灰都ラースの大騒乱② 運命を見るという難事


 不死鳥捕縛作戦前、対策会議にて


「もう駄目だあ~~~~~~!!!!」

「ガザが逃げた!!」

「捕まえろ!!!アレでも黒炎鬼との戦闘経験が一番多いんだ!!逃がすな!」

「許してくれええ!俺コレ苦手なんだあ!!」


 捕縛作戦対策会議は混迷を極めていた。

 無理もない。既にこの作戦会議は丸一日経過している。地下牢の他の住民達は今必死に迫る黒炎鬼対策に動いている。だが、こちらは遅々として話が進んでいない。


「魔術ででっかい岩をつくって押しつぶすとか!?」

「駄目、です。死にます」

「氷漬けだ!!黒炎ごと凍らせちまおう!」

「駄目、です。死にます」

「竜殺しで檻を作るとか!?」

「駄目、です。死にます」


 ヤケクソ気味に次々に提案される案は、全てアナスタシアに切って捨てられた。情け容赦の無い一刀両断である。


「ヤケにならないで。適当言っても却下されるだけよ」

「でもよお……」

「地上への誘導案と囮からの火薬の爆撃は「悪くない」とこまでいったでしょう。運命の神官への問いは前提を省略しても融通を利かせてはくれないわ」


 レイが指摘する。

 彼女も運命の聖女で繁栄した【セイン】の出身者だ。”運命の聖女”への質問の仕方は最低限理解している。その厄介さも分かっていた。特にこういう、情報が少ない状態で答えだけを求める場合の運命の精霊への問いかけは極めて厄介だ。


 アナスタシアは質問者から、その選択を取った際の運命を読み取り答えを伝えている。だが、それは対象者の運命の説明であって「作戦の成否」ではない。聞きたい質問に対して正確な答えをくれているわけではない。

 つまり、ふわっとしている。ふわっとしているところから情報を逆算するのは辛い。


「まずは地上へと誘導して囮を使って攻撃して、竜殺しの檻に閉じ込める!」

「駄目、です。死にます」

「まずは地上へと誘導して囮を使って攻撃して、竜殺しで串刺しに!!!!」

「駄目、です。死にます」

「なんで駄目なんだあああ!!!」


 また一人ノイローゼが出てしまった。

 アナスタシアに危害を加える前にレイは外に引っ張り出して頭を冷やさせる。


「竜殺しがありゃ何でも出来る、なんてのは考えない方が良いかもな……」


 ウルが額を揉みながら指摘する。レイも頷く。


「使うのは私達。檻にする、なんてのも、その形にするのに竜殺し以外の部品が必要」

「ダヴィネの話を聞く限り、【竜殺し】の形状を槍の形以外に変更するのは難しいらしいしな。刺し貫く使い方以外を無理矢理やろうとしても、歪むだけだ。」

「だったら竜殺しだけで縫い止めるとか!」

「それはいままでの質問で駄目と分かってる」

「なんで駄目なんだよ!竜殺しは効いたんだろ!?」

「それが分かっているならもう少し、話は進展してる」


 ガザの悲鳴をレイは淡々と否定した。その間もウルは黙って口元を抑えて考え込む。そして不意に他のメンバーと同じくやや疲弊した様子のボルドーへと視線を向けた。


「ボルドー。確認したいんだが、【黒炎】はあらゆるものを焼くって認識でいいのか?」

「ん?ああ。そうだな。ダヴィネ製の【竜殺し】以外の物質で、あの黒炎を消滅、ないし防ぎきったことはない。最初は防げても、徐々に焼き焦げ、砕けて砂になる」


 【黒炎砂漠】が出来た経緯がそれだ。豊かだった大地に芽吹いたあらゆる生物、作られ続けた優美な人工物、それら一切合切全てが焼けて、砕けて、砂になったのだ。


「例外なく、全てが焼かれた。【黒炎】はこの世界で最も凶悪な物質の一つだろう」

「……いや」


 その説明を受けてウルはやや、確信を持った表情で顔をあげた。


「全部じゃ無いぞボルドー」

「なに?」

「黒炎は全てを焼いちゃいない。全てを灰燼にするなら、?」


 その場に要る黒炎払い全員が顔を上げた。ウルは確信をもった表情で言葉を続ける。


「【黒炎】の火力は全てを焼くわけじゃ無い。”焼き残し”がある。」

「砂漠の“砂”か」

「いままでだってそうしてきたじゃないか。通常の黒炎鬼との戦いでも、番兵との戦いでも、砂漠の”砂”を俺たちは【黒炎鬼】の拘束に使ってきた」

「……そうだったな。加工にはひどく不向きで、防壁にも使えない代物だが、魔術で一時的な壁にしたことは何度もあった」


 【黒炎】は物質を砂に還せても、砂そのものは焼けない

 言われてみれば確かにそうだ。活性化した【黒炎鬼】への対処で、砂を巻き起こして相手の足を奪うのは常套手段だ。【番兵】だった黒炎人形相手にだって、相手の重力制御を奪うことで相手を地面に埋めてやった。

 【黒炎払い】は言葉にせずとも分かっていたのだ。

 分かっていた事だったのに、【黒炎不死鳥】にそれを活用しようという案が中々出なかったのは、【不死鳥】という存在の特殊性と凶悪性がノイズになっていたためだ。通じないと、そう無意識に断じてしまっていた。

 実際、“倒す”ことを考えるなら困難な手だ。しかし、捕縛するだけなら――


 ウルは確信を持った表情でアナスタシアへと向き合う。運命の精霊の力を宿し、集中した状態にある彼女は静かにウルの言葉を待った。


「囮で不死鳥を地上へと誘導した後、砂漠の砂を用いて不死鳥を埋め、拘束する」

「それは――」


 ウルの言葉に、アナスタシアは即座の否定を返さなかった。

 その場の全員が固唾を飲んでその答えを待った。そして、


「良い、感じ。とても、良い感じ、なんだけど、別案も、見てみたい、です」

「別案!?」

「明日までに、お願い、ね?」

「納期きつい!!」


 ウルが壊れた。レイは彼を連れて外に出た。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 そして現在


「不死鳥の動きが止まったぞ!!魔術師部隊!!それ以外は巻物用意!」


 ボルドーの指示のもと、不死鳥の様子を遠くから伺っていた黒炎払い達が一斉に動き出す。魔術師部隊は予め決められていた術の詠唱を開始し、それ以外は【魔女釜】に作らせた巻物を一斉に広げる。


「【砂塵よ!!】」


 魔術の内容は極めてシンプルだ。そして【黒炎払い】にとっては非常になじみ深い。

 地面の、大量の砂を巻き起こし、相手へと叩きつける。相手に身じろぎを取れなくする何時ものやり方。その大規模版だ。巻物による同種の魔術をも併用した莫大な砂塵攻撃だ。


『AAAAAAA!!』


 不死鳥は動かない。動けない。不死鳥の身体には幾つもの小さく鋭利な刃、竜殺しの呪いが付与されている鏃が突き刺さっている。囮の荷車に火薬と共に搭載されていたそれが、不死鳥の身体を貫いて、そして身体の自由を奪っていた。

 そこにめがけて殺到した大量の砂は、一気に不死鳥の身体を飲み込んだ。


『――――――――――!!』

「や、やった!!」

「待て、油断するな!!目を離すなよ!!!」


 歓声はすぐに諫められる。特に熟練の黒炎払いの視線は険しい。

 黒炎鬼は油断ならない危険な魔物ではあるが、薪を探して燃やす、という目的に対して機械的に動く特性故に、誘導は容易かった。

 だが、不死鳥には意思がある。知性がある。“珍妙な囮に誘導される”。という動きを見せた時点でソレは確定となった。

 だからこそ、油断は出来ない。予想もつかない行動を取る可能性がある。


「術者は砂の操作を継続させろ!砂を固めて、押しつけて、不死鳥の身動きを封じるんだ!!だが圧をかけ過ぎて殺すなよ!復活時の炎で砂が吹っ飛ばされる!!」


 ボルドーは次々に指示を出す。

 魔術師達は砂を動かす。万が一にでも地中に潜られるリスクを避けるため、地面から切り離し、不死鳥を捕らえた砂の塊を宙へと浮かせ、圧を均等にかけることで球体に形を保った。空中に、砂で出来た不死鳥の牢獄が生まれた。

 時折抵抗するように蠢く事から、中に不死鳥が要るのは間違いなかった。そしてこの状態であれば、どこから何をしてくるか、見ているだけで即座に分かった。


「……行けているか?巫女よ、どうだ?」


 ボルドーは問う。彼の背後にはガザに護られたアナスタシアが、【運命の聖眼】を見開いて”場の運命”というものを読み取っていた。彼女がその瞳から何を読み取っているのかは誰にも分からなかったが、負担はあるのだろう。額に浮かぶ汗は、黒炎の熱のためだけではないだろう。


「皆さんから、黒い気配が、消えてません。まだ、油断しないで」

「なにが来る?」

「――――――う、しろから、きます!?」


 後ろ?

 と、ボルドーは振り返る。例の”残火”の中心は殆ど何も無い更地だが、その広間の更に外周には、【灰都ラース】の様々な都市の残骸が残っている。その影に隠れ、都市に残っていた黒炎鬼がやってくるのかと警戒を強めた。

 だが、違った。ボルドー達のずっと後ろで、動いていたそれは――


「…………な」


 廃墟となった建物、古く、崩壊し、それでも数百年の時を経ても尚形を保ち続けていた高層建築物、その瓦礫や、巨大な屋根、多数の残骸、”それらが全て浮上していた”。状況を理解しきれず、ボルドーは一瞬絶句し、そして即座に立て直した。


「術者を守れ!!!“不死鳥の魔術”が飛んでくるぞ!!!」

 

 砂の球体に封じられた状態での、不死鳥の攻撃が飛んできた。

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