだ」
二度、繰り返した。ダヴィネは奇妙なものを見る目でフライタンを睨んだ。するとフライタンは無表情のまま暫く黙る。その仕草にダヴィネは見覚えがある。この地下牢に送り込まれる前、時々フライタンがしていた仕草だった。考え込んで、言葉を探すときの仕草だった。
だからダヴィネは黙って兄の言葉を待った。彼は口が上手くないのだ。そして彼は頷くと、またダヴィネへと顔を向けた。
「お前は俺が考えるよりも強かった」
「……」
「地下牢での支配の仕方は正直不細工すぎてどうかと思ったが……」
「おいコラ」
「自分の顔刻まれたコインを通貨だとか言い出したときは本当にどうかと思ったが……」
「ぶん殴るぞコラ!」
「お前は自分で考えて、選んで、失敗して、立ち上がれる男だった。何時までも意気地の無い子供のように思っていたのは俺だったな」
地下牢に探鉱隊が揃って送り込まれるより前、周りから小馬鹿にされていたダヴィネを見て、フライタンは彼が一人では何も出来ない子供だと思っていた。彼に元いた探鉱を離れるように言ったのも、彼にとってはその方が良いとフライタンが決めたからだ。彼を見下す両親や仲間達は、自分も含めて彼の害だと思い込んでいた。
地下牢に来てから、彼がその才覚を発揮し、王さまになったのも、クウが彼を唆して、操っているに決まっていると思った。それは遠からず当たってはいたものの、別にそこに彼自身の意思が存在しない訳でもなかった。クウという存在と協力して地下牢を支配したのは彼の意思だ。彼が望むままに鎚を振るうために自分で決めたことだ。
誰よりもダヴィネを子供の様に見て、見下していたのは自分だった。そして自分の考えた道先が、ダヴィネにとって最適だと傲慢にも思い込んでいたのだ。
彼に必要だったのは、彼にかけるべき言葉はそういうものではなかった。
「お前を見損なっていた。すまなかった」
「……は」
ダヴィネは暫く何も言わなかった。口元をひんまげて、なにか堪えるように俯く。数秒間そうして顔を上げたときには、地下牢の王さまとして振る舞っていた彼の、傲慢だが力強い笑みが戻っていた。
「わかりゃいいんだよ!わかりゃ!!今度から気をつけやがれ!!バカ兄貴が!!」
「そうだな。そうする」
「そもそも俺はもう50才以上だぞ!!いつまでガキ扱いしてんだっての!!」
「70才越えるまでは土人は子供だろう」
「そういうのが古いんだよ!!マジで!!」
ダヴィネは叫び、フライタンは淡々と返した。傍目には口げんかにも見えるやり取りだったが、しかし彼らにとっては久方ぶりの、兄弟のやり取りだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
竜吞ウーガ 司令塔内。
「じゃ、じゃあウルも無事だったんだな?!」
《ええ。五体満足……と、言って良いかは分かりませんが、ご無事ですよ》
「じゃあ話とか!」
《所用があるっていって、少し出かけていますのでまた後で》
「んん……!」
エシェルはがっくりと頭を下げる。
彼とは半年間顔を見合わせてもいない。彼の言葉を全く聞いていない。だから楽しみにしていたのだが、残念ながらお預けとなった。
でも、無事、生きている。それだけでも本当に嬉しくて、涙が出そうだった。
「良かった。と、言いたいですが、まだ完全解決ではありませんね」
と、カルカラが指摘すると、エシェルはため息をついた。
「交易ルート、完全に外れちゃったしな……多少の融通は効くけど、限度がある」
「崩壊した焦牢の人命救助、という題目でしたが、ほとんど許可なく来てしまいましたからね」
「絶対今、あちこちで問題吹き出てるう……」
待ち受けているであろう大量の仕事を考えると、エシェルは頭と胃が痛くなった。
「選択の余地はなかったけどね。全部の準備、ギッリギリだったし」
しかし、リーネが言うとおり、これはほとんど選択の余地がなかった。
焦牢の崩壊という一報をシズクが掴んだ瞬間、エシェルはほとんど条件反射の速度で焦牢の救援に向かうことを決めた。為政者として、あまり冷静な判断とは言いがたかったが、それでも彼女の決断速度がなければ、今、焦牢で助け出されている囚人達は助からなかったし、灰都ラースのウル達もどうなっていたかはわからない。だからこそ、シズクもエシェルの決断に賛同したし、勇者ディズもそれに乗っかった。
そう、選択の余地はなかった。
だから後悔してもどうしようもないことだ。どうしようもないのだが――
「ウルの動きが、早すぎる……もう少し根回しできたら……!」
「我らがギルド長、本当にどうなってるのかしらね」
自分たちのギルド長に言いたいことはあるっちゃある。
具体的には「本当にどうなってんだお前」という、身も蓋もない不満が。
「ちょっと距離置くと、はっきりわかるわね。アイツやっぱおかしいわよ」
「本当にもう心臓止まりそうだった……!」
「まあ、それを言い出すと、我らが参謀もそうなのですが」
銀色の少女の微笑みが頭をよぎり、再びエシェルは頭を抱える。なぜに敵よりも味方に振り回されているのかさっぱりわからなかった。しかし、しかしだ。
「大変だったけど、ギリギリだったけど、
リーネの慰めに、頷く。そして前を見据え、女王として、配下の者達に命じた。
「好き勝手してくれた連中を、叩きのめすぞ」
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