灰都ラースの大騒乱
【灰都ラース】は静けさに包まれていた
数日前、黒炎の壁が破られ、数百年ぶりにその姿を現し、そして不死鳥の騒動が起こってからの数日間、ラースは静寂を保っていた。不死鳥が焼き、黒炎鬼となった哀れなる黒剣騎士団の連中も、新たな薪を求めてラースを出て、よたよたと【焦牢】の方角へと向かっていった。動く者は少ない。
『――――』
その遙か上空に、ただ一羽の不死鳥がいるのみだ。
不死鳥は、【焦牢】の本塔を焼き払い、見える範囲で動く者全てが真っ黒に焼き払われたのを確認し、満足してから再び【灰都ラース】に戻っていた。この不死鳥には知性があり、外敵の存在を探知し、時にそれを排除するためにラースを離れ攻撃を仕掛けることがある。が、ここが巣であるかのように、ラースには必ず戻ってくる。
不死鳥にとって、この場所こそが帰る場所で、守らなければならない場所だ。中心に揺らぐあの巨大なる黒球、アレに近付く者は、なんとしても排除しなければ――
『――――……………?』
だから何時も通り守護のため、空から気配を探っていると、気がつく。
何かが近付いている。【黒炎砂漠】から迷い込んだ獣か魔物か?とも思ったがどうにもそうではない。
『…………AA』
不死鳥は少し考えてから、降下を開始した。
飛翔能力を考えれば、地上に降りるのはあまりよい手では無い。空は不死鳥の庭で、自由な場所だ。そして地上を這う者達には決して手の届かない世界である。その場所からなら不死鳥は一方的な攻撃が出来るのだ。
しかし不死鳥は変なところで慎重だった。不用意に、そして無差別に、それが何かも分からない物を攻撃するのはイヤだった。アレに近付く者ならば兎も角、ただの獣であったなら、適当に追い払ってやった方が良いとさえ思っていた。
だから不死鳥は近付く。それが何かを確認するために。
その気配は灰都ラースの北門跡から 侵入していた。動きは遅い。ゆっくりとしている。随分と悠長な動きだ。此処に不死鳥が居ると知っているなら、そしてそれが敵ならば、のんびりはしないだろう。羽ばたきとと共に生じる炎に焼かれたくはないだろうから。
ではなにが近付いてきたのだろう?
不死鳥は慎重にソレへと近づく。ラースの中心へと真っ直ぐ向かうそれは、小さかった。角張っていた。車輪がついていた。頭があった。角も生えている。コレは、コレは――
『…………………A?』
不死鳥は首を傾げて、困った。これはなにか全く分からなかった。
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二日前、地下探鉱、【黒炎払い仮拠点】にて
「黒炎不死鳥は倒す必要は無いと思う」
断片的に集まった情報を元に、ウルは作戦を提案していた。
その場には、不死鳥の討伐に向かう面子が揃っていた。黒炎払い全員ではない。遠征に向かえるだけの実力者は限られる為だ。残されるメンバーは地下牢の護衛に集中していた。
今現在も時間経過と共に地下牢の彼方此方のほころびから、黒炎鬼が侵入を試みようと動いている。それらの対策と討伐に人員は必須だった。
此処に居るメンバーはその仕事からは外されている。本番前に疲労しては元も子もないからだ。彼らは今、どのようにしてあの不死のバケモノを討つか、という点に集中していた。
いたのだが、その矢先にウルが提案したのは「倒さなくて良い」だった。
「いやなんでだよ!倒さなきゃ不味いだろ?!」
「何故不味い?」
「何故って………あれ?」
ガザが解答に迷い、代わりにレイが答えた。
「不死鳥は【番兵】じゃ無い。ラース領全体を区切ってしまう【黒炎の壁】はもう残っていない。倒す必然性は存在してない。」
「殺してしまうと、不死鳥は莫大なエネルギーを放出しながら
レイの説明に、ガザはぽんと手を打った。
「そっか!じゃ楽勝じゃん!?無視すりゃいいんだから!!」
「それが楽じゃ無いから作戦考えてるのでしょうが」
レイは溜息をついた。ボルドーも彼女に続ける。
「初遭遇時の不死鳥の挙動を見るに、あの“残火”を守るために動いているのは間違いない。“残火”が我々の最終目標である以上、接敵は必然だろう」
初接敵時の不死鳥との戦いをウルは間接的に聞いているが、クウが指揮した黒剣騎士団達の攻撃手段は決して間違っていたとは思えなかった。大量の人員と物量、そして竜殺しによるごり押し戦術。
黒剣騎士団が健在で、ビーカンが大量の竜殺しを温存していたからこそ出来た戦いだろう。そして恐らく、現存する黒炎払いに同等以上の攻撃が出来るとは思えない。もし出来たとしても不死鳥を殺せるかは分からない。殺しても、それらの傷を無かったことにして復活するのだから。
ならば取るべき作戦は、
「
「…………それって、もっと難しいんじゃ」
「珍しいわね、ガザ。正解よ」
ガザの指摘にレイが感心した。
「そもそも私達、不死鳥の情報すらロクに持ってるわけじゃ無いのよ。どういう挙動をしてくるかも分からない相手を捕まえるなんて出来るの?」
「観察する時間も、今回は無いしな」
黒炎の大本を断たず、もたもたと時間をかけてしまえば間違いなく地下牢が崩壊する。黒炎鬼に襲われるか、それとは別に大量の魔物達に襲われるか。【太陽の結界】が失われた今、地下牢の防衛はあまりにも脆い。
此処の住民達は犯罪を犯した囚人達であるが、現在彼らは不死鳥の撃破のために全力でウル達を支援してくれている。その彼らを見殺しにしていい理屈は、何処にも見つからなかった。それは【黒炎払い】の共通認識だった。
ぶっつけ本番になるのはどうにも避けられなかった。
だが、無策、というわけではなかった。
「だから、私が、運命を、見ます」
部屋に同室していたアナスタシアが手を上げた。
「この場所から、作戦の可不可、禍福、皆さんの生存可能状況を」
「……この場所からでも、分かるって言うのか?」
ウルは驚いた。10年前、当時の【黒炎払い】の前身が壊滅してしまったとき、アナスタシアの運命の力を彼らは上手く使いこなすことが出来なかったことは聞いている。故に、扱いづらい力なのだというザックリとした認識がウルの中にはあったが、
現場にも立たず、この場から情報を集められるというのは、とてつもない。
「ただ、あくまでも、その作戦をとったとき、皆さんが、最初、どうなるか、だけです。以降は、その時、直接見ないと、わかりません」
運命というのは流動的で、都度変化するものであるらしい。最初、どのように動くかを決めれば、その結果はある程度まで読み取ることは出来る。が、その先は分からない。
「そして、何故良くて、何故駄目なのか、私には、説明できない、です」
「うん?」
「なんとなく、良い。とか、なんとなく、悪い。とかしか、分からないのです」
「ああ……」
と、これには当時を知る黒炎払い全員がやや苦い顔をして俯いた。全員心底に嫌な思い出を思い返している顔をしていた。
「それでは、作戦を、考えて、ください。私が可不可を、判定します」
「……わかった」
ボルドーは頷き、そして特に当時を知らないウルや他の面子に向かって言った。
「覚悟しておけ。キツいぞ」
こうして、不死鳥にどのような手札があるかも分からない状態での暗中模索の作戦会議が始まった。
そして、作戦決行、前夜
作戦の全てが決まった後、ウル達は憔悴しきって机に顔を突っ伏す羽目になり、同時に理解する。
「………死ぬリスクが無いってんなら……直接現地で調べた方がずっとマシだな」
答えは疎か、問いの内容すら殆ど伏せ字の問題の答えを考えては×を付けられ、何故×なのか、何故正しいのかわからない状態で考え直すという行程は、精神が削られることをウルは学んだ。
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現在、【灰都ラース】にて
「………荷車使った囮作戦は駄目で、荷車の頭に珍妙な牛の模型を付けたらOK」
「何故牛だったのか未だに分からぬ……何故牛……」
ウルとボルドーはラースに残った廃墟の屋上から、遠見の双眼鏡で自分たちが必死に導き出した作戦の成果を観察していた。不可視の結界で自分を隠す事が出来ただけでも
荷車を改造し、魔術により自立させ、ラースの中央の”残火”へと近づけていく馬車に対して、上空から飛来してきた不死鳥は接近した。そしてその後それを機械的に破壊する、訳ではなく、それを観察し始めたのだ。
『A……A?』
黒炎を身に纏った不死鳥は不思議そうな顔をして、珍妙な牛頭の作り物がくっついた馬車を睨んで、時折動きを確かめるようにツンツンと嘴で突いてる。その姿は魔物でも無い、ただの獣と変わりが無かった。奇妙な愛嬌すらあった。
「通常の黒炎鬼と比べ、知性があるから、珍妙であるほどに気を逸らすことが出来ると……」
「ダヴィネにアレを作らせるのには苦労したがな」
「すんげえ嫌そうだったもんな……」
目的も何もあったもんじゃないその牛の模型(振動に合わせて首が揺れる)を作ったときのダヴィネの憤怒の表情は中々見応えがあった。アナスタシアからの願いが無ければ決して首を縦には振らなかっただろう。
しかし、なんとかなった。そして、苦労した成果はあった。
「んじゃ、行くかね。そろそろ起こるぞ」
ウルは立ちあがる。ボルドーも同様にそうした。
『A……』
不死鳥が馬車へと更に近付く。自身の肉体に籠もる熱、常に燃えさかる黒炎の身体が、周囲に伝播する。近付くだけで草木も焼けるような高熱が、荷車まで伝播して、その中に詰め込まれた大量の火薬にまで伝達した。
間もなくして、模型付きの馬車は炸裂した。
『AAAAAAAAA!?』
「今だ!!かかれえええええええええええ!!!」
ボルドーの命令と共に、周囲に準備していた黒炎払い達は一斉に動き出した
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